開戦

 運の良し悪しで言えば、間違いなく。良かった。

 悪かったのは、まぁ、僕の頭とやり方、その辺りだろう。

 つまりは大体の原因が僕と言う分けだ。ならば、僕がやらなければならない。そう言うことだ。

 茜色に染まる空の下、覗き込む双眼鏡の先には無数のテントが有った。規模は大きい。そして、使っているのは人間では無く、トゥースだ。キチン質の外殻を持つ者も居れば、骨格すら無さそうな溶けた奴も居るし、イービィーの様にかなり人間に近い者もいる。

 姿形はバラバラだ。

 だが彼等は共通して戦士だ。そして、共通して僕の敵だった。

 僕は出来るだけゆっくりと音を立てない様にしながら引いた。

 キャンプ地は狙われている。この様子だと明日の朝にでも来るつもりなのだろう。

 まぁ、そう言うことだ。







「多分、おれの後発部隊――ってわけではないな。おれの仕事は部下の実践訓練、及び物資の強奪だったからな。あの規模だと――」

「完全に取りに来てる」

「そいうことだ。しかもあの三本の爪痕がかかれた隊旗、レオーネ氏族の奴が隊長だから多分……占拠の為の部隊だな、こっちの兵種だと、えーと……重歩兵ヘビィー? かな? それが多い」

「成程。……イービィー、ここの戦略的価値は?」

「殆ど無い。道だけど、トゥース側にとってはそこまで重要じゃ無いし、他の都市が近過ぎる。本腰入れて奪ったら一気に袋叩きにされて取り返されるから、旨味が無い。まぁ、アレだな。おれみたいに偶に訓練に使うか、幼体から成体に変わる微妙な年頃の連中が調子に乗ってここに遠征して、殺したり、殺されたりする場所だな」

「その程度か。……なら、何で人間側は本腰を入れて取り戻さないんだ?」


 今の話だと、本腰を入れて取り返せば維持も出来そうだ。

 僕の質問に、イービィーは肩を竦めるだけだった『人間側の都合何ておれが知るか』。そう言って居る様に見えた。まぁ、最もだ。ハワードさんに視線を向ける。頷かれた。


「それには自分が答えよう。簡単に言うと、この街が潰れた原因の裏に人間側の裏切りが有った……と、言われているからだ。ここが元々はアロウン社の傘下に在った街だということは教えたな」

「えぇ、覚えています」


 だから、僕はこの街の売り先として、先ずは自分が所属する職人組合では無く、アロウン社を選んだ。元の持ち主に話を持って行ったのだ。


「裏切った……、と思われているのはタタラ重工、まぁ、もっと言うとアマズだ。先程、他の都市から近いと言っていただろう? 元々、この近辺の三都市はトゥースの傍に街を造ったと言うリスクを減らす為に、グラス、ウラバ、アマズで相互互助をすることを目的としていた。だから、当然、ここ、グラスが襲撃された時にも残りの二都市から援軍が来る……はずだった」

