カリス・アロウン

 さて、貰った情報の使い方を考えてみよう。

 アバカスは基本的には隠された組織で表に出てこない。

 そんなアバカスだが、近々発生するであろうトゥースとの戦争では表に出てくる。

 理由はあの肉ミミズの売り込みで、営業の責任者はマーチェと言うらしい。

 戦争の理由は不明……と、言いたいところだが、僕は知っているD.D、トゥース側からの侵略だ。あの時の話では『何のために』『どこを』狙うのかが分からなかったが、流石に時間が経ち情報も出てきている。

 狙いは天津鉱業所有の亜種ツリークリスタルの鉱山。

 つまり、人間側で参戦する場合は、あまり好きでない天津鉱業の為に、死ねば良いと思っているアバカスと肩を並べて、トゥースと戦う。


「……」


 それは、あまり良くないな。

 そう思う。

 僕は基本的に中立だ。金で動く傭兵だ。そんな僕だが、金を貰っても助けたくない。命を賭けてまで戦いたくない雇い主がいる。そのトップ2が天津鉱業とアバカスだ。

 だから、まぁ、『人間側で参戦』はしない。

 この結論は直ぐに出た。

 だから残る選択肢は二つ、静観か、トゥース側での参戦だ。

 選びたいのは後者だ。だが、後者を選んだ場合、戦後の処理が厄介だ。果たして僕は人間側に居られるのだろうか。


「子号、タブレット」

 ――ピッ!


 と、鳴き声。子号の背中に液晶モニターが現れ、タッチペンも出てくる。

 僕はそこに問題点を書き出した。


 ・僕はトゥース側で参戦したい。

 ・トゥース側で参戦した場合、その後、人間側に居られるかが分からない。

 ・僕はもう一度、「おれはにんげんをやめるぞー」と言う気は無い。


 丸で囲んだ三つの項目を眺める。


「トゥース側で参戦する理由が有れば……」


 行けるか?








 人は何のために戦うのだろうか?

 土地? 金?

 違うな。それは国が戦う理由だ。

 人が戦う理由など決まっている。

 そう――愛の為だ。


「そんな分けで、愛しい君を攫いに来ました」


 と、目の前のレディーに僕。


「イービィーさんとシンゾー、どちらをお呼びすれば宜しいですか?」


 僕の言葉を受けてにっこりとレディー、カリス・アロウン。


「どちらもお呼びしないで下さい」


 とても恐ろしいことを言いながら端末を弄っていた。あと指を少し動かすだけでそのどちらかに通信が繋がるのだろう。繋がったら僕は死んでしまうので、とても止めて欲しい。


「それで、一応、お話を聞きましょうか? どうしていきなり脳みそが沸騰してしまったのですか?」

「……」


 言い方! と、言いたいところだが、我慢する。端末から手を放し、一応は話を聞く体制を造ってくれた。僕はそれに感謝して、諸々の事情を説明する。


 アバカスに借りがあること。

 それを返すためにトゥース側で参戦したいと言うこと。

 参加した場合、人間側に帰ってこれるかが微妙だと言うこと。

 そして、それらを解決して、僕がトゥースに付くために考えた結論として――


「言い訳に丁度良いんですよ」


 キャンプ地の代表格たるシンゾーの妻にして、アロウン社社長のエドラム・アロウンの娘であるカリス・アロウン。彼女が攫われて、ソレを盾にされたので仕方が無く――

 と、言うのならば、僕がトゥース側で働いても世間的に通る――気がする。


「トゥースに捕らわれた人間の女性がどうなるかはご存知ですか?」

「……ご存知です。だが、そこは安心して欲しい。貴女に危害が及ばない様に先方のトゥースに掛け合う」

「それは、トウジさんがお世話になったと言うトゥースですか?」

「そうです。レオーネ氏族です」

「戦後、そのレオーネ氏族が滅んでしまいますけど、宜しいですか?」

「……そうなの?」

「えぇ、そうなの」


 少し困ったような笑い。出来が悪いが、可愛い生徒に向ける様な笑みでカリスは続ける。


「これでも間側の三大勢力の一つの長の娘ですからね」

「……あぁ、成程。見せしめか」

「えぇ、嫌な話ですけど、とても大事なことですわ」


 強すぎるカードと言うのも考え物だ。使いどころが限られ過ぎる。


「……何か良い案はありませんか?」

「うーん、そうですね、幾つか確認させて貰いたいのですが……先ず、アバカスは今回、トゥース側に全く援助をしないんですか?」

「一応、人類の味方、と言う立ち位置だからそれは無いかと……」

「一度、D.Dと言うトゥースと取引をしていますよね? そもそも、何故アバカスはレオーネ氏族の集落を襲ったのですか?」

「一つが、性能テスト。もう一つがレオーネ氏族が天津鉱業と取引があったから、ですね」


 D.Dは本格的な占拠も視野に入れており、その為に歩兵が必要だった所に、アバカスから人間の死体を兵士に換えられる肉ミミズが売り込まれ、その性能テストついでに天津鉱業に雇われた実績があるレオーネ氏族を潰そうとした……らしい。

 そして肉ミミズもその発展形のドールも性能的に今一だと判断したので、レオーネ氏族を取り込む方向で今は動いている。


「……その話だと、D.Dと言うトゥースに対してレオーネ氏族はあまり良い印象を持って居ないのではないかしら?」

「そうですね」


 リカンとか立場が無ければあの場でD.Dを殺そうとしていたでしょうね。


「先ず、レオーネ氏族とまだ連絡は付きますか?」

「はい、僕が直接行く必要がありますが」

「次に、天津鉱業を完全に敵に回しても構いませんか?」

「……その上、タタラ重工が相手でなければ」


 僕の言葉を受けて、頭で何かを組み立てるカリス。

 ユーリに言わせれば考えられるタイプの僕だが、カリスの様な人こそが、本当に考えられる人なのだろう。

 そんな彼女は、考えが纏まったのか――


「うん。……それじゃあ第三勢力として参戦しましょう」


 中々に物騒なことを笑顔で言った。

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