V.S “あたり”
遭遇戦の心配は無い。
だから頭部装甲ではなく、愛用の帽子を深く被り直す。
切り立った崖の間を縫う様に奔る細い川。
確実に相手が通るという理由から、この場所を選んだのだが、拙かったかもしれない。
地図上では気が付かなかったが、崖の上から谷側を撃つことが酷く難しいし、それを嫌って谷に降りると、勾配が無さ過ぎて伏せ撃ちが出来ない。所々にある大きな岩が邪魔をする癖に、ならばその石の上で構えようとすると、水と時間によって形を整えられた丸い岩はどうにも不安定だ。
「立射、膝射、せめて座り撃ち――いや、」
ふと、思い立つ。何故僕が環境に合わせてやらなければならないのだ? 環境の方を僕に合わせれば良いのではないだろうか?
そんな、考え。
S1のメンバーを思い浮かべるルド、子号、午号、そして――手先が器用な未号だ。
ネックレスを握る。時計を見る。潜んでいた卯号からの通信内容を思い出す。接敵までは、約十分。ゼロからは無理だ。ゼロからは無理だが――
「未号、午号、この岩の上を平らに慣らして狙撃ポイントを造るのにどれ位かかる?」
――――――――ピッ!
数秒の思考、未号の目が瞬く。
回答:案①削り→所要時間:十五分 懸念事項アリ、削りカスが残る件
回答:案②埋め立て→所要時間:五分 懸念事項アリ、我らの癖により、下手をすると友の関与が疑われる証拠が残る件
「……案②で行こう。ただし、埋め立てる際に一緒に爆薬を入れておいてくれ」
どちらにもデメリットがある。
だが、そもそも間に合うのは一つしかないし、証拠が残ると言うのならば証拠を吹き飛ばしてやれば良いだけだ。
「未号、午号、頼む」
僕は指示を出した。
六分が経った。
僕は岩を包むようにして造られた狙撃ポイントに伏せる。情報処理の片手間で子号が造ったクッションを銃の下に引く。
更に五分が経った。
三百メートル先で潜伏しているA1から目視発見の報告が。
そして、ターゲットを尾行していたS2からは配置完了の報告が。
それぞれ届いた。良し、それでは――
「仕事の時間だ」
スコープの中にムカデを纏いながらもどこかリラックスした様子のターゲットを置き、呟く。
その言葉が合図になった。
瞬時に合わせた照準の中、運転席の青い髪の女が慌てるのが見えた。車体が傾き、一瞬、スコープから消える。追ってみれば、慌てて車外に出ていた。その視線は、車体後方を見ている。
巳号の仕事だ。後輪代わりのモノズを一つ撃って、車輪の役目を放棄させた。
クリスタルには届かなかった様で、女が駆け寄ると、無事であることを示す様に転がっていた。
「……」
撃てるか? 撃てるな。だが、今は未だ“僕”を隠しておきたい。
深呼吸をした。吸って、吐いた。殺気を混ぜて吐き出した。
亥号が撃つLMGが、スコールが鉄を撃つ様な音を響かせている。
A1がソレに隠れる様に静かに動き出した。
待て。
未だ、待て。
僕は青髪の女から視線を切る。助手席から降り立った赤髪の男を見る。
アレが、本命だ。
僕と同じくスリーパーだ。そして、科学者で、兵士だ。
依頼者から資料は貰っている。
彼はデザインチャイルドだ。
コンセプトはバトルフィールド・メカニック。戦う技師さん。
制作されたのは今から五十年前。九割九分が失敗作で、僅かな成功作も再現が出来ず予算不足になり、更に倫理観の問題点から凍結されたプロジェクトの残滓、それが彼、一年前まで眠っていた一方通行のタイムトラベラーだ。
そう、“あたり”だ。
彼は頭が良い。彼は強い。
名前は確か――エンドウ。名字の様だな、そんな感想を持った。
彼は解凍後、記憶が無い状態から成果を出し続け、僅か三か月で自分を買い戻し、同時期に解凍された“はずれ”だったスリーパーの少女の為に会社を興し、新たな技術を作り出した。
僕にはとても出来ない。
だが、彼は中途半端だ。科学者でもあり、兵士でもあるが故、どっち付かずだ。
そう言うことだ。
A1が攻撃を開始。
戌号と申号がターゲットの背後から接近し、噛み付き、切り付け、傷つけ、出血させる。
その後は留まらない。そのままS2と合流すべく走りながら、戌号と酉号が背面走行&軌道射撃と言う高等テクニックを見せながら挑発する。
サニーボーイズは見事に釣れた。
見事に青い。大事な大事な研究成果を放置し、頭部装甲を身に着け、A1達を追う様に離れていった。
僕が指示を出すまでもない。
崖の上が一瞬、ちかっ、と光り、太陽光を収束した様な極太の光が降り注ぐ。
光線はトレーラーの荷台を焼き潰した。
任務完了だ。そう思った。端末にメッセージが来た。崖の上に陣取った丑号からだ。任務完了の報こ――
「っ、」
息を飲む。
緊急事態:積み荷が空である件。
どういうことだ? 考える。読まれていたのか? そうだろう。ならば、積み荷は何処だ? 知るか。僕ならどこに隠す? 身に着ける。ならば――
スコープを覗く赤髪の男を見る。
彼は、軽く、耳を抑える仕草をしていた。
彼が、振り返った。
「!」
