VS.スナイパー

 卒業試験だ。

 師匠はそう言って僕に地図データを送り付けて来た。すぐさま子号に回す。周辺地形の精査を頼む。直ぐに回答がある。人間の側の陣地らしく、地図データがあるらしい。


「都市部跡地……廃墟、ですか?」

「あぁ、そうだ。パピー、お前、トゥースと戦ったことはあるか?」

「……インセクトゥムとバブル、それと人間は相手取りましたがトゥースは未だですね」

「そうか。では優しい俺からアドバイスをしてやろう。最も人間を殺したのがバブルだとすると、その逆がトゥースだ。奴らはそこまで人殺しに精を出していない」

「……話が通じるタイプだ、と?」

「あぁ、そうさ。話は通じる。文字通りにな。だから最も人間を壊しているのがトゥースだ」

「? 随分と矛盾しているようですが?」

「だからお前はパピーなんだよ、パピー」

「……がうがう」


 何となく吼えてみた。そんな僕を面白そうに横目に見ながら、師匠が煙草に火をつける。

 考える時間が与えられた。ネックレスを弄ぶ。尖った部分を撫でる。人を『壊す』と言う表現について考える。


「……拷問、ですか?」

「惜しいな。正確には、拷問も、だ。今考えた可能性を言ってみろ」

「誘拐、強姦、洗脳、テロ」

「正解だ。奴等はそれら全部をやる」

「……強姦もですか?」


 言って何だが、意味は有るのだろうか?

 戦ったことは無くとも、姿形くらいは資料で見ている。トゥースは半獣人とは名ばかりで緑色や青いドロッとした液体が似合いそうなエイリアンタイプだ。

 美的感覚は僕等と大分違う気がする。


「あぁ、強姦も、だ。と、言っても快楽の為ではない奴等は人の胎でも増える。圧巻だぞ? 腹を食い破って生まれる奴等の幼体はな。パピー、お前も一度は見ておけ、でないと初めて見た時に止まるぞ」


 言って、師匠が左肩をのぞかせる。肉の溝が掘られていた。

 止まった結果。そう言うことだろう。


「……他の二種類とは随分と毛色が違いますね」

「あぁ、アレは元が人間だからな」

「……宇宙人ではなく地球人でしたか」


 トゥースは。

 だが、身体能力は人のソレを外れていると言う。つまりは――


「悪意のあるスーパーマンが相手、そう言うことですか?」

「あぁ、良いな。良い表現だパピー。凡人の俺達では逆立ちしても敵わないぞ。気を付けろ」

「……だから僕等はアイアンマンになっているのですね」


 楽しそうに笑う師匠を見ながら、丑号が引くアラガネを見る。個人的にはキャプテンの方が好きなんだが仕方が無い。

 最近、少しだけ記憶が戻ってきている様な気がする。同じくスリーパーである師匠と話をしているからだろうか? だが、その話の内容が内容なので、大したことは思い出していない。悲しい事だ。

