奇襲

 一人が契約できるモノズの数は、平均で十前後。

 そういう目で見ると、十二機と契約できる僕はやはり多数派で、シンゾーは圧倒的に少数派だった。

 二機。

 それがシンゾーが契約できるモノズの数だと言う。

 数は力だ。モノズの契約数は時に容易く個人の実力を超えて行く。

 だが時に戦場は物語ものがたる。

 戦場には英雄が必要だ、と。

 英雄の条件、ソレは――


「【操縦:4】。テメェと同じ『量より質』の境目だ」

「成程」


 事前のスキル合わせで分かったが、そう言う事らしい。今後、強い人を見かけたら『ッ! レベル4かッ!』とかやってみようと思う。

 話が逸れた。

 前鬼ぜんき後鬼ごき。その大型二機がシンゾーのモノズの名前だと言う。彼等の仕事は前輪と後輪だ。

 前後左右に斜め移動。なんでもござれなボール・ホイールタイプのバイクを自在に操る機動力こそがシンゾーの最大の武器だった。

 最近になり、漸く僕も機動力を手に入れたわけだが、そんなにわかとは明らかに一線を画す戦闘機動。それを武器とするならば、成程。数は必要ない。


「……」


 だと言うのならば、コレは何だろう?

 右を見る。目が合う。逃げられる。

 左を見る。目が合って、威嚇された。

 正面のシンゾー――の膝の上に居る小さな子と目が合う。にっこり笑われた。この位の年頃の子は性別が分かり難いな。そんなことを思った。

 子供が居た。多くの子供達が居た。

 彼等は何だろう? 僕のそんな視線を受けて、シンゾーが答えてくれる。


「……全部で三十二人、上が十二歳で、下は五歳」

「ご兄弟ですか?」


 そんなはずはないだろう。そう思いながらも疑問が口をついて出た。案の定、シンゾーは苦笑いを浮かべている。


「血の繋がりはねぇ。だが、まぁ、そんなところだ」

「そうですか」


 スリーパー。

 シンゾーが呟いたその言葉で何となく察した。この子達は――『はずれ』だ。

 時間は記録を風化させる。僕もそうだが、今の時代、用途不明のスリーパーは何人も居る。僕やシンゾーなどのある程度育った者達を解凍するのは『あたり』であることへの期待が半分、兵士としての使用目的が半分。

 だが、この子達くらいの年齢だと、期待されるのは『あたり』であることだけだ。それが『はずれ』で在ったのならば……


「……平和な時代を生きた身としては、人権問題と言う言葉が頭を過ります」

「ははっ、良いな。人権か。素敵だな、ソイツは。見つけたら拾っておいてくれや」

「えぇ、今度から足元を見て歩くようにします」


 苦笑い。

 どんな形をしているのかも知らないが、見つけたら拾っておこう。

 そんなことを考えて居たら、シンゾーの膝にいた子がこちらに近づいてきた。どけ、と手をどかされる。何だ? と疑問に思う僕を放置して、膝に乗られる。「……いまいち」座り心地が悪かったのか、シンゾーの方に帰って行った。「……」無駄に心に傷を負った様な気がする。


 思わずシンゾーと見つめ合う。少し、笑えた。


「……彼等を戦わせると言うのならば、僕はアナタを軽蔑します」

「安心しろや。こいつ等に戦えと言ったら俺もテメェを軽蔑する」


 補給部隊だとシンゾーは言う。

 まぁ、彼等もモノズと契約しているので、自衛位は出来るのだろうが……まぁ、恐らく騎兵のシンゾーよりは狙撃兵である僕と行動することの方が多いだろう。気にかけておこう。