目が合った。気がする。
ぞわ。背中に冷たいモノが奔る。
伏せ撃ちの体制から転がる様に横へ。そこに叩きつけられる――タイガークロー。
鋼の虎が先程まで僕が居た場所を砕いていた。
「ッ、の!」
拙い。ヤバい。とても拙い。
この距離は僕のモノでは無い。
準備も無く、距離を詰められた。落ち着け。言い聞かせる。落ち着かなければならない。分かっている。
なのに、
突然の不意打ちに早鐘を打つ心臓は一向に静まらない。
何が
何故、少しばかり経験を積んだからと言って良い気になったのだ。
相手は、天才。
凡人の努力を嗤う者。愚者である僕が何をいい気になって居たのだ。
馬鹿が。
――いや。良い。気にするな。
次からは気を付けよう。このことを肝に命じよう。
その為に――
「――」
今。『次』を造る為に動け。
勢い良く腰を落とす。ネックレスが跳ねる。それを咥える。舌で骨なぞる。舌を切る。痛み。そして、鉄の、味。すっ、と熱が引いた。
僕は眼前の鋼の虎を見る。
尾が揺れる。その外観とは裏腹に、生物の様に柔らかく動く。
その関節には、ツリークリスタルが――いや、シンゾーの隠し玉と同じ超小型のモノズが埋まっていた。
相手側の研究内容を思い出す。
『多数のモノズの思考統一を用いての行動制御』
これがその成果か。無数のモノズが一つの生物の様に振る舞い、一匹の虎が目の前に居た。
じり。
足の裏が土を噛む。
この状況だとあれ程頼りになって居た伍式が酷く邪魔だ。長い。思い。構え直す間に頸動脈を噛み切られるヴィジョンが見えた。
僕と虎は睨み合う。そこに――
「は? や、馬鹿ッ!?」
ルド、まさかのドッグクロー。
若さ故だか何だか知らないが、無茶すぎるッ! お前が寝床に持ち込んでたまに振り回してる人形と同じ様な目に合わされるぞ!
だが、違った。
ルドは僕より賢かった。
鋼の虎が自身より遥かに小さいルドの一撃を『必殺である』と判断し、飛び退く。躱され、ルドが撃った地面に奔るのは――紫電。
そうか。そうだ。
サンダーボルト種であるルドは天性の
――グルルゥ!
――……
紫電を纏い、牙を剥く小さなルドを避ける様に機械の虎が無言で弧を描く。
虎は、ルドに庇われる様に立つ僕を狙うが、僕の頼れる小さな騎士サマはそうはさせん! とステップを踏む。
ありがたい。時間が出来た。二秒。マップを見て現状を把握。三秒。思考を尖らせる。
頭の何処かで、時計の秒針が、動く音がした。
「(A1、A2、S2、撤退。S1、建材用意。ルド。良い。
口元を手で隠し、小声で指示を飛ばす。
小さな騎士サマは僕の命令が意外だったようで、振り返ってしまう。
まだまだ未熟で可愛らしい。
その演技のない行動故、機械の虎はその隙をチャンスと捉え、何の疑いも無く飛びかかって来た。
首を、狙われている。
感覚でそれが分かった。分かっても僕では避けきれない。だから手に持って居た伍式を間に入れた。金属音。生物ならば、顔に息が掛かっていただろう。極、至近距離にて無機質な緑色の瞳が僕を見据える。吹き飛ぶ。
突進の勢いを殺せず、その重さを殺せず、僕は殺される寸前に持っていかれる。
背中が崖に辺り、止まる。
ルドが人形にする様に、虎は僕を振り回し、地面に叩きつけた。
「――か、ぁ」
組み伏せられた。空気が漏れる。地味に痛い。とても痛い。
それでも僕は伍式を離さなかった。
だから――
「僕の、勝ちだ」
僕は、笑う。笑って、機械の左足を折り曲げ、虎の腹に当てる。
「
伍式を手放す。
僕は二度と使わないと誓った機能を開放した。
ジェット噴射。僕の左足が火を噴き、虎を吹き飛ばす。
反作用で吹き飛ばされる僕の背中には地面が、あるいは崖がある。
虎の後ろには何も無い。虎は吹き飛ばされ、造った狙撃台にぶち当たり、一瞬、止まる。
「今だッ!」
僕が言う前に子号は動いていた。未号と午号もそれに続く。
吹きかけられる建材。水分量は少なめで、粘土が高い。そして量が多い。虎の動きが止まる。
「S1、撤退! 午号ッ!」
モノクになって居た午号が猛スピードで僕に駆け――転がり寄る。その背に跨り、スロットを開ける。加速、景色が飛ぶ。並走して、ルド、未号、少し遅れて子号が続く。
スプリント。一気に距離を稼ぎ、一瞬、振り返る。
――大丈夫だ。巻き込まない。
「子号、やれ!」
――ピッ!
電子音、数舜、遅れて爆発音。
狙撃台が火柱を挙げて弾け飛ぶ。
そこに張り付けた虎の体がバラバラに吹き飛ぶのが見えた。
ギリギリだ。危なかった。それでも――
「僕の勝ちだ」
呟く様に、もう一度。
僕はその言葉を口にした。
あとがき
NGシーン
焼け焦げ、ゆっくりと倒れて行く機械の虎をルドルフは捉えていた。
”成った、か――”
戴天剣法が裏秘奥義、『紫電掌』。今ここに……絶技、開眼。
NG理由
・主人公が交代してしまう。
・ルドルフには別に妹はいない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます