ラピッド

 僕たちの中で潜伏スキルを持っているのは、僕、子号、巳号、戌号の一人と三機。そして、最も広い索敵範囲を持っているのは酉号。今回の作戦の要は索敵と潜伏であることから、その一人と四機が要を担うことになる。

 バブルは強いが弱点もある。

 先ず、自分の目でも確認した通り、遅い。手負いのアントより遅い。

 次に、鈍い。振動で位置を探る彼等は、獲物が動かないと見つけられない。

 そこを突き、レア物を奪う。

 僕はそう決めた。

 とるべき作戦は待ち伏せだ。巳号と戌号が一番きつく、酉号の責任が一番重いと言う、どうにも部下任せの作戦だが、部下を信じられるのが僕クオリティと言う奴だ。丸投げではない。


「……丸投げでは無い、ですよね?」

 ――ピッ!


 新兵器の動力としてチューブにつながれた子号が頷いてくれた。良かった。

 安心した僕はスコープを覗き込む。今回はさすがに伍式から取り外すわけにもいかないので、付けっぱなしだ。酷く取り回しが悪い。別で双眼鏡とかを用意した方がいいかもしれない。頭部装甲のズーム機能が使えないのが地味に痛い。電子機器である以上、どうしてもツリークルスタルの影響を受けてしまうとは言え、もう少し頑張ってほしかった。無理か。無理だな。数万のツリークリスタルの影響は半端ではない。


「……」


 ふと、思う。視線を落とし、子号を見る。そう言えば――


「なぜ、君たちは平気なのですか?」


 機械の身体のど真ん中にツリークリスタルがあるのに。


 ――ピッ!

 回答:気合!


「……そうですか」


 純粋な疑問をぶつけた所、素敵な答えが返ってきた。そうですか。


「……ならば、僕も気合を入れて頑張ろう」


 もそもそと携帯食料を齧りながら、塹壕の中でそんなことを呟いた。







 日が落ちて、昇って、落ちて、昇った。

 そんな分けで、三日目の午前中、つまりは任務最終日の午前中だ。

 一昨日の夜から進めてきた準備は一応、整っている。新兵器の弾道にも慣れた。逃走経路の確認も済ませた。都合のいい場所に幾つか塹壕を掘っておいたし、『川』の流れの観測に張り付いていた酉号も久方ぶりに子号との通信可能範囲に入ったらしい。

 川の流れは予想通りの方向に、予想通りの速さで進んでいる。この分だと、あと三時間程で作戦開始だ。行けるか? 行ける。行く。

 三時間が経過した。


「……」


 視界の中に川の先頭が見えた。良いぞ。このまま行けば奴等は巳号と戌号の真上を通る。漸く僕とも通信が可能になった酉号に、丑号達と合流する様に伝え、僕は帽子を深く被りなおす。

 設計図を応用し、薄く引き伸ばした土嚢をギリースーツの代わりに纏い、地面に溶けた僕は、腹ばいになったままスコープの中に自分を置いた。

 世界が止まる。

 音が無くなる。

 意識が収束し、ただ、ただ、自分の心臓の音だけが聞こえる。

 とっ、とっ、とっ。規則正しく打つ心音に合わせ世界が揺れる。呼吸を止めた。揺れが止まった。射線上にピンク色の球体が入った。きぃ、と瞳孔が軋みを上げる。世界が狭くなったような感覚。視界の中でバブルの核が大きくなる。


 ――かちっ。


 頭の何処かで、時計の秒針が動く音が聞こえた。

 引き金に掛かった指が柔らかく動く。引き絞る。撃つ。撃った。当てた。


「子号ッ!」


 着弾を確認した僕は、叫びながら塹壕に飛び込み、扱えない漆式を手に取る。モードは全弾掃射フルオートだ。既に射撃を開始している子号に遅れること数秒。僕も射撃を開始した。

 僕と子号は目立つように振舞った。何故か? 巳号と戌号の為だ。

 ピンクが爆ぜると同時、その下の地面が爆ぜた。良い位置で、良いタイミングだ。飛び出してきたのは二機のモノズだ。

 カトラスを生やした戌号が周囲のバブルを振り払う中、巳号が食らい付くように口を開き、落ちたレア物を飲み込む。それを認識した周囲のバブル達が戌号達に襲い掛かる。それを許さないのが僕と子号の仕事だ。

 撃つ。撃って。弾が切れたので弾倉を代え、また撃つ。まだ撃つ。戌号と巳号が抜けた。良し。良いぞ。思わず口角が持ち上がる。戌号が上手く散らしたので、彼等に傷は無い。つまりは一昨日のアントとは比べ物に成らない速度でこちらに来ている。これなら行け――


「は?」


 間の抜けた声が漏れる。咄嗟、最も信頼する伍式を手に取り、地面に倒れ込み、スコープを覗く。バブル達は相も変わらず遅い。しかし、その手を伸ばす速度は速い。

 手。そう、手だ。青いバブルから手が伸びていた。手は無数の小さな泡で造られていた。人の形に見える。


「……バブルマン」


 そんな言葉が浮かんだ。いや、それはどうでもいい。バブルマンが手を伸ばし、その速度が戌号達より速いのが問題だ。このままでは追いつかれる。子号が引き続き掃射を続け、手を吹き飛ばしたり、バブルマンを狙ったりしているが、吹き飛んだ手はすぐに再生しているし、距離があり過ぎて核を撃ち抜けていない。


「――」


 考えろ。僕が再度、漆式をとっても無駄だ。子号と同じ結果になる。だから考えろ。新兵器――は、まだ駄目だ。そもそも当初の様な運用は出来ない。無駄ではないが、今は駄目だ。戌号達を巻き込む。どうする? 考えろ。出なければ戌号達が死ぬぞ。お前の無茶に付き合わされた部下が死ぬぞ。それは駄目だ。駄目だから防げ。どうする? どうすれば良い? 結論が出た。


