三日目
人間の子供ほどの大きさの、黒い甲殻を持った蟲人間。そんなアント・ワーカー達は、その地位に従ったふるまいを、つまりは何匹かで固まり、ツリークリスタルを採掘していた。
素手で採掘しているので、生身で向かい合えば人間はあっさり殺されるだろう。ムカデを纏っていれば良い勝負ができるかもしれない。だが、僕の装備は量産型のアラガネだ。安いのが売りの一つになっている以上、性能に過度な期待は出来なければ、試す気もない。
だから、待って、撃つ。遠くから、撃つ。
撃って、アントが死ぬとヘッドセットのゴーグルの中で何かのスコアが上がる。これが中々楽しいので、僕は積極的にスコアを稼ぐべくアントを撃っていた。
だが、幾らスコアが上がるのが面白いとは言っても、僕は獲物を探して動く事はなかった。
僕は狙撃に徹することにしたのだ。
何、大した理由は無い。
もしかしたら積極的に動き回った方がスコアが稼げるのかもしれないが、動いた結果、近距離で見つかったら対処できる自信が無かったからだ。
蟲人間と言うにふさわしい、半虫半人。黒い鎧を纏った子供の様にも見えるが、三組の手足と強靭な顎でツリークリスタルを砕くアントの姿は、僕には酷く恐ろしく見えたのだ。
アントに近づかない。
僕のこの方針の大きな穴は、アントが近づいてくれないと仕事にならないとも言い換えられる。いや。採掘場の警備と言う仕事であるのならば、ソレで十分なのだが、ヘッドセットの中に何らかのスコアがある以上、ノルマがある可能性がある。ノルマがあるのなら、達成しておきたい。
そんな事を考えたのは、三日目の午後だった。
この頃には僕の仕事っぷりが良かったせいかなのか、『ここはヤバイ』とアント達に伝わってしまい、小さな盗掘者達は高台から見える範囲に中々出て来てくれなくなっていた。
「……」
今日も今日とてさして美味しくないブロック状の携帯食料をもそもそと食べながら、何とは無しに空を見てみる。五百年後の空の色も、やはり表現するなら、青空だ。排気ガスとかが無い分、綺麗な気がする。だが、見ていても腹は膨れない。僕はモノズではないのだ。
特殊なツリークリスタルに特殊なカットを加えることで命を持ち、人の手により金属球のボディを与えられたモノズ。そんな彼等の本体はやはり眼球、つまりは埋め込まれたツリークリスタルで、ツリークリスタルの栄養源は陽の光だ。だからモノズ達は空を見る。それが食事になるからだ。
そんな分けで我らがトウジ小隊は絶賛で休憩中なのだが、一応指揮官である僕は頭を働かせていた。今後の動きについてだ。
ノルマ……と、言うか合格ラインが分からないと言うのがネックだ。こんなことならば、もう少しユーリに話を聞いておくんだった。そんなことを思うが、今更の話だ。
「さて……」
――どうしたものだろうか?
