『子どもの権利を守る会』

 自室のベッドの上。壁に背を預けて僕は考える。

 施設内にガソリンスタンドがあるのならば、ガソリンを満タンにしてから出かけるのが普通だろう。

 ならば僕等が襲われた地点を中心に、減っているガソリンで走れる範囲内に基地があると言うことになる。

 トラックに積み込まれたナビシステムは、こう言う事態に備えていたのか、死んでおり、基地の正確な位置は分からなかったが、燃料からの逆算で基地の位置を特定――出来なかった。


「……」


 円で囲んだ範囲に基地は無い。

 つまりは、こちらが知り得ない基地があると言うことだ。

 ……いや、この言葉は少し正確では無いだろう。

 基地の『一つが』ある、と言い直そう。

 トゥース側の襲撃ポイントを見てみても、それは明らかだ。


「あぁ、いや違う」


 独り言。言いながら手で弄っていた骨のネックレスを強く握る。

 それは無い。基地が複数あると言う線は無い。相手は間違いなく、少数だ。そうで在る以上、基地を散らすメリットは無い。隠されているのは、基地では無く補給ポイントと考えた方が良さそうだ。

 困ったな。そう思う。基地を見つけるよりも補給ポイントを見つける方が難しく、見つけたとしても、それを上手く利用するのは難しい。

 補給に来たトラックの跡を付けるか? それは現実的ではない。荒野は殺風景だ。車だって多く走っているわけではない。長時間の尾行は余り現実的ではない。

 襲撃ポイントから割り出すのは諦めた方が良さそうだ。

 次。


「……」


 ぱっ、と執れる作戦は思いつく。ただ、それが執りたくない作戦と言うだけだ。だから、なるべく別の策を選びたい。ただの我儘だ。知っている。タイマーをセット。少し長めの十分。そのまま、こてん、とベッドに倒れ込み、目をつぶる。暗い瞼の裏で思考を奔らせる。タイマーが鳴った。「……」。目を開ける。何も思いつかなかった。

 だったら仕方がない。

 弱いのなら、賢くないのなら、何かを諦める必要がある。

 僕には我儘を言うだけの実力は無かったようだ。

 大人しく思い付いた作戦を執るとしよう。







 ハワードさんとカリスと言う余り騒がず、ある程度の冷たい選択が出来る上層部に許可を得て、人情派のシンゾーと、未熟者が戦場に立つことを良しとしないイービィーには黙っておく。

 学校として使っている建物の中を歩き回る。授業中なのか、人気のない廊下には教室から零れる声だけが落ちていた。

 拙いな。廊下を歩く僕に気が付いた子の集中力が途切れている。授業参観と勘違いしたのか、嬉しそうな子や、緊張した様子で固まる子が出て来ている。授業中と言うことで気を使ったが――端末で呼び出してしまった方が良いかもしれない。

 嬉しそうにこちらに手を振る男の子に手を振り返しながら、物陰に隠れて、コール。五回目で出た。


『トラブルですか、猟犬?』

「授業中にすまない、アレックス。それに近いものだ。このまま話しても大丈夫だろうか?」

『このコマに授業は持って居ないので、構いません――と、言いたいところですが、顔を合わせて話した方が良さそうだ。モノズは連れていますね? コードを送りますので、そちらへ』

