コマさん
一日の食事に必要なのは凡そ千五百ポイント。
任務の三日は、もっそもそな携帯食料が無料で支給されることを考えると、一日で五千ポイントと言うのは結構余裕に思えるが、そうでもない。弾薬代もかかれば、モノズへの給料もある。手元には千ポイント残れば上等だ。狙撃班は弾薬代が高い事もあり、若干の補助が出ているが、新人と言う奴は結構かつかつなのだ。酷い奴だとモノズ達へ給料を支払わない奴もいる。
まぁ、実はそれでも問題は無かったりする。ブラック企業で重宝されそうな性格をしているモノズ達は例外なく一流の社畜なのだ。労働、ダイスキ。オ給料、別ニイラナイ。いぇあ。それがモノズクオリティ。だが、きちんと支払うのが僕クオリティだ。ボーナスが有ったこともあり、タブレット端末をいじくりまわし、二万ポイントをモノズ達の共通通帳に入れておく。
やはり僕にはこの手のひらサイズのタブレットが使い易い。僕よりも後の時代だと網膜投射型のデバイスを使う人もいるが、スマホに慣れていたであろう僕は、どうにも手で作業をしないと落ち着かない。こんな所でもジェネレーションギャップというものは感じられるのだなぁー。そんなことを考えながら、ここ半年ばかりの間にすっかり被り慣れた帽子を深くかぶり直し、メッセージを送る。
連絡事項:無駄遣いはしないように
入金をタップ。その数秒後、子号、巳号、酉号の小型三機が僕の周りを廻りだした。感謝の舞的なサムシングだろう。感謝は伝わったので、止めて欲しい。蹴りそうだ。
そんなことを考えながら、腕時計を確認する。アナログ式のソレは長針と短針で僕に時間を告げてくる。現在の時刻は――午前十時、か。ふむ。
「十八時までを自由時間にしようと思うのだが――どうだろう?」
――ピピッ!
回答:異議無し が六つ。全機一致でよろしいらしい。
「では、そう言うことで……」
言い切る前に競うようにして走り出した戌号と申号を見て思う。
モノズ達の性格はバラバラだ。果たして彼等はどんな風に給料を使うのだろうか?
今晩、食事時にでも尋ねてみるのも面白いかもしれない。
この時代、三つの大きな勢力がある。
一つがタタラ重工。頑強な装甲の扱いと、重火器に強いこのメーカーは僕が所属するダブCの親会社だ。ここのムカデやモノズ・ボディは壊れ難く、火力が高い。RPG風に言うならば攻撃力と防御力と体力が高い。
もう一つがアロウン社。ツリークリスタルを用いたレーザー兵器と、ツリークリスタルがまき散らすジャミング波に抗う様に電子機器に力を入れているメーカーだ。ここのムカデやモノズ・ボディは情報処理に優れていて、超が付くほどの高火力、そして扱いにくくてちょっと壊れやすい。RPG風に言うならば知力とか魔法攻撃力が高くて、防御力と体力が低い。
最後に職人組合。このメーカーは、メーカーで有ってメーカーではなく、職人、つまりは個人経営店の集まりの為、そこで扱われるムカデやモノズ・ボディの特色はバラバラだ。ただ、個々人に合わせたチューニングどころかゼロからの作成をやってくれたり、正規メーカーでは企画が通らない尖った仕様の物が有ったりする為、愛好家が多いらしい。……因みに僕の語彙力では、RPGで上手く例えることができない。残念だ。
三つの勢力が三つとも軍事関係なのは、今が宇宙人との戦争中だからだろうか?
