焼死体
シンゾーは動かなくなった。
そうする為に行動をしたのだから、そうなってくれないと困る。
僕は伍式に空の薬莢を吐き出させながら、ゆっくりと息を吐き出し、物陰からこちらを窺っている人影に声をかける。
「これで、依頼達成と言うことでよろしいでしょうか?」
「えぇ、えぇ、えぇ! 依頼の完了、確かに見届けました。素晴らしい腕です、トウジさん! あはは! 本当に殺しちゃったんですねぇ! あの人! どうです? 気に成ったりしませんかぁ? ほら、今からでも顔の確認とかした方が良いんじゃないですかぁ~? ほら、もしかしたら……知り合いかもしれませんよっ! あはははははっ!」
楽しそうに笑う。プリムラさん。
嬉しそうに笑う。プリムラさん。
「いえ、遠慮しておきます。では、モノズ達が心配なので、これで……」
僕はそれに背中を向けて歩き出した。
その背中に一際楽しそうな笑い声が浴びせられる。
少しだけ、空しくなった。
職業に貴賎なしとは良くもまぁ、嘯いたものだ。
有るに決まっている。
取り敢えず、今回の僕の仕事がどちらかは言わないでおくとしよう。正直、あまり考えたくは無い。それなり以上の痛手を負った。シンゾーにやられた僕のモノズ達は、幸いにも命に別状は無かったが、モノズ・ボディは五機程買い直しが必要だし、クリスタル部分も損傷が大きいため、丑号、未号、午号の三機は一週間、亥号に至っては一ヶ月は戦線に復帰できないと言うのがクリスタルアーティストである草さんの判断だ。
それに、ターゲットが、ターゲットだった。正直、得た物よりも失った物の方が大きい。
今、シンゾーの兄弟はイービィーが面倒を見ている。
今回の話が終わるまでは未だ安心できないからだ。
だから、今日、僕はドギー・ハウスの両開きのウェスタンドアを押し開けた。
仕事を終わらせる為だ。
「トウジさん」
呼ばれる。そちらを向く。
白いワンピース。肩に掛かる薄桜色のストール。酒場にどうにも不釣り合いなお嬢さんが、背後に一人のボディガードを立たせて、手招きしていた。
僕もテーブルに付く。入口に背中を向ける形になるので、少し嫌だ。この時代、背中をフリーにしておくと言うのはどうにもよろしくない。……だが、まぁ、仕方が無い。腐ってもプリムラさんはお客様だ。入口を背負わせる分けには行かない。
仕事であると言うことを理解してくれているのだろう。ポテトマンがティーカップに入れた紅茶とクッキーを持って来た。酷く、場違いな様な気がして、少しだけ僕は笑った。
「……ボディガードが一人足りないようですが、何かあったんですか?」
「? あぁ、連絡が付かないのです。もう、クビですよ、クビ!」
「そうですか。事件にでも巻き込まれていないと、良いですね」
紅茶に口を付ける。僕はバカ舌の為、特に何も感じなかった。
「僕も友人が一人、事故にでもあったのか連絡つかなくなりました」
「ふふ、――え、えぇーそうなんですかぁー、た、大変じゃないですか、ふ、ふふ、あはははっ! ご、ごめ、ごめんなさい、でも、あは、あははははははっ!」
「……行儀が良いですね、社長令嬢?」
「こ、これは失礼しました猟犬さん。あー、笑った、笑った、笑いました。それで、こちらが今回の報酬、二百万Cです」
差し出された小切手を受け取る。「失礼します」言って、端末を取り出し小切手を読み取り、電子マネーへと変える。二百万C。しっかりとあった。
「確かに、頂戴しました」
「はい、それで、ですね。トウジさん、今回、モノズ壊れちゃってお金有りませんよね?」
「そうですね。正直、大赤字です」
「私、そんなトウジさんの為にお仕事持って来たんですよぉ~」
「意外ですね。プリムラさんは僕のこと嫌いだと思っていました」
「まさか、大好きですよぉー、あはははははっ!」
「そうですか」
それは、それは、ありがとうございます。僕はぺこりとお辞儀をした。
「ですが、また嵌められたくないのですが……」
「嵌めるなんて人聞きが悪いっ! 私、契約書にちゃんと書いていましたよ? トウジさんの自業自得ですよね?」
「……まぁ、実はそうですね。ですが、今回のことを受けて、僕は一人で契約を結ぶことを禁止されていましてですね……共同事業者に相談しても良いですか?」
「えぇ、構いませんよ、一度持ち帰られますか?」
「いえ、大丈夫です。実はこの後、仕事を受ける予定でしたので、その内、来ます。そこで見せてしまいましょう」
「あら、タイミングがよかっ―――――――――――――――――っ!!」
プリムラさんが固まった。
目を見開いたまま、間抜けそうに口を開けて、僕の背後を見ている。ウェスタンドアが開く気配。あぁ、成程。
「悪ぃな、速くき過ぎちまったみたいだ」
「いえ。良いタイミングですよ――」
僕は狙撃手だ。
クールな狙撃手だ。
だからどこかの社長令嬢みたいにケラケラ笑わないし、間抜け面を晒したりしない。
テーブルの上で手を組む。浮かぶ笑みを誤魔化す様に、その手で口を隠す。
「