「来なかった、と?」

「ウラバからは来た。だが、アマズからは来なかった」

「それだけですか?」


 それだけで裏切った! ……と言うには弱い気がする。


「……捉えたトゥース側が兵器の供給、及び都市の防衛線が弱い所を知っていたんだ」

「イービィーみたいなタイプがスパイしたのでは?」

「アマズの名前が出るまではソレが最有力だったんだがな……」

「……証拠は?」

「出なかった。が、アロウン社では証拠に成らない証拠が幾つかあるそうだ」

「社長令嬢」

「ごめんなさい」


 謝られた。ご存知無いらしい。


「ただ、それが原因でノースグラスはアマズとの間にウラバを挟んで造ったとは聞いています」

「成程」


 そう言う事情が有るので、アロウン社と職人組合はここに街を造る気は無く、タタラ重工側は元の持ち主であるアロウン社が良い返事をしないので、造れない。そう言うことか。

 アロウン社と職人組合にとっては僕等の開拓は都合がよかったからあっさり許可をだした。だが、逆にタタラ重工は……と、言うことだろう。


「つまりトゥースにはこの街はそれ程魅力的な場所ではない。なのに攻めて来た」


 一つ、右手の人差し指を立てる。


「アマズは過去にトゥース側と連絡を取って、街を攻めたことがある」


 次に、中指を立てる。


「んで、最近俺達はアマズと揉めた」


 シンゾーの言葉に薬指を立てる。既にスリーアウトだ。


「あ、あとレオーネ氏族は傭兵業やってる」


 イービィーの言葉に、僕は小指も立てた。

 四つ目のアウトだ。項垂れる。左手でズボンのポケットに入っていたモノを取り出す。


「……先程、タヌキ社長からお手紙が届きました」


 トウジさんは食べずにちゃんと読みました。

 因みに、モノズが運んで来た。遠い中、ご苦労様です、と思ったが、鉛玉でもぶち込んでおけばよかった。


「良かったですね。何か、困ったら子供達は面倒をみてくれるそうです」


 やったね! と、僕が右手をパーにする中、その場の全員が大きな溜息を吐いた。







 当然、僕等は逃げることを選んだ。

 当たり前だ。こちらで戦えるのは僕、シンゾー、イービィー、ハワードさん、それと何人かの子供だ。

 だが、ただ、逃げるだけでは駄目な事情もある。


「援助、切られますね」

「残念だがな」


 僕等は今、アロウン社からの援助を受けている。

 トゥースに襲われたので逃げました、それでも援助は続けて下さい! は、無理だ。僕等には開拓能力が無いと判断される。その辺、エドラムさんはドライだ。カリスも回収されるかもしれない。

 僕とハワードさんは並んで座って今日何度目かも分からない溜め息を吐いた。


「……どれ位持ちます?」

「百人の大所帯だ。切り詰めて先延ばしにしたとしても――」

「大して稼げないし、その後が詰みますね」


 子供達はまた安価な労働力に逆戻りだ。


「……どれ位の手土産・・・なら行けそうですか?」

「勝ちが、一番有り難いが……」

「流石に無理ですね、次」

「二日以上の足止め」

「? あぁ、援軍が来るまでは稼げる実力を……ということですか。次」

「敵指揮官の首」

「まぁ、その辺ですね」


 やるなら。

 成らば行こう。やろう。


「ハワードさんはカリスと子供達を連れてウラバまで引いてください」

「お前はどうする?」

「僕とシンゾーは――」


 息を、吸う。


「今から夜襲をかけます」







 暗闇の中、僕はトゥースのキャンプ地が見下ろせる高台に伏せた。

 身に纏うのはハウンドモデルで、今回は頭部装甲は付けない。暗視機能は使いたいのだが、ツリークリスタルの影響を受けるから使えない。だったら邪魔だ。代わりに、と言う分けでも無いが夜光迷彩のギリースーツにフードを付けて、帽子の上から更に被っておいた。

 双眼鏡を覗く。

 暗い。見張りの為か、所々で火が焚かれているが、世界の殆どが闇に溶けている。


「シンゾー」

『行けるぜ?』

「初めに狙撃手僕と巳号の存在を印象付けたいので、申し訳ありませんが――」

『任せとけ。牧羊犬らしく追い回してやるよ』

「よろしくお願いします」


 がうがう、がうがう、と吼え合って僕等は通信を終えた。

 五分が経った。

 開始予定地点である敵キャンプの端が騒がしくなった。

 バイクに跨ったシンゾーが暗闇にも拘らず、圧倒的な技量でバイクを駆り、斬馬刀を振り回していた。怒号が上がる中、テントを切り裂き、中身を丸見えにしたシンゾーは照明弾を撃ちあげる。パラシュートが開き、ゆっくりと落ちてくる照明弾は周囲を明るく照らす。

 シンゾーの狙いが分からずに、一瞬固まるトゥース達。光に照らされた彼等を僕と巳号は撃った。それをシンゾーと僕は繰り返した。徐々に混乱が広がって行く。

 そろそろ良いか。双眼鏡を手に取る。ルドが「でばんですかー?」と寄って来た。その頭を撫でてやりながら、僕は立ち上がり、右手側の高台を見る。子号、卯号、巳号以外のモノズは今、あそこに居る。

 さて、未号と申号を中心とした工作教室の準備はどんなものだろうか?


「シンゾー、そろそろ行きます。抜けて下さい」

『応』


 置き土産と言わんばかりにシンゾーが寄生型のトラックを破壊し、抜ける。高機動型のトゥースや、バイクがソレを追う。シンゾーには悪いがアレは自分たちでどうにかして貰おう。


「子号、卯号、酉号、観測用意。三方向からの観測で制度を上げる」

「丑号、未号をA1、寅号、申号をA2、辰号、戌号をA3、午号、亥号をA4とする。砲撃の間隔は十五秒、奇数チームと偶数チーム交互で行く。正し、先ずは観測射撃だ。各チームずつ行く。A1用意」


