V.S騎兵 後
使えるコネは使った。
やれる準備は一応、した。
そんな分けで頑張ろう。最後の準備として、僕はハウンドモデルに核となるツリークリスタルを嵌め込む。未号からギリースーツを受け取る。迷彩柄は荒野に溶け込むデザートフレックで作成した。着込む。
奇襲。
それが僕がシンゾーへと向かう際に選んだ戦略だ。
「……」
ガリガリと音を鳴らせながら伍式が弾を食う。
体重を預けた大岩の陰で僕はゆっくりと呼吸をする。
この戦いは僕に有利だ。シンゾーは僕に根城を知られており、守る物が多すぎる。だが、シンゾーもランク4持ち。非情かもしれない。非道かもしれない。それでも僕は容赦なく勝ちに行くことにした。なので――
「見張りは要りませんよ、プリムラさん?」
「いえいえ、ちゃんと仕事をしてくれるかが心配ですからー。見逃したり、しないですよねぇ?」
どうせヘッドセットの映像は提出するのだ。呼んでも居ないお客様は正直、邪魔だ。ささくれた心を宥めようと、ルドを探す。プリムラさんを嫌って潜伏中の戌号達の方へ走って行ってしまった。空しい。
やり場の無くなった手を引き戻し、呼んでもいないプリムラさんに向き直る。
「……そうですか。だったら成功率を上げる為に相手の情報を貰えませんか?」
バレていることは承知の上だ。それでも僕は相手がシンゾーであると言うことを知らないことにしてあった。理由は簡単だ。
「それも仕事の内ですよ、トウジさん。それより大丈夫ですか? 敵を知り~って言葉があるじゃないですか? そんなんで倒せるんですかぁ?」
向こうもそう言う体で話をしている。
三文芝居だ。酷く疲れる。僕は吐き出しそうになった溜息を飲み込んだ。
「自分だけ知っていれば引き金は引けますよ。相手は関係ない」
「あら、格好いい。狙撃手の哲学ですか?」
「いえ、人を殺す際の防衛本能です。知らなければ……楽です」
「まぁ、怖い。トウジさんは凶悪な殺人犯として冷凍保存されていたんですか?」
「いえ、違います」
……多分。
「……違います、よ?」
「……だ、だんだん不安になっている辺りに貴方の本性が見え隠れしていますね」
そう言ってプリムラさんは苦笑いで僕から距離を取った。ボディガードの陰に隠れてしまう。今日も今日とて屈強なボディガードさんはお嬢さんの我儘に付き合わされている様で、可哀そうだ。
「……」
僕はお仕事ご苦労様です、と軽く目礼しておいた。
三時間程待った。
三台のバイクと十九機のモノズが索敵範囲に入って来た。酉号が目視で確認。ターゲットであると結論。
ウラバで仕事を受けたシンゾーと二人の子供が帰って来た。
因みに依頼者はイービィーと言うトゥースの美少女で、依頼内容は『バブルの巣への調査の同行兼、護衛だ(※必要技能、操縦:4)』だ。……違う人が受けていたらどうしよう? 僕はただのピエロじゃないか。
……そうだ。態々依頼を出して足止めをしようとしたのは良いが、全く関係ない人に受けられる可能性も有るじゃないか。寧ろその可能性の方が高いじゃないか。つまり、僕は策略家を気取って金をばら撒いたただのバカである可能性が高いじゃないか。
凹んだ。帰りたい。
「……」
取り敢えず、僕は考えるのを止めた。
帽子を深く被り直す。切り替える。
右目でスコープを覗きながら、左目でヘッドセットに映したミニマップを見る。意識は左目に置いて置く。
手元に居るのは子号だけだ。
さぁ、追い込もう。
「S1リーダーから各位。作戦開始だ、寅号、亥号、位置を移動。十五秒以内に動け。移動先で待機」
酉号からの通信、径路に変更なし。
「戌号、申号、ルド、B1通過後に酉号と合流、退路を断つ。尚、近接戦闘は基本的には不可とする。追い込め」
チームリーダーである戌号から了解の回答が返ってくる。シンゾーが通過した道をなぞる様に四つの光点が動き出す。
「寅号、亥号、B1への近接戦闘用意。巳号、卯号、B3への狙撃用意。B2は僕が持つ。足止めと同時に、戦闘能力を奪う。接敵予想まで三十、子号、カウントダウン」
五機了解。意識を右目に置く。世界が狭くなる。カウントが進む。3、2、1……虎号が斬りかかり、亥号が装甲を誇る様に突っ込む。躱される。避けられる。滑る様な移動。シンゾーはハンドル操作だけで二機のモノズをやり過ごす。置き土産に轟く金属音。至近距離から叩き込まれたショットガンが亥号の装甲に鳴き声を上げさせる。流石だ。だが、それは予想の範囲内だ。問題は無い。
「――ヒット」
結果報告:ヒット
僕と巳号は仕事をした。同行していた子供二人のバイクのタイヤとなっていた四機のモノズをそれぞれが二発ずつ撃ち、潰した。
十九機のモノズが攻撃を開始した。シンゾーの前鬼と後鬼ではない。今しがた足止めした子供たちのモノズだ。だが、経験が足りていない。後ろから食い破る様にして戌号、申号、酉号、そしてルドが襲い掛かり、そこに姿の見せない巳号の
緊急事態:ピンチな件!
