バザール

 立会人を務めた探査犬曰く、『一応は合格』。

 何故、一応かと言うとアーマーロールの倒し方が駄目だったらしい。

 狙撃手らしくない。

 自覚はしているが、仕方が無い。火力が足りないのだ。

 だが、言うことも最もだ。

 僕が師匠に買われたのは狙撃の腕で、何だかんだ言って僕も信頼しているのは狙撃の腕だ。自分が信じるもので戦えないと言うのは少し不安だ。

 五十万C。

 コロニー潰しは随分良い収入になってくれた。十三万Cをルドとモノズ達へ、十万Cをイービィーへと渡し、残りで自身の火力を上げることにした。

 色鮮やかなテントが目に入る。

 多くの人が集まったその場所にはそれに相応しいだけの熱量があった。

 僕が今現在所属しているドギー・ハウスは職人組合に籍を置く軍事会社だ。そうである以上、最も手に入りやすい装備は職人組合で造られた物となる。

 そして、約三十万Cでまともな火力増強を図ろうとした場合、この職人組合と言う場所はやり易くもあり、やり難くもある。そう言う場所だった。

 まともに考えたら、不可能だ。

 兵器は高い。それは戦時中で需要があっても変わらない。

 だが、職人組合には見習い達が居る。……いや、正確には自分が造った物を売ることを許された見習い達が居る、だ。

 タタラ重工やアロウン社では『会社』と言う形をしている以上、そうはいかないのだが、ここ、職人組合では見習い達がこうして自身の勤め先の休日などに露店を開いている。

 まぁ、大半はハズレだ。

 見習いには、見習いである理由がある。

 都合よく、才能豊かな見習いの作品が在ったりはしない。

 だから、僕が狙うのは規格外品だ。

 何らかの理由で正規品として扱えない、そんな物を探している。


「朝も聞いたけどよ、そんな都合が良いもんあるのか?」

「一応、何点か候補はあります」


 タンクトップ姿のイービィーは屋台で買った大判焼きの様な物を食べながら言った。

 道行く人はその異形の右腕に一瞬、視線を送るものの、その程度。大きな騒ぎには成らない。意外だ。そう思うが、イービィーや探査犬に言わせるとそうでも無いらしい。

 戦争中であり、当然の様に差別はあるが、外交も保っていると言うのがトゥースと人間の関係だ。元が同じ人間なのだから、当たり前と言えば、当たり前かもしれない。

 まぁ、“経済”の概念を持つ者同士の戦争だ。インセクトゥムやバブルとは違って種が絶えるまでの殺し合いと言うラインには立たないと言うことだ。

 僕は見たことが無いが、力を信奉するトゥースの中には『弱い人間と戦っても面白くない』と言う理由で人間側に傭兵として雇われる者も居るらしい。

 そんな分けで、イービィーは呑気にほっぺに餡子付けて居たりする。


「んで、その候補ってのは?」

「一つは、バリスタ」


 ほっぺについた餡子を取ってやると、その指が食われた。舐られる。「美味いな!」楽しそうなイービィー。「……」指がねっとりした僕は楽しくない。仕方が無いので、イービィーのタンクトップで拭った。

 イービィーは特に嫌がるそぶりも見せずに次の大判焼きを齧っていた。美味しそうなので、僕も一つ貰う。カスタードだ。齧り付いたら反対側から飛び出した。食べづらい。


「……まぁ、これはルドとの併用が前提です」


 思い浮かべたのは、先のコロニー潰しに際してのMVPである仔犬。ご褒美にチーズスティックなる物を買い与えたら夢中で齧り出し、外出を拒否した為、現在は宿で留守番をしているルドだ。


「あー……あれは結構良い威力だったな。けど、おれ的には無しだ」

「えぇ、僕的にも無しです」


 後で分かったのだが、仔犬だからか、種的にそう言うものなのか、ルドの発電量にはムラがある。将来的には分からないが、少なくとも今の段階では切り札として数えることは出来ない。

 それに言いたくは無いが、僕も矢よりは弾を信頼している。だから――


「次は大口径、高火力のライフルです」

「普通だな。高いぞ」

「前に構造状、一発撃ったらメンテが必要になると言う理由で安く売られていた物があるそうです」

「ワンショット/ワンキル。……確かに基本だな」

「やれますよ」


 何でも無い様に言う。多分だが……やれる。


「それは疑ってねーよ。何かしんねーけど、お前、そう言うのは絶対外さないからな」

「どうも」

「そう言う所に惚れたからな!」

「……」


 にっ、と笑うイービィー。

 僕は軽く頬を掻いて聞かなかったことにした。

 何のことは無い。照れ臭かったのだ。






 イービイーと連れ立って露店を見ていると、見慣れた球体が目に入った。モノズだ。中型二機に小型が一機。勿論、このバザールにもモノズは溢れている。客の物はもちろん、店側の手伝いでも見かける。だが、その三機は僕の知っているモノズだった。艶消しのされた黒に、十字の眼、申号、酉号、戌号の三機だった。

