楽園
スリーパーの楽園があるらしい。
風の噂にこんな話を聞いた。
そんなものが有るのなら行ってみたいものだ、出来れば子供達はそこに連れて行きたいものだ。ドギー・ハウスでのお留守番の最中に僕がそう言ったらシンゾーが変な顔をした。
「それは俺らの寝床のことだ」
「……ただのキャンプ地だと認識しているのですが?」
「ただのキャンプ地が楽園に見える程度には追い込まれてんだよ、チビ共や力の無いスリーパーは」
「そうだったのか」
その時はそれで終わった。
楽園ではないただのキャンプ地で有っても維持をするにはお金が必要だ。
スリーパーにとっての楽園とやらが実在しない以上、僕はキャンプ地の維持をしなければ成らない。そこそこ大きな子供達は仕事に就いているが、そうでない子の方が未だ多い。
不本意ながら稼ぎ頭で有る以上、僕は頑張らなければならないのだ。
楽園のことは直ぐに忘れてしまった。
僕にとっての楽園の話はその程度の話だった。
だが、外ではそう認識されていなかった。
それを知ったのは、シンゾーとの雑談から二日程経った時だった。
初任務のサイクルが気に入った僕は余程大きな仕事で無い限りは三日働き、一日休みと言うスタンスで働いている。この日は休日だった。
特にやることが無かった僕は巳号と卯号、そして散歩を要求してきたルドを引き連れ、狙撃兵志望の子供達の指導をしていた。
僕とシンゾーが居るせいか、このキャンプ地の子供達の間では狙撃兵と騎兵は割と人気がある兵種だ。今日も三十人ほどの子供が集まって来た。
指導と言っても、僕には指導は出来ない。だから手本を見せるだけだ。
復活した丑号、寅号、午号、亥号の大型四機のリハビリも兼ねて、四輪の装甲車を造る。廃都市には材料が残されているので、今回はちゃんと造れた。
それに子供達を乗せ、僕は屋根に上がる。
そうして移動を開始した。
この荒れ果てた大地に適応する為か、何らかの遺伝子操作を施されたのか、その辺りは分からないが偶に見かける鹿っぽい生き物が訓練にはちょうど言いので、僕はその鹿が集まる狩場に向かった。
その移動の途中だった。
――ピッ!
報告:南西に多数の生体反応を発見。進路→キャンプ地 である件
卯号が転がって来た。端末にはそんな文字。端末にマップを開き、卯号とリンクさせる。光点が進んでいた。遅い。人の徒歩の移動速度だ。
「……」
いざとなれば逃げられるな。僕はそう判断した。
ここからなら一度戻るよりも、直接向かって様子を見た方が速い。
「巳号、悪いがキャンプ地へ引き返してこの情報をイービィーとシンゾーに伝えてくれ。僕の提案戦術はキャンプ地での防衛戦だ。こちらへの戦力の合流は必要ない。逃げる用意を整えながらバリケードを作成してくれ」
「卯号、君は僕とS1を組む。観測手だ。引き続き相手の位置を探ってくれ」
「丑号、寅号、午号、亥号はA1とする。復活早々で悪いが『最悪』の場合は今日のリハビリがハードになると思っていてくれ」
「ルド、A2だ。最初は君一人がアサルトだ。無理をさせるが、無理はしない様に」
「……それと、君達は絶対に車から降りない様に。万が一戦闘が始まったら身を低くして何かに捕まる様に。撤退の時はかなり揺れると思うので」
モノズ達の電子音と、ルドの一吼え、それと子供達の「はい!」と言う良い返事を受けた。
僕は装甲車を走らせた。
彼等の進行方向に先回りする形で、停車。彼我の距離は――六百メートル。そんな所だ。
ルドのドッグアーマーとハウンドモデルのヘッドセットをリンクさせる。
「あーあー」
『あーあー』
僕の声がルドの首輪から聞こえて来た。マイクチェックの時間だ、おらぁ。良し。
「A2、ポイントまで移動。A1、装甲車の移動準備を整えたまま待機」
――ピピピピッ!
戦術提案:装甲車からのパーシを提案する件
丑号からだ。
「却下だ。逃走を最優先とする」
――ビッ!!
再考申請:タイヤへ戻るのは三秒で済む件
今度は亥号からだ。そうか。三秒か。
「……分かった。ただし、少し動く。五十メートル下がってからパージ、そのままA1は警戒態勢へ。A2、聞いていたな? 五十メートル下がったがポイントに変更はなしだ」
――わん!
元気のいい返事が返って来た。
ルドに向かわせたポイントは装甲車から三百メートルの距離だった。それが三百五十メートルに変わった。まぁ、許容の範囲内だ。
双眼鏡の中に相手が映った。やはり人、いや、人型だ。荒野の砂塵に耐える為だろう。全員が全員、マントを被っていた。
荒野にも道はある。獣道のように人やインセクトゥム、トゥースが通ることによって出来上がる道だ。
その道の真ん中でルドはお座りをしていた。
それを見た相手側は警戒の色を強くしていた。この時代、野犬は並の脅威では無い。人の手による遺伝子操作の結果と言うのが皮肉だが群れに襲われたら傭兵でも死ぬ。
だから警戒したのだろう。
「……」
それでも少し、警戒しすぎな気がする。
ルドは少し大きくなったとは言え、未だ仔犬だ。仔犬一匹にここまで警戒すると言うことは――単純に今日の寝床を求めて廃都市を目指しているだけなのだろうか?
