サンダーボルト
都市間を渡り歩いて商売をするそのトレーラーからは獣の匂いがした。
比喩ではない。
実際の獣の匂いだ。
犬、猫、鳥、遺伝子操作された彼等はこの時代では愛玩用では無く、戦友だ。
師匠の連れるアーシェリカが良い例だ。
黒い毛並みが美しいレディーは戦場で敵と出会えば兵士へと姿を代える。
僕も何度か救われていた。
だから、師匠が僕に犬を飼う様に言った時も僕は素直に受け入れた。
種として狩人である彼らは間違いなく僕の力になってくれるだろう。
「ハウンドを継いだとは言え、お前はまだまだパピーだ。だからちゃんと仔犬を選ぶんだぞ」
「……はい」
僕にジェントルマンとレディーの扱いは務まらない。そう言うことだろう。
師匠が訓練済みの成犬からアーシェリカのお相手を探す中、僕はイービィーを連れて幼体を扱っているコーナーへと向かう。
「……」
小さな毛玉があちこちでうごうごと動き回っていた。中央にある広場の様なゲージで仲良くじゃれ合う仔犬はとても可愛らしい。
「痛てぇ!」
その可愛さに自我を失い、撫でようと右手を差し出したイービィーが茶色い仔犬に噛まれていた。トゥースの部分を近づけたので敵と判断されたのだろう。あの仔犬は見所があるかもしれない。イービィーもそう思ったらしい。嬉しそうにその仔犬を指さしている。
「トウジ、こいつにしよう。他のはびびって逃げてったけど、こいつだけはおれに噛み付いてきた、戦士だ!」
「すいません、その仔を」
右手を噛まれて尚、テンションを上げるイービィーに落ち着くように言いながら、唸る仔犬を抱きかかえる店員から仔犬を受け取り、抱かせてもらう。柔らかくて暖かい。
茶色い。顔立ちが狐っぽい。尻尾も狐っぽい、そして胴が長くて足が短い。ここ最近、グレイハウンドであるアーシェリカに見慣れているので、何だか違和感がある。
「……」確認してみる。「オスか」確認してみた。
彼は僕の胸の辺りの匂いを嗅ぎ、次に顔の匂いを嗅いだ後、何故だか肩に上ろうとし出した。落としそうになる。少しは落ち着いて欲しい。
「よしよーし、良い子だなー」
懲りずに手を伸ばすイービィーに仔犬が吼える。一瞬、びりっとする。本気で落としそうになり、咄嗟に強く抱く。静電気だろうか? あまり触らない方が良いかも知れない。下に下ろしてやったら僕を盾にしてイービィーに吠え出した。
「?」
彼がワンワンと吼える度に空気がバチバチ爆ぜている。何だ?
「あー、この子、サンダーボルト種ですね」
店員さんが教えてくれた。くれたは良いが――何だそれは?
「どういう、ことですか?」
「この子の種類です。ウェルッシュコーギーペンブローク・サンダーボルトです」
「……」
長い。それと見知った犬種の後ろに何かついていた。試しに色々聞いてみる。
「あの仔は?」
「トイプードル・シェイプシフターです」
「あそこのシベリアンハスキーは?」
「シベリアンハスキー・ファイヤーボール」
「では、そこの胴長短足の仔は?」
「あ、あの子もサンダーボルト種ですよ。ダックスフント・サンダーボルト」
「もしかして、あっちの仔猫も――」
「メインクーン・シャープエッジ」
「……最後に、この仔と同じ種類のあの仔は?」
「ウェルッシュコーギーペンブローク・クリスタルアーマーですね。コーギーをお探しですか?」
「いえ」
そう言う分けでは無いです。
五百年後の犬猫は中二病を患っていた。もしかしてアーシェリカもそうなのだろうか?
アーシェリカはグレイハウンド・ブーステッドと言う種類だったらしい。
身体能力を一時的に引き上げることが出来る能力者成らぬ、能力犬だった。
道理でアントの首とかデスロールで引き千切っているわけだ。犬つえーと思っていたが、アーシェリカが強いだけだった。
そんなアーシェリカの婿が決まったので、師匠は本当に引退することになった。
師匠が所属し、僕も気が付いたら所属していた傭兵会社のドギー・ハウスで登録を済ませれば僕は晴れて正式にハウンド・パピーからハウンドと言う分けだ。
それは良い。
問題は僕のモノズ達、特に小型のモノズ達がピンチだと言うことだ。僕のモノズの構成としては――
大型は丑号、寅号、辰号、午号、亥号。
中型は、未号、申号、戌号。
小型が、子号、卯号、巳号、酉号。
今、この内、小型四機が危機に晒されていた。
サッカーボール大と言う大きさが拙かったのかもしれない。
その転がると言う移動スタイルが拙かったのかもしれない。
今も、掴まった卯号が酷い目にあっている。
はわはわはわん、と甘えた様な鳴き声が聞こえる。卯号にじゃれ付く仔犬の鳴き声だ。尻尾が凄い勢いで振り回され、仔犬は楽しそうだが、じゃれ付かれた卯号の眼からはハイライトが消えている。レイプ目と言う奴だ。涎でべとべとなので気持ちはわかる。
アロウン社製のモノズ・ボディ、エスス。
子号と卯号が使うボディの名だ。
情報戦を主眼に置いて作られたこのモノズ・ボディは、中の精密機器への衝撃対策として、金属では無く、その周りをシリコンで覆っている。
それが気に入ったらしく、子号と卯号は特にこういう風な目に合わせられている。
仔犬は歯が痒いと言うから仕方が無い。仕方が無いが、歯型を付けるのは止めて上げて欲しい。
「ルド」
仕方が無いので、ジャーキーを片手に彼の名を呼ぶ。
――ひゃん
と、良い返事をして、どたどたと駆け寄ってくるルドこと、ルドルフ。しゃんとお座りをしているが、腰がそわそわと浮きかけている。ジャーキーが欲しくて仕方が無いのだろう。視線は僕の右手を捉えて離さない。
卯号が回収されて行くのが見えた。ご苦労様、だ。
「待て」
僕は取り敢えずルドルフに上下関係をしっかり教え込むことにした。
あぁ、因みにルドルフの由来は、僕と師匠とイービィーが上げた名前の候補がいっぱいあったからだ。だから彼は黒くは無いし、猫でもないがルドルフと名付けられた。
まぁ、分かる人だけ分かってくれれば良い。
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