蛇
日が落ち、仮眠をとってから更に歩いた。
街を出てから三日目の夜に先ずは卯号が酉号と交信可能範囲に入った。軽いトラブル発生とのことで、走る必要は無いが、それなりに急いできて欲しいとのこと。
報告:ボスケテ
巳号からのメッセージだ。「……」。だから、君は、どこで、そう言うのを覚えてくるのかと。
――待って居ろ、今、急いでいくぞ。
――徒歩で。
僕もそれに乗っかり、返しておいた。
二時間。速度を緩め、警戒しながら進むと、景色が変わっていた。
足の裏が土から舗装路に変わる。コンクリート。それが僕が知る素材の中では一番近いだろうが、微妙に違う。モノズが建材に砂を混ぜて作る土嚢。それに近い気がした。「……」。しゃがみ込み、道路の端に会った段差を拳銃のグリップエンドで叩き、割る。拾った欠片の上は見慣れない物質だが、下はアスファルトだ。
土が重なり層を造り歴史を刻むように、この道路にも歴史が刻まれていた。アスファルトの時代の後に、舗装されている。それもかなり強引に、だ。行政が生きているのならば、こう言う工事はされないだろう。これでは段差のある端から削れてしまう。
削れても構わないのだろうか?
急ぐ必要があったのだろうか?
そんなことを考える。
「まぁ、両方だろうな」
そんな呟きが零れるころには、目的地と思われるものが見えていた。
双眼鏡を覗く。
恐らく航空写真に写ることを嫌ったのだろう。眼前の岩山に横幅が拾いトンネルが入り口として造られていた。破れたシャッターの奥、残骸の中に、戦車と思われるものが見えた。上にあるのは――随分と偽装が剥がれてしまってはいるが、レドームか?
街ではない。軍事基地。そう呼ばれるものだろう。
だが、随分前に通り過ぎた関所の様な場所に会ったのは採掘場のマークだった。
「子号」
回答:当方所持のデータベースに該当の軍事施設は無い件
「そうか。ありがとう」
採掘場に偽装された基地と言う分けだ。
周囲の電気は死んでいる。だが、ここより“先”はそうではない。
つまり、偽装された軍事施設は、今、装いは廃墟のままで、息を吹き返している。
――当たりだな。
そんなことを思いながら歩く僕を、先行したA0が出迎えてくれた。
久しぶりの群れの仲間との合流に、ルドの耳が嬉しそうに倒れているのが印象的だった。
隠された軍事基地を隠す為に必要だったのだろう。
目的地であるトンネル基地までの間には、いくつかの関所の様なモノが有った。僕らはソレを使――わずに、少し道路から離れた岩陰に身体を滑り込ませて隠れた。
その結果、ここが当たりだとか確信することが出来た。
トラックが何台か走って来て、そして走って行ったのだ。
「それで、トラブルと言うのは?」
そんな本命を前にして、僕は現状の把握に努める。
酉号は『トラブル発生』と連絡してきたのだ。
密告:巳号が勝手な行動を取ろうとしていた件、是非、友からの警告を願いたい
反論:戦術の提案をしただけの件
是正:我が止めなければ、貴殿は実行していた件。そもそも、チームリーダーは我である以上、決定権は我にある件
悪態:でも実行はしなかった。自由な意見交換も出来ないこんな世の中はポイズンである件
戌号と巳号が喧嘩をしだした。『これですか?』視線で酉号に問うと『然り』と頷かれた。これらしい。成程。これまで、相性の良いチーム桃太郎以外は長時間の単独行動はさせてこなかったが……組み合わせによってはこう言う、問題も出るのか。
戌号のリーダーとしての責任感が、或いは巳号の積極性が悪い方に衝突してしまった様だ。
面白い。
そう思えないことも無いが、今は止めて欲しい。
「巳号、こう言う意見が分かれた場合に備えてチームリーダーを決めているんだ。僕は戌号なら信頼できると思ったから彼に頼んだのですが……君は戌号を信頼できないだろうか?」
回答:……信頼はしている件
「そうか。では、従ってくれ。戦場の真ん中で仲間割れは勘弁して欲しい」
回答:……了解である件
戌号がこのやりとりを聞き、少しふんぞり返っていた。逆に巳号は少し俯き気味だ。
「次に戌号、僕は確かに君にチームリーダーを任せたが、それは別に特権階級と言う分けではない。そこを間違えるな。君ならその判断は付くと思ったのですが……僕の見込み違いですか?」
回答:……理解は出来る件
「では、今後は気を付けて下さい」
回答:了解である件
今度は巳号がふんぞり返って、戌号が俯いてしまった。
「……」
