V.S騎兵 前

 お金がない。

 原因は色々あるが、一番はアキトに騙されたことだろう。

 三機でまとめて買うとお得だと言う謳い文句を信じて買った吉備津彦命モデルのモノズ・ボディは一機辺り七十万Cと一般的なモノズ・ボディの値段を考えると随分とお買い得だった。

 だが、それは最低限の機能しかなかった。

 前にアキトが言って居た様に、吉備津彦命モデルには遊びがあり、その真価を発揮する為には色々と手を加えてやる必要があった。

 そのボディの真価を発揮する為に掛かったお値段が百五十万Cだ。

 端末に表示された残金を見て、凹む僕に戌号がメッセージを送って来た。


 ――ピ……ッ!

 感謝:圧倒的感謝……ッ!


「……本当に感謝しているならば、せめて外観の変更は止めに出来なかったんですか?」


 ――ピッ!

 回答:それは無理である件


「そうですか」


 そんなに大事ですか、そのドムスタイル。申号を見る。一瞬、ちかっとした。酉号を見る。ちかちかと瞬いた。端末にその二機からもメッセージが送られてくる。


 追従:然り、無理である件

 追従:アイデンティティであるが故、無理である件


「……」


 僕には残念ながら良く分からないが、あの十字の眼は戌号達にとっては大事らしい。まぁ、喜んでくれているのならば、それだけが救いだ。

 だが、お金が無い。

 こういう時、猟犬の名は良い餌になる。

 ポテトマンから美味い仕事が貰える。


「名指しだ、猟犬。依頼主が前に揉めたプリムラ・アロウンだそうだが、どうする?」

「――、」


 僕は露骨に嫌な顔をした。





 話し合いは喫茶店のオープンテラスで行われた。

 報酬は経費込みでの二百万C。

 内容は殺人。

 敵対企業の幹部でもスナイプさせられるのだろうか? そう言うのはデュークさんに頼んで欲しい。僕はスイス銀行に口座を持っていない。


「我が社に泥を塗った人を始末して下さい」

「……」


 こめかみを撃ち抜けと言うことだろうか。僕は無言でヒップホルスターの拳銃を意識した。受けるんじゃなかった。いや、待て。我が社と言うことはカミサワ重工のことだろう。ならば未だ望みはある。


「あぁ、因みに私、アロウン社に戻らせて頂きました」


 その説はお世話になりました、とプリムラさん。


「……」


 終わった。僕は諦めた。足元を見る。仔犬のルドと小型モノズ達が四機居た。はたしてこの戦力で突破できるだろうか?

 相手側はプリーツスカート姿のプリムラさんとそのボディーガードであるスーツのマッチョが二人。「……」ネックレスを握る。やれるか? 思考する。やってやる。

 どこかで、時計の、針が――


「あぁ、トウジさんのことでは無いので、ご心配無く」

「そうですか」


 良かった。無駄に覚悟を決めてしまった。僕は拳銃から意識を離す。


「本当はトウジさんなんかに頼みたくなかったのですが、私が使える私兵だと対処が難しくて……ですね……お願いできますか? あ、ターゲットの詳細もこちらです」


 こちらが資料と契約書です、と渡される。

 字がいっぱいだ。読む気が起きない。僕は何時もの様に「成程」と言ってサインをする。報酬が報酬だ。当然、断る気は無い。僕はサインが済んだ契約書を差し出した。


「はい、それでは契約成立と言うことで! 失敗したら違約金が一千万Cですので、頑張ってくださいねっ!」

「……えっ!?」

 ……えっ!?





 ニヤニヤ笑ったプリムラさんの顔が頭から離れない。

 嵌められた。間違い無く、嵌められた。

 ターゲットの情報と言うことで渡された資料に目を通す。大半が――アンノウン。唯一所在地だけが分かっているが……極論を言えば、このターゲットが実在すらしない可能性がある。場所も場所だ。イービィーと遣り合った近くの廃都市に根城を持っているそうだが、以前はそんな気配はなかった。更に、イービィーが居たことからも分かる通り、あそこはそれなりにトゥースとの距離が近い。そんな所を根城に選ぶだろうか?


