潜る。巡る

「丑号、カバー設置、杭打ちは丑号、未号、A3、後退」


 戦術提案:我と申号は遊撃に残るべきである


「では、それで」


 潜った巳号を深く、深くに送る為には僕らも戦い続ける必要があった。

 だから簡易陣地を設置する。予め造っておいた鉄板――いや、土板を丑号が運び、設置。簡易的にカバーを用意。身軽な戌号、申号だけはカバーに入らず、前線を掻き回すことにしたようだ。僕も動こう。戦線は深く、ここからでは見えない部分が出て来ている。

 関所の上から飛ぶ。都合二階分の高さをどうにかできる運動能力が僕には無いことは分かり切っているので、機械の左足に頼り切る。ムカデを纏っていることもあり、重くなった自重が地面を揺らす。それでも軋んで、たわんで、鋼の左は用途を果たしてくれた。

 つんのめる様にしながらも、転ぶことなく駆けだす僕の横を卯号が転がっていく。


「卯号、奥の様子は分かるか?」


 回答:現状不明。ボールドローンの使用を進言する件


「造るのか?」


 回答:事前に造って置いた五個を使うつもりである


「……レシピは未号も持って居る。彼を前線から外すから増産は彼に頼もう。子号と協力して僕のヘッドセットにドローンの映像をくれ、左目は使わないから、そちらへ」


 言いながら、地面にボルト止めされたカバーの裏に滑り込む。

 敵の攻撃は今はAK、SMG、それとLMG。建材を混ぜて鉄よりも固くなった土板は削れるが抜けていない。相手の装備が統一され、僕が知っているものだけだとするならば、注意するのはグレネード位だろう。

 僕のみぞおちくらいまでの高さ位しかない為、立てない。もたれる様にしながら、頭を隠し、早くも仕事を開始した卯号と子号の成果を左目で見る。

 キルゾーンが広がる。

 だが、直ぐには撃たない。

 敵の数は多く、乱戦だ。子号の指示の下、カバーに隠れたA3は二チームで互いにリロードの合間を補いながら撃っている。

 弾雨は途切れることは無い。

 こう言う場面で僕が撃ってもソレは多くの中の一発になる。それでは僕の仕事としては不完全だ。

 ワンショットが、ワンキルが、戦線に大きく影響する。それが出来るのが狙撃手と言う兵種だ。

 だから見る。

 或いは観る。

 戦場の流れを、動きを、どれが相手の切り札かを見る。観た。


「……」


 凄いや量産化。

 すべてが規格統一された機兵とドラムタンクはバラつきが無く、役割も均等。トゥースやインセクトゥムよりもバブルに近い運用形態だ。

 物量戦ならば、これで良い。

 『同じ』と言うのはソレだけで強い。平均化された個性と言うのは戦場では極めて優秀だ。足の速さも同じなので、戦線がばらけることは無い。思考も均一化されているので、優先順位付けを誤ったりすることもなく、正確なフォローもされる。

 全てが同じ働きをするので、『要』となる『奴』は居ない。

 だが、同じ働きはできても、同じ場所に立つことは出来ない。立つ場所によって、役割が生まれる。だから『要』の機体は居なくても『要』の場所は存在する。

 例えば。そう、例えば――補充部隊の先頭などが良い例だろう。


「……」


 薄暗い場所の、ほの暗い奥。卯号と子号が広げた僕の視界の中にソレは映った。戦力の逐次投入は悪手である。

 だが、それが数を気にせずに入れ続けられると言うのなら話は変わる。

 物量で質を飲み込む――と言うよりは、削っていく様な戦法だが、有効ではある。

 ならソレを止めさせないと行けない。

 風が強いのが嫌だ。

 入口から入り込むような風向きだと言うのも勘弁して欲しい。

 壁に当たった風はかき混ぜられ、乱れ、いまいち僕にその在り方を掴ませてくれない。

 駄目だな。そう思う。弾が流れるイメージしかない。

 三発目なら完璧だ。

 二発目でも当てられるイメージはある。

 初弾は風を見るのに使いたい。

 だが当てろ。一発目でだ。

 スナイパーは撃った弾丸に意味を持たせなければならない。ここが敵の本拠地であり、敵が見ている可能性があるのなら――僕は一撃に『恐怖』を持たせよう。


「――、――」


 吸って、吐いた。

 呼吸に合わせてレティクルが上下する。世界が上下する。

 視界の端で捉えた埃の流れで風を読む。戦況から通るラインを見定める。

 削る、削る、削る。

 鋭く、鋭く、鋭く。

 かちっ。


 ――頭のどこかで、時計の秒針が、鳴いた。


 引き金を引く。

 風に流れて弾が飛ぶ。飛んだ弾が当たる。


 ワンショット/ワンキル


 僕は出てくる直前の補充部隊の先頭を潰した。

 停止した先頭の機兵を避ける様にして敵影が左右に広がる。速度が落ちる。装弾の時間がもらえた。込める気持ちは『ありがとう』。感謝の気持ちの籠った弾丸もやることは変わらない。右。二機目。更にもう一発。左。三機目。更に遅れる補充部隊。更に貰えた攻める機会。逃がすか。四と続いて、五。五発ワンクリップ。打ち切り、弾倉を代える。未だだ。もう少し足止めをさせて貰う。

 敵のルーチンに『軋み』が入る。ソレを放置すれば何れは歪み、崩れて行くだろう。敵はそれを修正することが出切るだろうか?

 まぁ、無理だろう。

 僕は僕の仕事をした。

 僕の仕事に慣れている僕のモノズ達がその成果を無駄にするわけが無い。

 寅号、亥号、辰号の高火力組がきっかけだった。

 一気に戦線をこじ開け、孔をあけ、その中に遊撃部隊の戌号、申号が入っていく。

 崩れた戦線をフォローする後詰は僕が潰した。

 終わりは近い。







 やり過ぎたのか?

