道化役
バブルを狙っていたのか。
人間を狙っていたのか。
その辺りは分からない。分からないし、興味もない。だから結論を言ってしまおう。
僕たちは負けた。
バブル達から取り戻した採掘場は、三時間も経たずに、今度はインセクトゥムに奪われた。
元より破棄する予定だったのだ。大した被害は無い。そう嘯く者もいる。彼らは僕と同じ様に外縁部に居たおかげで無事に逃げれた者たちだ。だが――
「……子号」
――ピッ!
逃亡確認報告:シンゾー含め、その兄弟十二人が行方不明
そうでは無い人もいる。
「分かった、ありがとう」
それだけ言って僕は歩き出した。
どうするか? 決まっている。助ける。その為に何がいる? 情報だ。
結論が出た。
「卯号、酉号、戌号の三機は引き続き情報収集に当たってくれ。子号は、情報のまとめを。丑号、午号で簡易拠点の作成を。巳号、申号、シンゾーの兄弟、及びそのモノズを拠点へ誘導、僕は――本部に行ってくる」
照明に羽虫が飛び込み、集団自殺を繰り返す午前零時。
臨時で造られた本部テントには、襲撃を生き延びた人が集まっていた。
その中心にいるのはアレックスだった。
「ルーキー、こちらへ」
スキンヘッドの巨漢はいつも通りの声のトーンで僕を手招きした。
そちらに向かい、何人かのベテランに混ざって長机に広げられた地図を見る。どうやら採掘場の地図の様だ。地図の中心にある建物に見覚えがある。ツリークリスタルの保管庫だったはずだ。成程、シンゾー達はここに逃げ込んでいるのか。
狙撃兵である僕はそれなり以上に地図が読める様に教育されている。
いくつか、狙撃に向いたポイントを見つけ、脳内で丸を付ける。
「……」
やはり、盆地と言う環境がネックだ。
外縁部を使えば、狙撃ポイントの確保は出来るが、土地が少なく、そこに密集する形で建物が建てられているので、死角が多く、狙撃がやり難い。
……いや、やり難いのは狙撃だけではない。純粋に攻め難い。
救出作戦となると、それなりに梃子摺り、犠牲も出そうだ。
だと、言うのに――
「さて、皆さん。ビジネスの話をしましょう」
サングラスの奥に瞳を隠したまま、アレックスが極めて明るい声音でそう言った。
酷く嫌な予感がした。
「我々、カンパニー×カンパニーは取り残された方々の救出を諦めます」
「……まっ、そうだろうな」
地図を囲んでいた内の一人がそんなことを呟き、テントを出て行った。荷物を纏める。そう言うことだろう。
彼は納得できた。
だが、僕は納得できない。
だから無言で右手を上げる。
「どうぞ、ルーキー」
にっかり笑うアレックスはこちらを挑発している様に見える。僕は深呼吸をした。
「理由を、聞いても」
「利益と損益。その双方を天秤にかけた結果です。戦略を理解しないバブルから拠点を奪うのと、戦略を持っているインセクトゥム相手に拠点を奪うのでは話が違ってくる。廃棄予定の施設を取り戻すために侵せるリスクの範疇を超えている。そう言うことです」
「……社員が取り残されていますが?」
「えぇ、『スリーパー』が取り残されていますね」
強調された単語を披露。言葉の裏を読む。つまり、奴隷は死んでも構わない――
「……そういうこと、ですか?」
「はい。そういうこと、です」
舌打ちをした。頭を掻く。骨のネックレスを握る。考えろ。
「シンゾーは、ランク4のスキルを持っています」
「そうですね。だから彼だけならば、逃げることも出来るはずです。私は彼にソレを期待します」
「……ランク4を失うのは、惜しくない、と?」
「いえいえ、優秀な人材は宝です。私も出来れば失いたくはありませんが……あぁ、そう言えばあなたもランク4のスキルを持っていましたね、ルーキー?」
にっこり。張り付いたような笑顔で笑うアレックス。
言外に言われたのは『その程度の珍しさだ』。多分、そんな言葉。
駄目だ。
これ以上、僕には交渉する術がない。諦めよう。
「次の、質問です。――命令違反の場合の罰はどうなっていますか?」
諦めて、一人で頑張ろう。
「罰金です」
「……それだけ、ですか?」
「はい、それだけです」
そうか。その程度か。ならば良い。
「助けに行きますか、ルーキー?」
「はい」
僕の言葉に、アレックスがサングラスを外す。そこにあったのは満面の笑顔だった。
僕と同じ様に罰金を気にせずに仲間を助け様とする人はいなかった。
何故か。
