準決勝開始
「左側モニター張替え! 装甲も張り替えて!」「機銃、修理できないよ、これ! 予備持って来て!」「誰か配線分かる人いないー? 何か、モニターが青い」「待って、重い! 離さないでって! ヘルハウンド重い! 一人じゃ無理、支えられない!」「小型モノズ貸して! サス周り見る!」「ぎゃぁ! ホイール死んでる!」「液体窒素持ってきたよー、午号、冷やそう」「亥号ヤバい、亥号ヤバいって! ちょ、誰か未号呼んできて設計図持ってるから!」
ピット・インと共に、技術者見習いの子供たちが、わっ、とヤークトに集る。
ハワードさんは軽傷段階で離脱、シンゾーは殆ど被弾していないらしく、チーム内のメカニックのほぼ全てが僕に割り振られた様だ。
「……」
暑い。鉄板で四方を覆われた運宴席は中々に蒸し地獄だ。頭部装甲を脱ぎ捨て、丑号に手渡しながら、上半身のムカデを外していく。
「酉号の修理は終わっているが、次までに亥号が間に合うかが怪しいね。どうする?」
水の入ったペットボトルを片手にアキト。
受け取り、蓋を開け、半分ほど飲んで、残りを頭から浴びる。ぬるい。
「最悪の場合は、巳号を。火力は落ちますが、ルールも変わりますので、それ程悪い手ではないかと……」
そんなに亥号、重症なんですか? 視線で問いかけながら、作業の邪魔にならない様に歩き出す。
「あはは、大丈夫っ! ボディも、クリスタルも損傷は軽微だよ! 問題は、内蔵武器のLMGだね。撃ち過ぎだ。銃身がイカレてるね!」
「銃身ごとの交換は?」
「トウジ、入れ子式の銃身は高いんだ」
「……つまり?」
「予備が一個分しかない」
「では、それは決勝用に」
「了解だ」
用意されパイプ椅子に、倒れ込む様に、座る。下半身のムカデも剥がしたい。でも、多分、一回剥がすともう着る気が湧かないだろうから止めておこう。
「他に、問題は?」
あるだろうか? と、僕。
「パンク状態で走った時間が長すぎるね! ホイールは勿論、サスも心配だ。出来ればもっと早くギブアップして欲しかったよ」
「若さとは引かないことなんだよ、アキト」
「あはは、大人になってよ、バーニィー!!」
それじゃ、何とか準決には間に合わせるよ、とアキトが立ち去る。
「おつかれさま、トウジ。何か飲むか?」
代わりに、クーラーボックスを持ったイービィーが来た。そのイービィーを盾にする様に、小さな女の子が、三人ほど足に巻き付いていた。
イービィーが良く面倒を見ているという幼年部の子たちだろう。眼付きの悪い僕を怖がり、普段、彼女たちはあまり近づいてこないのだが……。
「あおいだげる」「うちわ」「あいすもあるってさ」
キャンプ地の総員でことに当たっている現在は、多少は協力する気の様だ。汗だくの僕を団扇で仰いでくれる。
「……あぁ、ありがとう」
仰いではくれるが、幼子の筋力だと、左程、涼しくない。
僕は微妙な表情が顔に出ない様に注意した。
「トウジ、濡れタオルを首に巻いてやろう」
それを見かねて、イービィーが濡れタオルを片手にそんなことを言う。クーラーボックスか取り出されたソレは、僕の身体とはまた別の要因で、湯気をあげていた。
死刑執行を待つ罪人の様に首を出す。「おー……ぅ」。ちょっとへんな声が出た。だが、ヒンヤリとして気持ちが良い。冷えた水を受け取り、椅子の背もたれに体重を預ける。
「……」
溶けたような体制で幼女三人に団扇で仰がれている僕の現状は、はたから見たら中々にアウトでは無いだろうか? そんなことを考えているところに――奴が来た。
「こんにちは、猟犬トウジ」
どったどたと不格好に地を揺らすコッペパンの化身、ルドだ。
「あぁ、これは自己紹介が遅れました。僕の名前はユリウス、準決勝での貴方の対戦相手です」
舌が出ているアホ面だ。僕の活躍に興奮しているのだろう。尻尾が躍る様に振られ――目で見える量の抜け毛が舞っていた。
「妻から貴方の話は聞いています。ふっ、何ともまぁ、聞いた通りに――品の無い方だ」