 そんなことを考えながら、触った骨のネックレスは少しだけ熱い様な気がした。






「こうしてみると、中々に複雑な気分だ」


 両側に断崖絶壁を置かれた渓谷に流れるのは水ではなく、バブルだった。流れることなく淀んだその流れは、僕に複雑な感情を抱かせた。

 今回参加のダブC社員の内、上位によるバブルの輸送団壊滅作戦における僕とシンゾーの受け持ちは先頭集団の進行妨害。それなりに要のポイントであることから気合いを入れていたのだが……


「この前の苦戦は何だったのか――と、訊きたくなる程度には楽だ」


 正直に言ってしまえば。

 僕の仕事はシンプルだった。

 先頭集団にいる輸送型のピンクバブルの核を撃ち、レア物を落とさせる。

 落ちたレア物を回収する為にバブル達は足を止めることになり、結果、他のチームが止まったバブルの横っ腹を食い破りやすくなる。

 道幅を制限するために渓谷を陣取ったこともあり、バブル達は完全に詰まっている。この状況で警戒すべきは、僕に対するアタックなのだが――


『A1からS1。カウント5でアタックを仕掛ける』

「S1了解。S1からS2、カウント3で狙撃を開始、ターゲットはB2とする。――セット」


 5、4、3……エンター。引き金を引く。

 僕が狙ったピンクバブルが弾けると同時、それより少し手前のピンクバブルに孔が空いた。S2の狙撃だ。核は外したらしい三〇〇メートルでの命中率は、九割と言った所か。惜しいな。そんなことを考えながら、手が動く。吐き出した空薬莢が落ちる音を聞きながら、呼吸を止める。撃つ。B2にヒット。同時にカウントゼロ。

 レア物回収の為に足を留めたバブルの群れの先頭を更に遅らせるべく、シンゾーを隊長としたA1が隠れていた場所から飛び出し斜めに走りながら列の先端を削る。使うのは薬品をばら撒く為の水鉄砲と、手榴弾だ。シンゾーが機動力に任せて広範囲に薬品をばら撒くのを横目に、戌号を中心とした四機のモノズ達が手榴弾をバブルの群れに放り込んでいく。少しばかり雑で、上手く撒けていないのが残念だ。

 だが、効果はソレなり以上にある。

 薬品で溶けたバブル達は再構成出来ていないし、放り込んだ手榴弾は爆風と破片をまき散らし、バブルを吹き飛ばす。核はほとんど無事だが、風に煽られたバブル達は小さくなっているので、十分だ。バブル達は僕に対するアタックを仕掛ける余裕は無さそう。


「――」


 僕は息を吐き出し、撃った二発分を装弾する。

 不意に、ヘッドセットにメッセージが送られてきた。

 感謝:撃ち漏らしに対する対応の件

 S2リーダー、巳号からだ。

 何故か巳号が狙撃スキルを生やしていたので、今回、卯号と組ませ、僕とは違う位置からの狙撃を担当して貰っていたのだが、偶にある撃ち漏らしがどうにも申し訳無いらしく、時折こんなメッセージが送られてきていた。

 使い慣れない狙撃用の銃で十分な成果を上げていると思うのだが……

 回答:更なる精進を期待する

 苦笑いでそんなメッセージを送っておく。上昇志向が高いと言うのは良い事だ。

 いや、それにしても――


『A1からS1。物資の補給を頼む』

「了解。S1からC1、丑号を出してくれ。ポイントは――子号、頼む」


 チーム戦は楽だが面倒で、面倒だが楽だ。

 僕の指示を受け、合流ポイント洗い出し、更には新たにB1、B2の割り振りを進めた結果、足元で今日も今日とてオーバーヒート気味な子号を見ながらそんなことを思った。

 そう、チーム戦は(僕達は)楽で、(子号には)面倒だった。


「……」


 正直、ごめん。

 そんな気持ちで撫でた子号は熱くなっていた。







 朝の九時に開始した作戦は、夜の九時に終わりを迎えた。

 バブルの輸送団は壊滅し、こちらの被害は軽微、それでも襲撃部隊に若干名の死者が出てしまったらしい。だが、僕とシンゾーの足止め部隊は、子号が寝込んだ以外は子供達にも被害は無し。良い傾向だ。そう思うと同時、この前のあの命がけのアタックは何だったのかとも思える。


