V.Sモノズタンク 後
イービィーが言う。
「やったか!」
と、言わなくても良いことを。
だから、と言うべきか、案の定と言うべきか『やって』なかった。
これまたボールホイールタイプの特徴だ。
踏ん張りが効かない。
これが、今回は良い方向に働いた。至近距離から撃たれた砲撃は装甲の角度が仕事をしたこともあり、モノズタンクを大きく吹き飛ばすに留まる。
一応、ダメージは与えた。小さくないダメージだ。耐えきれなかった装甲の一部が再生できずにはがれて落ちる。だが、それだけだ。命には届いていない。ならばどうする? 簡単だ。繰り返せ。
ぐらり。揺れる様に。転がされたモノズタンクが体制を戻す。だが、それを僕らが待つ義理も無い。
足を止めたタンクの二発目の砲撃が起き上がりかけたところに叩きこまれる。
僕も引き金を引いた。
狙撃手である僕に求められていることなど分かり切っている。
ワンショット/ワンキル。
奥義であり、基本のそれだ。
僕は装甲から除くモノズタンクの『目』を撃った。――あぁ、駄目か。
届かない。
位置が悪い。地面と装甲の僅かな隙間を狙ったのだが、角度がそもそもよろしくない。砂をかすめてしまい、弾丸がホップした。バギーから下りないと届かない。
だが、戦車相手に歩兵単独で挑むと言うのは中々の自殺行為だ。機動力は捨てたくない。
三秒。骨を握る。
大分前に置き去りにした亥号が欲しい。あのタイプの装甲ならば、亥号のLMGの様な継続ダメージが有効だろう。しまったな。一撃の威力を重く見て辰号をタイヤに選んでしまった。そうなると――
「……イービィー」
「おぅ、代われ。おれがやる」
とっ、と音を立て、イービィーが砂の上に降りる。ズレる様に代わりに前にでてハンドルを握る。「頼むぞ、午号」前輪を担当している午号に一言。――ピッ! と電子音が返って来た。それに合わせる様にイービィーが背中に滑り込む。腰に手が回されたのを確認して、エンジンを開ける。三発目の砲撃。タンクの一撃がモノズタンクに突き刺さったのを横目に加速する。
すれ違いざまに背後から連続した射撃音。片足で僕を踏みつけてバランスを取りながら、イービィーが立ち上がり、右手の銃身から弾丸を吐き出していた。
「あっ、クソ。効いてねぇ!」
だが、効果は今一の様だ。
連続した射撃音に合わせる様に、モノズタンクの装甲は孔だらけになるが、次の瞬間にはその孔が塞がってしまう。
悪態を吐いたイービィーが腰のポーチから一回り大きな弾丸を取り出す。赤いクリスタルが弾頭に使われている。
かしゅ、空気が抜ける様な音がして、イービィーが纏う生態型の強化外骨格が右腕の口を開く。イービィーじゃソイツに赤い弾丸を食わせる。
「トウジ、寄れ」
「……」
応、とも、はい、とも答えずに、動くことで返事とする。ハンドルに合わせて体を傾け、斜めに滑るようにしながらモノズタンクに近づく。
側面副砲からの機関銃の射撃が僕等の後を追い、砂の大地の砂に小さな砂柱が上がる。
駆け抜ける。
意識の外に追いつかれる恐怖を置き去りに、加速。
「おらぁ、APだッ!」
鉄鋼榴弾。言いながらイービィーが放った重たい弾丸がモノズタンクに突き刺さり、潰れ、貫通し、遅延信管が仕事をする。装甲の奥で爆発音がした。
「やったか!?」
「……」
イービィーが言わなくても良いことを言ったせいで、やってはいなかった。
まぁ、目に当たらなかったのだろう。
砂漠の夜は冷える。
合流したモノズ達からクッションと共にギリーマントを渡されたのは、そういう理由からだろう。夜行迷彩。薄く、明度が低いアイボリーのソレは布の様に編まれて居らず、隙間が無いので、風を通さず暑い位だ。
二つ貰った内のクッションの一つをイービィーに渡し、火を囲む様に腰を下ろす。
戦車に物資が詰めるからだろう。タンク簡易的な椅子に始まり、食器や食料等を戦場に持ち込んでいた。それに感謝しながら、コーヒーを差し出し、椅子に座ってマシュマロを炙るタンクに言葉を掛ける。
「歩兵火力では無理だ」
「それはお前でもか、ハウンド?」
「……」
ニヤニヤ笑うタンクに僕は露骨に嫌な顔をしてみせた。
正直に言うなら、手段はある。あるが、危ないので、やりたくは無い。
「……僕でも、だ。そっちはどうだ?」
