バーリートゥード

 レオーネ氏族は傭兵部族だ。

 “耳”と呼ばれる御用聞きが各地から依頼を受け、それを実行部隊に割り振り、仕事をする。

 小さい仕事だと、伝令役から伝えられるだけだが、月に一度ほど、序列二十位までの連中は集められ、大きな仕事を族長直々に割り振られる。

 まぁ、実際には開始五分でその辺は終わって、あとは飲み会だ。

 各自、つまみを一つ用意して来いと言っていたので、僕は取り敢えずジャガイモと玉ねぎを炒めて胡椒を振りまくった料理を持って行った。

 因みに、僕が料理を持って来た際の皆さんの反応は、こうだった。


「ほほぅ、そうか、今日はラチェットが居るのか、人間の料理、期待しているぞ!」

「おい、ラチェット! 今日のつまみ、楽しみにしておるぞ!」

「前回、前々回、つまみ選手権の優勝者は吾輩であった。――ふっ、気が付いたか、ラチェットっ! 今回は吾輩と貴様の一騎打ちだぁぁぁぁっ!」

「おや、ラチェット様、お荷物が重そうですな? ワタクシが持ちましょう、えぇ、ワタクシが! 序列第十位、フリーゲがっ! お持ちいたしますぞ。何、お礼など不要でございます! ただ、おつまみ分配の際に、このことを思い出していただければ! えぇ! ワタクシ、見た目が人間から離れすぎているので、街に行けず、今回の飲み会を楽しみにしておりました!」


 そしてそんな皆さんの、僕がタッパーを開いた際のリアクションは、こうだ。


「……」

「……」

「……」

「ただ切っただけのジャガイモに、玉ねぎを炒めた物……です……と……っ!? 一見して、乱雑っ! しかし、しかしっ、ワタクシは感じますぞ、この料理のポテンシャルを! ……では、味見を……むぅっ! 一応、火を通しているものの、火の通りは不十分で、不均一! 芋の芯が残り、玉ねぎは辛いッ! それを誤魔化すように振りかけられた胡椒が固まり、時折罠の様に口内を蹂躙するッ! ――こ、これがっ、人間の料理っ! うっ、美味いっ! うーまーいーぞぉぉぉぉぉ! ラチェット殿っ! ワタクシ、感動しましたぞっ!」


 大好評だ(一部に)。

 そして人類が誤解された(一部に)。

 まぁ、大半は期待との落差からお通夜の様になってしまった。申し訳ない。

 そして僕の中で序列第十位の好感度が急上昇だ。名前も覚えた。フリーゲだ。つまりは、猫耳眼鏡よりも彼は僕の中で好感度が高い。


「……」


 主にフリーゲ、それとお情けでリカンとシュヴァンツさんが手を付ける位なので、僕のおつまみは減っていかない。仕方がないので、僕も食べる。……言うほど悪くは無い、と思う。胃に入れば全部同じじゃないか。


「――」


 芋をもそもそ食べながら、アルコール度数が低い酒を何かの乳で割って流し込む。

 そんな作業を繰り返していたら、突然、序列第一位のリカンパパが手を叩いた。注目が集まる。


「楽しんでいるところ、済まぬが、ルックスからラチェットへ要望――と、言うか苦情があるそうだから聞いてくれ」

「それは――おつまみのこと、でしょうか?」


 もっしゃもしゃ。


「いや、それに関してだったら我から言う」


 真顔だった。


「……息子さんは美味しそうに食べてくれてますが?」

「美味くはないであるっ!」


 リカンが叫んだ、同じ様にお情けで食べてくれているシュヴァンツさんが頷いていた。肩を叩かれた。振り向く。「ワタクシは美味しいと思いますぞ!」サムズアップしたフリーゲが居た。僕の中でのフリーゲ株の上昇が止まらない。どうしよう。

 そんなことを考えていたら、一人の男が立ち上がった。席順から判断するに……序列十七位。イービィー並に人間近い優男だ。人間目線から言うとイケメンに見える。


「ボクが今回上げる議題は、彼が独占した女に関することです」


 優男はその外見に良く似合う甘い声でそう言い、僕ににっこりと笑いかける。


「……」


 来たか。

 来るとは思っていたので、覚悟はしていた。それでも、一度、宴会の雰囲気に身を置いてしまった後だ。切り替えた方が良いだろう。僕は手元にあった杯を一息で飲み干した。


「――、」


 ぐわぁん、と頭が揺れる。視界が揺れる。

 忘れてた。酒だコレぇー……。

 揺れる頭を押さえ、呼吸を一回、二回。それでどうにか視界の平衡を取り戻した。


「皆さんも知っての通り、先日、ラチェットさんは人間村から何人かを選び、自分の小隊に組み込みました。それは良い。ですが、その際、明らかに彼では戦力として扱えないモノを引き抜いています。そう、人間の女です」


 周りを見渡し、身振り手振りで大げさに。

 劇場で観客を相手取る様に優男は振る舞う。

 彼は自分に視線が集まっているのを確認し、満足そうに頷き、言葉を続ける。


「人間である彼の主張は分からないでもありません。同族を守っているのですから! ですが、これは我々側からすると大きな問題です! 生産が出来ません!」


 叫ぶ。だが、同調は少ない。

 当然だ。ここに居る連中だと、その問題点は、問題になっていない。何故なら――


「一般的に、人間相手よりもトゥースを相手にした方が性能が良いモノが造れる――そう言う認識なのですが?」


 余程相性が良くなければ、人間を使う意味は無い。


 ――でも、おれとトウジは相性が良いぞ? だからヤろう。今夜ヤろう。ちょっと変態なのでもおれは受け入れてやるぞ、トウジ!


