デスマッチ
中々に凝った演出だ。
目隠しをされ、手を引かれ、ハンドルを握らせられる。
デスマッチのスタート地点は、各人でバラバラだ。
金網と、岩で囲われたリングの中に、九チーム、二十七機のマシンが無作為に散らされ、そこまで目隠しで案内されると言う徹底ぶりだ。
『ロック、解除します』
「……」
ハウンドモデルの頭部装甲から聞こえて来た女の声に合わせ、視界に掛かっていたロックが解除される。子号と目があった。
「子号、状況確認」
ピッ、と電子音。
回答:レース開始まで、残り、二分四十三秒。辰号、午号、酉号、戌号、亥号、オールグリン
「ありがとう。……君は?」
回答:グリーン
言葉に合わせる様に、緑色の瞳が瞬いた。
それをみながら、っふ、と呼吸をする。意識を切り替える。エンジンを入れる。震える車体。ウン、と唸り、全面と側面の窓――モニターに外が映る。取り敢えず、見渡せる範囲に他の車両は無い。ここの場所は何処だ? 「子号、位置」。短い問い。駄目だと分かっていながら出したソレに返って来たのはやはり『現状回答不可』と言う回答。スタートの合図を聞くまで、モノズからの情報の供給は禁止されている。
僕に電子戦の心得があれば、運営の造った壁を破れたかもしれないが……。
そこは、ご生憎様という奴だ。
僕は、諦めて現状目が届く範囲での確認を開始した。
アキトが組んだチェックツールを起こす。モニターの右端にジープを象った絵が三面図で表示された。色はグリーン。現状、トラブルなし。
そのまま、二分。
頭部装甲に外部からの干渉。浮かんだのはシグナル。
「午号」
回答:了解である件。
唸りを上げる車体。咆哮を上げる午号。そして――
レッド、レッド、レッド――グリーン!
「子号、位置っ!」
クラッチを繋ぎ、アクセルを踏み込む。アイドリングからの走り出しを終わらせ、既にトップに行っていた午号の力を車輪に乗せる。
ヤークトは他の車と比べると遅い。
だが、一瞬、一レースで一瞬だけ、他の連中よりも速い瞬間がある。
それが今、スタート時点だ。エンジン=タイヤであるホイールタイプでは不可能な準備運動。事前に回っていた午号は彼等よりも少しだけ早く、車体を前に飛ばすことを僕に許した。
急な加速、段差を飛び越え、落下。持ち上がった内臓のせいか、一瞬、腹の底が、ひゅん、と冷える。口角が持ち上がる。ヘッドセットに子号からの通信、周辺地形、それと――敵の位置だ。ツリークリスタル影響下ではありえないソレ。通信が出来るので、電波が拾える。つまりはかなりの範囲の敵の位置が分かる。
左、高低差、無し。
獲物を選び、ルートを選ぶ。
タイヤの回転が砂を掻き、少しの空回りと多量の砂塵を舞わせるなか、ハンドルを切る。
スピードを殺さずに、ブレーキと言う名の弱音を殺せ!
遠い記憶の中、何かで読んだこの文言に従い、べた踏みのまま、車体を傾けながら無理矢理曲がる。――見えた。
「撃て」
だからそう命じた。前面の亥号が大雑把に弾丸を散らし、両側面の酉号と戌号が『狙って』撃つ。相手側から、ぽしゅ、とプロペラドローンが飛び出した。だが手遅れだ。既に右の前輪は貰った。機動力は奪った。機動力を奪ったのなら火力勝負だ。火力勝負なら――負けは無い。
「子号、機銃」
言葉に合わせ、二門の機関銃がカトンボを打ち落とす。その間にも、亥号のLMGが装甲を削り、戌号と酉号がタイヤ代わりのモノズを外していく。
――先ずは、一台。
出さずに口の中で言葉を転がし、すれ違う。
それに合わせたわけでは無いだろうが、同時に相手から白旗が上がり、酉号と戌号の射撃が止み、止めを刺そうとしていた辰号のチャージが止る。
バックモニターを映してみれば、血を流しながら、ドライバーが出て来た。
何とも素敵にイカレている。
この時代の娯楽は随分と野蛮で命がけだ。
五分が経った。
快進撃は始めの三台程で打ち止めだ。
右前輪と左後輪はパンク状態で、左側の側面モニターは装甲が抜かれた結果、ひび割れ、ノイズが奔る上に狭い範囲の『絵』しか見せてくれない。
調子に乗りすぎ、実況で名前が上がり過ぎたのが拙かったのか、遅いのがバレたのが拙かったのか。羽虫の様にたかられ、削られている。
機動性を生かし、ヤークトの後ろから、横から、すれ違う様にしてバギータイプが抜けて行く。その際、側面に取り付けたブレードでタイヤを削ろうとしたのだろう。車体が寄せられ、装甲を削る嫌な音が響き、それに追従する様にして飛んでいるプロペラドローンが機関銃を撃ちながら通り過ぎて行く。
