英雄
リカンからエースチームを回収し、モノズ達を敵陣へ送り込んだ。
アルミ製のカップに千葉の味がするコーヒーを淹れ、啜る。
荒野の夜は冷たく、吐き出す息は白い。
暗視ゴーグルが発達しても、夜間戦闘は余り好まれるわけではないようだ。戦闘音は昼間と比べるとどこか遠く、薄くなっていた。
頭部装甲を付ける代わりに、ヘッドセットを取り付け、帽子を深く被る。
僕は夜目が効く方だ。それでもこの暗闇だと流石にいつもの距離での狙撃は無理だ。
だから僕は少しだけ近づいた。
人間側の陣地の西側にある丘陵地は風で削られ、一見すると隠れる場所は少なそうだが、下からの侵入は多少は防げるし、この時間なら十分に使える。
「さて、仕事の時間だ」
呟き、僕は未号が造っていたギリースーツを纏う。何時もよりも少しだけ重く――かなり分厚い。
色は目をごまかす為の夜間迷彩色で、今回の物は未号、巳号、申号の作成班、及び化学班の合同作品で、遠赤外線の透過をある程度防ぐ構造になっている。一応のサーモ対策と言うわけだ。どこまで効果があるかは、分からない。
顔まですっぽりと被ると、酷く蒸す。暑い。我慢しよう。
――ピピッ!
端末が鳴る。見れば、この場に居る子号、丑号、辰号以外の僕のモノズ達は全員配置に着いたらしい。彼らは人間側のモノズに紛れて僕に獲物の位置を知らせる役割を担っている。
何時ぞやインセクトゥム相手にやった作戦だが、今回は若干安全だ。僕は、潜入中のモノズ達に、戦闘行動を取らない様に言い含めてある。
トロイの木馬から出てきたのが兵士だから戦いになったのであって、善良な市民であればそもそも戦いは起こらない。安心して過ごせると言うわけだ。
「子号、君はいつも通りだ。観測手を頼む。丑号、銃座を頼むぞ。辰号は――」
……
辰号と目が合う。我は? と期待に満ちた目で見てくるが、彼がここにいるのは他のモノズに紛れて見方をする演技が下手だったと言う理由だ。
つまりはそこで、へたん、となっているルドと同じだ。今回、仕事は無い。
「……ルドと仲良くしていてください」
――!?
ショックを受けた辰号が、ころ……ころ……と弱々しく転がってルドと共に待機状態に入った。
「……あー」
がりがりと頭を掻く。しまったな。言い方が悪かった。もう少し言葉を選ぶべきだった。
まぁ、仕方がない。今は諦めよう。
僕は意識を切り替える。
やることは単純に、いつも通り。
撃って、当てる。そんなわけで――
「それでは、諸君。いつも通りに
戦車の様に頭にヘルハウンドを乗せた丑号が居る。モノク設計図を弄って座席部分に銃座を取り付けられた丑号は何処となく不満そうだ。
ヘルハウンドは重いので、僕が担いで走ると直ぐにばてる。丑号には悪いが我慢して欲しい。
キルスコアを稼ぐには動き回る必要がある。変則的ではあるが、これもまた
「……」
丑号に座る。伏射が出来るスペースは無い。胡坐をかくように座り、左膝を立てる。その上に左肘を置き、左手で右の肩を抱く。安定した。膝撃ちだ。
右目でスコープを覗く。先に置いたのは顔の無い人型。ドールだ。
人間はあまり殺さないようにする。
後の処理が色々と面倒な為だ、と言うのが一つ。ドールを壊した方が僕の値段が上がると言うのが一つだ
だから僕はドールを狙う。
夜間警備の任に就いているのだろう。AKを持ち、ゆっくりと歩くドールを見つけた。先ずは、ソレだ。撃つ。当たる。上半身がサヨナラした。
突然の敵襲に騒ぎ立つ基地。サーチライトが焚かれる。六機。残弾は――四。だから四回撃って、弾を込めて、二回撃った。
マズルフラッシュで凡その位置がばれたのだろう。
火線が集まる。「丑号」。指示、動く。撃つ。当てて。吹き飛ばす。
基地内のモノズ達がわらわらと出てくる。まぁ、回り込むしかないだろう。時間は稼げる。ライトでこちらを照らそうとするも、光量も足りていない。放置――は、拙いか。
「ルド、回り込んでくる連中の足止めを頼む。無理はしないで良い。時間稼ぎだ」
ひゃん! と良いお返事。
仕事を貰ったコッペパンがロケットの様に駆けていった。
