打合せ

 すっかり忘れていたが、アキトと子供たちを置き去りにしていた。

 これは拙い。

 僕はソレに今更気が付く様な気づかいが出来ない男だが、僕のモノズ――特に未号はそうではない。僕の散開の指示を受けた後、一応の安全が確保されたと判断した彼はアキトと子供達を中央広場に案内していたらしい。

 流石だ。

 だが、僕はソレを知らなかったので、一度、装甲車を止めた場所まで行って、それがアキトの新居に運ばれていることを知っての再度の移動と言う二度手間を踏んでしまった。


「……」


 C.Jさんがホウレンソウが出来ない駄目な新入社員を見る目で僕を見てくる。

 まぁ、諦めて貰おう。僕はこんなものだ。


「お父さんは出来ることと、出来ないことの差が激し過ぎる気がするわ」


 広場でアキトを回収した際に、何故か一緒に付いてきたジーナの小言に苦笑いで誤魔化し、シャッターを持ち上げる。

 天井は高い。一階と二階部分をぶち抜いて繋げたその部屋の照明は、随分と高い位置で輝いている。

 打ちっぱなしのコンクリートで造られた殺風景なガレージには、これと言った工具も無く、タイヤの無い装甲車が一台と数機のモノズが居るだけだった。

 アキトのモノズ達だ。僕のモノズから連絡でも受けたのだろうか? 生きたまま鹵獲したドラム缶と、それ以外のドラム缶だったモノをブルーシートの上に並べてのお出迎えだった。


「こんな形での案内になってしまって申し訳ないが……アキト、ここが君のラボだ」

「うん、良いね! この広さと天井の高さは悪くないよ! これなら結構大きなジェネレーターが置けるかな?」


 満足げに言いながら、いそいそと作業着であるツナギに着替えるアキト。そんな彼に先立つ形でドラム缶を見ていたジーナがぽつりと言った。


「あら、やっぱり。そうじゃないかと思っては居たのだけれど、機兵なのね」

「知っているのか?」

「えぇ、わたしと同時期に軍の中で進んでいたプロジェクトの一つね。『ツリークリスタル由来で無い兵器の開発』。結局、モノズの代替にもならないし、足が遅くてモノズの補助も出来ないから実用には至らなくて、研究施設の警備にしか使われなかったはずよ」


 僕の言葉に頷くジーナ。いや、それよりも――


「君、記憶が?」

「ん? あら? 言っていなかったかしら。全部ではないけど、戻っているわ。恐らくはお兄さんもね」

「お兄さん?」

「お父さんにはエンドウって言った方が良いかしら? わたしも、お兄さんも、つまりはα・BETシリーズは記憶を圧縮して寝たからキーワードで解凍さえすれば思い出すの」

「……あるふぁべっとしりーず」


 口に出して言う。

 一周半回って……ださい。


「……その、キーワードとは?」

「色々よ。例えば『おはよう』で自分がα・BETシリーズであることと、記憶が圧縮されていることを思い出したりするの――あの時、誰一人起きたわたしに『おはよう』って言ってくれないから思い出すのに時間が掛かっちゃった。ねぇ、お父さん? わたし、お父さんのそういう所、直した方が良いと思うわ。大事よ、あいさつ?」

「以後、気を付けます。……キーワードは他にも?」

「えぇ、そうね。『DV』『毒キノコ』『味の濃い料理』『水酸化ナトリウム鍋』とかよ」

「コンボが出来てるじゃないか……」


 DVに悩んだ妻が夫を毒殺して、挙句に死体を溶かして処理しているじゃないか。


「それよりも、機兵に話を戻すと――お父さんも知っているはずよ?」

「――」


 んー?

 視線が集まったので、記憶を探る。駄目だ。特に何も思い出さない。「君達は?」。足元のモノズ達への問いかけ。んー? と僕と同じ様に記憶を探るモノズ。連結処理でもしていたのだろうか? 一斉に、はっ! と思い出したように目を上げる。そして、ぴっ、と電子音。


 報告:ジーナを確保した研究施設の閉鎖区域にて類似の警備ロボを確認した件


「……」


 居ただろうか? ――あぁ、居たな。思い出した。僕も思い出した。メンテも碌にされていなかったせいか、あっさりと制圧したからどうにも印象が薄い。

 それにしても――


「僕は兎も角、君達も忘れていたのか……」


 ポエム:わすれもするよ いきているんだもの      みごう


「……」


 中々素敵な詩に苦笑いが浮かぶ。

 だが、この場には苦笑いで済んでいない人もいる。視線をずらせば、眉間に皺を寄せたC.Jさんが見えた。元から低い僕の好感度は大変なことになって居る様だ。まるでゴミを見るよう。


