無能指揮官と賢者様

 カスターは第109次防衛戦で効果的な索敵を行い、上層部に進言したにも関わらず、上層部がソレを無視し、無駄な索敵を実行。そうして戦況が悪化した後に指揮権を奪い返し、どうにか戦線をひっくり返したらしい。

 ……病気かな?


「そうですか。それで、無能な上層部はどうなったんですか?」

「殺すのも嫌だったのでね! 拘束して牢に放り込んでおいたよ!」


 その間、カスターは必死で働いていたらしい。

 ……病気ですね?

 大学に戻ってからも、その戦場での優秀さを生かし、こうしてボランティアサークルの活動に精を出しているらしい。

 サークル活動なのか……。

 色々と言いたいことはあるが、言っても仕方がないので、言わない。

 振り切るのは不可能そうなので、大人しく、誘導に従って指定の街へ行くことにした。何でも、そこは子供達の為に造られた孤児院の様な施設があるらしい。これまで調べても出てこなかったことから、誘拐とは別の『仕入れ口』の可能性もある。行ってみるのも、まぁ、悪くない。

 カスターが語る『見た夢の話』を延々と聞かされるのは嫌だが、僕はそう判断した。


「……親父」


 だが、子供たちはそうではなさそうだ。

 親指で首を掻っ切るジェスチャーは止めなさい。

 今のは『さっさとって、行きましょう』という意味だろうか?

 まぁ、無理もない。キャンプ地でも先の防衛戦は指揮官の無能さを示す為に授業で使われている。カスターは子供たちの間で大人気だ。この前、イービィーが子供達を叱って居るのをみた。『そんなことをしてると上官がカスターになるぞ!』。その叱り方はどうかと思った。

 話が逸れた。

 教育方針は今はどうでも良い。

 各員にムカデの装着を義務付け、この場に居ないモノズは戌号、巳号の潜伏班との合流を指示する。申号、酉号、寅号、亥号の四機が合流――されると拙いな。こちらの火力が足りない。亥号を引き戻し、別動隊をA0と設定。リーダーを戌号に任せ、後の連絡を禁止する。


「……」


 僕らをつけていた連中は居なくなった。

 観測する必要が無くなったからなのか、人数が増えたのを嫌ったのか――どちらだろう?


「なぁ、団長サン、ムカデ、外さねぇの?」

「任務中のケガで……」

「あぁ、そうなのか、それは悪いことを聞いたな……」

「いえ、別に」


 馴れ馴れしく肩に手を回してきたカスターの友達に硬い声で応じる。

 僕は彼を心の中で賢者様ワイズマンと呼んでいる。

 僕は覚えていなかった。

 だが、子号が覚えていた。

 彼はダブC時代の僕の同期だ。

 シンゾー救出作戦の時、何やら喚いていた迷惑な人だ。

 そんな彼の戦歴は、解凍後の初任務で同期の中でトップの成績を誇り、オークションでも異例の高額で落札。それから様々な仕事をこなし、更に学ぶ為に大学に入ったらしい。


「だが安心してくれ、団長サン。スナイプスって知ってるか? いや、ダブCって言う俺を解凍した会社の、まぁ、称号? みたいな奴でさ、狙撃が巧い奴に送られるんだ。んで、俺はその代のスナイプスだ! 良かったな、団長サン! アンタ、もう傷つくことはないぜ!」

「……やったー」


 うぇーい。

 両手を上げて喜びを表現してみた。

 ……彼等は何なのだろう? 僕のファンか?

 だが、ありがたいことだ。

 これで彼らが信頼に値しないことが分かった。自己申告なので、信頼度も高いだろう。








 てっきりお遊びかと思ったが、一応、このサークルは活動をしているらしい。

 僕ら以外にも二十人ほどの子供がいると言う。


「……」


 どこかでハワードさんと連絡を取った方が良いかもしれない。そう思う。

 僕と、彼等と、保護した子供達の全員で荒野を渡ることになった。

 サークルのモノズ達がバスを用意した。車体を軽くノック。プラスチックだと聞いた。軽くて、丈夫だ。大学での研究成果らしい。「……」。ムカデを着た手で軽く引っ掻く。傷が付き、白化した。脆く、靭性も無い。成程。普及は出来ない種類のモノだな。

 移動には十分だが、戦闘に成ったらキツイ。一台位まともなモノを混ぜた方が良いのではないだろうか? そう思い、進言するが――


「素人は黙っていたまえ。第109防衛戦を指揮したボクに従いたまえ」

「そうそう、スナイプスである俺が大丈夫って言ってるんだから大丈夫だぜ!」

「……」


 それは僕なので、そう言うのならば従って欲しいのですが?