 彼等は三機で並んで絨毯の上の何かを真剣に見ていた。

 何だろう? 不思議に思い、そっと後ろに立ってみる。モノズ・ボディを見ていた。

 あー……。と、思わず頭を抱える。新しく入って来たモノズから性能の良いボディを買い与えている。そして子号と巳号は自力でボディを買い替えている。

 だから現状、ダブC時代に支給されたモノズ・ボディを使っているのは丑号、申号、酉号、戌号の四機だけだ。

 この四機はその旧型ボディでも部隊の中心であるA1と輜重兵を務められるので、後回しにしてしまったのだが――


「それに甘えているのは、駄目ですね」


 思わず呟くと一斉に三機が振り返った。


 ――ぴぴぴっ。

 報告:べ、別に新しいボディなんて欲しくないんだからねっ! である件


「……」


 欲しいらしい。三機が見ていた物を僕も見てみる。

 吉備津彦命きびつひこのみことモデルと書かれていた。側面にそれぞれ、犬猿雉のペイントが施されている。それで思い出した。吉備津彦命は確か桃太郎のモデルだ。


「……スリーパー?」

「お! それが分かるってことは君もご同類、で良いのかな?」


 思わず呟いた言葉を拾われる。

 視線を上げると作業着を着たボサボサ頭の眼鏡君が居た。


「このモノズは、君のかい? 君、ガンダム好きなの? これ、黒い三連星だよね? あ、そうだ自己紹介が未だだったね。ぼくはアキト。スリーパーだ」

 眼鏡君はべらべら喋ったかと思うと、へらっと笑って右手を差し出して来た。

「……トウジです。スリーパーです」


 それに面喰いながらも、どうにか右手を差し出し、アキトと握手をする。


「そっちの子もスリーパー? うわ! 凄い美少女! トウジくんの彼女かい? 良いなー。羨ましいよ。トウジくんは野戦服着てるし兵隊だよね? やっぱり兵隊は出会いがあるんだね! ぼくなんかほら、適性が無くて技術者になっちゃったからさ、一日中工房で仕事ばっかだろ? あんまり出会いは無いんだよ。でも、気を付けてね、トウジくん! 戦場での出会いは吊り橋効果かもしれないよ! あ、ごめん。喋り過ぎたね! そっちの君もよろしく!」


 イービィーにも右手を差し出すアキト。良く喋る奴だ。

 イービィーはそのマシンガントークに少し固まっていたが、直ぐに自分を取り戻した。僕を真似て握手をしようとして、自分の右手に気が付く。


「おれはE.B、トゥースだ」


 ほら、と右手を見せる。だから握手は出来ない、と態度で示していた。


「うん! よろしく! うわ! すごい、これ銃口? ジャバウォックみたいじゃないか!」


 その手を躊躇いなくアキトは握った。

 少なくとも僕よりも男としての度量は有りそうだな、そんなことを思った。

 だが、力を信奉するのがトゥースだ。イービィーに特にときめいた様子は無い。なんて残念な種族なんだ。

 そんなことを思いながら、チーム桃太郎が見ていた桃太郎モデルのモノズ・ボディを見てみる。内臓武器については遠距離に関しては有り触れた軽機関銃だが、近接武器については犬猿雉でそれぞれの武器を内蔵しているようだ、犬が牙で、猿が爪、雉が嘴。……これ、戌号と申号は兎も角、酉号は完全に名前で選んでいるな。酉号は近接戦闘が得意ではない。嘴と言う名のドリルは扱えない。


「あ、それ? それ、ぼくが造ったんだけどさ、アタッチメントでは無い内臓武器を三種類用意したらラインタクトに乗らなくて親方にボツ喰らったんだよ。性能は結構良いよ。設計のベースはタタラ重工系列だから光学兵器とは相性悪いけどね! あ、でもね発展性持たせる為に遊びもあるからモノズのスキルに合わせて融通も利くんだ! トウジのモノズ達、気に入ってくれたみたいでさ、ずっと見てたんだ。買ってあげなよ、安くするよ!」

「成程」


 長かったので、チーム桃太郎が欲しがっていたとだけ理解しておく。

 値段を見る。一機が七十五万Cで、三機セットでお得な二百十万Cだった。


「……」


 買えない。僕は見上げる三機のモノズにゆっくりと首を振った。

 三機とも下を向いてしまった。凹んだらしい。そう言う姿を見せないで欲しい。申し訳なくなる。


「買ってやれよ、トウジ。おれ、おやつ我慢するぜ?」

「……いえ」


 貴女のおやつ代でどうにかなる金額ではありません。アキトに向き直る。


「残念ですが、今回は……」

「そう? 残念だなー。あ、そうだ他にも見て行ってよ! うちの工房、結構大きいからさ、色々扱ってるよ? 武器も扱ってるし、ここにはないけどムカデも有るよ。パンフレット見る?」

