A.B

 子供たちは全部で二十五人だった。

 中々の大所帯だ。

 全員を装甲車に押し込んでも良いが、荒野を歩いて疲れている所に襲撃にあったのだ。心身共に疲労が激しそうなので、それは止めておく。

 戦闘機動に耐え切れず、ズタボロになったアキトを回復させる間に砂と発泡建材でソリを造り、それをロープでつないで戌号、申号、未号の中型三機にも引かせる。【運搬】持ちの未号が二台のソリを引けるのが大きい。装甲車に五人、四つのそりにもそれぞれ五人。それで、それなり程度の人口密度で二十五人の積み込みが完了した。

 水は兎も角、手持ちの食料は全員に行き渡る程は無い。一人ビスケット三枚で我慢してもらい、後は適当に塩飴を渡しておく。さり気なく、以前貰ったハッカ飴を混ぜてみた。


「……」


 綺麗に全部返って来た。人気が無いな。そう思う。包み紙を剥がして、口に入れる。まぁ、確かにそこまで美味しいモノでは無い。


「アキト、そろそろ出るが……」

「あぁ、うん。……うん。だいじょうぶ」


 荒れ地を全力疾走して上下に揺らされ、止めに追突で、がくん、と揺らされた結果、非戦闘員であるもやしっ子はグロッキーだ。

 情けない。

 ハッカ飴を口に放り込んでから、装甲車に放り込んでおく。


「……さて、」


 散らばった荷物の回収も完了した。そろそろ出よう。

 僕は痛む右足をムカデを着込むことで無理矢理外側から動かし、装甲車の天井に上った。

 伍式を抱くようにしながら胡坐をかき、双眼鏡を覗く。あんなことが有ったのだ。別動隊を警戒しておくに越したことは無い。







 何か空気がおかしい。

 キャンプ地に来て先ず、感じたのはソレだった。


「A2及びソリ部隊、バック。下がって岩陰に装甲車と子供たちを隠せ。アキト、すまないが暫くはまとめ役を頼む」


 言うだけ言って返事も待たずに、歩き出す。


「巳号、卯号、ルド、S2。先行しての索敵」


 潜らせ。三分待つ。

 漆式軽機関銃のロックを外し、物陰に隠れながら慎重に進む――が、あっさりとその必要が無くなった。先行したS2からの通信。『中央広場にて指示求む。危険度・軽』。躍った文字列を確認し、散開していたモノズ達に集合を言い渡し、そちらに向かう。

 そうして辿り着いた中央広場。

 申号と寅号が造った遊具があるそこには、キャンプ地の大半の人員が集まり、モノズ達が何やらトラックやバスなどの大量に物と人を運べる準備をしていた。

 何だ? 疑問符。僕に気が付いた人々が騒ぎ出す。護衛についていたのだろうキリエが出て来た。


「トウジさんっ!」

「――何が、有ったのでしょうか?」

「今、トゥースの軍隊が来ていて……」

「リカン……ではないんですよね?」

「はい。全く知らない連中です。街のトゥース側に結構な数も待機してます」

「これは? 避難指示が出たんですか?」

「いえ、そうではなく――」


 キリエの話はこうだ。

 ハワードさんとイービィーは問題無いと判断したが、このキャンプ地にはトゥースの被害に遭った方もいる。それを慮ってカリスが一応、避難準備をさせたらし

 だからか。

 一部は緊張感を持って居るが、良く見れば、一部はちょっとしたお祭り位にしか捉えていない。炊き出しでトン汁とか作ってるのがそのいい例だ。ルドが尻尾を振りながらお零れに預かっている。あの駄目な犬め。


「僕に関しては、何か?」

「事務所に来て欲しいそうです」

「了解だ。ここは、君に任せても大丈夫か?」

「はいっ!」


 良い返事だ。肩をぽんぽん、と叩いて、頑張れよ。理解のあるふりをしながら、端末でトウカの位置を確認する。陣取ったのは――あぁ、申号達が造った滑り台の上か。悪くは無いが、ベストでは無い。今回は広場を守れば良いのだ。狙撃手である以上、彼女がソコに居る必要はない。ポイントの移動を指示。広場を見渡せる見張り台に置く。


「来たか」


 そうしている間に、後続のA2が追いついてきた寅号と申号、それと戌号にルドと言う近~中距離の戦力だけに付いてくるように指示を出し、残りは散開させる。何故か子号が付いてきた。秘書役。そんな所だろうか?

