エドやんとトウにゃん
ウラバは職人組合傘下の街だ。
ノースグラスはアロウン社傘下の街だ。
だから……と、言う分けでは無いが、アマズはタタラ重工傘下の街だった。
「アロウン社と既に揉めている以上、タタラ重工とも揉めるのは宜しくないのでは?」
「タタラ重工の子会社のダブCの今期の“非売品”はテメェで、買ったのは職人組合所属のドギー・ハウスだ。で、その一期前の“非売品”は俺で、今は俺もドギー・ハウス所属だ」
「もう手遅れですか」
そうですか。
僕は少し考えることにした。五分でタイマーを設定する。五分経った。結論は出ていないが、これ以上考えても仕方が無い。
「取り敢えず、アロウン社の社長にお菓子でも送っておきますか」
「黄金色のかよ?」
「良く分かりましたね。カステラです」
そんな分けでカステラを送っておいた。
数日後、キャンプ地に高級感のある車がやって来た。タイヤがモノズでは無く通常のタイヤだった。つまりは、車として造られた車だ。
当たり前の様に聞こえるが、人間であればモノズと契約できるこの時代だと、完全に単一の目的でしか使えない車は酷く少ない。完全な嗜好品なのだ。
僕とシンゾーはそんな完全嗜好品をキャンプ地の見張り台の上から見ていた。二人して双眼鏡をがっつり覗き込んでいる今の状況は中々に滑稽だ。
「海老で鯛を釣ると言う言葉があります」
「……テメェはカステラで何を釣ったんだよ?」
「アロウン社社長です」
「……」
そんな分けでキャンプ地にアロウン社社長、エドラム・アロウン様がお越しに成られた。
勿論、カステラでそんな大物は連れない。
撒き餌が一緒に送付した手紙で、本命はキャンプ地だ。
と、言うのも僕等が根城にしている廃都市は元々がアロウン社の傘下にあった。
トゥースの領地と近い為、頻繁に小競り合いが発生していたのだが、ある時、擦れ違いから本格的な戦争に発展、結果として人間側は敗北し、街が滅んだ。
僕はハワードさんと相談をして、この街の未来を売ることにした。正直、絵に描いた餅も良い所だったのだが、良くもまぁ、大物が釣れたものだ。素直にそう思う。
僕は見張り台からハワードさんに案内されているエドラムさん達を観察する。
一流の人は周りに居る人も一流だ。エドラムさんに従っているのは二人、どこかプリムラさんに似た面影を持ちながら、明らかにプリムラさんよりも『上』に位置する美少女とボディガードが一人だった。
年頃の男であるのならば、美少女に注目するべきなのかもしれないが、僕はボディガードから意識を離せなかった。
細身の眼鏡をかけた男だ。
「
「いや、多分だがよ、
「……根拠は?」
「勘だ。こっからテメェが狙撃してみりゃ分かるぜ? 多分――」
「――銃弾を叩き落される、ですか?」
そういうこった、とシンゾーが頷く。
攻撃の前には“意思”がある。中国拳法で謳われている様な文言だが、一流所はソレを体現する。だから僕はユーリを殺せない。この時代の僕の親は『撃つ気配』に打撃を合わせられる。
しかも、あの眼鏡は一流の上に、『超』が付く種類のイキモノだ。師匠や、ユーリ、それとコマさん辺りの人種だ。
だからあっさりと地下室に入って行ったのだろう。
基本的に来客があることを考慮していない僕等のキャンプ地の中で、辛うじて人を招けるのがハワードさんの仕事場だ。
だから、色々とテンパっているハワードさんはそこへ案内したのだろうが、それ程親しくない武装組織の半密室的な地下室へ案内をすると言うのは普通、あり得ないし、それに従うと言うこともあり得ない。
「……万が一に備えてテメェ、ここに居た方が良いんじゃねぇか?」
「この距離に入られた時点であまり意味はありませんよ」
だからさっさと行きましょう。
一芸に秀でる者は多芸に通じるとは良く言ったものだ。眼鏡だけでなく、エドラムさんもこちらに気が付いている。