「バブルは戦略と数に弱ぇ。準備を整えて当たれば――まぁ、本気にさせなきゃこんなもんだ」


 とは、シンゾーの弁だ。

 詰まる所、薬品や手榴弾を用意し、更に人数を揃えればこの程度。そう言うことらしい。


「けどよ、単純な物量戦では敵わねぇ。最低でも百のバブルで群れてやがるからな。人数が揃っていない場面で出くわしたら逃げろ」

「……もし、一人で向かったら、どうなるのでしょうか?」

「んなバカは死ね」


 そう言うことらしい。

 そんなバカである僕は頭を掻いて、視線を別の場所に投げた。

 シンゾーの兄弟たちがモノズに引かせたソリに物資を積み込み、運び込んでいるのが見えた。

 現在の場所は、バブルに占拠されていた採掘場だ。レア物の発生率が高くなる環境を整え、掘り出し、加工し、運ぶ。そんな我が社の施設はここ半年ばかりの間、バブルの手に落ちていた。その間に他の場所に採掘場を造ってしまったし、殆どのレア物はバブルに掘り起こされた後なので、ここは既に用無し。

 面子を守ると言う意味を含めて取り戻しはしたが、この施設自体に使い道は無い。

 それでも物資は有効活用出来る為、運び出している最中と言うわけだ。

 バブルは人間の食料に興味を示さないし、武器も使わない。故にその辺りの物資は丸々残っているし、建物もモノズ達が噛み砕き、インゴットや建材として再利用される。

 この物資の運搬は子供たちの仕事であり、戦闘班である僕とシンゾーは休憩中だ。コンソメスープと一緒に茹でたウィンナーを食べながら、その様子を眺めている。

 始めは僕も手伝おうと思ったのだが、シンゾーに留められた。あれは彼等の『仕事』で今、休むのが僕の『仕事』。そう言うことだ。

 窪地に造られ、三方を崖とツリークリスタルに囲まれた採掘場は守りに向いているように見えた。そんな場所を襲撃し、奪って見せたバブルの脅威を考えて居たら、如何に自分がどう攻めるか? に変わっていた。

 僕の思考は少しづつ物騒になっている。

 その事実に思わず苦笑いが浮かんだ。






 ソレが来たのは僕が【操縦】のスキルを得るべく、採掘場の外周部分で午号を走らせていた時だった。

 モノク。

 シンゾーの様に二機のモノズを使うのではなく、一機のモノズに装甲兼操縦席を取り付けた簡易的なソレは単純な構造でありながら、ボールホイール型の乗り物の例に漏れず、高い機動力を持っている。

 設計図を基に僕のモノズ達総員で取り掛かって十五分で完成させたソレの動力兼タイヤに立候補したが故の午号と言う分けだ。

 僕の未熟な操縦技術に対しても、文句を言うこと無く応えてくれる午号は頼もしい。

 その時に、ソレが来た。

 盛り上がる地面、割れる地面、飛び出す異形――アント・ワーカー。


「ッ!」


 進行方向から飛び出したその異形に対し、僕はアクセルを開くことで対応した。

 即ち、轢き殺す。

 一切の減速をすること無く叩き込んだ質量と硬度と速度はアントの黒い外殻を割り、中の透明な体液を撒き散らす。

 ブレーキ、車体を倒し、側面で地面を削り、ターン。通り過ぎた場所に目を向ければ――大穴。その上で潰れたアントの死体が蠢く。

 未だ生きているのか? そんな思考。違うと判断。アレは――


「戌号、申号! 近接戦闘、行けッ! 卯、巳、酉、射撃用意! 子、丑は僕の下へ」


 一息。


「インセクトゥムの奇襲だッ!」

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