さしすせそ

 レオーネ氏族が受ける依頼の中には、人間から受けるものもある。

 そういう場合のターゲットは大体、依頼主と同じ人間だと言う。

 種族が違うので、依頼主を辿られ難い為、そう言ったブラックなことを遣らせ易いのだそうだ。人間の傭兵は、仕事の後にも人間の社会で生きるが、トゥースは仕事の後はトゥースの社会に戻る。そう言うことだ。

 だが、そういう理由で選んで置きながら、打ち合わせに好まれるのは人間に近い形態のトゥースだと言うのだから、色々と人間の中途半端さを感じる。

 今回、序列第六位のリカンの部隊に下されたのは、そんな中途半端な人間相手の仕事だった。

 リカンは、前述の理由もあって、何時もの様に猫耳眼鏡を向かわせようとしたのだが、そこで気が付いた。


 ――そう言えば、我の指揮系統に人間っぽいと言うより、人間が居たであるな


 と。

 打ち合わせは主に相手側のテリトリーで行う。つまり、人間の街へ入る必要がある。いくら人間に近いとは言え、トゥースはトゥース、入るのに『それなり』程度には面倒だ。

 だからリカンは部下の人間を派遣することにした。

 まぁ、僕だ。


「いや、一応、人間を避けている以上、僕が行くのは拙くは無いだろうか?」

「む? ……そうか、では軽く変装して行くのである」

「変装? トゥースに見える様に、と言うことでしょうか?」

「うむっ! サングラスをして行って、『お前はトゥースか?』と聞かれたらサングラスを取って睨んでやるのである」

「雑過ぎない?」


 その変装。と、言うか変装ですら無いだろう。それは。

 とてもそんなモノで誤魔化せるとは思えない。

 まぁ、上司の命令だ。言う通りにしよう。

 そんな分けで、僕はキリタニと言う都市の指定された喫茶店に向かう。

 人間であることを隠す為に、左手に埋まったツリークリスタルを隠し、モノズとルドを同行者に預け、久しぶりに人間の街を歩いた。

 喫茶店に入る。入店を知らせるベルの音。直ぐに事前に聞いていた服装の相手を見つけ、そのBOX席の向かい側に滑り込む。

 レオーネ氏族が仕事を受ける際の割符を机に投げ出すと、相手も同じ様に割符を取り出し、二つを組みあわせた。


「確かに。それにしても……随分と人間に近いな、お前は本当にトゥースか?」

「……」


 僕はリカンの指示通りに行動してみた。


「ッ! リ、墓石リムストーンの色の瞳、その鋭い眼光――ッ! し、失礼した! 仕事の話に移ろう」


 通用してしまった。するなよ。


「…………」


 まぁ、何時ものことだ。だから僕は何時も通り、少しだけ傷付いた。







 担当者から聞いた話は長かった。

 長かったので、諦めて端末に録音しておいた。

 その際、僕の相槌が『成程』だけだとサボっているのがばれてしまうので『流石です』『知らなかった』『凄いですね』『折角ですので』『ソーナンス!』で対応しておいた。俗に言うキャバ嬢の『さしすせそ』だ。上手く行ってしまったことに、少し不安を覚えたが、それ以上に、名前を忘れてコレを覚えている自分には恐怖を覚えた。


「……」


 前金を受け取った僕は、打ち合わせ相手が注文してくれたコーヒーを飲んで十五分ほど時間を潰してから喫茶店を後にする。

 サングラスを掛け、肩で風を切って歩く。

 待ち合わせ場所に近づいた僕を見つけたのはルドだった。

 短い脚でドタドタと駆け寄って来た。後ろ足で立ち上がり、飛びかかって来たので、軽く肩を叩いて、頭を撫でてやった。


「あえ? ルドちゃん走ってったからもしかしたらー思てたけど、やっぱり、おにぃさんやぁ、早ない? もう打ち合わせ、終わったん?」

「おわったん」


 首を縦に、かっくん。

 今回の同行者の一人であるアカネにそう返事をしながら、周りを見渡す。同行者の数が減っている。


「コウコさん達は?」

「食料の買い出しやぁ、未号と寅号、亥号が付いてってん」

「成程」


 頷く。

 荷物持ちと護衛が付いているのならば、問題は無いだろう。


「僕も買い物に行きたいのですが……」

「えぇよ? 財布の代わりやろ? ウチ、その為に残っててん」


 断っておくが、僕はヒモでは無い。

 トゥースである体でこの街に入っている僕は左腕のクリスタルや、端末を使っての買い物が出来ない。やると人間であることがバレる。だが、現金を左程持っていないので、電子マネーで買い物をする必要がある。