 報告:初弾、装填完了


「撃て」


 夜闇の中に音が響く。しゅるるるるるー、と言う何処か間の抜けた音だ。それが、地面に落ちて――爆ぜた。敵キャンプの端だ。僕は三機のモノズと目視の情報を合わせて指示を出す。


「距離修正マイナス百、方位プラス三。A1、二射目用意……撃て。――修正確認。そのまま撃ち続けろ。次、A2……っと、駄目か」


 A2への指示を出そうとしたところ、迫撃班への追手が編成されつつあるのが見えた。こんな状況でも冷静に動ける連中が周りを纏めている。

 つまり、冷静な奴が居なくなれば良い。

 引き金を引く。ヘッドショット何て贅沢は言わない。今は身体を狙う。死んでくれるのがベターで、痛みでのた打ち回ってくれるのがベストだ。当たった。命に届いてしまった。残念だ。だが、僕は狙撃に専念した方が良さそうだ。


「ルド、待たせたな、雷撃開始。狙いは地面に落ちた照明弾」

「卯号、巳号の観測手へ戻れ、巳号、狙撃再開」

「子号、酉号、Aチームの測定及び修正を君達に任せる撃ち続けろ」


 各員から了解の回答を受け取る。

 僕はそれを受け、恐怖を煽る作業に戻る。

 迫撃砲で撃ち込んだ焼夷弾が地面を焼き、空気を焦がし、夜を昼に換え、僕のマズルフラッシュを隠してくれる。音も鳴り響いている。僕の位置は未だ特定されていないだろう。

 一人のトゥースの鳩尾の少し横を撃ち抜く。イービィーと同じ様な人に近いトゥースを選んだ。腎臓に当たってはくれないだろうか? 師匠にこう言う混戦での戦い方は教わっている。山羊スケープゴートが必要だ。

 叫び声が、上がった。苦悶に悶える人間型。それを助けようと駆け寄る何人かのトゥース。それを撃つ、撃つ、撃つ。自分が叫ぶことで仲間が死ぬことに気が付いたのだろう。痛みに耐えながら叫ばなくなった。手を撃った。新たな痛みに身体を丸めるも、やはり叫ばない。凄いな。感嘆した。それでも撃つ。足を撃ち抜いた。痛みに悶えるそいつはそれでも叫ばない。そろそろ諦めた方が良さそうだ。強烈な明かりは僕を隠してくれているが、僕もあちら側の全体像が上手く捉えられていない。一人に付きっ切りになるのは拙いだろう。

 僕が、そんなことを思った時だった。ゆっくり、人間型が、顔を起こし――


「ッ!」


 スコープ越しに眼が合った・・・・・

 そんなことは無い。あり得ない。そう思う。

 だが、ソイツはにやりと笑って僕の方を指さした。


「バレた?」


 移動した方が良いかもしれない。そう思い、スコープから視線を外した。

 そこで異変に気が付いた。

 夜空に花が咲いた。

 何と言う判断速度だろう。

 人間型が僕を指し示すと同時にトゥース達は行動に移っていた。

 用いたのは、こちらと同じ迫撃砲。ただし、こちらと違って試射は無し。それでも問題が無いほどに大量の方を用い更に弾は――柘榴弾。


 降り注ぐ殺意の具現は満遍なく僕の周囲に降り注ぐ。咄嗟に身を丸めるが、あまり意味は無い。近くに落ちた。空で爆ぜなかったのだろう。ソイツは何故か今更になって役割を思い出したようだ。炸裂する。吹き飛ばされる。地面に叩きつけられ、転がる。やばい。耳が馬鹿になった。何も聞こえない。さっきからひっきりなしに端末に通信が送られてきているが揺れる頭は視界も揺らし、文字が捉えられない。『――! ――! ――!』耳が雑音を拾う。シンゾーだろう。だが、音が繋がらない。


「っ、あ」


 漸く音を聞いた。自分が発した声を、身体の内側が捉えた。そこから徐々に色々な物が戻ってくる。


 ――ひゃん!


 と、ルドが駆けて来た毛皮が汚れたくらいでけがは無さそうだ。良かった。心配そうに顔を舐める仔犬をあやしながら、ヘッドセットのインカムに声を投げる。


「被害報告」

『――っ、の! 報告じゃねぇだろ! 爆撃されたのはテメェの所だけだ! こっちはテメェのモノズ含め被害ゼロだ! テメェはどうだ?』


 言われて僕は自分の身体を確認していく。

 目と耳は帰って来た。腕も動く、手も動く。そして――


「あぁ」

『どうした?』

「いや、問題なしだ。作戦続行」


 僕の左足、膝から先は無くなっていた。

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