それでも、事前に得ていた情報の通り、今回の戦争はアバカスが噛んでおり、戦力の大半がモノズとドールなので、それだけで十分だった。機械がメインだと言われている戦場に立つことになった人間の戦意はあまり高くない。
動く僕に合わせて、何体かのドールが動く。
その中の一体のドールが中々に厄介だ。動きが速い――と言うより、動きが巧い。物陰から物陰へ動き、撃てるタイミングが少ない。学習の成果だろうか? アレの動きを共有されるとやり難い。
少し、嫌だな。
そう思った。
そのドールを追い越すようにヤル気に満ちた中型のモノズが飛び出してきた。『犬』の文字が見える。ソイツが、急に止まった。後ろを走っていたドールが躓いて転んだ。僕は引き金を引いた。良くやった、戌号。
その後も僕はドールを壊していった。何故か動きが良いドール程、頻繁に転んでいた。アー、フシギダナー。
「?」
ちり。首筋が焦げた。そんな感覚。同時に子号からのアラート。丑号が動き出す中、スコープから顔を外す。光点が見えた。次の瞬間、光点は光線になっていた。
「――しまッ、光学兵器!」
僕を探し、光線が夜を焼きながら大地を削る。横になぞる様に動くその先には僕が居た。
照射時間が長い。しばらく撃たなかったのはタイミング等も有るだろうが、この照射時間を確保するためか? やってくれる。
本数。七本。つまり、モノズ、七機。
「丑号、駆け上がりながらズレろ!」
斜めに駆け上がる。
横に避けるだけの時よりも光線が迫る速度が速い。子号も辰号も逃げる。当たり前だが、僕とヘルハウンドを背負っている丑号が一番遅い。光が僕らを照らした。
――追いつかれる!
「丑号、ヘルハウンドを離せ」
その、タイミング。
固定を外したヘルハウンドを抱きかかえ、僕は丑号から飛び降りた。
軽くなった丑号が逃げる。僕は高低差を生かし、ビームの下を潜ってやり過ごし、そのまま斜面を滑る。「カウント2でロック。1、2――」
かちん、と外付けの肉体が固まる。半呼吸の後の未来を撃つ。放たれた弾丸が到達するよりも前に自由になった手を動かし、レバーを煽る。次弾、装填。撃つ。光線の一つが減っていた。一発目が着弾した結果を確認しながら、次。次。あぁ、外れたな。良い次。
砂にまみれながら斜面を滑り、成したのは
「――――――」
僅かな間だ。それは間違いない。
なのに、吐き出した息は一日ぶりの呼吸の様に感じられた。
今のは、やばかった。ヘッドセットのマップを確認、子号、丑号、辰号は無事だ。そして子号は仕事が速い。仕留めていない三機の位置情報を送ってきた。
弾丸を込める。
引き金を引いて、レバーを煽る。
それを三回繰り返した。
戦場が移る。
「と、言うわけだ。リカン」
「気の利いたお土産であるな、ラチェット?」
――持ってやるから少し休め
と、後ろに追いやられる。少し、言葉に甘える。もっさもさな携帯食料をもそもそ食べて、水で流し込む。五分、目をつぶった。腕時計のアラームと同時に目を開ける。頭部装甲を纏う。クロスボウを持ち、塹壕に隠れたまま撃つ。手鏡の代わりに子号を目に使い、ブラストボルトでドールを撃って行く。
炸裂する矢は中々具合が良い。何機かのドールの上半身を吹き飛ばした。
「? ……あぁ、来たか」
不意に、背後に人の気配。振り返ればスーツを着た糸目の男が立っていた。
塹壕の中に突然現れたその男に周りのトゥース達が構えるが、僕はそれを手で制止する。
「査定は済みましたか、えーと……」
「スエン、でございます。トウジ様」
柔らかく礼をして見せる男、スエン。
「そうか。それで?」
「完了しました。貴方様は英雄と十分な資質を示されました」
「そうか。では
「畏まりました」
僕はリカンに一言詫び、モノズとルドの指揮権を預ける。
そうしてから糸目の男の案内に従って歩いて行く。
目的地は『本命』の居る所だ。
自分でやったとは言え、人間側の基地は中々の混乱具合だった。
所々にドールとモノズの残骸が転がり、稀に人間が在ったであろう名残も見て取れる。腐る人間はさっさと片付けたが、腐らないドールとモノズはそのままなのだろう。
追った狙撃手の追加情報を求める声に混じり、狙撃手を追った結果、突発的に発生してしまった夜間戦闘の報告が飛び交う。
本当に酷い混乱具合だ。
何と言っても、コレをやった僕が堂々とその中を歩けている。