……まぁ、それは良いとして。
各勢力……と、言うかメーカーは結構微妙な関係をしている。我がタタラ重工とアロウン社は極めて仲が悪い。重役同士が顔を合わせれば、舌打ちの挨拶から始まり、靴を踏み合いながら天気の話が始まる。が、職人組合はその双方とそれなりに良い関係を築いており、お互いに技術提携をしたりしてもいる。
詰まる所、何が言いたいかと言うと――
「ようこそ職人組合名物の
こういうことだ。
どこか眠そうなとろぉんとした垂れ目。まるで、魔女の様なとんがり帽子を被った妖艶な女は腕を組んで、その、えと、あー……“女性らしさ”を強調しながら吐息交じりにそんな言葉を投げて来た。
現在、僕の手元にある電子マネーは五万ポイント。
内、一万五千を弾薬の補充とムカデの点検、そして備蓄に回し、残る三万五千で戦力の増強を図ろうとした時、ユーリから聞いたこの出店街のことを思い出した。
この遠征に辺り、タタラ重工側でも幾つかの製造系の企業が出店を出しているが、別にそれは本拠地でも買える。ならば、こうして外に出た時しか寄ることが出来ない職人組合の出店にやって来た……の……だが……
「通行証、とは?」
何だろうか? 共通通貨は分かる。前にユーリに見せて貰った。ひし形のクリスタルだ。単位はそのままクリスタルで、略して書くとC。『ひゃくえん』と言う感覚で『ひゃくしー』と言われる。名前からも分かる通り、ツリークリスタルを加工したものだ。任務報酬の電子マネーはタタラ重工の関連会社や、傘下の街でしか使えないので、職人組合で買い物をする場合は、共通通貨へ換金しなければいけない。ソレは分かっていたことだ。だから良い。それは分かる。だが、通行証とは何だろうか? 『はて?』と小首を傾げてみる。当然、そんな事では答えは出ない。だから言葉に出す。
「もしかして、入るにはそれが必要なのですか?」
「そ。持ってない? 持ってないなら――あっち。換金所で共通通貨に替えるついでに買っちゃって」
つい。ほっそりとした白い手で背中を押される。
正直、通行証を買ってまで入りたくはない。だが、コミュ障気味の僕では美人にそこまでされると断れない。だから大人しく並ぶことにした。……まぁ、共通通貨への換金は必要だ。やっておこう。
出店街を囲う様にして設置された金網。
そこに体重を預けて体育座りをし、ふと思う。
今更ながら気が付いたが、僕は余り頭が良くないらしい。
通行証は一度買えば職人組合の出店であれば、どこに開かれた者でも利用できるらしい。そう言う理由が有ってかは分からないが、結構良い値段がした。電子マネー購入で一万ポイントだ。ネズミの王国の年間パスよりは安いが、とてもではないが、新人に払える金額ではない。入っていてよかった、ランキング。貰っていてよかった賞金。芸は身を助けるとはよく言ったものだ。
換金所の受付も僕が新人でありながら、通行証を買えると聞くと、ほめてくれた。凄くほめてくれた。過剰な位に讃えてくれた。
結果として、残りの二万五千ポイントを全て共通通貨に替えてしまった。
「……」
煽てられて気分が良かったのだ。
「…………」
そして、共通通貨がかさばるので財布代わりに袋を買った。
「……………」
五百Cだった。記念すべき初出費だ。
「………………」
体育座りのまま、皮袋を持ち上げる。じゃらり、音。重たい。全財産の音と、重さだ。少しだけ、空しい。思わず、項垂れた。さて、もう一度。言っておこうと思う。
「…………………」
僕は余り頭が良くないらしい。
時計を見ると、午後の三時だった。
最後に時計を見たのが確か昼の十二時だった気がするので、僕は三時間近くも体育座りで座り込んでいたらしい。その辺りが気にならないのは才能だとユーリは言っていたが、正直、僕には良く分からない。だが、ユーリが申請したら通ったので、僕は一応、潜伏のスキルを持っている事になっている。……あたまおかしい。
「さて……」