 そんなことを考えながら事務所に向かうと、入り口付近でゲストの対応をしているカリスが見えた。シンゾーが帰っていないので、アレックスが護衛に付いているようだった。

 話しているのはトゥースだろう。スーツ姿の男と女が一人ずつ。双子なのだろうか? 顔の造りが良く似ている。頬にキチン質の甲殻が見て取れるが、それ以外は手足の太さ含めて人間に近い。


「お客様だそうで……」


 そんな男女に横目で、ぺこり、と目礼だけをしてカリスに耳打ちをするような形で話しかける。


「えぇ、貴方を訪ねていらした様なのですが……」


 お心当たりは? と言う視線での問いかけに、肩を竦めて答えようとして……止める。

 思い出したのは、ポテトマンからの仕事だ。

 依頼主に事情が有ると言った。

 僕にしか頼めないと言った。

 他の犬に無くて僕にはある特異性の一つとして、僕はトゥースと仕事をすることに抵抗が無いと言うものがある。意外と、トゥースと仕事をしたがらない犬は多い。探査犬などがそうだ。そうなると――


「思い当たるふしがありそうですわね?」


 カリスの言葉に僕は肩を竦めて見せた。

 まぁね、と言う奴だ。








 階段を降りて地下の事務所に行くと、眉間にしわを寄せるハワードさんと、嬉しそうにこちらに向かって手を振るイービィーの姿が見えた。

 客人は三人。こちらに背を向ける形で座っているくすんだ金髪の男がリーダーだろう。野戦服の護衛が両脇に立っている。武器は持って居ない様に見えるが、相手はトゥースだ。実際には武装をしているのだろう。ならばこちらも武器を変える必要は無いだろう。


「お待たせしてしまったようで」


 すいません。

 そう言いながら、机の上に自動拳銃をごとり、と置いた。

 随分と失礼な真似だが、椅子に座る以上、ヒップホルスターからの抜き撃ちでは対応出来ないのだから仕方がない。


「――」

「あの?」


 困惑する。

 相手のリーダーと思われる男性に殺気を睨まれた。

 部下がそうなら――という奴だろう。人間に近い男だった。だが、双子と違ってスーツを着ても明らかにトゥースと分かるトゥースだった。

 手足が太い。正確には甲殻に覆われた両足と左腕が太い。

 くすんだ金髪をオールバックにした中年は獣のようにも見える。今にも噛み付いてきそうだ。

 そして、そんな猛獣は間違いなく僕を噛み殺そうとしている。勘弁して欲しいものだ。そう思う。助けを求める様に、左を向く。ハワードさんが目を逸らした。諦めて右を見る。何故かイービィーはとってもご機嫌だ。にまーっ、とあまり性質の宜しくない笑顔を浮かべると、僕の右手に指を搦めて来た。すべすべしているので、嫌いでは無いが、今はとても止めて欲しい。無理矢理剥がすと、ハムスターの様に頬を膨らませて不満を示してきた。

