V.Sコロニー118 後

 ――っつべーよ、マジでベーよ。コロニーに大穴空いちまったよ!

 ――どうすんだよ、成瀬パイセンこれキレんじゃね?

 ――べーよ、マジギレだよ。っツてー殺されるって


 そんな会話がされているのかは分からない。

 分からないが、インセクトゥム達は大混乱だ。コロニーに向かう者、発射地点である僕等に攻めようとするもの。長く伸びた戦線は停滞し、混乱し、煽りを受けて死者も出ている。


「C1、辰号の再チャージを実行しつつ、後方へ移動を開始。あぁ、未号、君は残ってブラストボルトの作成を。鋼材と火薬は丑号から受け取ってくれ」


 だが、僕等は容赦をしない。グラスホッパーがつぶれたので、僕は次に脅威度の高いソルジャーを狙い引き金を引いていく。

 ある程度ではあるが、B1は削った。最大脅威のB2への対応が次の課題だ。だから、今の内に随伴歩兵を削って置く。歩兵の居ない戦車にでもしないと勝ち目がない。

 息を吸う。息を吐く。撃ち殺す。

 呼吸をする度に命が散る。これで良い。これが良い。引き金の先の命を意識する。そうすると当たる。


『S3リーダーからS1リーダー。B2が移動を開始、そっちの戦線が拙いと判断したみたいだ、そっちに行ったぞ』

「S1リーダー了解、S2、こちらのフォローへ。A2、S3、背中を向けたB2への追撃は出来るか?」

『やってるよ』


 そうか。それならばいい。だが効果もなさそうだ。

 どうするか。三秒考える。


「ルド、戻れ。子号、午号、ルドが戻り次第、遊撃に移ろう。待ち伏せはもう意味がない」


 伍式狙撃銃をしまい、クロスボウを取り出す。子号と接続し、子号を動力に矢を引けるようにし、そこに未号が作成した炸裂する矢、ブラストボルトをセットする。


「未号、どれくらい用意できただろうか?」

 回答:六ダースである件


 七十二本か。良し。


「ありがとう。十分だ、丑号に合流してくれ。上手く行けばそっちに追い込みますので――」


 確認:障害物の作成に使用できる建材の量に限度は?

 僕のやりたいことを先回りして言ってくれる未号は優秀だ。


「いつも通りだ。使い切って構わない」


 惜しむべきは物資では無く、命だ。


 回答:了解である件


 それだけ返し、未号が去って行く。

 それと入れ違いにルドが返って来た。初陣で少し興奮気味の仔犬は尻尾を振り回しながら飛び付き『がんばった! がんばったよ!』と自己アピールをしていた。軽く頭を撫でてやり、肩を叩いてやった後、ジャーキーを与えておく。

 午号に跨る。宣言通りに遊撃を開始した。







 巨大な球体が大地を転がる。

 砂塵を舞わせながら行われるのは大地に対する捕食行為だ。

 世界を削りながらの攻撃を止められるとしたら、やはりソレは世界を削ることが出来る攻撃だ。つまり、何が言いたいかと言うと――火力が足りない。


『うがぁ! 撃っても撃っても効いてねぇ!』


 イービィーの悪態が通信機から聞こえてくる。

 思わず苦笑い。気持ちは分かる。

 ハンドルを切って、午号を反転させ、追ってきたB2、アーマーロールに向かって走り出す。こちらを轢殺しようとしていた、B2はその転がると言う移動特性もあって、簡単には止まれない。擦れ違い様に撃った矢が突き刺さり、爆音が響く。それだけだ。効いているのかいないのかすら分からない。


「何か策は無いのかよ、トウジ?」


 通信機越しではないイービィーの声。ゆらりと停止し、反転を始めたB2を二人で並んでみながら、打開策を考える。


「辰号なら何とかしてくれます」


 あの子、動いてる的に当てれないけど。と、拳をぐっ。

 酷く他人任せだが、最大火力が辰号なのだから、仕方が無い。だからやることは単純だ。


「ここに辰号が陣取っていますので、その正面に――」

「アイツを誘導、で、足を止めさせる、っと」


 そう言うことだ。そしてそれが酷く難しい。

 転がったままで避ければ、誘導も出来るが、辰号が完璧に仕留められる可能性が無い以上、ソレは出来ない。

 当てられない辰号の為に、当てられる位置で止めてやる必要がある。

 そこそこキツイが――


「追い込みか。猟犬っぽいじゃないか、トウジぃ?」

「……がうがう」


 にやにや笑うイービィーに吼えておいた。


「さて、おれは突撃兵アサルトに移る。出来れば援護が欲しい」

「突撃兵?」

「言っただろ? おれは一応、一通りの兵種はこなせる。この場面だと突撃兵の方が欲しいだろ?」

「……」


 そうか? そうだな。勢子が欲しい。


「そうですね。では――S1リーダーからA2、S3と合流、以降はイービィーをA2リーダーに変更、追い立てろ」


 これで良いですか?

