ラチェット

ラチェット

 僕はスリーパーだった。僕には記憶がなかった。僕には借金があった。

 だから僕は兵士になった。

 狙撃兵。それが僕の兵科だ。

 そして僕は猟犬になった。

 幸か不幸か、それなり以上の才覚があったようで、十二機の部下と一匹の愛犬を引き連れ、僕はそれなり程度には楽しく暮らしていた。

 いた。

 そう、過去形だ。

 僕は負けた。捕虜にされたのだ。

 狙撃手で、それなり以上だった僕は結構な戦果を挙げている。だから、当然のように嬲られ、殺される。最初から覚悟をしていた――と言えば嘘になる。だが、僕はあまり騒ぐ気には成らなかった。

 僕は敵を殺したのだ。

 ならば敵に殺されて文句を言うのはお門違いと言う奴だろう。

 そんな分けで、後付けながら僕は死ぬ覚悟で捕虜になった。

 トゥース。

 僕が生きた時代から五百年後の地球で人類と戦争中の敵性宇宙人に『情け』を求めるのは滑稽だろう。

 僕を捕らえたレオーネ氏族は何処か獅子を思わせる容姿をした者が多い。もしかしたら生きたまま食べられてしまうかもしれない。

 エロ漫画とは違う意味で! エロ漫画とは違う意味で!

 大切なことなので二回言ってみた。


「――」


 不意に、欠伸が出た。

 吹き飛んだ左足の治療のため、部下の内の一機、未号が調合した治療用ナノマシンが効いてきたようだ。

 人口脊髄に撃ち込まれた紫色のアンプルは見ている分には毒物にしか思えないが、そんなことは無い様だ。

 だが、僕はうつ伏せに寝たまま、下がる瞼に抗おうとする。

 僕を捕らえた四本腕のトゥースは僕と金属球であるモノズ達、及びウエルッシュコーギー・ペンブローグ・サンダーボルトの仔犬であるルドルフを纏めて一つのトラックに放り込んだ。

 そこから出なければ治療も許可されていた。

 幾ら治療が許可されたとは言え、僕は捕虜だ。

 で、ある以上、当然のように今は敵地のど真ん中であり、暢気に眠るのは得策ではない。

 不意に、ボロボロになった中型モノズ、未号が寄ってきた。先の戦闘のダメージから、今僕の部下の内、動けるのは二機、その内の一機である未号は四本腕と色々な交渉をしていたのだが、どうやらその辺りのことが終わったらしい。だから患者である僕の容体でも確認しに来たのだろう。


 ――ピッ!


 電子音。端末をモソモソと取り出し、メッセージを確認する。

 報告:レオーネ氏族との交渉完了の件 → 結論:治療優先。彼らは我らを雇う気である

 ぱちぱちと瞬きを繰り返す。

 少し意外な展開だ。俄かには信じられない。僕を眠らせる為の未号の嘘かもしれない。だが、嘘でなかったとしたら――

 頬の内側の肉を噛み、痛みを得る。少しだけ思考がクリアになる。

 動こう。


「丑号、未号、先ずは回復を優先しよう。僕は、まぁ、後回しで大丈夫そうなので、先ずはルド、次に君たち自身を治せ、その次は製造能力が高い申号、司令塔の子号の順番で治療、以降は子号の指示へ入ってくれ」

「ネズミ算と言う奴だ。治療できる手を揃え、仕上げて行こう。幸いなことに火薬以外の物資は奪われていない。いつも通りだ。使い切って構わない」

「僕の無くなった左足に関しては後で決めよう。取り敢えず、周りに吹き付けた建材は削って傷口だけは塞いでおいてくれ」

「以上だ。すまないが、僕は寝る」


 ――ピッ! と帰ってくる電子音。端末に映る了解の二文字が揺らいで見えた。

 僕の眠気は限界だった。

 だから僕は意識を手放した。







「あー……悪いが、起きてくれ」

「……」


 どれ位の時間がたったのだろうか?

 僕の意識を揺り動かしたのは何処か呆れた様な男の声だった。

 上半身を起こす。目を開ける。


「……」


 体は起き上がったが、目が開かない。しょぼしょぼする。涙が出てこない。酷いドライアイだ。「うぁー……」重低音を吐き出しながら、目頭を揉む。じわり、と滲んだ涙で漸く目が開いた。

 見渡す。ルドと目が合った。回復したらしい仔犬は、てこてこと寄ってくると、股の間に、ずぼ、っと鼻を突っ込んだ。止めてほしい。

 モノズ達の修理も順調そうだ。ある程度直されたら、後は自分で自分を治しだしている。未号と申号と言う器用な二機が、ぱかりと口を開き、そこから延ばした細い副腕を使いながら、複雑な構造である辰号に当たっているが、他のモノズ達はもう修理が完了しそうだ。


 ――ピッ!