「百年ほどの前の人間側の軍事施設で同じ――いや、同系統のモノとの交戦経験があります」


 多分、気にしたら負けだと思うので、僕はことさら真剣な声音でそう言った。


「結構。聞いていました。後程、襲われたポイントとトゥース側の領地にある旧軍事施設の位置情報を送ります」

「よろしくお願いします」


 言いながら、卯号を見る。目が瞬いた。『了解である件』。そんな所だろう。人間側の領地にある軍事施設も洗う必要がある。それと――


「今回の交戦時にトラックが有りましたので、ソレの解析もしましょう。直ぐに回収をします」

「本命はこちらの機械兵では?」

「彼等は足が遅いので――」

「……移動は完全にトラック頼り。そうなると本拠地の方も、と言う分けですね」


 そういうことです。頷き、指示を出す。


「戌号、申号、酉号、丑号、君達に仕事を頼む。トウカを中心に探索班を造らせ、その護衛に付いてくれ。トラックの移送が目的なので、何機か大型のモノズも連れて行くように。牽引の指揮は君が取れ、丑号。それと――」

「えぇ、分かっていてよ、お父さん。直せて動かせればソレが一番楽だものね、技術者として私も行くわ」

「お願いします。アキト、来て早々で悪いが――」

「うん、任せておいてよ! トラックが来るまではこっちの構造を探っておくからさ!」


 違う技術体系と言うことで楽しみなのだろう。出社初日に深夜残業確定と言中々にブラックな労働環境にも関わらず楽しそうだ。


「……思ったよりもまともな指示ですね」

「どうも」


 『思ったよりも僕の評価、低いですね?』と言う代わりに、にっこり笑いながら。


「では、次です。今回は場所の特定が難しい為、個別に動くことになると思います。その際、攫われた子供達を救助することも在ると思いますが――」

「僕が見つけた場合は、このキャンプ地に集めます」

「トゥースの子供もですか?」

「えぇ、まぁ、はい。基本、イービィーに面倒を見て貰う形になると思いますが……」

「成程……そう言うことでしたら、こちらも人間の子供の面倒を見る為に人員を受け入れましょう」

「折角ですが、それは――」


 結構です。

 言って、曖昧な笑みを浮かべる。

 言葉にはしない。してしまったら、今の一応は友好的な関係を築こうとしている努力が台無しだからだ。

 僕は彼女を、或いはA.Bさんが率いるトゥースの群れを完全には信用しない。そんな中に自分の身内を送り込む気は無い。


「……それ・・で良いんですね? 子供達に万が一――とは考えないのですね?」

「そこは皆さんを信じていますので」


 笑顔、にっこり。


「心にも無いことを……」


 その呟きは聞き流した。


「……ご安心を我々も姫様を怒らせたくは無いので、余計なことはしませんよ」

「でしたら、貴女に子守を頼みたいですね、ミス?」

「何故でしょうか?」


 重い声。こちらの真意を探る様な目。


「一つ、貴女は見た目が人間に近い」


 そして恐らくだが、肉体的に強くない。A.Bさんが彼女に説明役を押し付けたのも、『娘の選んだ男が気に入らない』と言うのもあるが、それ以上に、元より目の前の彼女の仕事がソレだったのだろう。


「次に貴女はレズビアンだと言った」


 ならば性的虐待を行う可能性は少ないだろう。


「……女同士でもセックスは出来ますよ」

「そちらの方面には詳しくないので、何とも言えませんが……」


 どうやるんだろう? ちょっと詳しく聞きたい。……いや、違う。間違えた。「んんっ」。咳払い。話を戻す。


「最後に、貴女はイービィーに惚れていると言った」


 コレが本命。

 僕は言外に言う。『子供達に非道を働けば、嫌われますよ?』と。


「……成程、良いでしょう。もし人間を保護した場合、傷一つ付けずに返しましょう。貴方のことだ。例え、傷つけたのが私で無いとしても姫様には『私が傷つけた』と報告しそうだからな」

「……そこまで性格は悪くないですよ」


 でも、まぁ――


「良い手なので、これからは『そう言う』ことにします」


 にっこり笑う僕に、C.Jさんはゴミクズを見る様な冷たい目を向けて来た。

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