 視線での問いかけに、ぐっ、と拳が突き返される。

 その拳に自分の拳を宛がう。

 ガツン、と音がした。






 恐らく三十分近く戦い続けている。

 ブラストボルトが切れたので、また伍式に持ち替え、削った外殻部分を狙って撃っているのだが、効果は微妙だ。


「……」


 そろそろ、拙い。

 撤退を考えるべきだ。僕はそう結論を出した。

 視界の中で、B2が久々に球体から虫型に形を変えていた。次のチャージをやり過ごして逃げよう。僕はそう決めた。その結論は遅かった。

 そうだ。忘れていた。


「背中の側面が開いてる、確か、あの位置は――生体ミサイルっ! FOX1ッっ!」


 叫ぶ。全員逃げ切れ、避け切れ、そう指示を出す。無理だろ。

 だってFOX1だ。自動追尾ミサイルだ。避けられるのか? そう思う。思うが、信じるしかない。

 衝撃が来た。荒野に砂柱が上がった。ジグザグに走り、避けながらも、軽い安定感が無い僕のモノクはその衝撃だけで吹き飛びそうになる。それをどうにか押さえつける。

 無理だった。着弾の爆風で吹き飛ばされる。地面を転がり、岩にぶつかって止まった。


「……」


 アラガネでは衝撃を吸収しきれていない。頭がグラグラする。


「……無事か……っ……?」


 今のは拙い。離れているC1以外全小隊が射程だ。

 A1損傷軽微、S2問題なし。そしてA2は――

 訃報:イービィー激おこな件


「……」


 何だこれ? 何を言っているんだ? さっぱり分からない。だが、直ぐに分かった。


『がぁぁぁぁ! んの野郎っ! ぶっ殺してやる!』


 砂柱が上がる。

 トゥースの身体能力、その異形の足で跳んだイービィーはアーマーロールの顔面に飛び付く、そのまま左の手刀を叩き込む。多少は外殻が傷ついていたのだろうか?

 手刀が突き刺さった。


 ――キシュアアアアアアアアアァァァァァァ!


 初めてのダメージらしいダメージにB2の絶叫が響く。


『っるせぇぇぇぇぇぇぇぇぇえっ! この糞虫がぁぁぁぁあぁっ!』


 そしてそれを掻き消す圧倒的な大音量。

 イービィーはそのままアーマーロールにしがみ付き、目に向けて右手と一体化した銃口を突き付ける。連続した発射音。軽機関銃へと形を変えたイービィーの右手が火を噴く。


『っらぁ! どうしたこらぁ! 丸まってみろやぁぁぁぁあぁ!』

「いや、丸まられたら駄目だろ」


 潰されるだろ。

 だが、幸いなことにアーマーロールは固い外殻で守られていたせいで痛みには弱い様で、陸に上がった魚の様に躍っている。


「……」


 腹が見えている。行けるか? 多分行ける。

 この場に居る子号と午号に指示を出し、金属性の槍を造らせ、ルドにジャーキーを多めに与え、ちょっとした指示を出す。ルドはわん、と良い返事をしてくれた。

 良し。


「……イービィー」

『あン⁉』

「ロデオだ。踊れるな?」

『ッ、上等だよこらぁっ!』


 上等だそうだ。それじゃ行ってみようか。


「午号とルド以外は総員、攻撃開始。あの場で、あの格好で躍らせろ」

 ――ピッ?

 疑問:我らはどうするか?


 午号からの質問に、アラガネの頭部装甲の奥でにんまり笑う。


「ピクニックだ」


 午号を吹かす。一気に世界が加速する。丁度良い岩は見つけてある。ジャンプ台替わりに跳躍。アーマーロールの腹に着地――出来ない。失敗して転がる。午号が吹き飛んで、地面に落ちた。後で謝っておこう。それでもイービィ―を見習い、腹に爪を食い込ませ、身体を固定する。

 狙撃では殺せない。だから狙撃は捨てる。今後を見据え、強力な重火器を用意するとして、今は自分が無茶をする。


「――ッ!」


 全体重を掛けて金属の槍を突きさす。アーマーロールにしてみれば小さな傷だ。だが、戦術としては大きな傷だ。

 それを確認し、外に向かって走り出す。途中、転び、頭を撃ち、意識がグラついた。それでも走る。兎に角走る。


「イービィー、跳べ!」

『応っ!』


 同時に僕もアーマーロールの腹から飛び降りる。


「ルドっ!」


 僕の言葉に、仔犬が吼えて雷が槍に落ちた。

 神経を焼き切る。内側から殺す。敢えて格好を付けるのならば――


「はっはー! 良くやったトウジぃ! 地獄で会おうぜ糞虫野郎アスタ・ラ・ビスタ・ベイベェっ!」


 そう言うことだ。

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