E.B

 空気が変わった。

 戦場のソレから、死んだ街のソレへと変わる。

 五月蠅い位になっていたはずの心臓の音は今は何処へやら。静まった街に合わせる様に落ち着きを取り戻していた。

 孔が空いた頭部装甲に手を伸ばす。掴もうとして、失敗する。


「はは、」


 今更になって震えて来た。情けないことだ。

 自嘲気味に笑い、手を強く握って、思い切り開く。その動作を三回。それで漸く、何とか物を掴める程度に握力が回復した。改めて頭部装甲を拾う。歩きながら端末で子号に助けを求める。直ぐに返事が来た。

 回答:午号と桃太郎が向かっている件

 妥当な人選――モノズ選だ。助かります、のメッセージを送り、端末をしまう。そのまま自動拳銃を取り出す。

 見えてきたのはトゥースのスナイパー、イービィー。彼が仰向けに倒れていた。

 頭では無く、胸への一発だ。人間ならば、死んでいるだろうが、トゥースはどうなのだろうか? 染み出た体液がアスファルトに染み込んで行く。色は赤い。トゥースは血液型で色が違ったりするのだろうか?

 まぁ、良い。止めを刺そう。僕は銃を構え――


「マテ、マッテ、クレ。撃ツナ、降参ダ」


 動き出したイービィーに止められた。

 だが、襲われても面白くない。一発撃って片足の足を潰しておいた。


「~~~~~~~~~~~貴様ハ、ッ……!」


 怨嗟の声が聞こえてくるが、仕方が無い。

 この距離での僕の弱さは僕が一番分かっている。


「これ以上は取り敢えず撃ちません。……何か?」

「アァ、少シ、マテ」


 言いながら頭を弄り出すイービイー。プテラノドンを象った様なその顔は、変身ヒーローみたいでやはりかっこいい。

 その顔が外れた。


「――ふぅ」


 驚く僕を放置し、イービィーは久しぶりの空気を味わう様に顔を左右に振る。肩の辺りで切り揃えられた金色の髪が揺れる。

 その手にはさっきまでの彼――いや、彼女の頭が在った。

 何が起きたのか分からない。僕は固まったまま、瞬きを繰り返した。


「どうだ、おれは美少女だろう?」


 猫を思わせる釣り目勝ちな瞳、薄桜色の唇から零れたのは、生意気そうで、可愛らしい声。

 こちらを混乱させたまま、ふふん、と得意げにイービィーは笑う。


「ムカデと同じコンセプトの外骨格? いや、でも、あの下手糞は――」


 明らかに『そのまま』だった。被り物では無く純正の異形だったはずだ。血も緑だし。


「下手糞?」

「その、道路付近の彼です」


 正直、彼かどうかも分からないくらいに異形だった。


「あーあいつかー……。あいつはなぁ、純血で世代も深いからなぁー」


 うんうん、と何かに納得するイービィー。だが、こっちは何のことだか分からない。そんなこちらの雰囲気を感じたのだろう。片眉器用に持ち上げて、知りたいか? と視線で問われる。知りたいです、と素直に頷いておく。