「――やるか」


 やれ。やってみせろ。

 スコープから顔を外す。子号が抗議する様にこちらを見る。無視。息を吸う。吐く。深く吸う。深く吐く。手を握って、開いて、伍式の残弾を確認する。五発。行くぞ――連続精密狙撃ラピッド・スナイプだ。躍らせろ。

 スコープの中の世界に全てを置く。核を見る。バブルマンの核だ。戌号達に手を伸ばす数百のバブルマンの核だ。射線をイメージする。弾道を想像する。当たれ。祈る。当てる。誓う。


 撃つ/先頭のバブルマンの核を吹き飛ばす

 撃つ/二番目のバブルマンの核を吹き飛ばす

 撃つ/三、四の死亡を確認。だから五番目のバブルマンの核を吹き飛ばす。

 撃って/六から九までの死亡を確認、故に十番目を吹き飛ばす。

 撃った/十一から十六が既に崩れかけているのを見た。最後に十七番目を吹き飛ばす。


 戌号達に迫る手の内、近い物から三十四本以上を吹き飛ばしたのを確認し、ゆっくり立ち上がる。「ふぅぅぅぅ――」大きな溜息が出た。肩の力を抜きながら、最後の空薬莢を吐き出させる。

 ワンショット/ワンキルならぬ――


「ファイブショット/ハンドレットキル」


 ……は、言い過ぎか。だが、何時かはそんな必殺技をやってみたいものだ。


「それにしても……」


 上手く言って良かった。僕の訓練での連続精密狙撃ラピッド・スナイプの命中率は三割だ。ボルトアクション故、どうしても装弾の度にブレてしまい、未熟な僕では速度を優先すれば命中率が、命中率を優先させれば速度が犠牲になってしまっていたのだ。

 だが、今回は上手く行った。素早く、全弾命中だ。僕は本番に強いらしい。

 少しだけ気分が上向きになった僕は、鼻歌交じりに子号に近づく。


「……何か?」


 無言でこちらを見つめる子号と目が有った。

 何も言っていないが、「なにあれぇー?」と言っている様に思えた。


「……一発の弾丸で複数の核を撃ったのです。こう、少しづつ角度を付けて……」


 バブルマンが半透明で核が丸見え、更に戌号達を追う為に突出して、密集していたので射角を付けて俗に言う二枚抜きを狙ってみたのだ。核の高さが似たような位置に在ってくれたのも大きい。

 一番始めにピンクを撃った時、弾丸が核を貫いて尚、威力と推進力を保っていたのでやってみたのだが、上手く行った。まぁ、まぐれだ。次は無い。


「さて、仕上げと行こうか、子号?」

 ――……ぴぃ


 何故か少し引いている子号から新兵器――クロスボウを受け取る。矢には手榴弾が括りつけられている。……これが切り札! のはずだったんだがなぁー。

 世の中、上手く行かないものだ。

 諸行無常を感じながら引き金を引き、戌号達とバブルマンの間に矢を落とす。数秒、爆発音。泡が風圧で吹き飛ぶのを見ながら、僕達は逃走を開始した。







「『確かに貴方は強い。それでも上は有るのです。ですから経験を積みなさい』」

 三日間の任務の報告をした僕に、スキンヘッドの巨漢がそんなことを言った。

「……はぁ」


 何を分かり切ったことを。

 僕は出されたコーヒーを、ずず、と啜った。アレックスに任せていたら千葉の味にされていた。違いの分からない男ですら、分かってしまう違いが有る。それがM〇Xコーヒーさんだ。


「ルーキー。私は貴方をそう言って出迎えるつもりでした……」

「……今、そう言われましたが?」


 アレックスがサングラスを外した。青い目が見える。名前通り――と、言って良いのか分からないがアジア系の顔立ちではない。その癖、流暢に日本語を話すのだから不思議なものだ。

 そんな青い目のアレックスは、駄目だこいつ、と言いたげに肩を竦めてみせた。


「先に小言を済ませてしまいましょう。ルーキー、貴方は運が良かっただけだ。普通なら強奪に向かったモノズ二機と、貴方の傍に居た一機はバブルに殺されている。ルーキー、バブルを甘く見てはいけない」

「? 僕は、無事なのですか?」


 その例えだと、子号が死んでいるのに。


「モノズは貴方が思っている以上に人間のことを好きでいてくれています。貴方だけは意地でも守ってくれるでしょう」


 その身を犠牲にしてでもね、とアレックス。


「……」


 それを聞いて、反省をする。僕の無茶で死ぬのは僕だけではない。先ずは僕の部下が死ぬ。それは駄目だ。


「肝に、命じます」

「それがいい。今後は無茶な――いえ、無茶をしないでも良い場面での無茶な行動は控えて下さい」

「無茶が必要な場合は?」

「無茶をしなさい」


 何でもないことの様にアレックス。この会社はブラックかもしれない。

 僕は半目でアレックスを睨んだ。


「さて、お小言はこの位にしておきましょう。相も変わらず良いビジネスです。ルーキー」


 アレックスは何時もの様に、にっかりと笑う。


「今回の任務、実の所、貴方は逃げ帰ってくるだけで良かったのです。『あいつ強すぎるでヤンス、おやびーん』と言ってね」


 ウィンクをしながらアレックス。


「……」


 ヤンスって。おやびんって。


「……ジャパニーズ・ジョークです」

「ジャパニーズを、馬鹿にしないで頂きたいッ!」


 日本人ジャパニーズの僕は結構本気でキレた。

 そのせいか、今回もアレックスのポケットマネーから五千ポイントのボーナスが貰えた。

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