子号が制御する機銃がソレを撃ち落とす。だが、その機銃も落とされた。
前方から別の車。ジープタイプがホイールタイプのドローンを引き連れて射撃しながらすれ違い様にご丁寧に破壊してくれた。
「辰号!」
だからお礼にどうぞ。
バギータイプには間に合わなかった光線の一撃。尻を見せたジープタイプの尻を撃ち抜く。結合部分を撃ち抜かれ、爆炎に合わせて、二機の大型モノズが転がって行った。
『クラァァァッシュ! ナンバー41、猟犬トウジこの試合で六台目の撃墜だぁーっ! 戦場が変わっても変わらぬ凶器がここにある! さぁ、残りは六台。誰がアレを止めるぅ? 誰が鉄の猟犬を殺して英雄になるぅ? それと猟犬のチームのリーダー、ナンバー40、シンゾーも健在だぞぉー! これはBブロック、突破チームは決まったかぁ!?』
「……」
実況、ウルサイ。
余談だが、ナンバー42のハワード・ワーグマン氏は脱落済みだ。
視線を向けた先、モニターの右端に置かれたジープの三面図はオレンジとレッド、稀にイエローがあるくらいだ。
子号が管理する機銃は残り一門、酉号は離脱済みで、亥号もLMGが詰まり、最早正面装甲の役割しか果たせなくなっている。戌号も消耗が激しい。辰号は未だ余裕がありそうだが――開始以来、
午号の自己申告ではグリーン。
だが、子号の外部診断ではオレンジだ。休ませないと拙い。
仕方がない。
「……シンゾー」
『無理か?』
「動くのは、キツイです。止まりますので、置物として使って下さい」
『おう。ま、こっちは何とかするわ』
「……」
どうする? 思考。どうしよう? 思考。やろう。結論。
「午号、最後だッ!」
踵がフロアを叩く踏み込み。
僕の意思を汲み取った午号が猛スピードで回り、タイヤが回り、車体が吹き飛ぶ。
RR。
トップスピード。
「子号っ、フォロー」
叫び、ブレーキング。ステアリングを勢いよく切り、クラッチを蹴り飛ばし、サイドブレーキを引く。足を倒すように、更にアクセルを踏み込む。唸りを上げる午号は叫んでいるようだ。そんなことを思いながら、クラッチを繋ぐ。
車体が、泳いだ。空回りする後輪が、前輪のグリップに負けて流れて行く。未だだ。言い聞かせる。未だ待て。子号を見る。グリーンランプ。ちかちかちか。そして、今ッ! 強く瞬く子号の合図を受けて、ギアシフト。車体を流し、周り、百八十度の回転を果たして、バック走行。前面モニターにバギータイプ。
あちらもガラス部分を鉄板で覆っているので、顔が見えない。見えないが、驚いてくれていると良いな。そう思う。
そう思いながら、ハンドルを子号に任せ、僕は立ち上がる。
めいっぱい上げたヘッドレストに尻を乗せ、この試合中一度も火を噴くことが無かった一丁を手に取る。スコープを覗く。嫌がる様に揺れるバギータイプが見えた。だが、逃がさない。
ヘルハウンド。
対戦車ライフルはバギーの正面装甲を上から食い破った。
『クラッシュ、クラッシュ、クラァァァッシュ! またも猟犬! やはり猟犬っ! これで全二十七機で争われるBブロック予選の内、七機がコイツの牙に掛かったぞぉぉぉ!』
実況の叫びと同時に、金網にヤークトが追突。速度を殺し切れておらず、慣性に襲われ、僕は、がくん、と揺らされた。
「辰号、午号を出してやれ」
僕の指示に、辰号が表に出て来て、午号を外気に晒す。
熱砂の荒野の中においてもそれよりも熱くなった午号は、しゅー、と煙を吐き出しながらも、どこか満足そうだ。それを見て、手を伸ばし、労おうとして――やめる。やけどをしてしまう。
「助かったよ、午号」
だから代わりに言葉を投げた。
『おっとぉ? どうした猟犬? どうしたトウジ? マシントラブルか? 動かなぁーい! だが、油断は禁物だぞ、諸君! それでも白旗は上がっておらず、ギブアップはしていない。つまりは狙撃手としての猟犬は健在だぁ! 死にたくなければ奴のキルゾーンには――っと! 今度は猟犬のチームメイトがやったぁ! すれ違い様のリッパー&ブラスト! 切り傷に叩きつけられたショットガンが装甲を食い破り、シンゾーもこれで四機目だぁ! さぁ、いよいよ残りは四台――』
実況が響く中、午号が瞬く。
ちかちか、と弱く二回。
ちかっ、と強く一回。
――余裕である件
僕は端末には送られてきていないメッセージを彼から受け取った。
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