地下室にはエドラムさん御一行とハワードさん、それと何故かイービィーが居た。何時も通りに野戦服にタンクトップの彼女はトゥースの証である右腕も剥き出しだ。
そんな余りに自然に居る不自然なトゥースの美少女に僕は先ず耳打ちをする。
「(何で居るんですか)」
街が滅んだ原因の種族が居ると纏まるもんも纏まらないのでどっか行け、と僕。
「(何か嫌な予感がするから嫌だ!)」
「(……だったら尚更、外へ。僕、君、シンゾー、戦える人種が全員地下室にいる状況は拙いですよ)」
「(そう言う嫌な予感じゃない!)」
「客の前でじゃれてんじゃねぇよ。外へは俺が出る。纏めとけよ」
シンゾーに言われて視線を移せば地下室中の視線が集まっていた。これはいけない。
「……失礼しました」
僕は一言詫びの言葉を投げてから来客に向き直る。
そんな僕にスーツ姿のエドラムさんは、優雅な仕草で礼をしてみせた。
「こうして直接の対面は初めてだね、若き猟犬よ。娘の件、すまなかったね」
「その説は、ご助力頂きありがとうございます。ドギー・ハウス所属の猟犬、トウジです。エドラム、様?」
「ハッハッハ、気軽に行こうか、トウジくん。私と君は唯の――友人だ」
人好きする笑顔でにっこり笑い、握手の為に右手を差し出すエドラムさん。
その言葉の意味を僕は理解してしまった。
だから僕はエドラムさんの手を取りはしない。
「……」
「……おや? 嫌われてしまったかな?」
「いえ、まさか。ただ、僕はお仕事の話をさせて貰いに来ているので」
「ハッハ、面白いことを言うね。ここでは何かを売っているのかね?」
「えぇ、お手紙にも書かせて頂いた通り、この街を」
「あぁ、残念だが興味は無い」
「……」
「いや、あのカステラが美味しくてだね。調べてみたら職人組合の小さな個人店が手作りで造っている物だと言うじゃないか。チェーン店も無いからウラバに買いに来たのだよ。ここへ寄ったのはそのついでさ」
「成程」
本当か嘘かは分からないがカステラで釣れていたと言う分けか。
だったら仕方が無い。
エドラムさんはニヤニヤ笑って僕の出方を楽しんでいるが、一流の企業人である彼に僕では太刀打ちできない。
諦めよう。
「それは、失礼しました。これからもよろしくお願いします」
僕はエドラムさんと握手をした。
「これで僕等は友人ですね。所でエドやん。ヤバい奴と揉めたから助けて下さい」
「エドやんっ!?」
ボディガードの眼鏡の眼鏡がずり落ちた。
「ほぅ……」
そう来るか、と目を細めるエドラムさん。
エドラム・アロウン程の男が、いや、漢が友のピンチを放置する分けがない。
だから助けて下さい。助けてエドやん。
「私が断ったらどうするのだね……トウにゃん?」
「トウにゃんっ!?」
眼鏡の眼鏡がまたずれた。
「職人組合に泣きつきます」
そんな眼鏡を放置して、僕は言う。
最初にアロウン社に持って行くと言う義理は果たしたのだから、次は職人組合だ。正直、こっちの方が勝率は高いと僕は踏んでいる。
「いやいや、違うよ、トウにゃん。そんな詰まらない話ではない。私と君の友情の話だよ」
「あぁ、それですか。ズッ友だよ☆」
僕は感情を込めずにとても平坦に言った。
ツボに入ったのか、謎の美少女が噴き出しそうになっていた。
「不思議だね。言葉とは裏腹に、とても薄い友情しか感じられない」
「いやいや。――ズッ友だよ☆」
もう一回平坦に言った。
謎の美少女は耐え切れずに噴き出した。良く見れば眼鏡の肩も小刻みに震えている。ハワードさんもだ。イービィーだけがけろっとしている。頑張れ、男子、超頑張れ。
「君との友情は得難いものだと私は考えているのだよ、トウにゃん」
「そう言ってもらえると嬉しいです、エドやん」
「だが、助ける内容にもよる。一から十まで私におんぶにだっこと言うのなら――やっても良いが、今後の私達の友人関係に影響があると思ってくれ」
「影響?」
「ズッ友だよ★」
エドラムさんも平坦に言った。無駄に良い声だった。
