治療

※今回の話は人によっては不快な描写があります。

 虫が苦手な人は「想像」と言う文章がでたら想像しないで下さい。











 レオーネ氏族は土地を持たない傭兵部族だと言う。

 その為、移動に便利なテントで暮らしている――と、言うわけでもない。

 現在のベースキャンプであるこの土地には、しっかりとした寝床も造られている。

 ナンバーセブン。序列第七位。そんな僕にはしっかりとした寝床が与えられるらしい。ありがたいことだ。

 素直に僕はそんなことを思っていた。

 そんな僕を殴りたい。

 そんな気分の午後三時、ご気分は如何ですか、恐らくは天国に居るであろうママン。

 貴女の顔も忘れてしまった貴女の息子は余り元気ではありません。

 楕円形で、ウゴウゴ動く白い粒がある。

 昆虫の卵の様だが、その動きはどちらかと幼虫に近い。節を動かし、にじる様に張っている。

 それらが無数に集まっていた。

 想像はしてくれても良いし、してくれなくてもいい。


 カマキリの卵が孵る瞬間。

 飴玉に群がる小さい蟻。

 木の裏のテントウムシ。

 茄子にたかるアブラムシ。

 大量のハエの卵。


 そんなんだ。

 残念ながら、想像するまでも無く、僕の目の前にはソレが在った。首がかゆくなった。

 そしてそれが弾けた。

 一斉にだ。

 ぷしゃ。汁が飛ぶ。肉が広がる。蠢く。肉が繋がり、一つの肉になり脈動する。

 その肉は脈動しながら細胞分裂を繰り返し、育っていく。三十分立った。

 肉の塊は家の様になっていた。中に入ると生臭く、脈打っていた。未だ、生きている。入り口はエイリアンの口みたいに開閉する。すごくこわい。


「……」


 無言で横を見ると笑顔のリカンが居た。


「礼は要らない。遠慮なく住んでくれ」


 礼を言う気は無いし、住む気もない。

 リカンが悪気なしの笑顔だったので、僕はトゥースと分かり合うことを諦めた。

 肉ハウスを撤去して、モノズ達に家を造って貰う。

 時間は掛かるし、家と言うよりはトーチカだが大分ましだ。







 いい加減に左足をどうにかしたい。

 いつまでもハウンドモデルで誤魔化しているのもどうかと思う。

 そんな相談をリカンにした所、『人間村』に連れていかれた。

 レオーネ氏族が捉えた捕虜が居る場所だ。

 目が死んだ女が居た。女の腹は膨らんでいた。


「……」


 三秒、考えて見なかった事にした。

 イービィーと言う予備知識があった。だから、『そう言うこと』があることも覚悟していた。覚悟だけだ。それだけだ。どうしようもないので、僕は見なかった。そう言うことだ。

 彼女は助けを求める様にこちらを見る――こともしない。

 それが無性に気に障る。


「――リカン」

「すまん。どうしようもない。耐えてくれ、ラチェット」

「はい。わかりました。ですので――」


 一息。


「僕に現場を見せるな。見たら流石に無理だ」

「了解だ。その場合は遠慮なく――やれ」


 そう言うリカン。そのあっさりとした回答に小首を傾げる。トゥースの生態上、女は重要なはずだ。どういうことだろう? 彼は実は彼女なのだろうか? 自分で造れるのだろうか?

 そんな僕の視線に気が付いたのか、リカンが言う。


「許嫁がいる。それと我のは『モノ』が大きくてな、人間では『無理』だ」

「成程。良いことを聞いた。現場に居合わせたら良い煽り文句が言えそうだ」


 それだけ言って帽子を深くかぶる。足元だけを見て歩く。

 見たくない物が多過ぎる。

 僕ではどうしようもない物が多すぎる。

 弱い僕はソレらを無い物として扱った。

 五分ほど歩いた。


「ここだ」


 リカンの言葉に視線を上げると清潔感のある白が見えた。赤い十字架は五百年たっても意味を変えなかったらしい。病院だ。

 僕は左足を再生させることにした。







 女医さんだと嬉しかった。


「イカれてるねぇ、オニィちゃん」


 無精ひげが生えている。伸ばしっぱなしの髪は酷く不衛生だし、垢染みた白衣もまたしかりだ。

 つまり、残念ながらおっさんだった。

 怪我の経緯を説明するとおっさんはニヤニヤ笑ってそんなことを言った。


「……事前の問診票にソレを書く欄は無かったかと」

「はっはー。良いね、その答え。先生、そう言うフリは大好きだぜ?」


 言いながら、しゃっ、とカルテに字を走らせる。「ほらよ」と見せられた備考欄に『キ〇ガイ』と書かれていた。


「再生を頼みたい」

「……リアクションが詰まらねぇー」

「知るか」


 僕は素直にそう言って背骨のネックレスを投げて渡した。

 こういうタイプは苦手だ。


「除去してどれ位だ?」

「一年程、ですね」

「微妙だな。摂れれば再生出来るが……」

「無理だった場合は機械化で」

「おうー。任せとけ。その時は自爆装置も付けてやる」


 超いらねー。

 僕はじとっ、した目で抗議をした。








 完治するのに約一週間かかり、その間は寝たきりだと言うので、暇つぶしに日記を書くことにした。


 一日目。

 検査の結果が出た。再生は――不可能だった。機械化の方向で話を進める。

 ヤブ先生はソレが元々の専門だと言うことなので、一番良い左足を頼んだ。

 そこで問題が発生した。

 僕の左足は、一応、膝は残って居たのだが、関節から変えてしまった方が楽だというので、膝を取ることになった。

 その際の手術で、麻酔の効きが悪くて死ぬかと思った。


「戦場では平気だったんだろ?」


 ヤブ先生のセリフだ。

 戦場だったから耐えられたのだ、と僕は主張した。




 二日目。

 モノズとルドがお見舞いにやってきた。

 入院の連絡を忘れていたので、凄く怒られた……のだと思う。

 子号、巳号、戌号が三方向を囲んで、無言で見つめてきたのだ。

 取り敢えず、謝った。

 家代わりのトーチカが完成したとのことなので、適当に内装も造っておくように指示を出す。

 未号が張り切って居た。

 また、僕の足の経過観察に一機残ることになった。

 医療の心得がある未号が残るようだ。

 未号が凹んでいた。

 家の改装の方に行きたかったらしい。




 三日目。

 同じ人間の傭兵がやってきた。

 序列二十五位の中堅どころ、黒天の騎士団と書いて《まよなかのきしだん》と読むらしい黒ずくめの男達だ。

 頭を患っていそうだったので、入院を勧めた。断られた。

 たまたま来ていた巳号のトキメキが止まらない。入院させた。




 四日目。

 リカンが退院後の仕事の資料を持ってきた。

 何と言うブラック企業。

 足の神経つながり出した。動きも殆ど問題ないが、未だ指まで神経が伸びておらず、動かない。それでも退院も近そうだ。

 そう思っていたら、死ぬほど痒くなった。

 チューブで両手をベッドに縛られたと言えばその凄まじさが伝わるかもしれない。

 これを書いている今は落ち着いているが、発狂するかと思った。




 五日目。

 飽きた。

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