 ジレンマだ。

 それを解消する為に、今回、何人かと一緒にこの街へ入っている。


「若さん心配しとったけど、おにぃさん、ちゃんと仕事できたん?」

「まぁ、一応は……」

「へぇ、今回の依頼はどんなんだったん?」

「……それは、アレです。……アレをアレする依頼です」

「おにぃさん」


 アカネがにぃーと笑う。


「ウチ、その場に居らんかったけどな、多分、もうちょい具体的だったと思うわぁ」

「……」


 僕もそう思う。

 帰り道で録音を聞いて内容を確認しておこう。








 アレをアレする依頼の詳細を語るならば、強奪、若しくは破壊だった。

 そこそこの大企業に属する依頼主が研究している内容がある。

 そんな彼よりも先に同じ研究で成果を出した奴が居た。

 そいつはスリーパーだったので、僕らの優しい、優しい依頼主サマは自分の名前で発表させて『あげる』と言う提案をしたのに、拒否された。

 だから、成果物を強奪して、依頼主サマが発表するらしい。それが無理なら壊してしまえー……と、言うわけだ。

 その為に、輸送中の部隊を襲うのが僕の仕事だ。


「……」


 悪役側じゃないか。

 心情的にはターゲットの護衛に付きたい位だ。

 だが、金銭的事情により、僕は悪役側に付く。リカンも当初の契約通り。「これ、拒否しても良い依頼であるぞ?」とは言ってくれたが、まぁ、受けることにした。

 食い扶持が増えたから金が無いのだ。

 僕の道徳的に、成り代わりの発表は許容できないが、破壊ならギリギリ我慢が出来る。

 血と涙と汗の結晶を壊すことになるので、スリーパーの製作者には少しばかりの心苦しさを覚えるが、僕は飲み込んだ。

 今回の仕事に辺り、僕は自分の小隊からメンバーを連れてきて――いない。

 僕の小隊に組み込んだ皆様は、まぁ、人間村での扱いからも分かる通り、大半がスリーパーだ。流石にこの仕事は割り切れないだろう。

 見知らぬ世界に起こされた同胞の努力の結果、それを壊すのだから。


「……そんな分けで、諸君、いつものイカレタメンバーでのお仕事です」


 ――ピッ、と言う電子音に、ひゃん、と言う吠え声が返る。十二機のモノズと一匹の犬が僕の頼もしい、いつものメンバーだ。


「さて、最終確認だ」

「今回、原則、殺しは無しだ。流石にそこは許容できない」

「何時もよりも安全マージンを大目に取り、ヤバくなったら逃げる、を徹底すること」

「子号、未号、午号、それとルド、僕と組め。S1だ。基本、攻撃は僕がする。君達はサポートだ」

「卯号、巳号、それと亥号、S2。リーダーは卯号だ。渓谷に誘い込んでから襲うので、後方に潜伏を。巳号は狙撃、亥号は弾を撒いてくれ。君達が初手だ。注意を引け」

「申号、酉号、戌号、A1だ。リーダーは戌号。正面からの襲撃だ。君達が一番危険だ。良いか、戌号。撤退の判断は君に預けるが、少しでもヤバいと思ったら逃げろ」

「丑号、寅号、辰号、君達はA2だ。リーダーは丑号、積み荷から護衛を引き出したら辰号は砲撃を、それ以外の攻撃アクションは原則禁止だ。辰号がいる君達のチームが恐らく一番足が遅い。丑号、撤退の際には牽引も考えてくれ」

「以上だ。何か質問はあるだろうか?」

「――良し、では作戦開始は一四〇〇とする」

「時刻合わせ。――3、2、1、アジャスト」


「では、いつものメンバーでいつも通りに行こう。兎に角勝てオーダー・トゥ・ウィン、だ」

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