 僕は悲しさを誤魔化す為に頭を掻いた。


「それで、その話をしたと言うことは、そう言うことですか?」

「近頃、その廃墟の中を通る隊商が襲われていてな。逃げ切った奴の話を聞くと狙撃されたらしい。それで、これがその弾だ」


 投げられたソレを受け取る。観察する。硬い。だが、金属ではない。何だろうか? 陶器に近い。だが、触り慣れた感触だ。これは――


「骨?」

「正解だパピー。ご褒美だ、その骨を咥えても良いぞ?」

「……要りませんが」

「そうか。だが希少だぞ? トゥースの生体弾は」


 頭を掻く。では、貰っておいて何処かへ売り飛ばそう。実用には遠くとも、観賞用位には成るだろう。


「それで、僕の卒業試験は?」

「あぁ、対スナイパーだ。やってみせろ」







 相手はスナイパーだ。

 そして廃墟に立てこもり、周囲を通る物を攻撃している。

 つまり、既に陣地を確保したスナイパー相手に索敵をしながら挑むと言うことだ。


「……無理だな」


 言いたくは無いが、索敵の最中に撃たれる自信がある。

 せめて同じ場所に立つ必要がある。

 相手の位置が分からず、こちらの位置だけがばれていると言う状況から、相手もこちらも場所が分からないと言う状況に持っていく必要がある。

 どうするか。考えた。


「……」


 あまり良い作戦とは言えないが、作戦を立てた。丑号、巳号、戌号、そして僕と言う三機と一人で行ってみよう。

 そう決めた。

 目的の廃墟の外周部から一キロ地点で僕は土嚢を引き延ばしたギリースーツならぬギリーマントを纏い、地に伏せた。周囲には夜の帳が下りている。

 荒野の夜は冷える。それが救いになってくれるだろうか?

 ギリーマントだけでなく、ムカデの頭部装甲を纏っての匍匐前進だ。暑いよりは寒い方が救いがあるような気はする。

 巳号と戌号を伴った僕は匍匐前進でじりじりと進んだ。相手を自分に置き換えた時、やられたら嫌な近づき方を選んだだけだ。正解か不正解かは分からない。一晩経った。生き残った。

 ではこれが正解で良さそうだ。

 丑号へ作戦開始の合図を送り、巳号と戌号にハンドサインで散開の合図を出す。開始は一時間後だ。






 一時間が経った。

 廃墟中心部のそこそこ高い屋上の貯水タンクの陰で携帯食料を齧っていたら、ソレが見えた。

 廃墟の中を通る道路を装甲車がゆっくりと走っている。

 この道路を通る隊商が襲われているのだ。それを警戒してゆっくり走っている――分けでは無い。彼は撃たれる為に走っている。

 銃声が響く。僕のではない。火薬と言うよりは空気が爆ぜる音に近い。成程、そう言う構造で撃つか。良くもまぁ、それで距離を出せる物だ。呆れ半分、関心半分。それでも、そのチャンスを生かすべく、双眼鏡を覗き、耳を澄ませる。敵は少なくとも、三人。

 街のシンボルともいえるセンタービルの屋上に一人。

 高さよりも周囲を見渡すこと優先したのか、三百六十度見渡せる時計塔の鐘楼部分に一人。

 そして、道路の傍のビルに一人。これは撃った後の獲物の回収を目的にしているのだろう。あまり腕が良くない。この距離であの命中率なら、撃ち合いでほぼ百パーセント殺し切れる。


「――ふ」


 物陰に隠れ、軽く息を吐き出す。問題はセンタービルの奴だ。

 高低差がある。ビル風も吹いている。角度だって良くない。にも拘らず、運転席を撃ち抜くか。

 見事の一言だ。

 だが、そこには誰もいない。無駄弾だ。


 ――他の人もこうして運搬すれば良かったのでは無いか?


 双眼鏡でセンタービルの屋上を見ながらそんなことを思った。


「――丑号ッ!」


 瞬間、叫ぶ。

 背筋に悪寒が奔る。時が止まった様な感覚。拙い。アレは、当てる気配だ。

 センタービルの屋上からの弾丸が装甲車両の動力部を、丑号を撃ち抜く。


「ッの!」


 どう言う腕をしていやがる! あの位置から当てやがっただと?

 丑号が止まる。動かない。『最悪』が過る。


「巳号、戌号、作戦中止っ、丑号の回収を!」


 叫ぶ。僕はここだと叫んで注意を引く。叫びながら、道路傍に陣取っていた下手糞の頭を撃っておく。倒れた。血の色は見えなかったが、頭を撃ったのだから死んだだろう。そのまま鐘楼とセンタービルにも一発づつ撃ち込む。警戒しろ。してくれ。


「ふーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ」


 息を吐き出す。スコープは覗かない。視野の広さが必要だ。

 鐘楼と、センタービルその両方を視界に納める。立射だ。動く気配が有ったら撃つ。当てなくてもいい。かと言って的外れでは駄目だ。近くに弾を持っていかなければ成らない。

 鐘楼の方はそれでどうにかなった。だが、センタービル。あっちは――


「……駄目かっ!」


 お前の脅しなどお見通しだ。

 そう言いたげにこちらを無視し、回収に向かう戌号を狙って銃弾が放たれる。ジグザグに走る戌号は何とか避けているが――アレでは回収の瞬間に食われる。


 どうする?/考えろ

 どうしたら良い?/考えろ

 考えて/考えろ


 結論が出た。鐘楼側を撃つ、残弾、二。スコープに世界を落とす。狭くなった視界と世界の中、慌てたように隠れる後頭部がやけに長い奴が目に入った。撃つ。殺す。残弾、一。

 がぁん、と鐘の音が鳴った。抜けた弾丸がゴングを鳴らしたのだ。

 滑る様に手が動く。身体が動く。センタービルに視線を向ける。「アラガネ、ロック」。言葉でアラガネを固める。一瞬、鐘の音に気を取られてくれたか、有り難い。

 だが、奴は、直ぐに、戌号を、狙って、引き金を――

 引く瞬間に、何かに気が付き、伏せた。

 それは僕が引き金を引くと同時だった。

 視界の端でこちらを見ていたのだろう。悪寒が奔ったのか、時が止まった様な感覚がしたのか、その辺りは分からない。奴の「当たる」感覚は僕とは違うだろうから。

 僕は撃った。殺す自信があった。だが避けられた。

 口角が持ち上がる。

 愉悦を感じる。

 良い腕じゃないか。


「――戌号」


 報告:回収完了の件


「丑号は?」


 損傷確認結果:クリスタルに損傷有り。ただし、大型搭載用に外殻を厚くしていた為、核に傷は無し。結論 → 三日の日光浴が必要。命に別状なし

 少し、息が漏れる。さっきとは違う種類の笑みが浮かぶ。

 そうか。良かった。


「戌号、巳号、撤退を。子号に連絡し、向こうからも護衛を出して貰ってくれ」

 回答:了解である件。友はどうする気であるか?


 人間優先のモノズにはあり得ない質問。無理にでも残ると言わないでいてくれるのは、戌号だからだ。彼はある程度であるが、僕と言う人間を理解してくれている。こういう時、子号、丑号、卯号とかだと意地でも残ると言うのだが、有り難い。逃げてくれなければモノズ達も死ぬし、それを助ける為に動き、僕も死ぬ。

 だから僕は気負いの無い声で言う。


「僕か? そうだな、僕は――」


 がりがりがり、音を立てて装弾完了。スコープを覗く。向こうもこちらに銃口を向けていた。目が有った様な錯覚。一対一だ。ならばやることは簡単だ。


「少し遊んでから帰る」







 戌号達は逃がせた。

 そしてセンタービルの屋上から奴は姿を消した。

 ならばもう帰って良い様な気もするが、ソレをやったら背中から撃たれる気しかしなかった。

 向こうもそう感じたのだろう。

 僕等は互いに廃墟を這いずり回っていた。

 居る。

 感覚がソレを伝えてくる。だが、何処に居るかまでは分からない。

 僕は先ず、下手糞の所に向かった。頭を撃ったら死ぬと言うことを確認するためと言うのが一つ。向こうの使う銃に興味があると言うのが一つだ。

 屋上に上がり、縁の傍で倒れている死体を物陰に引きずり込む。頭の上半分が吹き飛んでいた。とりあえず、これで死ぬらしい。

 血の色は緑だった。葉緑体でも入っているのだろうか? 生物的なことは全く分からないが、肌が黒いキチン質で、毛が無く、下顎が発達したその容貌は異形だった。何を食べているのだろう? 顎が発達しているのならば、骨とかを食べているのかもしれない。