 何か変だな? 何だか何時もよりも幼いと言うか、甘えていると言うか……。

 イービィーの態度に引っ掛かりを覚えるが、正直、それどころではない。


「A.Bだ。おっと握手は結構。……手を捥ぎたくなるからな」


 中年トゥース、A.Bさんの機嫌が更に悪くなった。

 まき散らす殺気の余波だけで両隣の護衛が竦んでいる。


「トウジです。ドギー・ハウスへの依頼と言う認識で良かったですか?」


 だが、向けられた先である僕は気にしない。

 握手は要らないそうなので、さっさと本題に入ろうと思う。


「……気に入らんな。弱者としての態度がなって居ないぞヒューマン」

「そうですか? 仲良くなれそうになくて残念です。それで、依頼内容は?」

「自分の立場が分からない程に鈍いのか? こんな奴に、どうして……」

「いえ、分かっています。僕の立場は傭兵で、貴方は依頼主です。依頼内容を言え」

「貴様の態度が気に入らん」

「では、この仕事は無かったことに」


 お帰りはあちらです、と彼らの背後、階段へ続く扉を指差す。


「上からだな、ヒューマン」

「そっちもな」


 ぎちぃ、と空気が軋む。

 机の上に置かれた自動拳銃が、両側の護衛が、或いはA.Bさん自身が殺気に軋む。


「お前に仕事を含め、色々なことが任せられるかのテストをしてやろうヒューマン」

「いえ、要らんです」


 だから、お帰れ。


「やる気がなさそうだな? そんな相手をテストしても仕方がない。俺がやる気を出させてやろう」


 話を聞いていないのか、聞く気が無いのか、上から目線でアベさん。半分聞き流していた僕だが――


「このキャンプを俺の隊に襲わせる」


 その言葉で身を起こす。


「今なら未だ冗談で済ませますよ?」

「本気だ、ヒューマン。言っただろう? お前の態度が気に入らない。不様に泣け」


 にぃ。犬歯を見せる様に笑って見せるA.B。


「調子に乗るなよ、トゥース。命令を出す前にお前を殺してやるぞ?」

「ははははっ、良いぞ。良い目だ、ヒューマン。組織の長としてソレで怒れる貴様には好感を持ってやろう。だが、個人的に貴様が気に入らない。絶対泣かす」


 どん、と両足を机に投げ出し、A.Bがこちらを煽る。


「チキンレースだ、ヒューマン。その調子で仔猫の様に、にーにー威嚇をして見せろ」

「煽り過ぎて噛み殺されない内に引けよ、トゥース」


 僕も引かない。護衛に付いた子号、寅号、申号、戌号、ルドが戦闘態勢を取るのを片手を上げて制する。振り下ろせば戦争開始と言う分けだ。

 ちらりと横目で両隣を確認する。胃痛をこらえるハワードさんとにやにや笑うイービィーは戦力として期待できそうに無い。


「?」


 二人の態度がおかしい。何か裏がある? ひっかかり。深く思考を奔らせようと――する出鼻を挫く様に声。


「基本的な質問だ。トゥースと人間、どちらが強いと思う?」

「……トゥースです」

「その通り。貴様が机の銃を取って俺を撃つよりも早く、俺の護衛が貴様を切り殺す」

「成程」


 武器は刃物か、それに類する物か。

 勝てるだろうか? 考えるが、直ぐに止めた。まぁ、負けるな。

 ならば仕方がない。別の方法で勝とう。


「では、そんな人間とトゥースが何故互角に戦争をしているかは分かりますか?」

「ふんっ! 簡単なことだ。俺達が見逃して『やってる』からだ」

「外れだ」


 言って、「子号」と呼ぶ。

 転がって来たモノズ、子号を顎で指し示す。


「彼等――モノズの存在があるから僕等人間は戦えている」

「……ほぅ。良い答えだ、続けろ」


 では、と一息。


「一流の工兵である彼らが居るから少ない荷物で荒野を渡れる。兵士としても優秀な彼らの補助があるから戦える。裏切らない彼等が居るから無茶で無謀な作戦をゴリ押せる。――わかりますか? つまり、モノズの存在と言うのは僕等にとってそのまま『力』なんですよ」


 さて、と視線を真っ直ぐにA.Bに向ける。


「僕の契約モノズ数を知っているか?」

「……十二だ」

「ははっ」


 僕は笑う。小馬鹿にしたように笑う。


「良いことを教えておこう。僕は嘘つきだ。出入口に見張りを置いて安心したか? キャンプ地に入ってから僕等の動きを監視して安心したか? 馬鹿が。切り札の切り方を教えてやる」


