金ならある
「……えーと最近、どう?」
「何ですか、そのぎこちない親子の会話みたいな切り出しかた」
何となく、沈黙に耐えかねて僕が声を掛けてみれば、やや呆れた様な声がソウタから返って来た。
確かに、自分でも少しどうかと思った。
「楽しく働いてますよ。今はモノズボディを主に勉強させて貰ってます」
「そうか」
「モノズボディ買い替える機会が有れば、チャンスを下さいね?」
「安くなるなら」
「勉強します」
軽く笑いあい、カミサワ重工の廊下を歩く。
久しぶりカミサワ重工に訪れると、以前は入れなかった研究施設に案内された。
社外の人間をこんな所に通して機密とか大丈夫なのだろうか?
そんなことを考えながら白衣を着たソウタの後に続いてのこのこ歩く。
そうして関係者立ち入り禁止の区画を進んでいくと、一際、物が多い研究室に通された。強化外骨格がある。人口脊髄がある。モノズボディがある。武器もある。テーマを決めずに節操無しに、好奇心の赴くままに突き詰めた成果がそこにはあった。
「アキトさーん! トウジさん連れてきましたよーっ!」
そんな無秩序な好奇心の山に向かい、ソウタが叫ぶ「今行くよー!」と返事が返って来たのを確認して、ソウタが「では、また」と言って作業途中のモノズボディの下へ向かう。そして少し待つと、何かが崩れる音を伴って一人の男がやって来た。
ぼさぼさの髪。眼鏡。ヨレヨレの作業着。
「やぁ! 生きてたんだね、トウジ! ぼくはもう完全に君のことは諦めて居たよ! ――って、何!? その左足、どうしたの? 型古くない? こっちで新しいの用意しようか? って言うか用意させてよ! あはははは!」
何よりもうるさい。
スリーパーの技術者であるアキトが居た。
戻って来てから会って居なかったが、相も変わらずテンションが高い。
「そっちは、また今度で……」
「あぁ、うん、そっか。今日は何だっけ? 武器の相談? また火力不足? あ! そう言えば、前にあげたサンプル、どうだった?」
「良かったけど、良くなかった」
僕の言葉に、「ん?」と軽く首を傾げるアキト。それを見て、ポケットから弾丸、ライフル用のAPCRを取り出し、投げて渡す。
「本来、戦車で運用される様な物をライフル弾にしたのは凄いと思います。ただ、軽すぎる。その軽さで速度を出しているとは言え、そのせいで射程が短くなっている。だから――」
「狙撃手であるトウジには使い難い、と。んー……でもなぁ、流石にさ、銃から変えないとどうしようもないよ?」
お金ないでしょ? と、アキト。
そんな彼に僕は笑う。やや、ニヒルに、だ。
「アキト、僕は一度で良いから言ってみたかったセリフがあるんだ」
「ふぅん? なになに?」
「――金ならある」
僕は端末に先の仕事の報酬を映してそう言った。
カミサワ重工のあるウラバからキャンプ地に行くには凡そ一日かかってしまう。
午号が自動運転でサポートしてくれるとは言え、どうしたって疲労が溜まる。
シンゾーと一緒に帰る時などは彼の高度な運転テクニックにより、熟睡したまま運ばれるので快適なのだが、僕や午号の運転ではそうはいかない。
そんな分けで、ハワードさんへの帰還報告を済ませた僕は早々に割り振られた自室に向かった。ゴロゴロと転がっていたモノズ達は自由時間を言い渡すと好き勝手に転がっていき、最終的には今日の夜番に付いているらしい亥号と、僕の部屋に寝床があるルドだけが残った。
僕の部屋は二階に有り、胴長短足のコーギーであるルドは階段があまり得意ではないので、抱いてやる。肩に顎を乗せ、ふぅん、と満足そうにされた。
二階に付いたのでおろしてやる。ほんの少し抱き上げただけだと言うのに、服に大量の毛が付いていた。
明日は休みだ。ルドを洗ってブラシをかけてやろう。
そんなことを考えながら、ドアノブを握る。
「……」
目が細くなる。
人の気配がした。ハンドサインで一機と一匹に指示を出し、自動拳銃を握る。
カウント。3、2、1――GO!
肩で押すようにして部屋の中に。
数舜、遅れて部屋に入ったルドと亥号と共に、即座にクリアリングをする。
「……何をしている?」
犯人はあっさり見つかった。
侵入者は、ソファーに座って居れば良いものを、何故かベッドに寝転がっていた。
「おかえり、トウジ」
イービィーだ。
言葉だけは出迎えているようだが、その体制は変わらず、ベッドでうつ伏せに寝転がっている。僕以上に群れの上下関係に厳しいルドが、文句を言いたげに見上げて来た。
ルドは毛が抜けやすいので、ベッドへの立ち入りを禁じている。彼的ランキングで、自分よりも下位であるイービィーがベッドに入っているのが納得いかないのだろう。
勿論、僕だってそうだ。
疲れているのだ。さっさと寝たい。
「ただいま、イービィー。どいて下さい」
「お断る」
「……」
お断るな。起きろ。
無言で睨むと、イービィーが、ころん、と転がって仰向けに成った。
「トウジ、一緒に寝よう」
「嫌です」
「抱き起こしてくれ」
「断る」
むぅ、と不満そうなイービィー。
無言で体を起こし、ぺたん、とベッドに座る。
「分かった、それじゃあキスしてくれ」
目を閉じて、イービィー。
「誰がやるか。どけ」
眠気で不機嫌な僕は、がるるーと唸った。
「トウジはたまにに口が悪くなるな」
「そんなことは無いだろう」
僕は何時だって礼儀正しい紳士です。
「それじゃ礼儀正しい紳士サマ、貴方のレディーへの扱いを見せて下さいな?」
可愛らしく小首を傾げるイービィー。
僕は無断で部屋に侵入したレディーへの対応として、冷たい目で見て差し上げた。
「……」
「……」
無言で数秒、睨み合う。
折れたのはイービィーだった。
「ん!」
軽くため息を吐きだすと、『ひっぱって』と両手を伸ばしてきた。
僕はその手を取り、彼女を引っ張り起こす。
勢いが付き過ぎた。
イービィーが僕の身体にぶつかる。
「ぎゅー」
それを良いことにイービィーが抱き着いてきた。
視線を落とせば、へへぇ、と可愛らしく笑っていた。
僕も彼女の背中に手を回し、同じ様に力を入れてみた。より幸せそうな笑顔になった。少し、くらくらした。
頭を振って元に戻す。
「良し、満足したからおれは帰る! おやすみ、トウジ」
「おやすみ」
彼女を見送り、僕は荷解きをする。
誰かが出迎えてくれると言うのは、存外悪くないものだ。減る物でもないし、キス位ならしておけば良かった。
「あ、忘れてた、探査犬のモノズが来てたぞ。調査、終わったってさ」
「忘れるなよ!」
絶対、そっちが本題だろうが!
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