えげつない。コーギーの換毛期、えげつない。尻の辺りを掴むと、ごっそりと毛が毟れるのは伊達ではない。動くだけで空気に毛が舞う。
「貴方の様な野蛮な男が歴史あるドギー・ハウスの犬だと言うのは納得出来ない! 宣言しよう! 僕は勝利し、牧羊犬となり、貴方を――いや、貴様を猟犬の座から引きずり下ろすとっ!」
非常に拙い。何故なら僕は上半身裸で、汗まみれだ。そんな状況で抜け毛製造機に来られると――悲惨な未来しか想像できない。僕は顔を上げ、無言でイービィーに助けを求める視線を送った。
「っッ!! い、良い目だ。流石は猟犬と呼ばれた男、相手にとっては不足は無いっ! では、試合で決着を付けよう!」
僕の意図を汲み取ったイービィーが苦笑いで、軽く頷き、コッペパンの捕獲に向かった。胴長短足はあっさりと捕獲されて、抱き上げられた。
はなせおらー、ボスに挨拶するんだー……と、言っているかは分からないが、短い足をバタバタさせている。
そのまま、拉致されていくコッペパン。揚げパンにされることは無いだろうが、応援席のアカネ辺りに預けられるのだろう。
僕は災害が通り過ぎたのを確認して、水を口に含んだ。冷たくて美味い。
「ユリウスと何話してたんだよ、テメェ?」
と、僕と同じ様に上半身裸のシンゾーがやって来た。
「?」
そして、良く分からないことを言っていた。
「ユリウス?」
「……さっき、居ただろ?」
何言ってんだ、テメェ? と、僕のセリフを奪ってシンゾー。
残念ながら、僕にはそんな記憶は無い。そんな人、いましたか? と団扇を持つ幼女に視線で聞いてみる。
「いたよ」「せんげんしてた」「ケチャップ? をつけるってゆってた!」
ほら、あの人、と向かい側のピットでプリムラさんと話してる男を指差す。
「……シンゾー」
「あン?」
「何故、牧羊犬候補の彼が僕に宣戦布告したのだろう?」
「俺が知るわけねぇだろうが」
三分後。
僕とシンゾーは『アホだから相手を間違えた』という結論を出した。
何故、一度も乗せていないルドの毛がヤークトの運転席にあるのだろう? そんなことを思いながら僕が見る先には、茶色から白へと変わっていく硬い獣の毛が落ちていた。「……」拾おうとするが、ムカデの手では、つかめない。仕方が無いので、手の装甲を外し、それでどうにか摘まんだ毛を、開け放たれた天井から放り出した。
「!?」
その瞬間に、周囲から鳴り響くエンジン音。咄嗟、前面モニターを見る。シンゾーとハワードさんがスタートしていた。
『さぁ、準決勝第一試合の開始だ! Aブロック代表はエントリーナンバー7、ユリウス率いるチームと、Bブロック代表、エントリーナンバー40のシンゾー率いるチームの対戦だぁ! 注目はBチーム! 今回の予選での個人撃破数のトップは7で、二位は6っ! そうっ! 破壊力抜群の二機はこのチームに居るぅぅぅぅぅぅ! シンゾー&トウジだぁ! さぁ、準決勝でもこの二人の暴れる様子は見られるのかぁ?』
走り去る二人と、実況の叫びで自覚する。
あぁ、これは駄目だ。集中できていない。困ったな。まぁ、それでも問題ない。僕が仕事をするのは、今じゃない。
予選はデスマッチ。問答無用の削りあいだったが、準決勝からはルールが変わる。
対戦形式はアサルト。
自陣と敵陣を定められ、相手側の陣地を一定時間占拠すれば勝利、と言うルールだ。
予選で大破したヤークトの修理は……終わらなかった。
だから僕は動くなと技術班に言われた。戦力外通告、と言う奴だ。それでもこのルールならば僕にも仕事はある。
『さぁ、各チームの戦略はどうだ? おっとBチームっ! まさかのトウジ! まさかの破壊神っ! 予選の撃墜王が自陣で待機、守護神だぁ! さぁ、とっびきりの狙撃手の守備を掻い潜って抜けられるのか、Aチームぅ?』
そう言うことだ。
ヘッドレストを限界まで上げ、そこに座る。動き回る気は無いので、ムカデの頭部装甲を外し、帽子を被った僕はヘルハウンドのスコープを覗き込んだ。
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