打ち合わせが終わったので、ガレージを立ち去るC.Jさん。

 そんな彼女を見送り、ガレージの隅っこ、シャッター傍で壁を背負う様にして、パイプ椅子を引っ張ってきて座る。手招き。子号を呼ぶ。背部をモニターへ変え、卯号がまとめた基地の位置と、僕等が今日襲われた場所に、C.Jから受け取ったデータを反映させる。

 トラックの到着、解析には未だ時間が掛かる。終わるまで休んでおくのが傭兵として正しい様な気もするが、大雑把に『あたり』だけでもつけておこう。

 それぞれの襲撃ポイントから等間隔の円を描き、その円の重なり合う場所に基地が無いかを探る。……あぁ、これは有力だな。トゥース側の土地からも、人間側の土地からもそれなりに近く、複数の襲撃ポイントからも良い位置にある。

 でも残念。ジーナが眠っていた研究所でしたとさ。

 専用のペンを取り出すのが面倒だったので、指で子号のタッチパネルに触れ、×を付ける。指紋を付けられた子号は何だか文句がありそうだ。


「意外に勤勉だな、馬鹿犬」


 聴きなれない男の声が背中、壁の向こう側から聞こえて来た。

 彼専用の呼び名なので、誰かは、まぁ、分かった。


「そうでもないですよ、ミスター」


 お義父さんと言うと怒られそうなので、適当に。

 そうして口を動かしながらも、絞り込み作業を続ける。今度は基地からも等円を引いてみた。


「……見つかりそうか?」

「幾つか候補は」

「そうか。ところでな、トゥースは血族社会だ」

「そうですか」


 親戚づきあいが苦手な僕には辛そうですね。嫁を取る場合は、そこら辺も考慮しよう。


「繋がりを保つために広くに婚姻やら養子やらを出している。それ故、今回のこの誘拐騒ぎは大事になった」

「あぁ、成程。そこら中に親戚いそうですもんね」


 お父さんのお兄さんの嫁の従妹とか言う『他人』で済みそうな関係の相手でもしっかりと把握しているのだろう。


「それもあるが――貴様は、嫌な話を聴ける方か?」

「比較的」

「盗まれたのが血を繋ぐための道具である子供だから大事になった」

「そうですか」

「……それだけか? 人間は『愛情』とか好きだろう?」

「大事に使われるなら道具は幸せですよ」


 道具側傭兵としての意見を一つ。


「――まぁ、そうだな。それでな、そう言う分けだからこっち・・・は助けたの心配をする必要は無い」

「……」

そっち・・・はどうだ?」

「――恐らくですが、殆どは親の居ない子でしょうね」


 しっかりと子供の管理をしているトゥース側と違って、今の人間側には管理されていない部分がある。

 国と言うのは意外にも重要な働きをしていたようだ。利益を優先するべきである企業と言う組織がトップに立ってしまうと、どうしても福利厚生に甘さが出る。

 スリーパーの子供は最早、立派な社会問題だが、今の時代の人たちにとっては何処か他人事。稀に人勧団体が張り切って大きな声を上げることはあっても、言い方は悪いが――趣味の延長でしかない。

 僕もそうだ。それを認めた上で言うが――勝ってる者に、負けている者の気持ちは分からない。

 だからどこかで『他人事』と眺める部分が出てしまう。


「まぁ、適当にここで面倒を見ますよ」


 それでも、手を差し出せるのは、悲しいかな『勝った者』だ。

 だから精々、上から目線で手を伸ばそう。


「甘いと言うか、優しいと言うか……」

「『強くなければ生きていけない、優しくなければ生きていく資格がない』」


 By.フィリップ・マーロウ。


「『だから、強い者は優しくあるべきだ』」


 訳・師匠。


湯で加減ボイル硬めハードで行っておくべきですよ、ミスター?」


 その方が恰好が付く。


「……少し貴様が気に入ったぞ、犬」

「それは、どうも」


 それでは、お義父さんとお呼びしても?

 口に出さずに舌の上で言葉を転がす。


「……だが、実際、どうなんだ? ここにそこまでの余裕はあるのか?」

「余裕も無ければ打開策も無いと言うのが現実ですね」


 残念ながら。


「……どうする気だ?」

「どうにかなるでしょう」

「……安心したぞ、馬鹿犬。喜べ、お前の評価が下がった」


 背中から聞こえる声に苛立ちが混じった。


「それはそれは」


 残念至極。

 肩を竦めながら、マップの縮尺を変更。有力な候補地の散らばり具合を広い視野で見てみる。特に関連性は見つけられない。

 ……ここまでだな。後はアキトの結果を待って絞ろう。

 子号のモニターを閉じて解放してやる。


「お前は所詮、兵士なのだな。王の器には程遠い。いや、将の器ですらない」

「それ、別の人にも言われましたね……」


 分かり切ったことを言うものだ。


「先を見ろ、馬鹿犬」

「めっちゃ見てますよ。戦闘中とか」


 盛大な溜息が後ろから聞こえて来た。


「……俺には三人の妻と七人の子供が居る」

「はぁ、それが、何か?」

「まぁ、聞け。俺はそこそこ大規模なトゥースの群れをまとめていてな、アレ――E.Bはな、その七人の中でも特に可愛がっている。何れはアレか、アレの伴侶に群れを任せようと思って居たのだが――お前は器ではないな、馬鹿犬」

「では、イービィーか、その子にでも期待しては?」

「……お前が退くと言う選択肢は?」

「アレは良い女ですよ。僕には勿体ない」


 だから――


「悪いが、退く気は無い」

「そうかい。それじゃ、精々、兵の器での深さを見せてくれ」

「見せた際にはお嬢さんを頂きますよ、お義父さん?」

「深さによってはアレの異母姉妹もセットでくれてやる」

「それは要らんです」


 壁を間に挟んでの背中合わせの会話はソレでお終い。

 僕の言葉に対して答えは無かったのが、少し不安になった。

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