お留守番

 ゆっくりと腹を撫でる。

 その手付きは優しくて、普段はガサツな彼女が見せるには不釣り合いでありながら、酷く似合っていた。

 男は女に一生敵わないのだろう。

 そんなことを思わせる顔がそこにあった。

 そんな彼女は僕に言う。


「おい、パパ、すっぱいものが食べたい」

「……誰がパパだ」


 君がしたのは単性生殖です。僕とその腹には関係はない。


「認知してくれないつもりかっ!」

「――わかりました!」


 だからと言って、そういう風に見てくれないのが世間だ。それに場所も悪い。

 僕は今、傭兵酒場ソルジャー・サルーンの方のドギー・ハウスに居る。

 犬であることの義務、お留守番の為だ。

 普段はポテトマンが纏めた依頼リストから好きな物を選んで仕事をこなしていれば良いのだが、定期的に回ってくるお留守番当番の時はそうは行かない。

 飛び込みの依頼などに対応したり、犬相手に直接交渉をしたい人の為に酒場に居ないといけない。新人の猟犬である僕も勿論、その対象だ。

 そしてその『はじめてのおるすばん』の今日、僕の横にはお腹を膨らませたイービィーが居た。何時もの野戦服では無く、ゆったりとしたマタニティドレスを着ている彼女は口さえ開かなければただの美少女だ。


「猟犬、お前がそう言う奴だとは思わなかった」


 レモンの輪切りを差し出しながらにやにや笑ってポテトマン。


「僕では、ないのですが?」


 それを受け取りながら僕。

 バザールから帰った夜、食事の後にイービィーは買って来た青いツリークリスタルを飲み込んだ。そうしたら昨日から腹が膨らみ始め、今日にはコレだ。

 ポテトマンの様にイービィーがトゥースであり、二日前には全く妊娠の兆候が無かったことを知っている人は未だ良い。そうではない人。始めて会う同僚とかが問題だ。

 僕は今、陰で猟犬(発情期)とか言われて虐められている。

 そしてそんな虐めの原因は僕が持ってきたレモンを一齧りして「やっぱ要らない」とか言っている。


「……そろそろ教えて欲しいのですが」

「おれとトウジの将来についてか?」

「違いますが」


 獲物をいたぶる猫の様な笑み浮かべるイービィーに溜息を一つ。イービィーが食べなかったレモンを齧る。すっぱい。


「まぁ、簡単に説明するとな、おれ達トゥースにとってのモノズみたいなもんを造ってる」

「……そこで?」

「そう、ここで。おれの胎で」


 はぁー、としか言い様が無い。不思議すぎる。どう言うコンセプトでそう言う生体なのだろうか、トゥースは。


「あれ? 男のトゥースはどうするんですか?」

「同胞の女に頼むか、攫ってきた人間の女を使う」

「……」


 後ろの部分は聞かなかったことにした。

 こう言うことをあっさりと言う辺りが所詮は敵対性宇宙人だと思う。


「ほら、前に移動手段の話しただろ?」

「あぁ、そう言えばコロニー潰しの時に、そんな話を」

「その為の準備だ。寄生型の奴を造ってる」

「成程」


 また分からない言葉が出て来たけどもう良いや。

 僕は大人しく眠っていたルドを突っついて起こし、遊んでやりながら、お留守番を続行することにした。






 成り立ての猟犬である僕の名は売れておらず、当然、名指しの指名など有るはずがない。

 厄介な仕事もイービィーが戦力外であることを気遣ってか、ポテトマンは僕に回さない。

 そんな分けで僕はルドと遊んだり、モノズ達と話したり、イービィーにからかわれたりしながら時間を潰していた。

 ウェスタンドアを開けてそいつが入って来たのはそんな時だった。

 ボサボサの髪、汚れた作業着、眼鏡。


「あれ? トウジ? トウジじゃないか! あはは! 何してるの? もしかしてお留守番ってやつ? え、それじゃもしかしてトウジってドギー・ハウスに所属してるのかい? うわぁ! 凄いな! エリート・ソルジャーじゃないか! ――って、え? イービィー妊娠してない? ナニをしたの? ナニをしてしまったのかい、トウジ! 酷いや! 一緒に泡のお風呂に行こうって約束してたのに! 嘘だけど! あははは!」


 そして、何より、うるさい。

 アキトだ。


「あ、そうだ。同じスリーパーのよしみでさ、ぼくに傭兵を紹介してよ、トウジ!」

「僕も入ったばかりなので、それ程、詳しくは知らないので」

 受付はあちらです、とポテトマンを紹介する。

「そうなの? 残念だなー」


 アキトはそう言いながらポテトマンの元に向かい――


「おい、猟犬! 仕事だ」


 その直後、ポテトマンは僕を呼びつけた。


「――」


 これは、まあ、そう言うことなのだろう。


「パパ、いってらっしゃ~い。ほら、ルドも、ばいば~い」


 僕は楽しそうなイービィーと、そんなイービィーに無理やり手を振らされているルドに見送られて、初めての指名依頼を受けに行った。






 僕の現在のスキルは――【潜伏:2】【狙撃:4】【モノズ指揮:2】【射撃:1】【操縦:1】――と、いった具合だ。数は増えていないが、潜伏とモノズ指揮のランクが上がった。いい加減に狙撃を5に持っていきたいのだが、5に行くには実力もだが、実績、つまりはある程度の名声が必要だとのこと。

 師匠とポテトマンに言わせると僕は下手なランク5よりも実力はあるが、実績が足りないとのこと。ランク5になるとそれなり程度の恩恵が受けられるので、僕は今、結構真剣にランク5を目指している。当面の目標と言う奴だ。

 因みに、僕のパートナーとしてイービィーもスキルの確認をしている。戦闘時の映像を提出したり、試験を受けたりするので、結構時間が掛かっていたのだが、最近、結果が分かった。それによると――

 ランク2以上だけの物を抜き出すだけで、【狙撃:4】【突撃:4】【射撃:3】【強襲:3】【近接戦闘:3】【索敵:2】【潜伏:2】【強化:2】【早撃ち:2】と、なっている、あと十五個くらいランク1のスキルがある

 もうアイツ一人で良いんじゃないかな?

 僕は密かにそう思っている。

 話が逸れた。

 アキトが必要としているのは狙撃のランク3以上の傭兵だと言う話で、知り合いだと言うこともあり、ポテトマンは僕に話を持ってきた。

 直接の戦闘では無いので、イービィーが居なくても問題がなさそうだと判断されたのも大きい。僕は受けることにした。


「トウジにお願いできるならぼくも嬉しいな! 同じスリーパーだし」


 と言うアキトの言葉もあったが、それ以上に報酬が良い。

『正式採用された対敵性生物用戦闘型強化外骨格・狙撃手モデルを進呈』。ムカデだ。狙撃手向けのムカデだ。依頼料とは別に渡されるこれが良い。

 そんな分けで僕は新型ムカデの最終コンペにテストパイロットとして参加することになった。

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