取り残されている人、十六人の内、十二人がシンゾーの関係者だったからだ。
つまり、僕が助けたい人であり、彼等が助けたい人ではない可能性が高いのだ。保管庫に逃げ込めた可能性を考えると、更にその可能性は下がる。
普段からチームを組んでいれば話も違ったかもしれないが、今回は所詮、臨時の寄せ集め。借金を増やしてまで助けに行く義理は無い。
そう言うことだ。
では、我が社の傭兵達は冷血漢ばかりか? と、言われればそうでもない。
「スナイプス、お前の使ってる弾は何だ?」
「はい、ええと……12.7です」
「モノズは10ミリか?」
「そうですが?」
「……良いか、スナイプス。俺達は逃げる為にあそこのテントに物資を集める。もちろん12.7も10ミリもだ。その他にも建材、食料、手榴弾も集める。良いな、あそこのテントだ。あそこのテントに集める。会社のもんだから命令違反するお前には渡せない。だからあそこのテントには近づくなよ」
「……はい」
「ただな、スナイプス。もし、だ。もし俺達が運び切れなかったり、忘れて行った物資に関しては好きにして良い」
「それは……そういうこと、ですか?」
「そうだな。そういうこと、だ」
サムズアップした髭中年はとってもダンディだった。
僕が女なら惚れていた。
だが、彼には悪いが僕は男だったので、同じようにサムズアップで返しておいた。
その他にもライフルやムカデの調整、モノズ達への設計図の提供、そんな援護を残して行ってくれた。借金を背負った奴隷たちの細やかな抵抗と言う分けだ。凄く助かった。
だが、全員が全員、淑女と紳士と言う分けでもない。
中には迷惑な奴も居る。
「諦めろよっ! 俺だって、俺だって、助けたいんだよっ! でも無理なんだよっ! 分かれよっ! お前が助けたい人は、お前が死んでも笑ってくれるのかよっ!」
僕は今、そんな奴に胸倉を掴まれている。
服が伸びるから放して欲しい。
僕が彼に抱いた感情はその程度。
……後で分かったことだが、彼は僕の同期で、今回の任務で新人ランキング万年二位を走っていた人らしい。そして、そんな彼のチームメイトはそこそこ仲の良い同期であり、現在行方不明だと言う。
何のことは無い。
チームメイトを助けに行かないと言う結論を出し、感じていた負い目を僕で発散しようと言う分けだ。酷く迷惑だった。
「何とか言えよっ!」
「……」
それを知っていれば僕にも対応の方法はあったが、この時はそんなことを知る由もなく、僕は彼にされるがままに、だれーんとしていた。
「あー……おい、スナイプス、反撃しないのか?」
そんな動きの無い僕に野次馬からの質問が飛ぶ。そちらを見ると筋骨隆々の男が居た。成程、彼ならばそんな疑問を持つこと事態が想像できないのだろう。
「……反撃を、したいのですが」
「すれば良いじゃねぇか?」
「多分、負けます」
近接戦闘は苦手なので、とキメ顔で僕。それを見てキン肉マンは呆れた顔。
「そんじゃ、ほれ」
そのまま、右ストレートを同期の彼の顔面に叩き込んだ。
「――」
叫び声も出せずに、転がって行った同期は壁に当たって止まる。何とか身体を起こした彼は口から血を流していた。あぁ、歯も折れている。中々に悲惨だ。
「助かりました」
そんな同期を放置して、僕はスグルさん(仮)にお礼を言った。
「お~」
と気の抜けた返事をするスグルさん(仮)。
「じ、自己満足なんだよ! 馬鹿な真似は止めろよっ! お前は、お前は強いじゃないかっ! そんなお前が死んでいいわけがないだろっ! 悔しいのは分かるけど、今はっ、耐えてっ、逃げるべきだろうがッ!」
そして歯が折れて尚、叫ぶ同期。
僕は少しだけかれのガッツに感動した。
感動しただけだが。
「成程。臥薪嘗胆。今は耐えて逃げ伸び、何時か復讐を果たすべき。そう言うことですね?」
「そうだよっ! お前はもっと多くの人を助けられるんだっ! だから、だから、逃げてくれよ、耐えてくれよ、スナイプスゥゥっ!」
「賢ければそうするんでしょうね」
「そうだよっ!」
そうか。そうですか。
「ならば、貴方は逃げれば良い。逃げて、隅っこに座ってブルブルガタガタ震えていれば良い。みーみーにーにー可愛らしく鳴いていれば良い。賢い賢い
だから。
「馬鹿で無謀な
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