仔犬

 宇宙人を殺すことは出来る。

 だから人間だって殺せる。

 それが普通だと思っていたのだが、実はそうではないらしい。

 僕がそのことに気が付いたのは最近になってのことだった。

 仕方が無い。まぁ、個性として割り切っておこう。


「……話せ」


 僕はアラガネの頭部装甲を纏ったまま、意識して低い声を出す。

 目の前にはムカデを無理やり引っぺがされ、手足を縄で縛られた三人の男が居た。盗掘者、或いは廃材漁り、言ってしまえば野盗、ディグともばれる反社会的組織の一員だ。

 宇宙人を殺せるから。人も殺せる。だから人殺しの仕事だって請け負う。僕の今回の仕事は盗賊団の壊滅だった。

 規模不明、武装レベル不明、モノズの数どころか、有無すら不明。依頼を直接受けた師匠が意図的に僕に情報を下ろさない為、何もかもかが不明のまま始まった仕事だ。


 ――パピー、犬は自分で情報を集めるものだ


 それが親犬である師匠のお言葉だ。

 僕はスリーパーから犬になった。

 ハウンド・パピー。それが今の僕のコードネーム。猟犬見習いの仔犬ちゃんと言う分けだ。がうがう。

 そんな分けで僕は今、やったことの無い尋問と言うものをやっている。

 どうやれば良いのかがいまいち分からない。困った。

「話せ」もう一度繰り返す。「誰が話すか! 解きやがれ!」唾を吐きかけられた「そうですか」仕方が無いので拳銃で目を撃った。弾丸は右目から頭に入り、脳を抉り、頭の後ろから飛び出した。まぁ、死んだだろう。だがダブルタップが基本だ左目も撃っておく。今度は何故か頭頂部から飛び出した。当たり所が悪く、頭蓋骨の中を奔ったのだろう。


「君たちの人数、武装、アジト、そう言ったものを話せ。僕はそう言っている」


 僕は意識して声のトーンを変えずにそう言った。


「――え?」


 だと言うのに、何を聞かれたのかが分からないと言うリアクションを返された。

 表に出ないように溜息を吐き出す。

 銃は駄目だ。痛みを連想させにくいし、加減が聞かない。尋問するならばそう言った痛そうで威力の調整が効きそうな物が必要だな。そう思った。だが手元にそんなものは無い。

 さて、『こう言うこと』に抵抗が無い奴は、巳号、申号、戌号に酉号、亥号いごう――


寅号とらごう


 見張りに立たせていた十二機のモノズの内、近接戦闘のスペシャリストである大型のモノズを呼び出す。


 ――ピッ?


 タタラ重工製近接戦闘モデルのモノズ・ボディ、ムラサメ。

 藍色の金属球がころりと転がってきた。


「ブレード、ロール」

 ――ピッ!


 僕の言葉に振動カトラス二振りを翼の様に広げた寅号が横回転を開始する。

 ィーーーン、と甲高い音が響き渡り、残りものたちが露骨に顔色を変えだす。やはり、音は大事だ。分かりやすい。


「話せ」


 僕はもう一度その言葉を口にした。

 残りの二人は聞いても居ないことも話してくれた。「命だけは!」と、言っていたので、止めは刺さない。控えめな要求だ。それ位は僕だって飲む。鬼じゃぁ無い。だが、騒がれても面倒なので猿轡を噛ませておく。


「子号」

 ――ピ!


 情報統合完了:全三組からの得た情報より、アジトの場所、規模を推定完了


「そうか」


 ならばもう彼等に用は無い。

 望み通り命だけは助けてやろう。そう思う。視界の端にもう二度と動かないし、喋らなくなってしまった小さい子供だった物が目に入った。


「――! ――!」


 僕の視線を追ったのだろう。盗賊の一人が騒ぎ出した。

 僕の心変わりでも心配しているのだろう。


「……」


 僕はアラガネの頭部装甲を外し、にっこりと笑う。

 大丈夫。安心してほしい。約束通り、命だけは、助けるさ。


「丑号、午号、亥号、土の確保は?」

 ――ピピッ!

 報告:済。開けた大穴に対する指示を待つ


 そうか。それならば――


「ここに貴方達を置いておいたとして、敵性宇宙人に襲われたら大変だ。なので、安全な場所に案内しましょう。――丑号、午号、頼む」


 盗賊の回答など待たない。僕は二機の大型モノズに盗賊達を運び、丑号達が掘った大穴に彼等を転がす。ついでに一人目だった『物』も転がす。


「―――――――――――――――――――――――――――!」


 何かを叫ばれる。良く聞こえない。聞こえないのだから耳を貸す必要は無い。


「何度も言うが大丈夫だ。僕は貴方達を殺したりしない。埋めたりはしない――未号ひつじごう。君が一番工作が上手い。ゲストの為に屋根を造ってあげてくれ。音が漏れると拙いからなるべく厚めに頼む。あぁ、空気穴を忘れずに」

 ――ピッ!