声を出す。実に三時間ぶりに声を出す。これ以上は座り込んでいても仕方がない。ここに来た目的を果たすとしよう。
何、確かに何も考えずに全財産を変えてしまったのは痛いが、考え方を変えれば、これで思い切った買い物が出来ると言うものだ。
さすがに一番良い装備を頼むことは出来ないだろうが、ある程度の装備ならば買えるだろう。
僕は気を取り直し、屋台村を歩き出した。
先に結論から言ってしまおう。
やはり僕は余り頭が良くないらしい。
一日の食事が千五百ポイントとすると、まぁ、大体一ポイントが一円位だ。だから、二万五千円でまともな武器が買えるか? と、言う視点で考えてみてくれれば答えは出る。
結論。安い拳銃くらいしか買えない。そして、そんな物を買っても意味はない。それだったらダブC新入社員に貸し出される漆式軽機関銃で十二分に事足りる。
三十分ほど歩いて、その結論が出たので、先ほど座り込んでいた金網の所に向かって歩き出した。そこでモノズ達との合流までの間、膝を抱えて過ごそう。僕の様な人間は、そうやって時間を潰すのがお似合いだ。ふふ。
「……おゥ、兄ちゃん、買ってくれるかぃ?」
「……」
だというのに、なぜか先客がいた。
ライオンの様な男だ。年のころは恐らく三十代の半場。長髪を無理やり寝かしつけたオールバックが、目を隠すミラーグラスが、無精髭の生えたその顔が、全てが全て威嚇の様に、或いは力を持つものであることを示す様な獰猛な男だった。
肉の付き方、纏う匂い。それら全てが明らかにユーリに近い、つまりは明らかに『戦う側』の強者のモノであるにも関わらず、その男は僕のオアシスで先程の僕の様に膝を抱えて座っていた。……背中がすすけて見えるのは気のせいではないだろう。
そんな彼が並べる商品を何とは無しに見てみる。
並んでいるのは銃器だった。この出店街の実に八割以上を占める有り触れた店だ。だが、扱っている物の質が素人目に見ても、明らかに違った。何と言うか……未熟だ。
『手に取っても?』目線で問いかけ、了承を得て、持つ。軽い。大口径のサブマシンガンでこの軽さは異常だ。強度もだが、暴れるコレを抑えられるのだろうか? 根本的にコンセプトとコンセプトが噛み合っていない。軽いサブマシンガンは良い物だ。大口径のサブマシンガンも使い所を選べば良い物だ。だが、その二つを掛け合わせたコレは果たして実戦に耐えられる物なのだろうか? 銃身までプラスチックだけど、大丈夫なんだろうか、これ?
「あァ、そいつァ、撃つと爆発するからよ、気を付けてくれ」
「……」
無言でそっと戻した。大丈夫ではなかった。その時、ふと店の看板が目に入った。看板と言ってもダンボールに油性ペンで文字が書かれただけの簡素なものだ。そう。この時代でもダンボールは現役だ。どこかに侵入する際は被ってみよう。いや、止めた。多分意味がない。……話がそれた。目に入った看板には『狛犬屋』と書かれていた。
「あー気が付いちゃったかァー。バレちまったかァー……内緒にしておいてくれよぅ、狛犬が店をやってるってことはよぅ?」
僕の視線を追い、その先を見た後、ライオンがニヤニヤ笑いながら照れていた。ライオンは狛犬と言うらしい。コマさんと呼ぼう。
「ほら、俺くらい有名人だと……な? 俺が造ったってだけで評価されちまうからよぅ。それは何か違うだろ? 俺は俺の作品で評価されたいからよぅ」
「成程」
僕の悪い癖だ。何一つ理解していないのに、『成程』と言ってしまう。だが、そんなことを知らないコマさんは嬉しそうだ。
そして嬉しそうに語るコマさんは有名人らしい。生憎と僕は知らないが有名人らしい。多分、兵隊として有名なのであって、製作者としては三流なのだろう。そして、今、そうして趣味で造った物を売っている――そんな所だろう。
「……素晴らしい、ことです」
何が素晴らしいか。実はその辺は分かっていなかったりする。
「そうだろ! そうだろ!」
「……」
「えーと……もしかして、本当は俺のこと、実は知らなかったり……する?」