 以前、知り合いがそんなことを言っていた。僕はノーマルだと主張しておいた。


「そうです。ですが、相手が居ない者も居るのです」

「成程。貴方はそう言った者の代表と言うわけですか?」

「はい、恥ずかしながらボクは余り女性に縁が無く、彼等の気持ちが分かるのです!」

「序列二十位以内でモテないと言うのは無いでしょう? 僕ですら声を掛けられましたよ? 何か致命的な問題でも――あぁ、そうか、」


 一息。


「小さいんですね」


 僕はにっこり笑い、優しく言った。

 何人かが噴き出す。

 優男が真っ赤になった。口をパクパクさせている。この切り替えしは予想外だったようだ。


「大事なのは愛だと聞きます。頑張って下さい。他の下位の方にもそう伝言を。態々性能が低いモノを造ることもないでしょうから、特に問題はありませんね」


 はい、この話、お終い。

 僕は話を切り上げ、おつまみの処理に戻――


「……待てよ、ラチェット」


 声を掛けられた。視線を向けると全身キチン質、鎧を纏った様な見た目の大男が居た。序列は――二十位か。


「俺は相手が居る。だが、快楽の為に使っている。だから返せよ、なぁ?」

「……」


 すっ、と目が細くなる。

 零れそうな感情を、呼吸と共に吐き出し、平静を保つ。――あぁ、無理か。無理だな。


「だったらオ〇ニーでもしてろ。やり方が分からないなら僕が教えてやるぞ、ぼくちゃん?」

「おいおい、そんなモンで俺が満足できるわけないだろ?」

「あぁ、やり過ぎて飽きていましたか……失礼しました、自慰を極めし者オナニストさん」

「……人間風情が調子に乗るなよ」

序列二十位雑魚が吠えるなよ」


 ちりり。

 空気が焦げる。一触即発の空気だ。僕はヒップホルスターの拳銃を意識し、オナニストは全身の筋肉を張らせる。

 トゥースの文化は強者至上主義だ。

 ここまで来たら、最早誰も止めない。

 僕とオナニストが立ち上がり、テントの外に向かう。

 月明かりに、家々の明かり。闇を薄く溶かす明かりの中、ゆっくりと向かい合う。


「……こう言う場合、レオーネ氏族でのルールは?」

何でもありだバーリートゥード。戦場だと思って来い」

「そうか、ありがとう」


 僕は、彼に頭を下げ――


「では、さようなら」


 次の瞬間、彼の右腕が吹き飛んだ。


「……………………………………え?」


 何が起きたかわからないと言った様子の序列二十位。

 ヒップホルスターから拳銃を抜き、そんな彼の両膝を撃ち抜く。同時に彼の左腕が吹き飛んだ。本日、二射目。繋がりっぱなしの端末からこちらの話を聞いていたモノズ達、その内の巳号の狙撃だ。


「まっ、待て! おまっ、ラチェットっ、待て! ルール違反だっ! 仲間を使うなんてっ!」

「? 何でもありだろう? 戦場の様に振る舞うのだろう? 僕はそう・・しているだけだが、何かおかしいのか?」

「当たり前だ! 一対一に決まっているだろう?」

「そうなのか。すまない。知らなかったんだ。ウチの中学だと『何でもあり』は『何でもあり』で、『戦場』で一人で戦うことは無いと教えられたので。君は、どこ中ですか? 異文化交流ですね」


 僕は笑う。笑って、喉を撃ち抜く。


「――――――――――――――――――」


 抗議の声は無音へと変わる。ソレを見て、僕は歩を進める。


「成程、今回は不幸な行き違いがあったようだ」

「だから僕は再度、仕切り直しても良いと思っている」

「だが、一応、勝者は僕だ」

「ケジメの為に君には頭を下げ、謝って欲しい」


 二十位が撃たれた膝を庇いながらも、必死で頭を下げる。だが、声は聞こえない。


「――、――!」


 孔が開いた喉は、ひゅーひゅー成るだけだ。


「どうした?」

「何故謝らない?」

「あぁ。成程、誇りを取るか」

「こんな不意打ちの様な戦いで命を散らすには勿体ない男だな、君は」

「では、僕は君の意思を尊重しよう」


 違う! 違うんだ!

 壊れたおもちゃの様にひゅーひゅー言いながら、首を振る二十位。

 僕は笑いながら彼に近づき、鋼の左で顎を蹴り飛ばし、仰向けに転がす。


「では、さようなら。誇り高きオナニストよ」


 銃口を目に向け、喉を踏みつける。


「あやヴぁる! ゆるじでクで!」

「……おや?」


 それで奇跡的に彼の口から声が出た。


「……」

「……」


 僕はにぃー、と、彼は口の端を引きつかせながら笑いあう。

 彼は謝った。謝ったのなら約束通り許さなければ男が廃る。だが――


「残念だ。頭を下げていない」


 僕は引き金を引いた。

 銃声が轟く。その数は二回。彼の目と同じ数だった。

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