 未号が掘り出した土をガジガジ齧り、屋根のパーツを生み出していく。それを酉号、卯号が組み立てていく。この分だと直ぐにでも出来上がりそうだ。

 ほらね。と、肩を竦めてウィンクをしてみる「~~~~~~」何故だか泣きそうな顔をされた。失礼な。


「何度も言おう。僕は君達を殺したりしない。君達を殺すのは、時間だ。老いて死ぬ様に、時間が君達を殺す。簡単に言うと――」


 一息。


「乾いて、飢えて、死んで行け」


 この時代に宗教が有るかは知らないが、死にそうになれば祈りの一つでも上げるだろう。かなり徳が足りないが即身仏の出来上がりだ。







 出入口が一つしかない洞窟を根城にするとか馬鹿じゃないだろうか? そう思う。毒ガスでも入れられたらどうするのだろうか?

 そんなことを考えていたら黒いボディを持つ小型モノズが転がってきた。巳号だ。何故か小金持ちになっていた巳号はその資金でボディを買い替えていた。

 タガワ工業とやらで開発されたモノズ・ボディ、ナナフシ。

 作動音が極めて少なく、暗がりで止まっていたら先ず見つけることが出来ない隠密用ボディを持つ巳号は僕の思考でも読んだのか酷く物騒なことを言ってきた。


 報告:毒ガス準備完了な件

「――頼んで、いませんが? いや、その前にどうやって毒ガスを準備したのですが」

 持ち物自慢:我が身には、毒ガスのレシピ及び簡易化学ラボを搭載済みである件

「何故、そんな物騒なモノを……」

 回答:蛇っぽい件

「……」


 あぁ、成程。キャラ付けか。名前に合わせた能力を意図して選んだのか。面白いじゃないか。そしてごめんなさい。未号。困っているよね。君の名前は消去法で付けたんだ。


 戦術提案:出入口が一つしかない為、毒ガスの投入が効果的である

「駄目だ。人を攫っている可能性がある。毒ガスでそう言った人を巻き込む分けにはいかない」

 回答:にょろーん(´・ω・`)

「……」


 そう言うものは何処で覚えてくるのだろうか?

 僕は凹んだらしい巳号を追い返し、何時もの様に卯号と組む様に通達した。


「さて」


 帽子を深く被り直す。

 一つしかない出入口の無い場所をアジトに選ぶ様な馬鹿であっても、その出入口を抑えられたら拙いと言うことくらいは分かるだろう。


「子号、こちらに。観測手を頼みたい。丑号、未号、塹壕の作成状況を報告。巳号、卯号、潜伏準備を。辰号たつごう、入口正面へチャージ開始、戌号はその護衛をお願いします。その他は攻撃に備え待機、何か質問は」

 ――ピピピピッ!


 了解、完了、了解、了解、了解。モノズ達からの回答に目を通す。良し。


「僕と子号をS1、巳号と卯号をS2、その他をA1とする。リーダーは僕、卯号、戌号とする」

「辰号、準備が出来たら撃ってくれ。直撃は駄目だ。中にいる人が死んでしまうかもしれない。各員それを合図に交戦を開始とする」

「A1、出てきた敵との戦闘を担当、近接戦闘は避けて下さい」

「S2は指示があるまで待機」

「各員、何時もの通りにやりましょう。兎に角勝てオーダー・トゥ・ウィン。以上」


 指示を出し終えてから、十五秒が経過した。

 アロウン社製、光学兵装搭載型モノズ・ボディ、タラニス。辰号の身体であるソレが鳴動する。吐き出された極太のレーザーは洞窟の入り口の地面に大穴を開けて轟音を響かせる。

 慌てて出てくる盗賊達。合わせて、A1が塹壕まで下がる。それにあっさり釣られる盗賊隊。馬鹿なのだろうか? 何機かのモノズも見えた。彼等には悪いが死んでもらおう。契約した相手が色んな意味で悪かった。