 頭部装甲を外して顔を見せてやろうかとも思う。

 だが駄目だ。騒がれると拙い。

 溜息一つ吐き出して、色々なことを諦める。


「先に言っておく。あの二十人は見なかったことにしろ」


 僕の隊の子供達を集め、言うだけ言って、逃げやすい窓側の座席に僕の隊を配置する。「……」。何人かの何かを言いたげな視線を無視して、先頭車両、一号車に乗り込み、窓際を確保。ルドがやって来たので、座席の隣に置く。それだけでシートが毛だらけになった。少しだけ、申し訳ない気持ちになった。


「換毛期はもう終わったんじゃなかったのか?」


 僕の問いかけに、ルドは、へふっ、と良く分からない返事をすると、顎を腿の上に置いて甘えて来た。上目遣いでこちらを見上げながら、耳をペタンと寝かせている。

 ムカデを纏ったままで悪いが撫でてやる。あまり気持ちは良くないだろうが、許して欲しい。

 そんなことを考えながら荒野を運ばれる。

 どうやら頻繁に行き来がある様で、道が整備されており、揺れが少ない。それは良い。それは良いが、通る道が事前に相手にバレていると言うことだ。


「子号、経路周辺の地図を僕の端末に」


 右手でルドを撫でながら、左手で端末を操作する。

 基本は直線。襲撃を警戒して、見晴らしも良い。

 途中の岩場――は問題ない。ここを通る時は流石にカスターも警戒するだろう。……するよな? 少し自信が無い。僕も警戒しておこう。

 だが、本命ではない。

 本命はこの岩場の手前、五百メートル地点。ツリークリスタルの群生地。街から近く、定期的に収穫していることから、そこまで背は高くないが、足場が悪い。車では、道を外れて逃げると言う選択肢が取れない

 僕なら岩場に隠れて待ち、狙撃をする。

 僕が思いつくのなら、敵もそうするだろう。分かっていても防ぐのが難しい。あそこはそういう位置だ。「……」。思考。尖らせる。他のポイントは無いか? 狙撃からどうつなげる? そう言うことを考える。ネックレスを握りたい。握れない。頭部装甲を外せない。本当に害しか無いなカスター&ワイズマン。


「……いや、」


 思わず零れた呟きに、ルドの耳が持ち上がる。それを撫でて寝かしつけながら考える。

 そうじゃない。

 先手を取られる方が拙い。だったら顔を晒して指揮権を奪った方が――だが、ここで騒がれたら折角こちらを見ている『魚』が逃げてしまう。

 そもそも、襲われると決まった分けではないのだ。放置で良いのではないだろうか? そう思う。

 だが、もしも襲われたら最悪だ。そうも思う。

 どうする? 考える。どうしたら良い? 考える。……どうしよう? 考えた。

 ぴぴぴっ、と電子音。セットしていたタイマーのカウントがゼロになった。

 五分経ったらしい。

 五分考えて答えが出ないと言うことは、僕には答えが出せないと言うことだ。ならば仕方がない。適当に決めよう。コイントス――はコインが無いので、拳銃の弾丸を一つ取り出す。僕に向けば、襲撃がある。向かなければ襲撃は無い。キィン、ムカデと弾丸が当たっての金属音、一回。くるくる回る弾丸。それを見ずに無作為に掴む。向きは――


「……襲撃無し」


 放置。――と、行きたいが事前に、襲撃が有った場合の行動パターンを幾つか決め、小隊と、モノズに指示を出しておく。









 ガクン、と世界が大きく揺れて目が覚めた。ウトウトしていた。暖かく、どこか心地よいまどろみは一瞬で消え去り、跳ねた心臓が血流を早くする。意識が加速する。


「……まぁ、そうだろうな」


 賭けは外れ。僕の運など、こんなものだ。


「――状況」


 短く、鋭く、声を出す。


「敵襲っ、後ろの――二号車が撃たれましたっ! えと、右側! 右側撃たれてます!」

「攻撃種別」

「実弾、単発、高火力――火ぃ噴いてるぜ、親父!」

「そうか」


 ガソリン車では無いので、燃え広がり、爆発する不安は少ない。

 さて、二号車には誰が居たかな? 思い返す。カスターの所の女子二人、僕の隊の女子二人――あぁ、女性専用車両と揶揄した覚えがある。ならば亥号が居るな。

 同じ車両のカスターの様子を横目で確認する。あわあわしながら通信機に「どうした? 何が有った?」と叫んでいる。……ソレ、三号車のワイズマンへの通信ですよね? 襲撃を受けた二号車じゃないですよね?

 中から外が把握出来るわけが無い。いや、それよりも、この車――速度が落ちてないか?

 戦闘経験値の少なさ。

 タイヤを担当しているカスターのモノズ達が襲撃に動揺して、速度を緩めている。止まるなよ。襲撃を受けたのだ。もう相手の射程なのだ。前方に罠の可能性が有っても、ここで止まると言う選択肢は無い。後続車を見捨てて進むべきだ。


「っ! 停車、停車だっ! 二号車の様子を確認する」


 なのに、止めた。

 見たまんまだ。状況を確認は終わっている。

 クソがファック

 自分が寝ていたことは棚に上げて悪態を一つ。


「行動パターンB―2―L、丑号、午号、亥号、行けるか?」


 ぴっ、電子音。端末に送られて来たメッセージは三つ――オールグリン。では行こう。


「――ぶち破れ・・・・


 やっちまえゴーサイン。受けて、三台の車両の左側が三機の大型モノズに破られる。

 B―2―Lは、左側をぶち破って、二号車の救助優先。脆いと言うのは悪くない。カトラスを生やし、独楽の様に回りながら車両側面にモノズ達の手により大穴が造られる。そこから僕の小隊が外へ飛び出す。


「なっ、何をやってるんだ! こんな、バカなっ! こんなぁっ!」


 うるさいな。黙ってろよ、カスター。

 そう思う。だが黙らせている時間も惜しい。

 止まった車両は壁になるが、基本的にはただのデカい的だ。中に残るアホは居ない。

 外に飛び出し、視線を走らせる。空けた穴から勘の良い子は逃げ出している。だが、逃げる先が無い。拙い。そう思った。だから指示を出す。


「先行三機に加え、未号、陣地作成。材料は車も使え」

「小隊員、そのフォロー」

「子号、卯号、索敵、敵の位置を」

「辰号、チャージ。及びボールドローン用意」

「僕のモノズ以外は救助へ」


 ――そして、A0の五機への指示は無し。それは『未だ隠したい』。そう言うメッセージだ。


 電子音での了解が七つ、遅れて口頭での了解が六つ。……六つ?


「負傷報告っ!」

「へ、返事遅れました、大丈夫です!」


 見れば、襲撃を受けた二号車からヨタヨタと一人出て来た。面倒見の良い女の子、確か名前はユノ。足元がふらついてる。


「ユノ、陣地作成後、救護へ、銃は持つな。盾も持つな」

「っ! いけっ、行けます!」

「黙れ。黙らせるぞ」

「っッ!」


 びくっ! と震えるユノ。

 思ったよりも低い胴間声どうまごえになってしまい、申し訳ないが、相手をしている暇が無い。行けようが、行けまいが僕は知らない。冷たい様だが、興味も無い。指示に従え。


「ユノ、了解です!」


 兵隊としての基本を思い出したのだろう。はっきりとした返事。それが返せるのなら大丈夫だ。僕は安心して、視線をユノから切る。

 どん、と体当たりする様に一号車の左側面に身体を預ける。そのまま車体を盾に、車両後方へ移動。顔を覗かせ、岩場を確認する。ちかっ、とレンズが光った。……二つか。そう判断する。顔を出した僕に向けての狙撃。


「……」


 あぁ、外したな。

 そう判断したので、顔を引っ込めずに観察を続ける。狙撃に合わせて別動隊が来た。ドラム缶――短いな。その分、キャタピラが大きい。人間大の大きさだ。戦車と言うには小型で、小回りも利き速度がある。武装は――SMGサブマシンガン、それと近づいた際にSG《ショットガン》、制圧用にグレネード。そんな所だろうか?

 制圧射撃。各機二門のサブマシンガンでこちらの動きを止めながら近づいてくる。


「……」


 僕の手には使い慣れない型式も知らないショットガンが一丁だけ。

 どうしたものだろうか? 考える。カスター達は? ……狙撃手を怖がり、顔を出さない様に丸くなっている。顔位上げて欲しい。指揮官気取りの、頭脳派気取りをやるなら状況の把握位して欲しい。


「引き付けて、撃つ」


 やることを口に出す。

 あ、無理だ。押しきられる未来しか見えない。距離が近くなり、ドラムタンク達の射撃が精度を上げて来た。そろそろ顔を出しておくのが怖い。わんっ! と吼え声。足元に視線を落とせば――ルドが居た。

 僕と目が合うとルドは、ぺろん、と鼻を舐め、もぞもぞと、尻を引きずる様に後退し――跳ねた。

 遠い昔に羊を追っていた牧羊犬が、僕の膝を踏み、肩を蹴り、頭に衝撃を残して、車の天井へと駆けあがって行った。

 やろうとしているのはドラムタンクへの強襲。それも警戒していない頭上から。そんな所だろう。成程。良い判断だ。


 ――いや。


 良くない。狙撃手から丸見えだろう!


