断章三 ハワード

 どこかで何かを間違えた。

 それだけは確かに分かったが、自分ではそれが分からない。だからハワード・ワーグマンはもうすぐ死ぬ。

 荒野で敵性宇宙人を相手にするよりは……と思い、ボディガードと言う職を選んだのが悪かったのかもしれない。

 それなりの成績を修め、アロウン社の社長令嬢のボディガードに選ばれたのが悪かったのかもしれない。

 お嬢様の命令に唯々諾々と従い、後ろ暗いこともやっていたのが悪かったのかもしれない。


 ――いや。


 騙し打ちに有った偉大な騎兵の残した子供達がどうしても放っておけず、手を貸そうとしたのが悪かった。

 そこで死んだはずの騎兵に見つかったから最悪だ。

 過っての廃都市を利用して暮らしているのだろう。ハワードが連れて来られたのは、比較的損傷が少ない地下室だった。

 特に拘束はされていない。だが、周囲を七機のモノズが囲んでいた。

 そのモノズ達にハワードは見覚えがあった。

 猟犬のモノズだ。

 終わった。ハワードの胸に絶望が去来する。

 騎兵と猟犬はグルだったのだ。

 そしてあの猟犬は人を殺せる。うっかりと秘密を知ってしまったハワードがどうなるかなど……考えるまでも無いことだ。

 地下室に案内されてからどれ位の時間が経っただろうか?

 錆び付いた扉を押し開け、一人の少年が入って来た。

 黒い髪。鋭い目つき。酷く気配が希薄な彼のことをハワードは知っていた。猟犬だ。


「……プリムラさんの命令ですか?」


 猟犬の声が地下室に響く。冷たく、低い声だ。

 ハワードとて暴力を仕事にする者だ。だからその声だけで分かることもある。

 これは尋問だ。

 そして猟犬の尋問は身体に訊く部類の物だ。

 冷たい殺意が地下室に満ちる。酷く呼吸がし難い。

 ハワード・ワーグマンは何処かで何かを間違えた。

 だから、ここで死ぬ。

 だったら最後位は、自分に正直に生きよう。

 やりたいことをしてから死んでやろう。

 大きく深呼吸をした。それだけで少しだけリラックス出来た。


「違う。――自分のリュックを、開けてみてくれ」

「? リュック? あぁ、これですか。――子号」


 爆発物のスキャンでもしているのだろう。

 荒野は危険だ。当然、ハワードもこの廃都市に来るために武装をしてきている。だが、あのリュックにはそう言った物は入れていない。何故なら、あの中に入っているのは――


「チョコ?」

「ビスケットもある。保存用の味がしないのじゃない。甘い奴だ。……子供達に配ってくれ」


 贈り物だ。

 一緒に武器を入れる気になど成らなかった。


「これ、プリムラさんの命令……じゃないですね、絶対」

「自分の意思だ」

「……何故、こんなことを?」

「子供が不幸になるのは誰だって嫌なものだからだ」

「プリムラさん」

「……真っ当な人間なら、と言うことだ」


 猟犬は無言で何かを考える仕草をする。

 腕時計を触り、次に首元からネックレスを取り出す。何かの骨で出来たネックレスだ。猟犬が、そのネックレスを弄り回す癖は前にも見たことがあった。

 ぴぴっ、ぴぴっ、と腕時計が鳴る。どうやらタイマーを使用していた様だ。

 ハワードには、その音がまるで死刑宣告の様に聞こえた。


「――次の質問です。貴方がここに来ることを知っている人はいますか?」

「? いないはずだが?」

「ご家族はいらっしゃいますか?」

「……いや、居ない」

「そうですか。でしたら行方不明になっても問題は無いですね?」

「あぁ、そうだ」


 ハワードは力強く頷いた。

 やはり、そうなったか、と言う思いも確かにある。

 だが、少し勝った様な気もしていた。

 猟犬も、所詮は底が浅い。そう思ったのだ。


「では、プリムラさんの脅迫用に焼死体でもでっち上げますかね」

「情けが有るなら焼く前に殺してくれ」

「嫌ですよ。弾が勿体ない」


 猟犬はそう言ってハワードに近付き――






 ハワード・ワーグマンは書類の山に埋もれていた。

 食料の買い付けに、防衛資材の発注、子供達へ教育を受けさせるための費用だって掛かる。

 街を造るには鉛玉だけでは駄目だ。その辺りを騎兵と猟犬は余り分かっていない。


「……そこら辺はまぁ、年相応……以下、か……」


 猟犬は打ち合わせ無しで騎兵のムカデの動力として使われているツリークリスタルを撃ち抜き、騎兵を止めたと言う。

 核が弱点だと言うことは周知の事実だ。だから、その部位の装甲は分厚く造られる。撃ち抜くには高威力な弾丸が必要だ。そして、高威力の弾丸では命に届いてしまう。

 だから猟犬は表面だけをなぞる様に狙い撃ったのだと言う。

 正直、神業だ。しかも、ただの動く的で無く、騎兵相手にソレをやってみせたと言うのだから。

 自分では決して届くことの無い高みの技能。それを見せつけた二人の少年はそれでも戦場から離れたら酷く頼りなかった。

 人数が人数だ。お金だって無い。だから、廃都市を利用してキャンプ地の代わりに使うと言うのは突拍子が無い様で居て、良い案だと思う。

 だが、それを無断でやっていると言うのが問題だ。

 少ない期間であれば、問題にはならないだろう。だが、百人近い子供達が直ぐにでも行き先を見つけられるかと言えば、無理である以上、ある程度周りに話を付けて長期間廃都市で暮らす理由を造ってやらなければならない。

 確かに廃墟に管理者は居ない。だからと言って勝手に住んで良いと言う分けでもないのだ。

 有力者への根回しは必須だ。


「……良し」


 封蝋を押す。長距離通信が死に絶えたこの時代、手紙が再び重要な地位に就いている。この手紙は取り敢えずこの廃都市から近い三つの都市の有力者へあてた物だ。


 ――開拓計画書。


 そこにはそんな文字が書かれていた。

 スリーパーの子供の扱いに関しては随分前から社会問題にもなっている。だから、もしかしたらこんな試みはもうすでに何度も試され、それでも上手く行かなかったのかもしれない。

 だが、だからと言って何もしないで良い理由には成らない。

 チョコやビスケットの差し入れでも子供達は喜んでくれる。

 だが、きっと安心して暮らせる場所を造ったらもっと喜んでくれるのではないか?

 ハワード・ワーグマンはそう考えている。

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