その不意打ちで眼鏡が噴き出した。
僕はエドラムさんに「それは困りますね」と言って、ネックレスを触る。カーブをなぞり、突起部分で親指の腹を指す。痛みが有った。
「立会人をお願いします」
「ほぅ?」
イスに深く座り直し、足を組むエドラムさん。続けて、と視線で促される。
「僕達が条件を突き付けて相手にソレを呑ませます。そこを見届けて頂ければ」
「それだけかね?」
「アロウン社社長、エドラム・アロウンの眼前で交わされた約定を覆すのは容易では無いかと……」
「君が言うと説得力が無いね」
君、無視できるだろ。と、エドラムさん。
「……」一瞬、言葉に詰まった。それでも言葉を発する。「僕は身軽ですが、相手は企業、若しくは街です」。腰は重い、いや――重くならざるを得ない。
「条件を飲ませられるのかね?」
「手段を選びませんので」
脅迫は得意です、と僕。
「君は悪い奴だな、トウにゃん?」
「手段を聞いても止めない辺り、君も良い人ではなさそうですね、エドやん?」
僕とエドラムさんは暫く無言で見つめ合った。数秒が経った。エドラムさんが、ふっ、と柔らかく笑った。
「オーケーだ。トウにゃん。その代わりと言っては何だが、私のお願いを聞いて貰えるかね?」
「……僕に出来ることであれば喜んで、エドやん」
そんな僕の言葉を受けて、エドラムさんが目で隣の美少女に合図をする。受けて、美少女が、すっ、と立ち上がる。
「初めまして、カリス・アロウンです」
「娘だ」
「娘さんでしたか」
やっぱりそうでしたか。僕達も貴方の娘さんは一人知っています。
プリムラさんのことを思い出した。
僕は少しだけ嫌な顔をしてしまった。
「安心してくれたまえ、『出来の良い』娘だ」
苦笑いをしながらエドラムさん。まるで『出来の悪い』娘さんが居るような言い方だった。
「えーと、初めまして。トウジです」
取り敢えず、僕も自己紹介をした。握手をする。視線をエドラムさんに送る。それで?
「貰ってくれ」
「……?」
「先行投資だ、トウにゃん。君達とは繋がりを造っておいた方が良い」
「僕はスリーパーなのですが?」
「だからだよ。血は強い。今の内に君達の様な奴等は縛っておくべきだ。この子もそう言う用途の子だしな」
「そう言う、とは?」
「君の時代がどうだったかは知らないが、男が会社を継いだ方が都合が良い。カリスは優秀だが、女だ。そして蝶よ花よと言うタイプでは無く、外で、学ぶタイプだ。この子への良縁は大企業のボンクラでは無く、広い世界を見せてくれる荒野の傭兵、そう言うことだ」
「成程」
これは想定外だ。ここまで評価して貰えるとは思っていなかった。どうするか? 一旦返事はを保留にして考える時間を貰うべきだろうか? それとも――
「おい、トウジ」
不意に、思考に、イービィーが割り込んできた。
見れば肩幅に両足を開き、両腕を組んでいた。
「その話を受けたら、おれは敵に回るッ!」
何かを力強く宣言していた。
「……すいません。家の最高戦力がそう言って居るので」
もう全部アイツで良いんじゃないかな? って位の最高戦力なんです、あの子。あんなんでも。
「シンゾーならくれてやるぞ、エドやん!」
また何かを力強く宣言していた。あと、お前までエドやんは止めろ。
「シンゾー?」
「さっき出て行った子供好きのナイスガイです。口は悪いが良い奴ですよ」
「あぁ、彼か。兵種は?」
「騎兵、牧羊犬のパピーです」
「強いかね?」
この場にいる僕達側の人間に対する問いかけだった。
「僕以上、イービィー以下です」
「おれ以上、トウジ以下だっ!」
「……戦場を選ばせれば、ここの誰よりも」
ハワードさんが一番まともだった。
「ふむ。……カリス?」
「構いませんわ、お父様」
そんな分けでシンゾーが嫁を取った。
因みに本人は何も知らない。
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