僕は、手で隠してニヤリと笑った。
「こちらのお嬢さんから仕事を貰いました。これがその契約書です」
「……読んだか?」
「……いえ」
「一応、読んでから渡せや」
「――、」僕は露骨に嫌な顔をした。「……」シンゾーは何かを諦め、近くの椅子を引き寄せ、読みだした。
「却下だ。拘束期間の割に、
「シンゾー、失礼だぞ。そのクズの御前です」
「……お前のが失礼だよ」
知ってるよ。
「なっ、何で生きてるんですかッ!」
プリムラさん、突如の大絶叫。酒場中の視線が集まる。鼓膜がびりびりした。びっくりした。
「どうか、しましたか、クズ?」
間違えたプリムラさんだ。でも言い直すのが面倒だ。このままで行こう。それに――
「貴方、何で生きてるんですか!?」
ほら、プリムラさんも気にしていないみたいだ。
「流石は社長令嬢だ。行き成り哲学的な質問ですね。それで、シンゾー?」
「……俺が生まれて来た証を世界に残す為に生きてんだよ」
「超かっけー」
「ありがとよ」
賞品をどうぞ、とお茶請けのクッキーを手渡す。バリバリ。食べられた。
「そう言うことでは無くてッ! 貴方は確かに死んだはずですよ、シンゾーさんっ!」
「あれ? シンゾーもプリムラさんと知り合いですか?」
「前に仕事で揉めた」
ヘーソウナンダー。
……流石に嘘っぽい声が出てしまった。
「シンゾー謝っては? 君、プリムラさんの脳内で殺されていますよ?」
「そうだな。ワルカッタ」
オマエモカ、シンゾー。
僕は組んだ手で笑いを隠し、シンゾーは貰った契約書で口元を隠す。
「わ、私を、騙したんですか、トウジさんっ!?」
「? いえ。そんなことは無いと思いますが?」
「だったらっ! どうしてシンゾーが生きてるんですかッ!」
「『生まれて来た証を世界に残す為』らしいです」
超かっけー。
……さぁ、そろそろ切り替えよう。
ネックレスを握り、唇を舐めて湿らせる。行くか。行こう。
「あの、プリムラさん? 僕が貴方から受けた仕事はアロウン社の顔に泥を塗った
声は低く。尋問する様に。相手の眼を見る。
「なのにまるで僕にシンゾーを殺す依頼を出したみたいな言い方をしていますよね?」
――どうしてですか?
「~~~~っ、そ、れは」
言葉に詰まるプリムラさん。
「ポテトマン、確認させて下さい。依頼を偽って出された場合、僕は――いや、ドギー・ハウスはどう言う扱いをする?」
「軽ければ警告、悪質なら今後、ソイツの依頼は受けない。舐めた態度なら殺せ」
「――例えば、ですが。正体不明と言って受けさせて置いて、友人を殺す様に仕向ける様なのだと、どうでしょう? 僕は『舐められている』と思うのですが」
「そうだな。ただ、契約書もまともに読まないバカはどうだろうって話だがな」
「――だ、そうです。どうなんですか、プリムラさん?」
僕は後半の言葉は聞かなかったことにした。ポテトマンの大きなため息が聞こえた。
「こ、こんな真似をして、お父様が――」
「あぁ、エドラム・アロウンは常識人でしたよ、プリムラ・アロウン?」
アロウン社の社長であるエドラム・アロウンとも僕は話をしている。
使ったのは師匠のコネだ。
「兄弟が多いそうだな。プリムラ・アロウン」
「優秀な兄弟が多いそうだな。プリムラ・アロウン」
「
「そ、ん、」
震えるプリムラさん。『代わりが利く』お嬢様でも言葉の意味を理解できたらしい。
だから僕はたった一言だが言うことが出来る。そしてそれを実行することが許されている。
「許可は得ている――次は、
「――、――」
こちらを睨んでくるプリムラさん。
どうしよう? 殺されそうだ。どうにかしておこう。
「――まぁ、先回の仕事で死体を確認していませんでしたからね。そう言う言いがかりが来るのではと思い、ちゃんと死体は回収しておきました。辰号」
――ピッ!
唯一無事だった大型の辰号がゴロゴロ転がって死体袋を持ってくる。
「あぁ、すいません。実は念の為にルドの雷撃を撃ち込んだので、身元の判明がかなり難しくなっています」
言いながら、開ける。
黒焦げの焼死体が手足を丸めて入っていた。
一応、飲食物を扱う酒場で死体を出した結果、ポテトマンが切れそうなので、直ぐに戻す。
「どうですか?」
「ど、う、って。そんなモノ、偽物じゃないですか? だって、シンゾーは、そこに……っ!」
「――つまり、プリムラさんはコレはあの時の騎兵では無い、と」
「そう言って居るんです!」
「? おかしいですね」
だって、それじゃぁ――
「僕がこうして『見せる為』に関係ない人を殺して焼いたみたいじゃないですか?」
「――――――――――――――――――――え?」
プリムラさんの視線が死体袋に落ちる。何も言えずに、見つめている。
「ところで、プリムラさん」
ゆっくり、僕は椅子に体重を掛ける。
「ボディガードが一人足りないようですが、何かあったんですか?」
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