 十五分経った。

 塹壕に隠れるA1に対し、盗賊達もモノズを使い、急遽陣地を造ったり、物陰に隠れることで応戦。犠牲者の出ない撃ち合いが続き、空気が緩む匂いを感じた。


 ――ここだ。


「S1リーダーからA1へ。三十秒後に撃ち方止め。S2、S1が撃ち切ってから三十秒後に攻撃開始」


 息を吸う。息を吐く。スコープを覗く。風向きが変わっている。「子号、調整をする。あそこの黄色い花を狙う」言って、銃撃戦の最中に咲き誇る健気な花を狙い、撃つ。外れた。子号から測定の結果を受け取る。そこまで風向きは変わっていなかった。勿体ないことをしてしまった。苦笑いを浮かべながら、一発を装弾し直す。

 三十秒。

 A1の銃撃が止む。怪訝に思う者が数人。チャンス! と立ち上がり、攻めてく者も数人。

 立ち上がった奴を撃った。殺した。三回繰り返した。


「そっ、狙撃手だぁっ! 伏せろ伏せろ伏せろッ!」


 叫び声。対応される。遅れた奴を撃った。二人殺した。


「っ! あそこだ! あそこの岩かげ――」


 ぺきょ、と変な声が聞こえた。こちらを指さしていた奴の顔の半分が吹き飛んだ。

 見つけたのが嬉しいのは分かるが、無防備すぎる。まぁ、撃って、殺した。

 六発(ワンクリップ)。

 撃ち切った。ガリガリガリと音をさせながら次を入れていく。こちらへ向く注意が七割、地上のA1に向く注意が三割、そんな所だ。

 だから気が付かない。

 銃声が響く。背中から撃たれた賊が倒れる。

 S2の狙撃だ。


「グッドキル。――A1、攻撃開始、近接戦闘を解禁、S2、続けてフォローを」


 後はもう楽なものだ。

 狙撃に怯えて縮こまった敵はA1のラッシュは防げないし、A1に対応しようと動けば僕達狙撃班が仕事をする。

 そう言うことだ。







 燻る紫煙と共に男が笑う。

 テンガロンハットにレザーコートを纏い、十五機の小型モノズと一匹の黒いグレイハウンドを従えたその老人からは煙草の煙でもごまかせない硝煙の匂いがした。


「やぁ、パピー。あまり可愛くは無い俺の仔犬よ。仕事は終わったのか?」

「えぇ、何とか」


 やけに芝居がかった口調で出迎えるその老人は僕の師匠だ。猟犬。そう名乗っている。本名は知らない。僕は彼を師匠と呼び、彼は僕をパピーと呼ぶ。

 半年前に僕は彼に買われた。

 引退に当たっての後継者として買われただとか、コマさんから紹介されただとか、その辺の説明を受けたが、ユーリの暴れっぷりが凄まじくてあまり頭に入っていない。ただ、何時もの様に「成程」と言ってしまったので、再度説明を求めようにも求められない。悲しい事だ。


「人質は?」

「回収しました。報告した際に、依頼人が車を出してくれたので」

「ほぅ、毒ガスや火責めを使って全滅も考えていたのだがな」


 ククッ。笑い声。くそジジイが。

 悪態を飲み込む代わりに、頬を掻いておいた。

 見かねたのか、黒いグレイハウンド、アーシェリカが足元に寄ってきた。細く、しなやかな彼女は飼い主の無礼を詫びる様に僕に鼻面をこすりつけて来た。

 撫でてあげる。野営が数日続いてもレディである彼女の毛並みの手触りは良い。


「合格だ。パピー。あと、二、三回任務をこなしたら猟犬の称号はくれてやる。後は自由にしろ」

「……借金は全く返せていないと思いますが?」


 僕の値段は七百五十万。そこから落札時の差額である二百五十万を引いても五百万残る。優秀な成績を収めるのも考え物。頑張れば頑張るほどスリーパーの借金は増えるのだ。

 ……まぁ、優秀であれば使い捨てはされずに講習等で給料が貰えたりして手厚く保護されるので問題は無いのだが。


「パピーよ、俺は早く引退したいんだ。アーシェに婿を見つけてやらんといけないからな」

「そこは『お前はもう一人前だ』くらい言ってください」


 嘘でも。


「それは無理だよ、パピー。君が一人前になるまで待っていたら、俺は何時まで経っても引退できない。そんなことに成ったらアーシェが行き遅れてしまう」

「前にアーシェリカは十五歳だと聞きましたが?」


 十分に行き遅れではないでしょうか?


「遺伝子操作の結果だよ、物知らずなスリーパー、アーシェはまだまだ少女さ。それより良いのか? 怒っているぞ?」


 師匠の言葉にアーシェリカに視線を向けると、牙を剥きお怒りになっていた。

 これはレディーに対し、失礼な物言いをした僕が悪い。

 僕は彼女を宥めることにした。

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