「戦車用のAPだとそもそも通らねぇな。良く出来てやがるぜーあの装甲。融通が利くんだろうな。致命傷と成りえる戦車の一撃に対しては『柔らかく』対応された。突き刺さらねぇ」
ほれ、と大袋に入ったマシュマロを渡されたので五つ程掴み、コーヒーに浮かべる。一口。ココアでやっているのは見たが、コーヒーでも結構行ける。
「……そうですか」
それは残念です。
ずずっ。もう一口。ほぅ、と白い息を吐き出す。
興味を示したイービィーがルドを抱いたまま、隣に寄って来て、もたれ掛かって来た。マグカップを差し出してやる。受け取る気配が無い。そのまま飲まれた。行儀が悪い。
「で、ハウンド、本当の所は?」
「……手段はある」
そちらは? と、視線で問う。
「まぁ、当然っちゃあ、当然だが、切り札はある」
「では、ソレで行きましょう」
「いや、お前の案で行こーぜーハウンド?」
「……根本的な火力が上がらないから僕の案は面倒くさいですよ?」
だから止めましょうよ、と僕。
「可愛い後輩が『どれ位』か見てみたいからなぁ、言うこと聞け、後輩」
「……」
「……」
無言で見つめあい、五秒。
しゅばっ、と僕は右手を出し、タンクもそれに応じた。
「……さいっしょっから」
いぇー。
パーを出した僕は勝ち誇った。
「残念だったな、後輩」
僕の不意打ちを予想していたタンクがチョキをだしていた。
「……」
そんな分けで僕が苦労することになった。
師匠が得意としたこの戦法は極めて猟犬らしい。
モノズで、犬で、追い込み、ルートを選ばせ、射線の先に獲物を持ってくる。
正しく、ワンショット/ワンキルを体現したその狩りは猟犬に相応しいものだ。
だが、僕は余り好きではない。
誘導だけで獲物を射線の先に持ってくるのは酷く面倒なのだ。
誘導と並行して自分も移動した方が楽だ。
だが、今回はそうも言っていられない。
相手の機動力が歩兵である僕よりも圧倒的に上なのだ。
僕は砂の大地に身体を下した。防寒の為のギリーマントのフードをかぶり、なるべくスコープが月明かりを反射しない位置を陣取る。
伏せ撃ちだ。
僕は砂の中に僕を隠した。
「配置に付いたそうだ、トウジ。追い込みが始まるぞ」
「そうか……」
退却の為に傍に控えたイービィーの言葉に軽く頷く。
彼女も、モノクになった午号も、観測手の子号も僕のギリーマントと同じ物を纏い、砂に溶けている。
僕等は罠だ。見つかってはいけない。
右目でスコープを覗く。
左目でマップを認識する。
青い複数の点が赤い一つの点を追い詰めて行く。
タンクも犬だ。群れで動く犬だ。自身のモノズだけでなく、僕のモノズ達も手足のように扱い、真っ直ぐこちらに運んでくれる。
「……」
凄いな。良い腕じゃないか。
変態の癖に。
スコープの中にこちらに向かい逃げてくるモノズタンクが映る。
地面と装甲の僅かな隙間から時折、モノズタンクの『目』が見える。
アレが弱点だ。
アレを撃てば良い。
装弾したのは何時かの日にアキトからもらったカミサワ重工のサンプルである。ライフル用のAPCR、硬芯徹甲弾。本来なら戦車などで使われるソレは弾の重さを軽くしたことにより速度を得て、その速度でもって装甲を貫く為の弾丸だ。
僕はソレを使って装甲越しに目を撃ち抜く。
相手との距離を計算する。着弾までに掛かる時間を計算する。目の動きを観測する。装甲の中の目の動きを想像する。
僕がアレを殺す為には色々と考えなければ行けないことがある。
目の回転を読み切り、装甲で食われる時間も考慮に入れ、装甲越しに目を撃つ。
「……」
めんどくさいな。
小難しく考えすぎた。出来る気がしない。良い。単純に考えよう。
撃って、殺す。
引き金を引く。
着弾を見届けることなく、
弾丸が装甲に刺さる音を聞きながら、更に
「……」唇を湿らす。「――」ふっ、と留めていた息を鋭く吐く。
多分、二発目が当たった。
僕はバランスを崩すモノズタンクを見ながら体を起こす。
双眼鏡を覗くイービィーが居た。
「やった――いたぁ! トウジがおれを叩いた!?」
言わせねぇよ?
不満そうなイービィーの頬を、みょーん、と引っ張りながら、耳元に囁く様に言ってやる。
「やったよ」
あとがき
昨日は予告なく、更新できなくてすいませんm(_ _)m
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