 敵の増援が全くなくなり、そんな疑問を持った時だ。

 不意に、先に有ったシャッターが開いた。


「……」


 埃が舞わない。

 音もそれ程酷くない。

 建物から見て取れる経年劣化とは時代が合わないその動作に、最近、メンテされて使われたモノだろうと推測が出来た。ハンドシグナル。散開。正面のカバーに一旦潜り、そこから姿勢を落とし、床を這って左右の壁に散る。

 だが、それが出来たのは僕とルド、それに小型中型のモノズ達だけだ。大型の丑号、寅号、辰号、午号、亥号は出来ない。

 だから姿を晒し、エサとなって貰う。

 不意打ちに備え、入り口付近まで下げ、亥号、辰号の遠距離高火力攻撃が可能な二機に砲撃と射撃の準備をさせる。

 開いたシャッターの奥には暗闇だけがある。「……いや」。違うな。きゅらきゅらと音。履帯。キャタピラ。その音と、何か、『重いモノ』が動く気配がある。

 戦車。容易く人間を殺せる兵器。ソレだろう。だが、それ程怖くない。

 どうせ戦車犬が乗っている分けではないのだろうし、ここは戦車が走り回れない室内だ。ここで出て来て何をする気なのか、逆に興味すら湧く。

 それでも呼吸を、一回。深く。油断を追い出す。

 自問する。本当にそうか? を。まぁ、そうだろうと結論づける。

 動きの遅い戦車が相手なら――


「未号、アレを造れるか」


 回答:一分


「早いな」


 素敵なことだ。それ位ならば態々撃って足を止める必要もない。アレには精々、重々しくゆっくりと登場して頂こう。

 頭部装甲が無く、暗闇を見通せない僕を気遣ったのだろう。子号が彼の見る世界を僕のヘッドセットに投影してくれる。台数は――音からの予想通り、一台。本当に何がしたいのだろう? そう思う。だが、やり易い分には文句はない。

 報告:作成完了である件

 長方形の板に、なにやらケーブルをつないだ物体を未号が持ってきた。出来れば予め置いて置きたかったが、そこまでの猶予は無い。仕方が無いので、僕がやろう。

 対岸。反対側で指揮をとっている戌号に簡易的に支持、同様に正面の亥号にも支持を出す。

 ぬらり、と暗闇から光の届く所に戦車が出て来た。

 砂漠迷彩。夜行迷彩ですらない。完全に、ここで使う為のモノでは無い。何がしたいんだ? 疑問。気にするなと結論。

 息を殺し、気配を殺す。戦車が眼前を通過。未だだ。亥号がLMGによる射撃を開始。戦車が釣られ、速度を上げる。今だ。対岸から戌号が機動射撃を行いながら飛び出す。鉄を撃つ鉄の音は雨の様だ。そんなことを思いながら、未号が造った板を放り投げる。床を滑り、戦車の下で止まった。物陰に飛び込みながら、握ったコードの先のボタンを押し込む。

 火柱が上がった。

 ごぅん、と浮かび上がった車体が地面を揺らす。

 それで終わりだった。

 随伴歩兵もつけず、速度も出ていない戦車など、そんなものだ。


「……」


 何がしたいのだろう?








 何がしたいのだろう?

 その疑問に答えらしきものが与えられた。

 戦車の後には、ドローン群が相手だった。その次は、ガス装備の機兵。さらにその次は狙撃合戦が相手のお望みだった。

 何れも単発だ。例えば、ガスで足止めしながら狙撃合戦に持ち込まれたりしたら拙かったのだが、ソレも無い。

 ゲームの様だ。そう思うと同時に、測られていると思った。

 不審に思い、周囲を探らせていた卯号が多数のカメラを確認したところで、ソレは確信に変わった。

 ここに居る『誰か』は僕を測っている。何の為に? 知るか。だが、相手の目的が分かれば、取れる方法もある。


「僕と子号、それと――そうだな、寅号とルドは先に進む。他は別ルートに潜ってくれ。リーダーは戌号、君だ」


 疑問:目的は巳号のフォロー、強いては人質の救出であるか?


「……いや、確認、救出で。優先順位は今言った通り、無理なら――引いて下さい」


 返答:了解である件。我が友に、武運を


「ありがとう。君達にも武運を」


 言って、別動隊を見送る。

 殺す気が無いなら、良い。

 僕の所に戦力を集めておく意味は無い。

 無数のカメラが僕らを見ている。もしかしたら巳号も既に補足されているのかもしれない。だが、それでも恐らく、問題無い。

 戦ってみると、相手の姿が透けて見える。

 相手は一人。そして、この相手は頭の良い馬鹿だ。

 天才では無く、秀才。

 努力が根本にあるが故に、触っていない分野への対応は酷く温い。

 軍事に関わっている分けではないのだろう。

 だから見なければ行けない部分を広げる。

 施設のサポートがあるとは言え、手を分けた僕らに、彼、若しくは彼女はどう対応してくれるのだろうか?

 病原菌の様に、僕らはこの施設に広がっていく。











あとがき

『仕事が落ち着いた』と書くと忙しくなることが分かった。

フラグと言う奴だろう。

だからもう絶対に書かない! 『仕事が落ち着いた』って書いたりしない! 絶対に『仕事が落ち着いた』なんて書かないんだからねっ!



え? それで、実際『仕事が落ち着いた』のかって? だから絶対に『仕事が落ち着いた』とは書き込みませんってばぁ!!




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