尋問
リカンが僕に言う。
「お前、こういうのは得意であろう?」
肩を叩き、後は任せたと立ち去る四つ腕に返事代わりの溜息を吐き出し、足元を見る。
簀巻きにされたチャイ――マーチェさん。
服装に乱れは無い。傷も無い。まだ、『そういう』聞き方はしていないようだ。
正解だと思う。
相も変わらず薄い笑いを浮かべてこちらを見ている彼女は、多分、そう言うのでは喋らない。何となくだが、そんな予感があった。
面倒だ。
僕はそんな彼女を尋問しなければならないらしい。
別に得意でも何でもない。
丑号が椅子を持って来た。微妙に熱い。態々造ったらしい。建材を使ってパイプ椅子っぽく造っている。嫌な予感がした。
「取り調べセットは要りませんよ?」
建材を無駄遣いするなよ? と、釘を刺す部屋の隅で何か作業をしていたモノズ達が固まる。次の瞬間、造りかけの『何か』を齧り、建材と土に再分解していた。造っていたらしい。
「さて……」
椅子に座り。マーチェさんを見る。
手を伸ばし、ふくらはぎを押す。柔らかい。筋肉が無い。兵士ではない。
「おや? そう言う訊き方をなさりますか?」
「いえ、全く」
答えながら、手を見る。見ても良く分からな――
「結婚線、薄くないですか?」
「なるほど、心を傷つける気でございますね?」
「? 傷付かないでしょう?」
貴女は別に結婚に興味が無いタイプだろう。
言いながら、少し失礼して、服をめくり、背骨を確認する。
人口脊髄にちゃんと代わっている。それ位しか分からない。
少し、考える。骨のネックレスを握る。タイマーを起動、三分だ。考えている最中にくしゃみが出た。考えが散らかった。もう、良いや。考えるのを止めた。でも、タイマーが鳴るまでは考えるフリをすることにした。
「スパイ、商人。その辺りですか?」
「根拠を御聞きしてもよろしいでしょうか?」
「兵士ではない。技師には見えない。でも一般人にも見えない。身体に訊いても答えないと言う予感がある。だが、訓練をされているのか、先天的なモノかが分からない。だから取り敢えずこの状況でありそうな職業を挙げてみました」
「ケーキ屋さんでございます」
「昔の夢が、ですか? パティシエは結構腕に筋肉が付くらしいです、よっ、と」
一応、二の腕も押してみた。ぷにっ、としていた。
「おや、残念、バレてしまいましたね。……一応、聞きたいのですが、商人は何処から?」
「頂いた狙撃銃を用意するのが随分と早かったので、在庫をお持ちなのかな、と」
思っただけです。
スパイだとしても筋肉が無さ過ぎますしね。
「良い読みでございます」
「正解ですか?」
「はい」
おめでとうございます、とマーチェさん。
ふむ。そうか。商人か。本当かどうかは分からないが、情報を出した。出したなら。
「椅子をもう一つ頼む」
モノズ達に椅子を造らせ、簀巻きのマーチェさんをそこに座らせる。
「おや、状況が改善されましたね?」
「商人、とのことですので」
「? 何か関係があるのでございますか?」
「えぇ、当然です。商談をするのにあの体制では辛いでしょう?」
本当かどうかは分からない。分からないが、情報をだした。出したのならば――
その
対話をする。
矛盾が出れば商人は嘘である。
矛盾が出なければ商人である。
商人で無いにも関わらず、商人だと思わされたのならば、僕の負けだ。
「扱っている商品は武器ですか?」
「武器も、でございます。戦闘に関わる物でしたら、凡そは」
「例えば?」
「ムカデ、モノズボディ、設計図、情報、あぁ、傭兵も取り扱っております」
「傭兵?」
「こちらでお世話になっております黒天の騎士団は弊社の商品でございます」
あれ? 本当かもしれない。
ここで別の人間、それも多くの人間を挙げる必要は無い。
人数が多ければ情報が洩れる可能性は多くなる。上手くない。
端末は通話しっぱなしだ。外のリカン達が動くだろう。裏は取れる。そっちは任せよう。
だから僕は考え続けろ。
本当は、黒天の騎士団が全く関係なかった場合を。
何のメリットがある? 何かメリットがあるはずだ。考えろ。考える。考えた。……駄目だ。わがんね。諦めるべ。
「モノズボディも扱う、とのことですが、パンフレットとかありますか?」
「こちらです」
クリスタル用いた単距離通信で、データが送られてきた。子号に回し、ウィルスが無いようだったら、欲しいものがあるかを全員で見ておくように言う。
「次に、傭兵に関してですが、彼等は現状、売約済みですか? あー……今、レオーネ氏族に雇われていると言う状況ではなく、貴女の狙い通りで、と言う意味で、です」
「いえ、未だ、でございます。売り込みはこれからの予定でございました」
「これから?」
「近々、戦争が――あぁ、戦争とは言ってもトゥース同士の部族衝突が発生いたします。そこで売り込む予定でございました」
「どうやって?」
「企業秘密でございます」
「……トゥース同士の戦争と言うのはレオーネ氏族と何処か、と言う認識でいいですか?」
「はい。その通りでございます」
「相手は?」
「企業秘密でございます」
顔面を殴ってみた。
「相手は?」
トーンを変えずに、もう一度。
「企業秘密でございます」
「左様ですか」
鼻血を出しながらも、トーンが変わらないので、諦めた。殴りなれていない癖に思いっきり殴ったので、手が痛い。凄く痛い。後ろに隠した。
「先程、情報が商品だ、と言っていましたが、購入することはできますか?」
「……言い方が拙かったですね。我々は情報屋では無いので、売ることはできません。サービスでお付けする、と言う形を取らせて頂いております」
「成程。では、最後に。――何故、僕との接触を図った」
「仕入れ、でございます、はい。ラチェット、いえ、トウジ様、貴方は、高く売れる」
「僕の評価は高いようですね?」
「えぇ、とても」
そうか。そうなのか。ならば商売をしてもらえるのだろう。
一息。モノズ達に向き直る。
「欲しいモノはあっただろうか?」
――ピッ!
卯号が前に出た。他は要らないらしい。では――
「卯号のボディを一つ。また、それとは別に、モノズボディを三十機と、ムカデを幾つか買えば相手の情報は貰えるだろうか?」
僕のその言葉に、マーチェさんがにっこりと笑う。鼻血を出している癖に良い笑顔だった。
「お買い上げ、ありがとございます」
「……」
背中が寒くなる様な笑顔だった。
僕は確信した。商人は多分、勇者より強い。
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