『止まれ』
迂回されても手間が増えるだけだ。僕は予定より少し早いが声を上げた。
お、出番か? とルドが立ち上がり、ちゃっちゃ、と歩いて相手方に近付いて行く。
それに合わせ、向こうからも一人の代表者が出て来た。僕はその人物をレティクルの真ん中に置きながら更に声をかける。
『この先には廃都市しかありません、道を間違えているのではありませんか?』
「いえ、間違えていません。私たちはそこを目指しています」
女の声だった。言いながら彼女はマントのフードを取る。少し面喰う。ソウタと同年代の女の子だった。
「私たちの目的地は楽園です」
彼女はそう言った。
キャンプ地の作りは単純だ。
寝床は廃都市の家を使っている。
それでも、ライフラインが死んでいるので、火は木を集めて燃やすか、モノズが出す。水は組みに行くか、モノズ達が空気中の水分を集めて造っている。
大型モノズが発電機の真似事をしてくれてはいるが、十分に使えないから夜は暗く、暖かい風呂は週に一回ほどで、他は濡れタオルで身体を拭いたり、水汲みの際に水浴びをしている。
トイレは穴を掘って、ある程度に成ったら埋めてまた掘る。一応、居住空間から離し、匂い消しと消毒の為に薬を撒いている。それでも一度、居住区画の風上に造ってしまった時は悲惨なことになった。
そんな環境だ。それ程良い環境ではない。間違っても楽園ではない。
仕事をしている僕やシンゾー、つまりは本来の用途である労働用として解凍されたスリーパーならそのまま解凍元で働くかした方が確実に楽な生活が出来る。
だが、『あたり』で有ることだけを期待されて解凍された『はずれ』の子供達はそうではない。
身体が未熟であれば戦力には成らない。身体が出来上がっていても、下手に記憶が残っていて、それが今と掛け離れている平和な時代だったりすると、その常識が邪魔をして兵士には向かない場合もある。
そして、守ってくれる人、教育を受けさせてくれる人、つまり保護者は殆どの場合、鬼籍に入っている。
まぁ、それでも解凍したのも人間だ。通常はそこまで露骨に酷い目には合わせられない。ダブCも才能が無い子供のスリーパーに一応、教育はしていた。ただ、知っての通り、利益と天秤にかけた際には簡単に見捨てて居た。……それでもこれは未だ良い方の扱いだ。
だが、人間なので、当然プリムラさんみたいなのも居るし、『無責任な解凍と破棄』を禁止する法は在っても、守らない奴も居る。
捨てられないから、早く死んで貰う為に激戦区に送る。
捨てられないのだから、奴隷の様に扱う。
荒野を彷徨う様にしてやって来た彼女たちはそういう子供達だった。
「ハワードさん」
「……何人だ?」
「十五人です」
「……無理だ、と言ったら?」
「お願いします、と言います」
「それだけか?」
「それだけですが?」
「それはお願いでは無く、命令だ」
ハワードさんが大きなため息を吐いた。
数少ないキャンプ地の大人であり、非スリーパーであるハワードさんは書類の積まれた机に突っ伏して唸っている。ブラックコーヒーが置かれているので、今日も徹夜する気なのだろう。非情に申し訳ないが、スリーパーの僕やシンゾーでは行政側との折衝は出来ないので、無理をしてもらうしかない。
「……開拓計画書を送った三都市から返答が有った、ノースグラス、ウラバは容認で、ウラバからは補助金もでる。これはお前が猟犬であったお陰だ。ドギー・ハウスに恩を売る……と、言うか『良い関係を造ろう』と言うメッセージだな。それを当てれば十五人増えても問題は――有るが、無い」
「成程。ありますん、と言う状況ですね」
類義語はセウト、いいえケフィアです。
……全部アウトだった。
「それで、問題は?」
「彼女たちが逃げて来た街であるアマズだ。容認はしないとの回答があった。あそこはスリーパーに当たりが強いからな。……あの子達がどういう目に会っていたかの想像も付く」
「では、キャンプ地は解散ですか?」
「いや、そもそもこれは宣言みたいなものだからこのままでも問題ない。『盗賊と思って軍を派遣しました。全滅させてごめんなさい』とかやられない為だからな」
「つまり、アマズからは『盗賊と思って軍を派遣しました。全滅させてごめんなさい』をやられる、と?」
「近場の二都市が容認した時点でその線は薄い」
「では、問題無いのでは?」
「――スリーパーを捨てることは許されない。そして彼女達は借金を返してここに居るのではなく、逃げて来ている。つまりは――」
「所有者が居る。噛み付くにはちょうど良いですね」
そう言うことだ、と言ってハワードさんがコーヒーを煽る様にして飲み干す。
「猟犬、人は殺せるか?」
「シンゾーは嫌がりますが、僕とイービィーは左程抵抗無く」
「そうだな。脅迫はお前の得意分野だったな」
くっくっく、と笑われる。
僕は否定も肯定もせずに曖昧に肩を竦めて見せた。
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