「おれ達が元は人間だってことは知っているか?」

「それは、まぁ、知っています」

「だから中には人間っぽい奴も居る。それで、おれはその人間っぽい奴と人間の子供だ。だからかなり人間っぽい」


 分かったか? そう確認してくるイービィーは右腕と、両足が異形で尻尾が生えている位だと言う。


「それであいつは混血では無くて純正でしかも世代が深いからあぁ言う見た目ってわけだ」

「成程」


 だから何だろう? 人間っぽいから見逃してくれとでもいうのだろうか? 残念ながら、それは無理だ。後腐れを無くすには、殺してしまうのが一番良い。


「それで、一体、何の御用ですか?」


 自動拳銃の残弾を確認しながら、素直に疑問を聞いてみる。


「あぁ、うん。おれはまだ息があるし、お前らよりも頑丈だからな。抱いて良いぞ」

「……?」


 答えてくれはしたが、何を言われたのかが良く分からなかった。それが態度に出てしまった。


「ここは戦場で、おれは女で、お前は男だ。お前らの良く分からん道徳とやらでは禁止されているかもしれないが、おれ達の国では強者の義務でもある」


 にっ、と笑うイービィー。


「だから抱いてくれ。おれはこの通り人間よりだ。それでも無理か?」

「いえ」


 無理かどうかと言われれば、良く分からない。右腕と両足くらいなら行ける様な気もするが、行けない様な気もする。

 遠くから走ってくる午号が見えた。


「取り敢えず、話は後でしましょうか」


 僕はそう言うのが精一杯だった。

 彼女なりの命乞いだと言うのなら、上手い手だと思う。

 取り敢えず僕は彼女を殺すのを保留にした。







 トゥースでは強い者程、尊敬される。

 そして尊敬はそのまま性欲に繋がる。強い子を。そう言う文化らしい。

 そしてイービィーは自分が人間基準で美少女だと認識している。


「だから、ほれ、抱いて良いぞ、ハウンド・パピー」

「……」


 勘弁して欲しい。


「……話なんて聞かずに撃ち殺しておけばよかった」


 焚火を囲んでの尋問の結果に、思わず項垂れる。


「何だ。そんなに駄目か? それとも好みじゃないのか?」


 人間っぽいし、美少女なのになー、おれ。と自分の身体を見ながらイービィー。

 強化外骨格を脱ぎ捨て野戦服へと着替えた彼女は、本人の主張通り、確かに人間っぽい。


「それともそう言う趣味なのか? ネクロフィリア?」

「いえ、敵だから殺す。それだけです」

「可愛い女の子でもか?」

「可愛い女の子である前に敵だ。なら、殺す。それだけです」


 命は命で、一つは一つ。

 テンガロンハットの胡散臭いお爺さんも、異形の右手を持つ美少女も、子供を殺したディグも僕にとっては違いは無い。

 敵か味方か。それだけで、敵なら殺す。


「それとも命乞い、ですか? でしたら――ッっ!」


 背筋に悪寒が奔る。僕のモノズ達が一斉に銃を構える。

 爛々と青い瞳でこちらを見てくるイービィー。

 殺せる。直ぐにでもハチの巣に出来る。それは間違いない。だが、ソレを心の底からは確信ができない。殺気、或いは怒気。満ちる空気がソレに張る。僕と彼女の間にある炎が何かに怯える様にゆらりと揺れた。


「戦士の作法を知らないようだな、ハウンド・パピー? 教えてやる。戦士は命乞いなどしない。戦場で負けたのなら死ぬか勝者の所有物になるかだけだ。勝者故、一度は見逃してやる。だが次は無い」


 死んでも殺してやる。

 その目がそう言っていた。

 どうやら僕は随分と失礼なことをしてしまったらしい。だが――


「成程。非礼を詫びます。ですが、それならば何故、生きているのですか、戦士さん?」


 拳銃を投げて寄越す。中には当然、弾が入っている。言外に込めたメッセージは簡単だ。『だったら死ね』。そう言うことだ。

 そんな僕の行動にモノズ達が一斉に抗議のメッセージを送ってくる。子号に至っては体当たりをしてきている。地味に痛い。地味だが確実に痛い。

 まぁ、気持ちはわかる。それなり程度には一触即発だ。


「あぁ、うん、それは、だな」


 だと言うのにイービィーは何故だか照れていた。もじもじしながら、凄いスピードで拳銃がバラされていく。止めて欲しい。何を誤魔化したいのかは知らないが、照れ隠しで拳銃の分解とか本当に止めて欲しい。


「……ま、まぁ、簡単なことだ。お前に惚れた。初恋だからな、出来れば成就させたい。おれの所有者になってくれ」

「……」

「だからお前の胤が欲しい!」

「やめて」


 おおきなこえでそんなこといわないでー。






 殺す気が失せた。

 そんな分けで、師匠への卒業試験の報告の際にはトロフィー代わりにイービィーを連れて行った。その場でイービィーが頭を撃ち抜かれるかもしれないが、それはそれだ。

 僕は気にしない。


「腕と足位なら隠せるだろ。問題無いよ、パピー。――愛は、自由だ」

「良い顔してんじゃねぇよ」


 いけない。少し、口が悪くなってしまった。


「だが、お前は殺さないと決めたんだろう?」

「……いえ、殺す気が失せただけです」

「それで良い。言葉が通じるのだ。それも『あり』だよ、パピー」

「そうですか」


 まぁ、そう言うものだと言うのならそれで良い。

 何と言っても、狙撃手としての腕は悔しいがあっちが上だ。引退する気しかない師匠に変わって色々と学ばせてもらおう。


「飽きたら帰って下さい」

「おう。では飽きるまではお前の傍に居よう、ハウンド・パピー。我が主殿」


 そう言うことになった。なったので名前を教えておいた。


「トウジ」

「……はい」


 呼ばれた。返事をする。


「呼んでみただけだ!」


 うざいと思った。

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