 転がってきた子号の眼が、チカチカと点滅する。端末が震えた。恐らく修理状況の報告だろう。直ぐにでも確認したいところだが後にしよう。

 眠る前には居なかった人物が居る。

 四本腕だ。

 強化外骨格を脱いだ四本腕は人間に近い顔をしながらも、毛深く、獣の様だった。手が四つに目が三つの異形だが、それでも他に比べると人間に近い部分が多い。

 彼が今の僕の持ち主だ。

 小腹が減って齧りにでも来たのだろうか? だったら起こさずに齧って欲しかった。


「……お前、図太過ぎないか?」


 心底呆れた様な声音で、失礼なことを言われた。


「自分では、繊細な方だと――」


 思っているのですが? と、僕。


「そうか。捕虜になって一日立たずに呑気に眠れる奴を『繊細』と表現する文化は我らにはなくてな」

「そうですか。因みに、眠るべき時に寝れない奴は僕らの文化では『弱い』と表現します」


 言いながら欠伸を一つ。

 異文化交流ですね。僕はそんなことを言って軽く笑ってみた。


「……成程。確かにそうだ我が間違っていた」


 すまん、と謝る四本腕。随分と友好的だ。

 もしかしたら、未号の話は本当なのかもしれない。


「僕らを雇う気だ、と聞きましたが……本気ですか?」

「あぁ、何だ。話が通っているのか? 今、親父殿――族長にその話をしていて、我がここに来たのもその関係だ」


 こちらの様子を伺う視線に、目を伏せて応じる。先を促す。


「――お前、人間を殺せるか?」

「敵であれば」

「そうか……。いや、支払いをごねられてな」

「?」

「お前たちの住処を襲う様に依頼をして――」

「敵ですね」


 そいつらは。

 僕は即答した。


「では――?」

「喜んで殺しましょう」


 僕はにっこりと笑った。


「……」


 僕の笑顔を見て四本腕がひきつった笑顔を浮かべた。とても失礼だ。


「取り敢えずの仕事はソレだが……我はお前を今後も雇いたいと思っている」

「拒否したら」

「殺す」


 そうですか。

 死にたくはないな。そう思う。だが、やりたくない仕事、例えば殺したくない人を殺してまで生きたくもない。以前のシンゾーの時もそうだったが、それが僕の基本スタンスだ。だから――


「理不尽な命令が下らない限りは、よろしくお願いします」

「我は雇い主だぞ?」

「では、この話は無かったことに」

「そうか。残念だ」


 拳銃が投げて寄越された。

 こめかみに当て、引き金を引く。弾が出なかった。

 四本腕に視線を送る。目を見開いて驚いていた。別にそういうリアクションは求めていない。スイングアウト。横にズレた回転弾倉の中は空だった。ポケットを漁る弾は無い。取り上げられている。

 少し困った。コレが一番、楽に逝けそうだったのに。ナイフで血管を切るのも、首を吊るのも出来れば止めたい。


「すいません、弾を――」

「試す真似をしてすまない。誇り高き人間の戦士よ。どうか我らに力を貸してくれ」


 言葉が遮られ、頭を下げられる。

 僕は頭を掻いた。雇い主に頭を下げられるのはどうにも気まずい。


「僕に、誇りは余り在りませんので、お気になさらず。それより、仕事の話を、お願いします」

「……あ、あぁ、そうだな。と、言っても簡単だ。お前の実力を見せつけて欲しい。お前が人間を殺せる人間だと仲間達に知らせて欲しい」


 それだけ聞くと僕は随分と人でなしだ。

 だが、まぁ、先の襲撃の原因となったモノが相手だというのなら、構わない。

 僕は「了解です」と、請け負った。

 後で資料を持ってくると言うことなので、それまでに左足をどうするか考えておこう。

 僕は端末を取り出し、子号からの報告を確認しようとした。

 だが、未だ四本腕が立ち去る気配は無さそうだ。何だろう?

 端末片手に小首をかしげる。疑問を伝える。


「レオーネ氏族、族長ヒィロが子、“四つ腕”のリカンだ」


 右手の一つを差し出される。――あぁ、成程。そう言うことか。


「ドギー・ハウス所属の猟犬、トウジです」


 その手を取り、握手で応じる。


「そういうことか……」


 ふっ、とリカンが笑う。どうしたのだろう?

 僕は再度、小首をかしげることで、彼に疑問を伝えた。


「強い人間であれば、我らの間でも風と成り、吹くのだ。犬の厄介さは有名だ」

「成程」


 そういうことか。だったら――


「……余り、名乗らない方が良いでしょうか?」

「そうだな。だが、匂わせた方が良い。強者をトゥースは尊敬する」

「成程。何か良い案はありますか?」


 僕はスーパー・エリート・ワンコを略してSEWとかが良いと思います。そんなことを言ったら、正気を疑う目で見られた。ダメらしい。


「そうだな。……ラチェット、でどうだ?」

「ラチェット?」


 先ず、工具が思い浮かぶ。だが、ソレではないなと直ぐに思い当たる。


「では、僕は貴方をガブリエルとでもお呼びしましょうか?」

「ははっ。良いな。ワイルド・ハントと洒落込むか?」

「機会があれば」


 僕らはそう言って笑いあった。

 僕はスリーパーだった。僕には記憶がなかった。僕には借金があった。だから僕は兵士になった。そして僕は猟犬になった。

 そうして五百年後の今を生きていた僕は負けた。負けて、捕虜になって、傭兵として雇われて――


 ラチェットになった。

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