「了解です」


 通話終了。間髪を置かずに、端末が震え、ポイントを示すコードが送られて来たので、随伴していた戌号に渡す。直ぐに彼は先導を開始した。

 そうして案内されたのは、職員室だった。

 まぁ、そうか。そうだな。授業が無い教師陣はここに居るだろうな。

 そんなことを関上げながら、扉を開ける。中にはアレックスと、こちらの事情を知っているカリスが居た。


「……場所を変えた方が良いですか、猟犬?」


 サングラスを外し、青い目でカリスを指しながらアレックス。


「その必要は無いです」


 彼女も知っていますので、と僕。

 別に座って話す様な内容でもないので、立ったまま僕は続ける。


「少年兵を見繕って欲しい」

「条件は? 数は?」

「なるべく無害そうに見えて、なるべく強い子を、十人ほど」

「優先する条件は今言った順番で宜しいですか?」

「はい」

「――危険度を訊いても宜しいですか?」

「グリーン。安心してくれ、安全だ。……と、言いたいところですが……」

「イエロー?」


 僕はゆるゆると首を振った。アレックスの片眉が持ち上がる。だが、言わなければいけない。


「オレンジ。遺書は用意させておいてくれ」







 巳号と戌号に別任務を与える。

 そうして犬一匹と、十五機のモノズを引き連れ、使い慣れない散弾銃を肩に掛ける。

 ムカデも使い慣れたハウンドモデルから量産型の廉価品、アラガネへと変えた。

 ぼろ布をマント替わりに着込み、同じ格好の子供を七人引き連れて荒野を歩けばあっと言う間に貧乏少年傭兵団の出来上がりだ。

 そう。作戦は単純だ。場所が分からないなら――連れて行って貰えば良い。

 僕は自らを餌に釣りに励むことにした。


「各員、散開。物資の調達に入れ。良いな? 打ち合わせ通りに、親が居ないスリーパーであることを強調しつつ、小規模な群れで荒野を渡ることを周りに伝えろ」

「りょうかいです、だんちょー!」「がんばります、だんちょー!」「いってきます、だんちょー!」「あー……この子達には私が付きますから、大丈夫ですよ、トウジさん」「オレはデカいから向かねーや、親父に付いてくよ」「あ、じゃぁ、ボクもそっち行きますよ、父さん」「アンタはこっち、荷物持ち」


 指示を受け、きゃいきゃいとはしゃぎだす幼子に、その面倒を見る為に動き出す年長者。少女に引きずられていく少年が居れば、準警戒態勢でモノズと共に僕の横に付く少年もいる。

 彼等はアレックスが選定した『無害そうで』『死に難い』子供達だ。

 重歩兵ヘビィー。重装甲を纏い、攻撃を受け、或いは流すことに長けた子供達だ。外付けの肉体であるムカデは、身体能力が未熟であることを『弱い』理由にさせてくれない。


「……」


 とは言え、はしゃいでいた小さな三人組などは、まだまだ未熟も良い所であり、そんな彼等を餌にすると言うのは中々に嫌な気分だった。


「なぁ、親父? 頭部装甲、外さねぇのか?」

「……僕はそれなりに顔も売れて来ているからな」


 長距離通信が死んだこの荒野では、先ずは名前が売れる。ドギー・ハウスが『犬』の名で売るのもそれが理由だ。先代の猟犬と僕に未だ差はあるが、それでも猟犬は猟犬だ。詳しくない人達が見れば、猟犬は猟犬のままで変わっていない様に見える。

 そうして名前が売れてから売れるのが、顔だ。猟犬に成りたての頃ならば兎も角、ランク5への昇進、クラッシュレースなどで顔を売った今の僕は、適当な街でもそれなりに『僕』として見られる。

 だから顔を隠す。

 貧乏少年傭兵団の団長に『猟犬トウジ』は似合わない。中古のムカデと、高威力なだけの散弾銃を使いこなせないへっぽこ野郎位がお似合いなのだから。


「――今更なのだが、君の僕への呼び名は何だ?」

「? 知らねぇのか? 今のキャンプ地で、名字の無い奴等は親父か、ハワードさんか、シンゾーさんの子供ってことになってるぜ?」

「……」


 認知した覚えが無いのに、子供が、増えていた。

 考えるまでも無く、ジーナの『お父さん』呼びを放置した結果だろう。今更ながら後悔をした。後悔をしたが――残念ながら今更だ。

 訊けば貧乏少年傭兵団の団員は全員、僕の子供扱いだと言う。

 仕方がない。

 君達にケガをさせない為に、パパ、頑張っちゃうぞー。







 情報をバラ撒きながら、街から街へ渡る。

 傭兵団であることを疑われない様に、偶に仕事も受けて、弱いことを示す為に、失敗しても良さそうなら、失敗をする。

 まぁ、言ってしまえば良くある少年傭兵団だ。

 運よく自由になれたスリーパーの子供達が何とか生き延びようと荒野で傭兵になる。装備も不十分で、元居た仕事場に必要とされなかった――継続して雇って貰えなかった――奴がリーダーなので、弱い。

