都市伝説

「少年Aって知ってるか?」

「犯罪者が未成年だった場合の『お察しください』ですよね?」


 ドギー・ハウスのカウンター席、隣でグラスを傾ける探査犬からの問いかけに応える。


「あー……お前の時代だとソレか。お前、俺よりも年上だったんだなー」

「……お兄ちゃんと呼んでも、良いんだぞ?」

「呼ぶか」


 ククッ、苦笑いしながら探査犬。

 まぁ、そうしてくれた方がありがたい。呼ばれても困る。


「俺の時代だと少年Aは都市伝説だったんだよ。虫の手足を持ってる、どこぞの研究施設から抜け出してきた実験体……確か、そんなんだ」


 まぁ、その正体は初期のトゥースだったんだがな。と、笑っていいのか微妙なオチを語ってくれた。


「それで、それがアバカスとやらと何か関係があるのですか?」


 弱い酒をオレンジジュースで割ったもので軽く口を湿らせ、僕。

 彼に依頼していたのは、そんな『ガチで笑ってはいけないブラックジョーク24時』ではなく、マーチェの所属組織、アバカスに関してだ。


「根本が同じなんだよ」

「……」


 探査犬の空に成ったグラスに琥珀色の液体を注いでやりながら、先を促す。


「少年Aも都市伝説、アバカスも都市伝説、存在しない」

「……無駄足か」

「いや、根本的に少年Aと同じだって言っただろ? 都市伝説で、存在しない。だが、実際には存在していた。隠されてんだよ」


 投げ渡されるメモリーチップ。受け取り、寄って来た子号に渡す。ウィルスチェックを経て、暗号化を解除、端末でも見える様にデータが送られてくる。詳細はコレを確認するとして……僕は探査犬を見る。無精ひげの男は美味そうに酒を飲んでいた。


「どういう組織なんだ?」

「んー……? まぁ、アレだな、猟犬、正義の組織って言ったら何を思い浮かべる? 何と言うかお前位の年か、ちょい下で流行りそうなダークな作品の奴な」

「……大多数の為に少数を切り捨てる、みたいな感じですか?」

「そそ。冷酷な正義の味方、覚悟を持った正義の味方、人類の為に戦う正義の味方……アバカスはソレだ」

「商人ではないのだろうか?」


 僕はそう聞いているのだが。


「正義の商人だ。正義の為に武器を、或いは英雄を売る」

「あー……」

「んぁ? 何か思い当たるのか?」

「僕を仕入れるとか、何とか言ってました」

「マジかよ」


 ひゅー、すげぇじゃねぇか、未来の英雄サマかよ、サインくれよ、と探査犬。

 そんな怪しげな謎の組織に目を付けられた僕は何も楽しくない。

 そもそも、だ。探査犬も分かっているだろうが、僕はその人類の味方でも気取って居そうな組織と敵対する気で居る。

 敵対するとどうなるのだろう。追われるのだろうか? 買い物が出来なくなったりするのだろうか?


 まぁ、良いや。


 人類の敵とか少し、格好良いじゃないか。気取ってみよう。

 こんな時代だ。気取らなければやっていられない。


「助かった、探査犬。またよろ――」

「で! ここまでが料金分の仕事で、ここからがそれ以上の仕事だ! 猟犬、追加でアバカスの今後の動きを教えてやる。代わりに情報を売れ。お前が働いていたトゥースの部族のだ」


 立ち去ろうと腰を浮かした僕に掛かる、待った! の声。僕はゆっくり席に戻った。


「近々、トゥースと人間の間で戦争がある」

「そうなんですか」


 動揺は顔に出さなかった。声にも乗せなかった。

 それでも僕のそんな努力は情報収集のプロには通じなかったようだ。

 無精ひげの男は、ほほえましい物を見る様な眼で僕を見る。

 がりがり。頭を掻く。骨のネックレスに手を伸ばす。

 バレたな。では、どうする? 渡していい情報は何だ? 死守すべき情報はどれだ? 渡して良くて、高く売れるのはどれだ?

 握る骨が手に食い込む。思考が少しだけ尖る。そうだな、先ずは――


「僕が貰える情報から先に聞こうか」

「ソイツは無しだよ、猟犬。こっちが先だ」

「……僕が本当に必要な情報かが分からない」

「そこは信じろ。俺は情報のプロだぜ?」

「……ならば先に話しても問題は無いだろう?」

「あァん?」


 そいつは、どういう意味だ? と探査犬。

 言葉の通りさ、と肩を竦めて見せる僕。


「プロなら僕から情報を自由に引き出せるだろ? 先攻くらい、譲れ」

「おーおー、可愛い威嚇だな、パピーちゃん? だが、そんな挑発にはお兄さん、乗らないぞ」

「……そうですか」

「あぁ、そうだ」

「……」

「……」


 お互いにグラスを空にする。


「猟犬、男の作法を知っているか? 知らねぇだろうから優しい優しいお兄さんが教えてやる。――強い方が、正しい」


 殺気は、無い。

 それでも背中がびりびりする。


「へぇ、それはそれは――道理だな」


 僕は探査犬の言葉に、牙を剥くような笑顔で応じた。


「ポテトマン、酒だ!」


 受けて、探査犬がポテトマンを呼び止め、酒を頼む。

 成程。『強い方』か。

 酒場内の連中が、面白そうな匂いを嗅ぎつけ、寄ってくる。

 どっちが勝つかに賭けている連中も多い。胴元は忍犬。手裏剣がペイントされた彼のモノズがクリスタルを集めて回っている。彼等の予想だと、不利なのは僕のようだ。あまり酒に強くない探査犬と比べても、ジュースや牛乳、精々が軽い酒位しか飲まない僕の方が分が悪い――と言う判断なのだろう。