単独でリーダーをこなせるこの二機は我が強い。今回の様な長期任務では一緒の班にしない様にしよう。
「それで、巳号、君の戦術とは?」
提言:我一人での潜入である。情報が足りない今、内部の調査は重要である件
成程。確かにそれは重要だ。だが――行けるのか? ゲームでは無いのだ。わざわざクリアできるように死角を用意しているわけでもない。
そんな僕の視線を正確に読み取ったのか、巳号が物陰に転がっていった。数秒。予め造っておいたのだろう。瓦礫で造られた装甲を纏って返って来た。
成程。良く出来ている。止まって居れば、落ちている瓦礫との見分けは付かないだろう。
「だが駄目だ」
それは人の目は誤魔化せても、機械の目は誤魔化せない。
瞬きをせずに、ただ、ただ、見続けることができる機械の眼はイキモノのソレとは根本的に違う。伝説の傭兵が段ボール一つでどうにか出来るのはゲームの話なのだ。
「だから、こうしよう」
僕は、巳号の作戦に変更を加える。
敵を知り、己を知ればなんとやら。
依存症の様に掻き集めるだけだったカスターが馬鹿だっただけで、情報が重要なことに変わりはないのだ。
夜を待つ。
その間に、電線の流れを辿り、監視カメラの位置を確認した。内部の深い位置までは、分からない。だが、表面、それと浅い位置のモノならば分かった。
僕の目はシャッターの奥を見通すことは無い。だから、目標に近い子号が仮想的に青い半透明の監視カメラの位置をヘッドセットに投影してくれた。
頭部装甲は被らない。
この距離は僕の戦場だ。
伍式を構え、スコープを覗く。深呼吸。
担当する三つの監視カメラの位置を置くから順番にゆっくりとスコープの中の視界でなぞる。
「最終確認」
「突入部隊であるA1、戌号、申号、寅号、亥号、巳号、ルドの援護が最優先」
「S1、僕と卯号は、ここ、関所の上から狙撃で攻める」
「A2、子号、丑号、辰号、午号、未号、酉号は散開し、陽動に努めろ。攻める必要は無い。釣れ」
「潜入部隊である巳号が離脱後、A1はA2に合流し、A3を構成、只管に鳴らして、釣り上げ、殺してやろう」
「リーダーは僕、戌号、子号で、合流後のA3は戌号が取る様に」
「以上だ」
「何か質問は?」
「無いか? ないなら――僕の一発目から三秒後に作戦開始だ」
「3、2、1、
引き金を引く。一発目。同時に、ヘッドセットにカウント。先ずは1、次いで2、最後に3。数字に合わせて火を噴いた伍式が放った散髪はきっちりと三つの監視カメラを潰し、同時に走り出したA1の総数を誤魔化す。
「――さて」
どう来る? 何が来る? どこから来る?
A1の進行方向に熱源。アレは僕の担当だろう。だから撃つ。機械は光を必要としない。月明りすら届かない基地内部の敵を子号と卯号が拾った情報に、勘と言うスパイスを加えて撃つ。
当たったか? 当たったな。成程。こういう手応えか。フレンドリーファイヤが怖いな。余り見えない場所は撃たない方が良さそうだ。
だから見えるようにしよう。
「戌号」
通信範囲ギリギリの距離で、最前線の戌号に指示、ぺい、と戌号が吐き出したのだろう。何時かの戦場で使った燐光が灯る。化学反応により緩やかに燃える白い光はぼんやりと基地の中を僕の目でも見える様にしてくれた。ドラム缶。足が遅い機兵に、足の速いドラムタンクの混在部隊が居た。
見えた。
そして弾が届く。
ならば当てられる。
それが僕に与えられた性能だ。引き金を引き、レバーを煽り、弾を換える。戌号が照らす先を撃つ。そうすると、自然、敵は偏る。光の方に。照らされれば撃たれる。そこが弱くなるので、A1は攻める。突破されない為に敵が集まる。
……いや、違うな。
死角を造る為に、敵を傾けて、集めた。
そう、死角が無いなら造れば良い。壊し、或いは傾け、見えない部分を用意すれば良い。
監視カメラは潰した。
ドラム缶達は偏った。
だから闇に溶ける様に一匹の蛇が中に入り込んだことは気取られていない。
そういうことだ。
あとがき
基本のチーム分けをした場合、チームリーダーをしっかりとこなせるのは
A1 戌号
A2 実は適性者なし
C1 未号
S2 巳号
こんな感じ。
単独で行動することが多い、A1とS2のリーダーは基本的に相性が悪いのです。
子号? 子号はトウジの観測手やりながら裏でまとめてます。苦労人。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます