襲撃作戦
乾いた風が吹く。
風は荒れた大地を削り、砂埃を躍らせる。
弱った大地は容易く風に負ける癖に、その後は僕らに襲い掛かってくる。ムカデの頭部装甲にパチパチ当たる砂粒はずいぶんと攻撃的だ。
頭部装甲。そう、頭部装甲だ。僕は今、普段はユーリに着用を禁じられた頭部装甲を装着している。仕方が無い。今回は遭遇戦が予想されるのだ。
――期待していますよ、ルーキー
そう言ってにっかり笑ったアレックスは、初めて会った時に言っていた通り、僕らを様々な戦場に送り込む気の様だ。
一日だけの休日を終えた僕が送り込まれた戦場は先の高台とは大きく異なる平野部、任務は輸送部隊への襲撃。襲撃、そう、襲撃だ。輸送ルートが分かっていれば、待ち伏せも出来るが、輸送ルートの特定から任務に入っているので、そうも行かない。
つまり、僕は移動をする必要があった。
これが拙い。
半年の訓練で狙撃のスキルはランク4まで持って行けたにも拘らず、一般的な射撃の方がランク1にも届かなかったことからも分かる通り、僕は敵との距離が近づくと駄目なタイプだ。
――お前は歩き回ったら死ぬと思え。
それがユーリの忠告だった。
だが、アレックスは僕に歩き回れと言う。どうするか? どちらの言葉を優先するか? 決まっている。所詮僕は借金持ちだ。働かなければならないし、何時かはユーリとも別れることになる。だから、今の内に狙撃以外も出来るようになっておこう。僕はそう思った。
モノズ達とおそろいのモノアイを持ったアラガネの頭部装甲を纏い、使い慣れた伍式から漆式に持ち替え、荒野を歩いているのはそういう理由だ。
それでも簡単に死ぬ気が無い僕は、少しだけ考え、我が部隊の最高戦力、チーム桃太郎を前方の索敵に当たらせ、殿には巳号を、そして傍らに子号と丑号を置くと言う布陣を敷いてみた。
正解、不正解。その辺りは分からないが、まぁ、それなりの効果はあるようで、今の所、僕は生きているし、先行部隊のリーダーらしい戌号から定期的に戦闘行動の結果だけが送られてきている。
巳号はさぼっていないかな? 僕はそんなことを考えながら、赤色の地面に足跡を付けて行った。
何回か、わざと戌号に敵を通してもらった。
僕自身の訓練の為だったのだが、結果として、やはり僕は敵との距離が近づくと駄目だと言うことが分かっただけだった。……いや、少し違う。どうにも僕は連射の利く銃との相性が悪いらしい。弾薬をばら撒くだけじゃないか、と思っていたのだが、そもそもその考え方が間違っている様だ。当たり前かもしれないが、狙ってばら撒かなければ成らない。だが、僕にはそれが出来なかった。集弾率が悪すぎるのだ。
一度、アント一匹を丑号に任せてみたのだが、彼は的確に敵を足止めし、そのまま弾幕で食い千切っていた。僕が、撃って、足を止めて、撃って、止めを刺す、と言う工程を踏んでいるのに対し、モノズ達は、撃って、足を止めて、止めも刺す、と言う工程を踏んでいた。
何のことは無い。非力な僕と違ってしっかりと機関銃を制御出来ていると言うことだ。
それが何だか悔しかったので、漆式を連射モードから単射モードに変更したところ、しっかりと仕留めることが出来た。目視距離での射撃にも関わらず、だ。
強化外骨格を纏って尚、補え切れない自分の非力さは色々とアレだが、こうなってくると、二万五千Cで買える拳銃にも意味が出てくる。大口径の物であれば、十分に戦力になっただろう。僕は拳銃を買わなかったことを後悔した。
単射と言う意味であれば、導入した新兵器も単射なのだが、弾道が独特でまだしっかり把握出来ていない上に、弾に限りがある。逃げてくるだけのアント・ワーカーに使うには少しばかり勿体ない。今回のターンに関しては、漆式の単射で乗り切るしかない。
僕は仕留めたアント・ワーカーの死骸を確認しながら、準備の大切さを認識した。
奇妙だ。
そんな感覚が、確信に変わったのは、出発から三時間程歩いた後だった。
これまで仕留めたアント達にはほぼ例外なく、傷があった。
それは先行している戌号達が付けた傷とは明らかに異なる傷だった。球状に肉を抉る武装を僕らは持っていない。
つまり、アント達は何かから逃げて来ているのだ。
その相手は? 同じ会社の誰かだろうか? それとも――別の敵性宇宙人か?
「……さて」
呟き、頭部装甲を外し、首元からネックレスを取り出す。握る。痛み。思考が尖る。――さぁ、考えろ。時間は三分だ。
アントの甲殻を撫でる。滑らかで、硬い。その癖、中の肉は酷く水っぽく、柔らかい。つまり、この攻撃は硬い殻を貫きながら尚、威力を減退させること無く柔らかい肉も抉っている。威力――と言うより、速度が速い攻撃だ。だが、一番大きな傷でも僕の拳程の大きさであることから、範囲は狭いことが伺える。つまり、この相手は狙撃手である僕との相性はそれほど悪くはない。
さぁ、どうする。どう戦う。規模はどれ位だ? 何が相手だ。頭の中に有る物も、得られる物も、何れも情報が少ない。それでも考えろ。だからこそ考えろ。
アラームが鳴った。結論が出なかった。頭をガリガリ掻く。仕方が無い。もう少しシンプルに考えよう二択問題だ。
大型の丑号を呼ぶ。「考えをまとめたい」。ピ! と返事が返り、丑号の背中にモニターが現れ、ペンタブが渡される。それを手の中で一回、回す。どうすれば任務を達成出来るかを考えよう。
戦うか、戦わないか。――戦う。
待ち伏せをするか、移動するか。――移動をする。
ここまでの結論、移動して、戦う。次。
探索はどうする? 固まるか、散会するか。――固まる。
行軍速度は? 急ぐか、慎重に行くか。――慎重に行く。
メンバーはどうする? 全員で行くか、少数で行くか。――全員だ。
「良し」
結論が出た。
丑号の背中に書きなぐった内容を確認する。慎重に、全員で、固まって、移動して、戦う。方角は分かっている。アント達が逃げてくる先――北東だ。
モノズ達が簡易的に掘った塹壕に身を隠した僕の視線の先には川があった。
青と、赤と、所々にピンク色が見える川だ。
轟々と力強い音を響かせることは無く、ふわふわとどこか気の抜けた柔らかさで川は流れていた。川の正体は無数の泡だった。適性宇宙人の一つ、バブルが群を為して流れていた。
「……相性は、最悪だ」
目の前の大河を見て呟く。
百では足りない、千でもだ。最低で、万の敵影がそこにはあった。これはいけない。誰だ? 『この相手は狙撃手である僕との相性はそれほど悪くはない』とか言っていた奴は? 僕だ。訂正をしよう。この相手と狙撃手の相性は最悪だ。
狙撃手の仕事の一つに、少ない弾数で大群を足止めすると言うものがある。指揮官を狙い打ったり、遠距離から一方的な攻撃を仕掛けられることにより心理的な効果を狙ったりする方法だ。当然、敵性宇宙人にも有効だ。インセクトゥムとトゥースに関しては、だが。
バブル。泡。奴らは駄目だ。
彼らはどちらかと言うと菌類に近い群体生物だ。
先ず、思考能力があまりない。だから恐怖での足止めは不可能だし、全員が兵隊で、全員が指揮官の為、指揮官殺しが出来ない。
次に一つの泡は数千億の小さなバブルで構成されており、その泡が目の前の光景の様に、更に数万集まり行動する。泡の中心にツリークリスタルで造られた核があり、ソレを撃ち抜けば死ぬ――と、言うか形が保てなくなるが、それ以外の場所だと弾が当たった部分のバブルは死ぬが、そんな物は数千億の群体から見れば微々たるものであり、すぐに戻ってしまう。核を撃ち抜く自信はある。あるが、それで一個を潰しても残りの数が数だ。意味は無い。
動きが遅く、攻撃力も射程もそれ程でもないバブルだが、その物量と死に難さで三種の敵性宇宙人の中で、最も多くの人間を殺していたりする。
簡単に言うと配属五日目の新人が相手をして良い相手ではない。
アレックスは何を考えているのだ? そんなことを考えながらも、伍式から取り外したスコープを望遠鏡代わりに覗き込み、観察を続ける。
赤と青の違いは分からないが、ピンクはどうやら輸送任務を担っている様で、中に核以外のツリークリスタルが見て取れた。態々輸送するということは、レア物と言う奴だろう。アレを人間が手に入れるとモノズやムカデが造られ、インセクトゥムやトゥースが手に入れると上位個体が造られる。バブルに関しては知らない。
「……」
欲しいな。素直にそう思う。勝てないまでも、奪えないだろうか? ネックレスを握りながら、更に観察を続ける。
と、下の方に黒い泡があるのを見つけた。中に何かが入っている。拳ほどの大きさの何かだ。爆弾だったりしないだろうか? 撃って爆発でもしてくれればやりようはある。ユーリに教わったバブルの特性を思い出す。バブルに有効なのは、化学兵器、火炎放射器、そして爆発物だ。アレが爆発物であれば――奪う算段が付く。
三十分経った。
漸くバブルの川の最後尾が見えた。時速三キロ程の速度なので、そこまで移動していないが、それでもバブルの群れは随分と長く伸びている。
と、その最後尾から更に後ろに何かがいた。黒い。速い。バブルではない。何だ? スコープを向ける。狭くなった視界に見慣れた
だが、バブル達は死ななかった。まぁ、全長千五百メートル越えの群れだ。全滅は無い。そんなことはアント達も分かっているのだろう。彼らはピンク色に狙いを定めて襲い掛かっていた。奇しくも僕と同じ狙いと言うわけだ。観察させてもらおう。
黒い泡の正体が分かったのはその時だった。
アントが一つの赤いバブルに突っ込む。バブルは簡単に割れ、無数のバブルへと形を変え、アントの身体に纏わり付く。そして、次の瞬間、多分だが……回った。猛スピードでだ。回って、アントを食い破り、拳大の穴をあけ、重さで地面に落ちた。
「あぁ――」
地面に落ちた黒い泡がくっ付き合い、浮力を取り戻して浮かぶ様を見て、思わず声がでた。グロ映像を見てしまった。
黒い泡は爆発物どころではない。ただの肉の塊だ。
そしてユーリはバブルの攻撃力は大したことは無いと言っていたが、どこら辺が大したことが無いのか教えて欲しい。僕は死ぬし、モノズ達も死ぬ。現に、アント達は死んだ。
……いや。
一匹、生きている。上手い具合に致命傷を避けたソイツは三本の腕で抱きかかえる様にして奪ったレア物を持っていた。だが、その足取りは、重い。アレでは直ぐに追いつかれて―――追いつかれ――追い――
「……追いつかれない?」
ヨロヨロのアントよりも尚、バブル達の方が遅かった。嘘だろ。
「……」
ネックレスを握る。集中の為のルーチンだ。思考が尖る。……行ける、かもしれない。
あぁ、因みに僕はアントを見逃した。ヘッドセットの映像を見せた際に咎められるだろうが、知ったことか。超えてはいけない一線はあるのだ。
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