「……」


 二秒。考えた。


「ポテトマン!」


 こちらに酒を運ぼうとするポテトマンを制止する。


「スピリタスはあるだろうか? ――そうか、ではソレだ」


 注文を変更。僕でも知っていた度数が高いモノを頼む。七十回以上の蒸留を繰り返したその酒は火が付くらしい。


「――」


 余り酒が強くない探査犬が、ぽかん、としている。

 まさかこう来るとは思っていなかったのだろう。僕が酒が強いなどと言う情報は無かったのだろう。僕は、そこに付け込む。未だ。


「可愛い仔犬の飲む酒で申し訳ないが、お付き合い願います――お兄さん」


 僕のこれ見よがしの挑発に、盛り上がるギャラリー。口笛が吹かれ、足が鳴らされる。


「っ、じょ、上等だ。ジュースみたいな酒しか飲めないお前に本当の酒を教えてやる」

「……あぁ、それで僕が酒に弱いと思ったのか」


 思わせ気に、ふむ、と頷く。そして――


「悪いな探査犬。僕は子供舌なだけだ。――酒には、強いぞ」


 嗤う。











 勿論、嘘だ。


 いや、仮に強かったとしても火が付く酒を飲んで人類と言う種は無事でいられるのだろうか? 取り敢えず言えることは、僕の人類カテゴライズだとそんな人物は人間として認めない。認めたくない。認めてたまるか。あたまいたい。きもちわるい、むねがむかむかする。コレが恋だとしたら、ぼくはもうこいなんてしないぞー。


「――」


 意識が戻ったのは死屍累々と言った感じで人が倒れている床の上だった。何とか横を見る。

 僕と同じ様に潰れた探査犬が目に入った。僕の起床を察知して子号が寄って来た。音は出さずに、目だけを瞬かせてこちらの様子を伺っている。僅かな音でも響かせたら拙いのでは? と言う彼の配慮だろう、有り難い。有り難いが。そんな彼の気遣いを台無しにしなければ成らない。


「―――――――――――――――――ひろえた?」


 僕の弱々しい声に、子号が頷く。

 そうか。良かった。上手く行った。

 少しだけ、笑う。

 僕は実の所、探査犬よりも僅かにだが、酒には弱いだろう。だから、その差を無くす為に酒を強くした。僅かな差など吹き飛ばす圧倒的な酒精に頼った。

 意識したのは三つの言葉。『どうした?』『僕の勝ちだ』『話せ』。意識が無くなってからは何か言われたら『話せ』を繰り返すことを意識した。便利な言葉だ。相槌とも取れるし、勝利宣告にも取れる。

 良いが顔に出ない僕のその言葉に、勝手に負けを認めた探査犬は情報を話してくれたらしい。あっちも酔っているので、信憑性が少しアレだ。後日しっかり確認しよう。

 それでも僕は勝った。

 記憶は無いし――今、全裸だけど、勝ったのだ。


「……」


 まって。こわい。何で全裸なの?


「起きたか、猟犬?」


 男の声に身体がびくつく。

 見ればポテトマンが居た。間違いない。僕を襲う気だ。


「起きたなら、服を着ろ。店が開けられん」


 違った。良かった。

 僕はノロノロと起き出す。あたまいたい。


「それで、どうするんだ?」

「?」


 何が? と、視線で僕。


「あー……やっぱり表情に出ないだけで酔ってたんだな、お前。昨日、そこの探査犬から情報入手したんだよ。トゥースが近々攻め込んでくる。それに人間側としてアバカスが噛むってな」

「―――――――――――――――――――――――それが?」


 どうしたと言うのだろうか?


「人間側で兵隊の募集がある。ウチにも当然、依頼が来てるぞ。参加するか?」

「その日は――――――」

「その日は?」

「―――――――――――――あたまがいたい」


 それは今の話だろ、後で訊くからな、とポテトマン。そうして欲しい。そうしてくれないと困る。今は、こう、何と言うか――


「―――――――――ポテトマン、ふくろ」


 込み上げる物が耐えきれない。

 そうか、この胸の底から湧き上がる甘酢っぽいモノが恋なのか。

 違う。胃酸だ。


「便所行け」

「――――いってもいいが――はんいが、ひろがる」


 具体的に言えば僕の移動経路が汚染される。


「分かった! 待て! 今バケツ持ってくる!」


 慌てた様子でポテトマンが走る。

 巨体が床を揺らす。

 あ。


「―――――――――――――――――――――――――――――」


 僕を心配する丑号と目が合った。

 僕はモノズ達が製造の為の空間を持って居ることを思い出した。

 手招きする。寄ってこない。それどころか。危機を察して全機とも避難してしまった。冷たい奴等だ。僕は、もう――……

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