いまいち反応が薄い僕の様子を窺うように、コマさん。ミラーグラスの奥の瞳が不安に揺れているのが何となく想像できた。
「……すいません」
だから僕は、ふぃ、と視線を切って謝った。
視線の端でコマさんが悶絶していた。気持ちはわかるので、僕は見なかったことにした。
自分が有名人だと思っている痛い人。
そんなコマさんだが、実際に彼は有名人だった。
それが判明したのは、悶絶から立ち直ったコマさんに連れられ、屋台街の出店で遅めの昼食をとっていた時だった。
おごりだと言う、もっそもそな焼きそばを並んで食べていたのだが、コマさんは色んな人に挨拶をされ、仕事を頼まれ、断り、あの暴発する銃を売り込んで、断られたりしていた。
「本当に有名なのですね」
焼きそばの豚肉を突っつきながら訪ねる僕に、『何がだ?』と小首を傾げるコマさん。行儀悪くも箸でコマさんを指し『あなたが』と僕。
「まァなー……逆によぅ、俺を知らねぇってことは、兄ちゃんは新人か?」
「はい、これが初仕事です」
「兵種は? 会社は何処だ?」
「狙撃兵で、ダブC……カンパニー×カンパニーです」
「あー……アレックスのとこかァー」
ずぞぞー。二人そろって麺をすする。そうなると兄ちゃんは結構将来有望なんだな。コマさんはそう締めくくった。
「それで、狙撃手の兄ちゃんは何を探して出店街に来たんだぃ?」
「新しい武器でも買えたら、と思いまして」
「ほぉ~ぅ……予算は?」
「……二万五千C」
兄ちゃんは馬鹿か? と言う顔で見られた。はい、そうです、と力強く頷いておいた。
「で、どんな武器が欲しいんだ?」
「いい感じのやつを」
もう一回、兄ちゃんは馬鹿か? と言う顔で見られた。だから僕も再度、はい、そうです、と力強く頷いておいた。
「……そんじゃまぁ、初仕事で出店街(ここ)に出入りできる稼ぎを叩き出す期待の新人に良い感じの武器を扱う店を紹介しますかねぃ!」
焼きそばを食べ終わったコマさんが、膝を叩きながらそんなことを言った。何時の間にかそう言うことになったらしい。僕も急いで焼きそばを食べ切った。
僕は三万五千ポイントで出店街の通行証とちょっとした新兵器を購入した。
では、モノズたちは二万ポイントを使用して何をしてきたかと言うと――
「……ザクとは、違う」
目の前に漆黒のボディのモノズが三機並んでいる。申号、酉号、戌号の三機だ。午前中に分かれた時には灰色だったそのボディが今は光を返さない艶消しのなされた黒に染まって居た。目も丸型から十字型に成っている。そして縁取りは当然赤だ。これは、アレだ。間違い無くアレを意識している。
「今からでもガイア、マッシュ、オルテガに改名をしましょうか?」
そこまで意識するのならば、と僕。
――ピピッ!
提案却下:改名は不要である件
「そうですか」
それならば、良い。端末を操作し、新兵器の弾の設計図を各モノズに送り付ける。岩で作ることは不可能な上、今はまだ材料を用意していないので、本当に送っただけだが、記念すべき初入手の設計図だ。大事に……しても仕方がないので、どんどん使っていきたい。
――ピッ!
発言:新戦力の開示を要望
子号からの通信。足元に視線を落とせば、メッセージの送り主と目が合った。緑色の無機の瞳はどこか好奇心に満ちている様に見えた。
こういうのを見ると、モノズ達はただの機械ではなく、自我を持った友なのだな、と思う。ならば、僕も彼らの友人として振舞おう。
「ひ・み・つ」
しー、と右の人差し指でやりながら、ウィンクを一つ。
アレックスを見習って大人の魅力って奴を意識してみた。僕のささやかで、それでも、精一杯のお茶目だ。
――ぴぃっ!
全六機のモノズ達が、全機一斉に下がった。引かれたらしい。
空を見上げる。青い空が見えた。
「……」
僕のお茶目は不評だった。
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