雑なイキモノ
「どや、おにぃさん? 若さんからコーヒー豆もろたからそれで淹れてみたんやけど?」
「香りが良いですね。何時もの豆とは明らかに違います」
「あはは、豆の種類は一緒やでー」
「……」
「砂糖の量はどないやー?」
「丁度良いです、程よい甘さだ」
「砂糖、入れとらんけどなー」
「……」
「……」
「こ、このコーヒーは……」
「『このコーヒーは?』」
――ホットですね?
――そこまで曖昧になるんかぁーい!
「違いの分からないおにぃさんでも分かってしまう、明らかな違い――」
「――それが、M〇Xコーヒー」
いぇーい! CMに付き合ってくれたアカネとハイタッチをした。
「と、言うわけで練乳下さい」
苦いです。
「おにぃさんに渡すとアホみたいに入れるからウチが入れたるなー」
そう言って練乳を、にゅー、と絞るアカネにお礼を言って、コーヒーを飲む。
「練乳変えた?」
「砂糖の有無にすら気が付かんのに、それには気づくんかぁーい」
と、そんなことが今朝あった。
何が言いたいかと言うと、僕は、違いの分かるこだわり派の男だと言うわけだ。
「……なので、B型伍式狙撃銃以外は、要りません」
「うむ。ただの我儘であるな」
レオーネ氏族の武器庫で僕とリカンは並んでそんな話をしていた。
先の仕事の際、僕の愛用していたB型伍式狙撃銃が壊れた。
機械の虎に噛まれた時点でアウトだったような気もするが、その虎と一緒に爆破してしまったのだ。
機械の虎に何やらライバル意識を持った寅号が撤退命令を無視して、その最後を撮影していたので、明らかになったのだ。
爆発映像をスローにする。拡大する。更に拡大する。
お分かりいただけただろうか――。
寅号に映像を見せられていた時、僕の脳内にそんなナレーションが響いた。
お分かりしたが、お分かりしたくなかった。
余り物には執着しない僕だが、伍式は今の背骨よりも付き合いが長い。
仕事から帰り、その映像を見せられた僕は流石に凹んだ。その日は布団に潜る様にして寝た。
寅号が他の十一機のモノズに小突かれていた。あーやーまーれーよぅー。そんな感じだった。
まぁ、だが壊れてしまった物は仕方がない。
人間生きてりゃ死亡率100%とは誰の言葉だったか?
何時かは死ぬし、何時かは壊れる。
だが、狙撃銃が壊れた僕は、リカンに言わせると――
「カレーのないカレーライスであるな」
「お店とかで、出て来たら詐欺ですね」
「狙撃手を雇ったのに、狙撃手では無かった。そんな感じであるな」
「……クビですか?」
お世話になりました。
僕は人間界に帰ります。
「いや、未だこき使わせて貰いたいである」
だから新しい銃をくれてやる、とリカン。
そんな分けでレオーネ氏族の武器庫にやって来たのだが、そこにはB型伍式狙撃銃は無かった。
値段が高い=良い銃。
そんな理論でユーリが僕にくれた伍式は、結構古い。
後でユーリも気が付いたらしいが、伍式は今、生産されていない。その癖、愛好家が多い為、良いお値段だっただけで、性能はそれ程良いわけでは無い。
だが、愛好家が多いのには理由がある。
紛れも無く名銃なのだ。ちょっと重いけれども、熱による銃身の変形が少ないので、長期戦の時にその違いが大きいのだ。
違いの分かる男である僕はリカンにそんな説明をした。
「そうであるか。取り敢えず、これをくれてやる。同じタタラ重工製でボルト・アクションだから問題無いであるな?」
だが、リカンには通じなかった。
適当な狙撃銃を渡される。僕は露骨に嫌な顔をして受け取った。
そんな僕にリカンは優しい瞳で言う。
「大丈夫だ、ラチェット。自分を信じろ。お前の狙撃の腕はこれ位では変わらない。何故ならお前は――」
――自分が思っているよりもずっと雑なイキモノである
「……」
そのひょうかは、どうかとおもうー。
新しい狙撃銃との付き合いも三日になった。
その間に、一度、リカンと仕事をした。
暗殺の仕事だったので、駆り出された僕だが、きっちりとターゲットをヘッドショットで仕留めた。問題ないであろ? と、言うリカンのドヤ顔に、少しだけ腹が立った。
このままでは雑なイキモノと言う評価が正しいモノになってしまう。
何とか『適応能力が高いイキモノ』辺りに変更出来ないだろうか?
トーチカの自室でそんなことを考えながらルドと遊んでいると、扉がノックされた。
「? はい、どうぞ」
誰だろうか? そんなことを考えながら、声を掛けると何時ぞやの糸目チャイナさんが入ってきた。
ルドと遊んでいた僕は、床に座っており、この位置からだとスリットが凄いことになってしまう。僕は紳士なので、立ち上がった。ルドが、しゃがめおらぁー、と飛び付いてきた。
「少々、お時間いただいてもよろしいでございましょうか?」
相も変わらず嘘くさい笑顔のチャイナさん。その手には何やら包みを持って居た。
銃だ。
瞬時に僕は判断する。ルドも、モノズ達もだ。
軽く、それでも少しでも不審な動きを取ればハチの巣を一つ用意出来る位には臨戦態勢を取る。
「……もう少し、危機感の無い方かと思っておりましたが、いやはや」
流石にコレは怖いらしい。
嘘くさい笑顔の口の端が軽くひくついて、初めて感情らしい感情が見て取れた。
少しだけ、警戒を解く。
「何の御用でしょうか?」
「えぇ、はい。ラチェット様が伍式狙撃銃をお探しとのことでしたので、勝手ながら――」
言いながら包みを足元に置き、剥がす。
「ご用意させて頂きました」
そこには見慣れた伍式狙撃銃があった。
「……」
「おや? 余計なお世話でございましたか?」
受け取らない僕を不審に思ったのか、そんな言葉が投げられる。
「いえ、大変ありがたく。ただ――」
ゆっくり、手を挙げる。
ルドが唸り、モノズ達が銃器を表に出す。
軽く、ではない。完全な臨戦態勢だ。僕が手を下げれば、一つの命が終わる。
「答えろ。命令だ。何故、捕虜である君がこれを用意できた」
「いやはや――少し、馬鹿にし過ぎましたね」
降参でございます、と両手を挙げるチャイナさん。
細い目が薄く開かれる。
その目はこんな状況でありながら、愉悦を孕んでいた。
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