最後の晩餐
がつん、ごつん、と硬い物と硬い物がぶつかる音がする。
モノズがモノズに体当たりする音だ。
僕が手に入れた三つのレア物の内、モノズ核に加工が出来たのは二つ。
いやがる子号と酉号と言う小型二機を無理やり捕まえ、その二機の代わりに、新しい名無し二機を入れてみたのだが、何故か一機が先程から大型の丑号に体当たりをしている。丑号はとても迷惑そうだ。
――ピ?
僕の魔の手を隠れてやり過ごした潜伏スキル高めの小型モノズ、巳号が足元に転がってきたかと思うと、こちらに視線を投げて来た。何時かの子号の様に「なにあれぇー?」と言っている様に見えた。僕も知りたい。
「あれは、何をしているのでしょうか?」
そんな分けで、近くにいるモノズに詳しい人に聞いてみた。
――あの子は大きいボディに入りたいのよ
彼女が画用紙に書いたのは、そんな文字。成程。何をしたいのかは分からないが、初めからそう言う主張をしてくれるのはありがたい。後で丑号にでも入れて何がしたいのかを確認しよう。彼は名前が付けやすそうだ。あぁ、そう言えば……
「もう一機が、どこに行ったかを知りませんか?」
――逃げて行ったわ。怖がられているのよ、あなた
くすくすと楽しそうに笑う彼女――草さんは酷く大人びている。
それが僕が彼女に抱いている印象だ。
どこか冷たく見える切れ長の瞳、彼女自慢の絹の様な黒髪、それら全てが似合う落ち着いた雰囲気。
「……」
だから記憶が残ったのだろうか? だとしたら僕は子供っぽかったのだろうか? 少年の心を忘れない、そんな素敵なラスト・ティーンだったのだろうか? きっとジャ〇プ読者だったのだろう。
――何ですか?
あまりに凝視しすぎたせいだろう。喋ることが出来ない彼女の画用紙にはそんな文字が書かれていた。
「いえ、何でも」
首を横に振る。
「ただ、今回のモノズは随分と個性が強いな、と」
そう思っただけです、と僕。
実際には別にそんなことは思っていない。草さんは老けているなー、と思っていただけだ。バレたら多分、拙い。表情が動かないタイプで良かった。そう思う。だが、草さんがニヤニヤしているのが怖い。凄く怖い。
――モノズボディはあるの?
「……残念ながら。一機当たり幾ら位なのでしょうか?」
――新品だと一番安い物でサイズ問わずに一機、八十万C
「無理ですね」
アレックスに言わせれば新人としては規格外の僕だが、そこまでの稼ぎは無い。要は新人には簡単に手に入るモノではないと言うことだ。
だが、ユーリが簡単に僕に三機のモノズを与えてくれたことから、稼げば簡単に入手できる。若しくは――
「中古だと、幾ら位でしょうか?」
――二十五万C
「それならば……」
一台だけならば、何とか。一か月分を全て注ぎ込めば、行ける。
いや、だが安物買いの銭失いと言う言葉もある。あまり性能が良くないモノズを態々購入する意味はあるのか? これから今のモノズ達の機体もアップグレードして行く。特に子号。情報は大切な戦略の要にも関わらず、情報処理を担う子号が直ぐにオーバーヒートしてしまうと言うのは致命的だ。
ならば、最初からある程度の機体を買うべきなのか?
それとも、先ずは手を増やすことを優先するべきか?
その辺りをアレックスかコマさんに聞きたい。
ふいに、袖を引かれる。
「……何か?」
そちらに視線を落とすと、とてもにこやかな草さんが居た。
――ピ―キーな物で良ければ二機で三十万C。それで用意できる当てがあるわ
それが本当ならばとても有り難い。有り難いが、それでも予算オーバーだ。
「ローンは?」
――交渉次第。そんなところかしらね?
「でしたら」
よろしくお願いします。僕は頭を下げる。そんな僕に彼女は笑いかける。
――ねぇ、わたし、美味しいパスタが食べたいわ
「……でしたら、次の休日にでも」
当面の目標は決まった。金が要る。そう言うことだ。
僕は草さんと別れ、宇宙人を殺しに向かった。
最後の出撃が迫っていた。
三日間仕事、一日休憩のサイクルが繰り返されること七回、いよいよ明日からの三日間が最後の出撃だと言う時になって、僕は自分が同期と全く話していない事に気が付いた。
新入社員歓迎会と言う奴なのだろう。
その日の夜は夜空の下、会社主催の立食パーティが開かれていた。
そこで気が付いたことだが、僕以外の同期はチームを作っていた。
自身が契約できるモノズと目一杯まで契約している先輩方とは異なり、僕達新人は基本的には会社から支給された三機しか持っていない。
そうなると、手が足りない為、新人同士でチームを組むと言うのが一般的な様だ。
だが、大型二機、中型二機、小型四機の計八機のモノズを従える僕は、悲しい事に一人で事足りてしまった。
八機。そう、八機だ。無事にローンを組めた僕は大型と小型のボディを一つづつ入手し、それぞれ
結果として、これだ。一人で戦い続けていたので、立食パーティと言う華やかな場にも関わらず、話す相手が居ない。
「……」
あまり他人と話すのは好きではないので、助かりはしたが、どうにも疎外感が半端ない。
ならば早く帰れば良いと言われてしまうかもしれないが、そうもいかない。僕はアレックスにこのパーティへの出席を義務付けられていた。
儲け話があるらしい。
上手く行けば僕の借金――今回のモノズ購入分に関しては完済が出来るらしい。
だから僕はここにいる。
「……帰りたい」
言いながら、ポテトを食べながら、炭酸を飲む。
明日からは携帯食料のお世話になるのだ。今の内は少し位、良い物を食べておくべきだが、悲しいかな、美味しそうな物があるテーブルの周りには楽しそうな方々がいらっしゃり、どうにも取りに行きにくい。
僕は溜息を吐き出し、壁際のベンチに腰を下ろした。
背骨のネックレスを触る。落ち着く。尖った部分を丸めようと考えていたが、最近、これはこれで良い様な気がしてきた。
「隣、良いかよ?」
声をかけられたので、視線を上げる。バンダナをまいた同年代の男が居た。右眼は潰れているのか、眼帯で覆われている。染み付いた火薬の匂いがした。同期ではないな。何となく、そう思った。
そんな彼は静かに僕の隣に視線を向けている。
右を見て、左を見る。左右共に開いているベンチが目に入った。
「僕に、何か?」
「……直ぐに本題かよ」
「問題が?」
「いや、話が早くて助かるぜ」
「では、どうぞ」言って少しだけずれて、座るスペースを造る。
「わりぃな」
僕は炭酸を一口含み、手の中でネックレスを弄ぶ。彼の身体つきを見る。傷が多い。筋肉が付いている。
「シンゾー。騎兵だ」
「トウジ、狙撃兵です」
「知っている。テメェは有名だ、スナイプス」
苦笑いを浮かべるシンゾーと握手をする。右手の中指、薬指、小指の下にマメがある。成程、騎兵の手だ。
「ただの挨拶だ。明日、テメェは俺の小隊に組み込まれるからな」
「成程」
ふむ、と頷き、視線で先を促す。
「知ってんだろ? バブルの輸送部隊だ。明日、上位の何組かでアレを叩く」
「……成程」
空を見上げる。月が見えた。
これがアレックスの言っていた儲け話の正体らしい。
こうして僕もチームを組むことになった。
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