言葉尻が、見上げる空に溶けて、消えた。
思考が、海に、沈む。
ユーリ曰く、僕は『考えられる』タイプらしい。直感型のユーリに対して、思考型と言うわけだ。だから考える。だが、僕は自分が優秀でない事を知っている。だから問題を簡略化する。スコアを忘れる。スキル構成も忘れる。頼れる部下、モノズも忘れる。そうして、考える。動くか。動かないか。その二択を。
腕時計のタイマーを起動させる。時間は三十秒。
背骨で造ったネックレスを握る。地味に痛い。――思考が尖る。
「……うん」
タイマーが鳴る三秒前に結論が出た。そうだ。動かないが正解だ。
夕方までここで暇を潰し、そのあとにキャンプに帰る。
僕はそう決めた。
「……戌号、酉号、それと――キミ、偵察に出てくれ」
そして、そこでやめておけば良かったのに僕はキャンプに偵察を送った。
もし、もう帰っている人が居たら便乗しようと考えたのだ。
構成は
そんなことを考えながら僕は三機を送り出した。
僕に異常事態を知らせてきたのは、子号だった。
戦闘モデルには定評があるが、情報戦には弱いタタラ重工製のモノズのボディに入れているにも関わらず、何故か情報整理をやりたがる彼は、しょっちゅうオーバーヒートを起こして丑号に引き摺られている。だが、今は、珍しくそんな彼が足元に猛スピード転がって来た。
機械の身体を持つモノズ達にも『慣れ』や『スキル』は存在する。日頃から情報を拾い続け、結果として電波を拾う網が広がった子号だから真っ先に拾えたのだろう。彼は僕の端末にメッセージを送ってきた。
シグナルはレッド。出所は……酉号。友軍がアントと交戦中とのこと。求めているのは、友軍救援の為の攻撃許可。
「……」
ざっ、と目を通し、許可を出す。義侠心からではなく、見殺しにした場合のペナルティを恐れてというのが情けないが、知ってしまった以上、流石に見捨てられない。
「直ぐに出る。子号、巳号、先行してくれ。道中の戦闘はしないで良い。逃げろ。酉号達との合流が最優先だ。合流したら子号、キミが指揮を取れ。僕が行くまでは防衛に徹しろ、建材は使い切って構わないから塹壕も造ってくれ」
――ピ! ピピッ!
身軽な小型二機が了解の意を返し、猛スピード転がっていく。
ソレを見ながら伍式狙撃銃を丑号に向かって放り投げ、サブウェポンとヘルメットを受け取る。人間はこの時代でも相も変わらず脆弱だ。ムカデを着込んでいるとは言え、荷物を大量に引き摺っている丑号の方が僕よりも足が速い。申し訳ないが、荷物の運搬は任せてしまおう。
「丑号。悪いがキミは僕と来てくれ。荷物の破棄は認められない。重いかもしれないが、頑張ってくれ」
――ピ!
了解の声を背中に受けて、ヘルメットを装着し、サブウエポンであるタタラ重工製の
十三分走った。
接敵、視界に捉えると同時に引き金に掛かった指が動きそうになるが、今持っているのが伍式狙撃銃では無く、漆式軽機関銃だと思い出し、止める。変わりに岩陰に身を隠し、空を見た。タイマーを起動。今度は十五秒だ。
――さぁ、考えろ。
先行した子号達は無事に酉号達と合流しており、そこから情報は貰っている。敵はアントが二十匹で、現在の戦況は小康。友軍に被害は出ているが、我が小隊に損害は無し。キャンプにも情報を飛ばしているので、この状態を維持するだけでも勝ちは拾える。だから慌てる必要はないし、無理はしない。友軍には悪いが彼等よりも部下達の方が僕にとっては大切なのだ。
子号達は逸れた友軍を守る為に戦場のかなり傍に陣地を造っていた。
良くないな。そう思う。あの距離は僕の距離ではない。あそこでは戦いたくない。どうする? どうしよう? どうするべきだ。考える。通信。友軍から。コールサインは、アサ。誰だ? 「アンタ、ダブCの社員でしょ? 助けて! 襲われてるの!」。うるさい。黙れ。通信を拒否。残り五秒、四秒、三秒――良し。
「丑号」言って、漆式を放り投げ「子号達と合流してくれ」伍式を受け取る。
さぁ、仕事を始めよう。
スコープを覗く。角度が悪いので、伏射が出来ない、立射だ。走って来たから呼吸が荒い。視界が揺れる。だから文明の利器に、外付けの肉体に、ムカデに頼る。
三呼吸の間隔で、ロックが掛かって固まる様に設定。吸って、吐いて、吸って、吐いて、吸って、止めた。ムカデが固まる。身体が固まる。ロックオン。
かちっ。