 一息。


「さぁ、随分と待たせたな、仕事の時間だ、背中から撃ち抜いてやれ、蛙号かわずごうっ!」


 叫ぶ。そして――


「全員動くなっ!」


 叫ぶ。

 一瞬の隙を突き、拳銃を手に取り、それをA.Bの頭に持って行く。

 動いた。僅かだが、それでも確かに、A.Bの背後を確認する仕草をこの部屋に居る僕以外の全てが取った。

 全て、そう、全てだ。

 イービィーも、ハワードさんも――子号も、寅号も、申号も、戌号も、ルドもだ。

 動くなって言ってもぼくにはかんけいないですよねー、そんな感じで緊迫で固まる部屋の中に、ちゃっちゃっ、と爪音を響かせルドが歩く。ソファーの後ろを確認した後、こちらに振り向き『いないじゃないか!』とでも言う様に吼えた。


「……口は、利いても?」


 それで状況を把握したのだろう。中途半端に振り向いた体制のままA.B。


「どうぞ」

「俺は嵌められたのか?」

「僕が見た所――どうやらそうみたいですね?」


 さっきまでは間違いなくそちらが僕を殺す方が早かった。だが、今は違う。振り返る動作の間に撃てる。殺せる。


「……ここで俺が死んだとしよう。だが、貴様も死ぬ。俺の隊は俺が死んでも戦えるが、このキャンプ地はお前が死んだら拙いだろう?」

「拙いですね。ですが、正直、この状況になった時点でもう負けていますので……」


 道連れだ。と、僕。


「……貴様は最悪な野郎だな?」

「? 話、聞いてなかったんですか?」


 僕は嘘つきですよ?


「……だが、まぁ、戦士としてはアリだな」

「個人的にはそんな兵士はクソですけどね」

「いや、俺は認めよう。……死ぬほど嫌だが」

「そうですか」


 心底嫌そうな雰囲気だが、それでも空気が弛緩する。

 ふっ、と軽く息を吐いて肺を軽くする。構えていた銃を下す――


「どうだ! 良いでしょ! コレ、良いでしょ、パパ!」


 よりも早くイービィーに飛びつかれる。

 引き金に掛かっていた指が動きそうになった。危ないからとても止めて欲しい。


「良いイカレ具合だろ! コレなら人間だけど、良いでしょ?」

「―――――――――――いや、でも、異種族だしぃ、パパ、そう言うの、どうかと思うなぁ」

「ママ人間じゃん」

「パパとママの間には愛があるから!」

「おれとトウジに間にも愛があるからっ!」


 それはどうだろう? そう思う。

 ……。

 いや、違う。


「パパ?」


 A.Bさんを指差しながら、僕。


「パパっ!」


 A.Bさんを指差しながら、イービィーが言った。





あとがき

ちょっと連休前まで更新が安定しないっす。

・毎日更新されたら家に帰れてる

・一日空いたら、会社に泊ってる

・二日以上空いたら……思い出して下さい。この空の下に社畜がいることを……


以下、何れ資料集の人物紹介に追加するおまけ。


 名前:A.B 性別:男 種族:トゥース 兵種:?

 型式:α ランク:B

 指揮官クラス、アルファであるトゥース。

 くすんだ金髪と異形の両足と左腕を持つ男。

 トゥースの王として生まれて来たが故、戦闘能力、指揮能力、それらが生まれ付き高い。

 故に訓練をしなかった。

 が、前大戦中、その傲慢の付けをテンガロンハットの狙撃手に払わされる。

 遠距離から何もさせて貰えずに撃たれ、逃げたは良いが、出血が酷く死を待つだけだった所を人間の女に救われる。

 本人曰く、その時に愛を知った。

 きっかけの一つではあるが、コレが契機となって、人間とトゥースは休戦期間に入る。

 娘さんがいるらしいよ!!

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