「……戌号、申号、酉号、寅号、亥号、それと卯号、索敵に出てくれ。チームリーダーは戌号、君に頼む」


 考えていても仕方が無い。索敵を出そう。索敵能力が高い卯号と酉号に加え万が一の遭遇戦に備え、攻撃班である四機を同行させる。

 子号、戌号が転がって来た。


「……」


 無言で、じっ、と見詰めてくる。酷く居心地が悪い。視線を逸らす。待ち構えていた巳号と目が有った。やはり何も言わない。


「……分かった。今後はこう言うことが無い様にします」


 僕は降参を示す様に両手を上げる。

 それで漸く納得してくれたのか、戌号達は旅立って行った。





 ターゲットは実在した。

 実在はしたが、それが問題だった。正直、これならば実在してくれないほうが有り難かった。

 モノクを走らせること、丸一日。イービィーとの思い出の地にやって来た僕は、その廃都市が随分と様変わりしていることに気が付いた。人の気配がする。

 この時代、機能している都市でも無ければ、土地の管理者と言う者は特に存在しない。だから彼等はやって来たのだろう。この管理されていない廃都市へ。

 大半が子供だ。そんな中に、大人――とは言い難いが、一人の男が居た。


「シンゾー」


 僕はその男の名を呼ぶ。


「ん? あぁ、テメェかよ。久しぶりだな!」


 それなり以上には歓迎してくれているようで、握手をした後、肩を叩かれる。


「本当に、久しぶりです」


 僕だって嬉しい。

 シンゾーは紛れもなく戦友だ。

 たった一度の戦場での共闘は時に時間で積み上げた友情を凌駕する。

 だから僕だって喜びたい。喜びたいのだが、そうも行かない。

 色々と聞きたいこともある。何故、ここに居るのか? ダブCはどうしたのか? どうして以前より明らかに子供たちが増えているのか? 等々……。だが、今は――

 大きく息を吸う。大きく息を吐く。良し。心の中で気合を入れる。


「手短に行きましょう。シンゾー、君は命を狙われている。アロウン社と揉めた記憶は?」

「――、は。成程な、あるぜ? つい最近だがな、家のチビがアロウン社から依頼を受けた。子供と侮ったんだろうな。報酬が支払われなかったからよ、俺が少し『お話』をした」

「『お話』、ですか……」


 牙を剥くように笑うシンゾー。字面通りに受け取るのは止めておこう。


「ダブCは? 何もしてくれなかったのですか?」

「チビ共の買い戻しが済んだからな、抜けた」

「……問題もありますが、良い会社だったと思いますが?」

「才能がある俺やテメェに取っちゃそうだろうな」


 そうか。そうだな。スリーパーであれば使い捨てられる程度には悪い会社だった。


「プリムラ・アロウン。聞き覚えは?」

「『話し相手』だ」

「そうですか……」


 ガリガリと頭を掻く。正直、参った。


「んで、俺の命を狙う刺客はテメェか?」

「そうです」

「あっさり認めるなや。この場で仕留めるぜ?」

「言い訳になりそうなので、是非」


 獰猛な笑みを浮かべるシンゾーに対し、肩を竦めて僕。

 何だったら殺してくれても構わない。

 シンゾー一人の命だったら悪いが、僕は『できる』。だが、シンゾーは要だ。死んだら更に多くの命が死ぬ。それも子供の命だ。それは駄目だ。


 ――ピッ!


 子号が転がってくる。

 事前に手出しはしない様に言っておいたのだが、念の為に視線を向け、釘を刺しておく。子号は、何かを誤魔化す様に、目をチカチカと点滅させていた。


「可愛い嫁さん一人に、犬が一匹、子供が六人。素敵な家庭じゃねーか、えぇ、トウジ?」

「っな!」


 子号から視線を切り、シンゾーに向き直る。ニヤニヤ笑いながらシンゾーが見せてくる端末にはイービィーと、ルド、それと子供達が映っていた。

 ――子号ッ! 噛み付かんばかりの勢いで振り返ると、丑号を始めとした大型モノズ達が居るだけだった。その瞳が点滅する。やったのは、子号だが、全員が……と言うことだ。僕は良い部下を持ったのかもしれないが、何をしてくれてやがる、が今の本音だ。

 あー、とか、うー、とか唸りながら、どうにか言葉を絞り出す。


「――数が違います」

「知らねぇのか? 男が数えて良いのは三までだ。それ以上は『いっぱい』だ。俺んとこのチビもいっぱいで、テメェんとこのチビもいっぱいだ」

「超かっけー」

「ありがとよ」

「あと、ソレ、お嫁さんではありませんので」

「そうかよ。それじゃご祝儀は要らねぇな?」

「……でぃす・いず・まいわいふ。ぎぶみー・まねー」

「アホが」


 僕とシンゾーは、くくっ、と笑い合った。


「僕が死んだら子供達を……」

「あぁ、その代り、俺が死んだら子供達を……」


 あのお嬢様は随分と『良い』性格をしている。僕が失敗しても諦めてくれるかが微妙だ。次に回った場合、ソイツは倒し難いシンゾーでは無く、攻め易い部分を使うかもしれない。

 取り敢えず、僕とシンゾーはお嬢様の留飲を下げる為に、本気でぶつかることにした。

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