 街に行けば一つか二つはある。

 そんな傭兵団だ。


「……情報」

「無いわ」


 二週間が経った。その間の進捗は娘の一人が語ってくれた通りだ。

 釣れない。


「……僕の隠しきれない強者としてのオーラ、か……?」

「……」

「反抗期ですか?」


 ちゃんと相手をして欲しい。そう思う。


「それで? 本当にどうするの?」

「……まぁ、魚も目を付けている様なので、このままです」


 年季が違う。彼女の情報網に掛かって居なくても僕の方は魚の動きを捉えている。

 二重尾行。【潜伏】持ちの巳号と戌号が僕等をつける相手を更につけている。その目からの連絡があった。

 漸くか。そう思う。

 モノズの数が多かったのと、子供達が組織だって動けてしまったのが拙かったようだ。練度の高い部隊と警戒されていたらしいが……やっと獲物と認識して貰えたらしい。


「次の移動で恐らく襲撃がありますので、各員への通達を」

「了解」


 来ると分かっているのだ。安全に攫われることも出来る。

 仕込みに時間は掛かったが、これで釣り上げた魚の料理方法を考えることが出来――


「失礼、彼等をまとめているのは君かぃ?」


 懐かしのあの人、左程会いたくもなかった作戦参謀殿カスターの野郎が居た。

 お元気そうでなによりです。


「……」


 未だ生きてたんですね、が正直な感想だ。








「ボクには力がある。だから、その力を人の為に使う責任があるんだ……」


 カスターはおクスリを始めたらしい。

 何かスパイダーマンで聞いたようなことを言い出している。

 力を持つ者が責任を持つと言うのなら、無能な貴方には何もしないで欲しいと言うのが僕の意見だ。

 だが、不思議なことに世間はそうでは無いらしい。


「その志っ、Yesだねっ!」

「あぁ、無力な俺だがお前に力を貸すぜっ!」

「微力ながら、わたしもお力をお貸ししますっ!」


 何か取り巻きが増えてた。カスター含め、男二人に、女二人、大学生位の男女が集まり、喋る度に歯を煌めかせていた。

 宗教かな?


「ありがとう皆、これ程頼もしいことは無い! 君達が居れば、何だって出来るさっ!」


 宗教だな。

 確信した。

 席を移りたい。会話をしたくない。僕は典型的な日本人であり、宗教=胡散臭い、の偏見もちだ。だからと言って差別はしない。しないからコッチクンナ。


「……」


 大体、カスターには顔がバレているのだ。潜入任務中である今、正体がバレるのも拙いので、アラガネの頭部装甲も外せない。無能の戯言が響いてウルサイ。『百害あって一利なし』という言葉がある。ぴったりだ。だが、もう少し口汚くして、『害しか無いから黙ってな』と言いたい。笑えない。泣けてくる。


「あの、それで――」


 一体僕等に何の用でしょうか?

 控え目に右手を上げて質問一つ。テニスサークル(偏見)に居そうな四人組に問いかける。


「あぁ、うん。ボク等はこう言うものだ」


 名刺を渡される。『子供達の未来を考える会』と書かれていた。

 大切なのは『何を言ったか』では無く『誰が言ったか』だ。


「……」


 受け取る気は無いのでお返しします。ぴん、と指で弾いてテーブルを滑らせ、カスターの元へ名刺を滑らせた。


「不安に思うのは分かるけどよ! 安心しろよ、兄ちゃん! コイツはあの第109次防衛戦、インセクトゥム相手の戦争経験者だ!」

「それは、それは――」


 頼もしい。

 ただ、僕は多分、その防衛戦の主力で、そこの無能は床に転がって居ただけだと言う事実が虚しい。






あとがき

花火の季節ですね。

自分も実家でチョコレート色の毛並みが可愛らしい小さい子と並んで花火をみました。


打ちあがる花火、そっ、と腕を絡められたので横を見れば――


恐怖に震えるトイプー(オス)が居ました。

えぇ、花火にビビったらしいです。

震えながら助けを求められました。

可愛かったです。

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