「辰号ッ、岩場に向けて砲撃ッ! 狙うな! さっさと撃て!」


 言いながら走り出す。車の影から飛び出し、ドラムタンク、狙撃手、双方の注意を引く。

 量産型のアラガネとは言え、ムカデはムカデ。サブマシンガンの一発や二発で穴が開くことは無い。無いよな。無い。無いと決めた。だから開かないでくれ。

 弾雨が身体を叩く。怖い。痛い。顔を庇う。訳が分からない。分からないが、このままでは撃てないことは分かる。ガードをするな! 銃を構えろ! 言い聞かせた。構えた。


 ――うぉぉぉぉぉおおぁぁぁぁおぅ!


 うるさい。誰だ、叫んでるのは? 耳が馬鹿になりそうだ。近い。近い? あぁ、そうか。叫んでいるのは僕か。至近距離。五メートル先のドラムタンクへ向けて引き金を引く。外した。何故だろう? 次発。間に合わない。ぺき、音。アラガネの装甲を貫かれた。頬が熱い。痛い。次発が間に合わないのなら――ぶん殴れ。

 がぁん、と振り下ろしたショットガンがドラムタンクの頭を打つ。相手がバランスを崩した。

 そこに、ルドが、落ちて来て――

 紫電。

 落雷が地を奔る。

 降り立ったルドを中心に咲いた雷の花が回りのドラムタンクの電子回路を焼き切り、動きを止める。良いな。行けるな。行け。

 下から上へ。肩で眼前の止った一機に体当たり。持ち上げ、走り出す。盾として使う。狙撃が来た。盾に穴が空いた。

 それだけだ。

 下手糞め。抜けた時の弾の落ち方も分からないのか?

 前を行くルドを狙う狙撃も来るが、ジグザグに走るルドには当たらない。上がった体温を下げる為に出された舌が、相手を馬鹿にしているように見える。

 残り、五十メートル。

 つまりは拳銃での殺傷可能範囲。そこに入った。ルドは――右に行くか。では僕は左だ。担いできたドラムタンクを放り投げ、多少は手に馴染んだ自動拳銃を持つ。

 狙う。撃つ。


「――、」


 すっ、と音が消えた。

 思考をそっち・・・に持って行った結果、世界がゆっくりになる。

 ルドの行動から今まで、流されるままになっていた戦場が返ってくる。


 ――あぁ、そうだ。


 これが僕の戦い方だ。

 銃口がこちらを向く。タレット。自動迎撃装置に狙撃能力を持たせたモノが僕の相手か。

 チカチカ光って居たのはカメラアイか。アレを潰せば無力化は出来るだろうか? やってみた。撃たれる。だが的外れだ。それでもまぐれ当たりが怖い。


「――、――」


 だから撃つ。もう一発。

 狙ったのは銃口。当てた。いや、入れた。

 花が咲く。銃身が裂けて――そこで相手が終わった。


「ルド?」


 そっちはどうだ?

 そんな僕の問いかけに、ひゃん、と興奮気味にルドが返事をする。

 機械相手だとルドは強い。

 黒煙を吐き出すタレットを足蹴に、何やら得意げにしている。


「……」


 僕がパニックに陥った原因の大半は彼にあると言うのに、随分と楽しそうだ。

 近寄り、頬の余った肉を掴み、うにょーん、横に引っ張ってみた。「……」。特に文句は無いらしい。尻尾振ってる。ふっ、と力を抜いて笑う。まぁ、ルドなりに状況を打破しようと思って起こした行動だ。余り責めるモノではない。

 だが、もう勘弁して欲しい。

 あの戦い方を続けると僕はあっさり死ぬ。今回、無事だったのはまぐれだ。運が良かっただけだ。僕を前衛に置いてはいけない。

 コッペパン犬にはその辺を理解して貰いたい。


「さて、」


 一応、これにて一段落。

 襲撃者達は全滅させていない。先程、トラックが走っていくのが見えた。ならば、その逃がした奴の後を追えば良い。これはA0の仕事だ。戌号に頑張って貰おう。


『戻ってきたまえ! どうして勝手な行動をしたんだっ!』


 僕の方は今更になって声が大きくなった指揮官様を黙らせよう。

 適当な言い訳を考えながら、ルドを伴い岩場を背に、ゆっくりと歩き出した。









あとがき

コメントありがとうございます。

でも、今日返すのは無理なので、明日返します。

寝る。三日ぶりにベッドで!!

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