不意に、左目が文字を拾う。
寅号がやばい。斬りかかるが、その全てを躱され、その度にショットガンを撃ち込まれている。ボディが装甲の厚いムラサメとは言え、アレはきつい。
「亥号、
タタラ重工製モノズ・ボディ、マサムネ。ダークグリーンのカラーリングを施された亥号が可変する。二つの補助脚が身体を支え、開かれた口の中には三つの銃口を持つ――ガトリング。
銃火が咲く。轟く連続音がシンゾーを寅号から引き離し、追う。追う。追って――カウンター。銃弾の雨の中をシンゾーが横切る。当たっている。そのはずだ。だが命に届いていない。だから問題ないのだろう。シンゾーは加速し、亥号に迫る。迫る。僕は、狙う。狙う。狙う。
刹那。
シンゾーが亥号を食い破るその刹那を僕は狙った。撃つ。
刹那。
僕が引き金を引くその刹那をシンゾーも狙っていた。
「なぁっ!」
バレルロール。
タイヤでは無く、横へも動くボールホイール、モノズであるからこそ出来るその芸当。或いは絶技。シンゾーが虚空に跳ぶ。亥号の銃火を跨ぐ様に飛び越え、僕の狙撃を躱し、シンゾーが飛んだ。金属音。シンゾーが放ったショットガンが中を見せていた亥号に叩き込まれる。
亥号、
「――っ、の」
知ってはいたが――
「やるッ!」
感嘆を言葉に乗せ、世界を右目に。寅号に狙いを定めたシンゾーを巳号が撃った。避けられた。ソコに僕は弾丸を置いて置いた。――掠めた。
姿勢を崩すシンゾー、何とか避け切った寅号は無事だ。一秒、マップを見た。戌号達は合流できない。それどころか巳号をこっちが取ったせいで少し崩れかけている。巳号を戻す必要がある。どうする? 考える。どうしたら良い? 考えた。
「~~っ、。丑号、未号、午号、チャージ、チャージ、チャージっ! 突っ込めッ!」
最後の詰めの為に隠していた三機を戦線に投入。あまり戦闘能力が高く無い三機だが、それでも数は数だ。これで少しは戦線を維持出来――無い。
ランク4。
量より質の境目。
英雄の最低条件。
みろ、そう言われた様な気がした。
これがシンゾー。操縦技能にて英雄の資格を得た男の技だ、と。
バイクを用いての斬撃だった。
三機に向けて加速するシンゾーは勢いそのままに大地を斬る。前輪を軸に描くは円。硬度は威力に、速度は鋭さに、三機のモノズはシンゾーが駆るバイクによる打撃をその体に叩き込まれた。一切の減速無く、加減無く叩き込まれた一撃は頑強なモノズ・ボディで有っても変形させるには十分だった。
丑号、未号、午号、
「――」
だから僕も言う。
みろ。
これが僕だ。狙撃技能にて英雄の資格を得た男の技だ。
時計の、秒針が、頭の何処かで――鳴った。
引き金を引く。当たらない。知っている。
引き金を引く。当たらない。知っている。
引き金を引く。掠める。知っている。
引き金を引く。避けられる。その為に撃った。
――辰号
その指示を僕は口にした覚えがない。それでもちゃんと出したのだろう。
僕は、僕のモノズ達がやるはずだったシンゾーの追い込みを五発の銃弾でやった。辰号の射線にシンゾーを置いた。
だから後は予定通りだ。
空気を焼きながら態勢を崩したシンゾーに迫る光の帯、レーザー。
光の速度のそれを、シンゾーは、避ける。
地面に倒れた状況から、またもなされるバレルロール。高さは無い。速さは無い。それでも避け切る。躱し切る。
それはあり得ないことだった。体制を崩した状況から光速で迫る殺意を避けると言う、それはあり得ないことだった。
だが、それでも――
「知っていたよ」
世界中の誰もが終わったと言っても、僕だけはシンゾーが躱し切ると知っていたし、信じていた。
僕は、引き金を引く。
空中で踊るシンゾーの背中を撃ち抜いた。
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