――頭のどこかで、時計の秒針が、鳴いた。
「っ!」
撃つ/殺す
歩いて狙点を変えて、三回ソレを繰り返した。
そう。僕は目立つようにふるまった。
悠々と歩いて。ここだと銃声を響かせて。身体をさらす。アントの意識を分散させる為だ。狙撃手を警戒して動きが止まれば、子号達の良い的で、子号達に意識を割くのならば、僕にとっての良い的だ。
これが意外に上手く行った。
惜しみなく建材を使った塹壕の出来が良かったこともあり、アント達は塹壕を突破できず、数だけが減って行き、慌て、動きが雑になり、更に数が減る。
悪循環、と言う奴だ。
だが、僕らにとっては良い流れだ。そんな事を考えながら、歩き、撃ち、殺す。
流れはこちらだ。このまま行こう。下手に場をかき混ぜるのは悪手だ。……と、子号からの戦術確認要望がゴーグルに躍る。曰く(発言:防戦戦術継続を提案する件)。何故か『いいね!』が有ったので、わざわざ銃から手を放して『いいね!』がある空間をタップしておく。反応しない。「それでいこう」。仕方がないので声に出した。今度は了解の返事が返って来た。……余計な遊び心を出さないでほしい。
まぁ、だが、こんなものだ。張りっぱなしの糸は強いが、切れやすい。油断するわけではないが、少し緩めた方が視界も広がる。
「ふぅ……」
そんな分けで少し視界を広くして見れば戌号、酉号、名無しがコンビネーションアタックを仕掛けていた。中型の戌号が先頭に立ち、相手の視界から後ろ二機を隠し、疾走しながら加えられる三位一体のコンビネーションアタックだ。アレを僕は知っている。知っているぞ。ジェットストリームアタックだ。すげぇ。始めて見た。
名無しの名前が決まった。申号(さるごう)にしよう。戌と酉とコンビネーションアタックをするのならば、申しかないだろう。チーム桃太郎の誕生だ。
こうしてユーリからの初任務は早くも完了した。
全体では三百人中の二十九番目。
狙撃班ならば三十人中で七番目。
新人ならばなんとびっくりの百十三人の頂点、即ちナンバーワン。
最後のトラブルでのキルスコアがトップだったのが効いたのか、それが僕の初めの三日間のスコアの結果だった。
「ヘッドセットの映像を確認させて貰いましたが、良いビジネスでした。ルーキー」
基地に戻り、ムカデを脱ぎ捨てて、二時間。野戦服でゆったりとして僕を呼び出したスキンヘッドの巨漢、アレックスがにっこり笑いながらそう言った。差し出された無骨な右手が何か分からない分けは無い。
「ありがとうございます」
だから、そう言いながら僕は彼の手を握った。
固い。戦う者の手だ。僕の手も何れ彼の様になるのだろうか? 多分、ならなければ死ぬ。だから、なろう。
「新人が狙撃班のランキングで十位以内に入るのは私も初めての経験です。貴方の才能もあると思いますが、随分と優秀な担当官に教育を受けたのですね。失礼で無ければ担当官のお名前を窺っても?」
「ユーリです」
「貴方は素晴らしい才能の持ち主だ。きっと担当官の教育は関係なかったのでしょうね」
「……」
コメントが露骨に変わった。アレックスの笑顔が乾いて張り付いた様になっている。深くは聞かないでおこう。
「兵士としての彼女は素晴らしいですが、教育者としての彼女は――でしたからね。昇級の為とは言え彼女に新人を任せるのは辛かったですが、こう言うこともあるのですね」
奇跡です。そんな風に呟くアレックス。
どうしよう? 浅く聞いただけで事情が推察できてしまったぞ? そうか。ユーリは担当官としては外れだったのか。僕の疑問を感じたのか「彼女は三人ほどダメにしました」。と、アレックス。聞きたくなかった。
「さて、日給の五千ポイントが三日分。それに各ランキングの報酬を加えて六万五千ポイント。それが貴方への報酬です。どうぞ、確認を」
左手のクリスタルに感アリ。受領を選択。ズボンのポケットに押し込んでいたタブレット端末を手に取り、受領内容の確認をする。七万ポイントの電子マネー。……あれ?
「……あの?」
「有望なルーキーへの投資は私の趣味です」
サングラスをずらし、不器用なウインクをして見せるスキンヘッドの巨漢は、妙な可愛らしさがあった。
成程。これがお茶目な大人の男の魅力と言う奴か。僕もいつかは身に着けたいものだ。
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