 そんなことを思った。


「……」


 銃が見当たらない。弾薬BOXらしきものはあり、その中には師匠から貰った弾丸が入っていた。いや――


「生暖かい?」


 そして少しだけ柔らかい。肉に包まれていた。

 もしや、と思ってトゥースの右腕を見る。


「……ひゅーっ」


 まぁ、そう言うことだ。左腕じゃないけど。

 僕はその場を後にし、今度は鐘楼が撃ち易い場所に移動した。

 距離的に、鐘楼は僕の居たビルよりもセンタービルに近い。奴が仲間の生死を確認するかもしれない。そう思ったのだが――


「危なかった」


 思わず口にした。そこへ向かう途中のドアに張り紙がある。今日の日付、そして通信機のコード、そして『話がしたい』の文字。どうやら奴が先回りしていた様だ。鉢合わせたらと思うと……ぞっ、とした。

 スーパーマンと量産型アイアンマン(しかも近接は苦手)が出会った場合の勝敗など考えたくもない。

 僕は張り紙を写真に撮り、その場を後にした。

 食事をした。

 十分ほどネックレスを弄り回した。

 それから張り紙の通信機にアクセスした。


『ヤット見ツケタカ』


 やれやれ、とトゥース。


「お待たせしてしまったようで」


 どうもすいません、と僕。

 そうだろうと思ったが、そうだったか。目的はなんだろうか。


『手短ニ済マソウ、戦士ヨ。良イ腕ダ、名ヲ教エテ欲シイ』

「何故?」

『感動シタカラダ』

「それだけ、ですか?」

『ソレダケダ』

「……」


 何だろう。どうしたら良いのだろう。名前くらいなら言っても良いのだろうか?

 僕は迷っていた。別に良い様な気もするが、駄目な様な気もする。


『こーどねーむデモ良イゾ?』

「――あぁ、」それ位ならば「ハウンド・パピー、です」がうがう。

「ワタシハ、E.B。いーびぃーダ。ソレデハ殺シ合オウ、はうんど・ぱぴー」

「よろしくお願いします」


 言ってから、自分が馬鹿だと言うことを再認識した。

 よろしくお願いしますは無いだろう。

 通信はお互いに入れっぱなしにした。相手に自分の情報も漏れるが、相手の情報も得られる。僕が不利なのか、相手が不利なのか、その辺りは分からないが、かくれんぼは夕方まで続いた。






 大通りに夕焼けが掛かる。

 その様を僕はとあるマンションの一室から見る。

 その夕焼けを背負い、道路に影を伸ばす人型も目に入った。


「――」


 無言で部屋に引っ込む。

 移動の最中なのか、下を探しているのかは分からない。分からないが、コレはチャンスだ。そう思う。だが、チャンス過ぎる気もする。無防備すぎる気がする。罠かもしれない。

 考える。ネックレスを握る。チャンスでも、罠でも確実に仕留める。その策を。

 十五秒、アナログ時計の秒針を見つめた。

 僕はゆっくりと動き、ゆっくりと構える。レティクルの真ん中に奴を置く。下手糞と違って随分と人に近い。仮面ライダーみたいで格好いい。

 深呼吸をした。


『ヤット、みすヲ、シタカ』


 不意に、通信機から声、そのまま、為されたのは、歩く流れそのままの流れるような――ワンハンド・シャープシューティング。

 曲げた左腕を右腕の銃の台座に。揺れる身体を一瞬で止め、僕が認識するより速く、正確に。放たれた弾丸はアラガネの頭部装甲に孔を穿ち――


『ソッチハ駄目ダヨ、はうんど・ぱぴー。夕日ニ、れんずガ反射スル』


 僕は、そんな言葉を、聞いた。

 ……。…………。………………。


「シモ・ヘイヘを知っているか、イービィー?」

『ッ!』

「偉大な狙撃手です。彼は、レンズの反射を嫌ってスコープを付けなかった」

『囮カっ!』


 いいえ。


「まぁ、僕にはそんなことは出来ない」


 言いながら、先程、撃ち抜かれた頭部装甲が在った場所に顔を置く。

 スコープの先には、一瞬、ほんの一瞬とは言え、僕の姿を探し、注意を散らしたイービィーが居た。

 僕は引き金を引いた。

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