「いえ、正規品は手が出ないので――」

「あー、掘り出し物狙いか! まいったなー、ぼくもね、最近、ムカデ造ったんだけどさ、それ、今は最終コンペまで残っててさ、ここには並べられないんだ。もし採用されたら同類割引するから買ってよ! あ、ごめん。また喋り過ぎたね、トウジは何を探してるの?」

「……大口径、高火力のライフルです」


 あまり喋らない店員です、と言わなかった僕は偉いと思う。


「へー……何で?」

「敵が硬くて、火力が、足りなくて、ですね」

「徹甲弾は?」

「使っています」

「徹甲弾でダメって何を相手にしたんだい?」

「アーマーロール」


 言った瞬間、アキトが眼鏡の奥で目を見開く。信じられないとでも言いたげだ。


「アーマーロール相手に徹甲弾って、トウジは馬鹿なのかい?」

「……」


 あまり否定は出来ないので、取り敢えず僕は黙っておいた。


「あ、でもそれじゃぁ、良いのがあるよ! トウジが使う弾は何?」

「12.7です」

「ふーん、それじゃ――あ、有った。これ、一ダースサービスであげるからさ、試してみてよ。うちの工房で開発した特殊弾なんだ。売れてないけどっ! あはははっ!」

「それ、駄目じゃねーかよ!」


 笑って良いか迷う僕の横で、イービィーはアキトと一緒に笑っていた。

 とても楽しそうだ。

 僕は無垢な瞳で何かを訴える戌号達と目を合わせない様にしながら、そんなことを思った。







 ――次はおれの買い物に付き合えよ


 ノーと言えない日本人である僕は、ノーと言う代わりに露骨に嫌な顔をしたが、イービィーには通じなかった。残念だ。

 そんな分けで、僕は今、路地裏を通って、マンホールの蓋を開けた先に居る。

 下水道だ。

 そして、そこにも店があった。

 完全なブラックマーケットだ。

 柄が悪いと言うより、明らかに人間ではない店主が一人でやっている店だが、そこそこ繁盛している。ただ、利用しているのも明らかに人間ではない。トゥースだ。

 トゥースの中に、僕一人と言う状況についても考えたいが、それ以上に、ただ、ただ、端的に――すごくくさいのでかえりたい。


「いや、これレッドクリスタルじゃねーか。いらねぇよ! ブルーだ、ブルーくれよ。品切れ? っざけんなよ、こら! 今、隠しただろ! 足元見ようったってそうはいかねーぞ!」


 だが、イービィーの買い物は終わりそうにない。

 僕は溜息を吐きだ――そうとして止める。思い切り吐いたら、吸う。思いっきり吸ったら吐いてしまう。空気以外の何かを。

 仕方が無いので、視線を移す。

 ここは人間社会で暮らすトゥースの為のウェポンショップの様だ。だが、並んでいるのは骨だったり、卵だったり、分けが分からない。

 隣の知らないトゥースが店に備え付けられたカッターで、買った骨を削って食べていた。別に美味しそうには見えないので、興味は無いが、あのカッターはちょっと使ってみたい。ネックレスの尖りを加工したい。


「……」


 だが、最近、あの尖り込みで手に馴染んできたのも事実だ。それを削ってしまっても良いものだろうか?

 そんなことを考えていた。


「待たせたな、トウジぃー。買えたぞ」


 買い物を終えたらしいイービィーが紙袋に入った骨をバリバリ食べていた。

 さっきの人と言い、骨はトゥースのおやつなのだろうか? 歯が丈夫過ぎる気がする。

 まぁ、そんなことはどうでもいい。


「かいものが、おわったの、ならば」


 帰りましょう。帰ろう。帰るぞ!


「そんなに駄目か、ここの匂い」

「ぼくは、りょうけん、なので」


 がうがう。


「ん! わかった。それじゃ、帰るかー……あ! なぁ、トウジ? もう宿帰るよな?」

「――」


 無言で頷く。だが、その前に身体に付いた匂いをどうにかしないといけないかもしれない。どうしよう。


「んじゃ、宿でおれを抱いてくれよ」

「いやですが?」


 どうした、イービィー。匂いで脳がやられたか。なら速くここを出よう。直ぐに出よう。


「やっぱ駄目か。しょうがないな、種無しで造るかなー。トウジ、おれ、一週間くらい妊娠するから!」

「……どういう?」


 ことでしょうか? そんな疑問。

 だが、僕の質問に答える気は無いのか、イービィは――


「お前の胤が在れば強いの造れそうなのになぁ」


 と言って笑っていた。

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