と、九機のモノズが大量のモノズに囲まれていた。多分、先の戦闘において色々やらかしたモノズなのだろう。どうやら責められているようだった。
その九機はそれなりに腕が立つようで、暴力で制裁を加えようとする大量のモノズを威嚇していた。
「行くぞ」
知っているモノズだったので回収した。
この場で口に出してお礼を言うことはできないので、言葉に出さずに端末でメッセージを送る。『助かった。ありがとう。怪我はないか?』。回答は、問題なし。
それを確認して僕は端末をしまった。
一際大きな建物に辿り着く。何やらスエンと見張りが揉めている。
――あぁ、察したか。
そう思う。逃げられても面白くはない。
「スエン、買った物にサービスを付けられるだろうか?」
「……と、おっしゃいますと?」
「揉み消せるか?」
僕は顎で門番が守る建物を示す。
「……可能で、ございます」
スエンは少し嫌そうだがそう言った。
返事を受けた僕は頭部装甲を纏い自動拳銃を抜き、二人の門番の足を撃つ。
「――ッ、テメェ!」
「寅号、申号」
何かを言いかけた門番二人の首が飛ぶ。
「亥号、午号」
周囲が僕らに向かって動く中、扉を吹き飛ばす。勢いそのままに中に雪崩れ込む。
「卯号、酉号、先行、戌号、護衛。巳号だけ残し、後は追え」
先の角までの偵察を出し、入り口に殺到する敵に向けて、手榴弾を転がし、奥へ進む。先行部隊からのクリアを受け、進む。
「巳号、未号、燃やそう」
通路に延燃材を撒き、火を付ける。勇気ある特攻部隊の一人が巻き込まれた。上がる叫び声。人間の追撃が止まる。ドールが来た。
「スエン、未だ止めていないのか?」
聞こえてきたのは「申し訳ありません」。僕の首に貫き手を放とうとしていたドールが機能を停止する。続くドールもだ。狭い通路が動かない人型と炎で塞がった。あぁ、これを待っていたのか。やるじゃないか、スエン。
「亥号、未号、酉号、戌号、後方警戒」
「卯号、建物のマップを造れ、スエン、案内しろ」
「申号、寅号、巳号、周囲警戒」
「午号は僕の護衛に」
指示を出し、目的地に向かい歩く。
たまに出てくる警備を撃ち、斬り、黙らせ、進む。
分厚い鉄の扉が見えた。
「午号」
吹き飛ばす。扉と共に入った午号に続き、巳号がスモーク弾を撃ち込む。視界が制限されたところに寅号、申号が中に滑り込み、制圧する。卯号からも、おっけー、が出たので僕も中に入る。
廊下からは後続部隊と戌号達の銃撃戦が聞こえていた。
「何もんやぁ!」
タヌキ社長が部屋に入ってきた僕に向かって叫ぶ。
あぁ、そうか。煙が晴れていないのから分からないんだな。
「さて、誰だと思う? 三択だ。選べ」
僕は部屋に響くように言いながら進んだ。
「一番、ピザ屋」
それでもゆっくり煙が晴れて行く。
「二番、タチの悪いピザ屋」
視認できる位になったので頭部装甲を外す。
「三番、猟犬」
煙が晴れた。切り倒された護衛と、タヌキ社長、それと――マーチェが居た。
「猟犬――ッ!!」
「正解だ」
それでは、さようなら。
正解のご褒美に何時かのお礼をトッピングしてのヘッドショット。タヌキ社長は天国のタヌキ市長の下へ旅立った。
「やぁ、マーチェ。久しぶりだな」
会いたかったよ、と僕。
「えぇ、お久しぶりでございます、トウジ様」
相も変わらずにニコニコとマーチェ。だが、その目は僕の後ろに立つスエンに向いていた。
「? どうした、知らないわけではないだろう?」
「えぇ、存じております。ですが、何故ここに居るのかが――」
「茶番は止めよう、マーチェ」
言い放つ僕にマーチェがゆっくり向き直る。
「わかっているんだろう?」
「君はもうアバカスと連絡が取れない」
「だから逃げようとした。門番に僕らを通さないように言った」
「だが悪いな。来てしまった」
「でも仕方がないだろう?」
「商品の受け取りのためだ」
商人ならばその大切さはわかるだろう? と、僕。
「商品、でございますか?」
「あぁ、そうだ。僕は君を買った。僕を英雄として売ってな」
「……ワタクシどもへの評価は最悪だと以前――」
「いや、君への評価だ。君を庇うならアバカスと敵対するつもりだったがな……」
「……何故、そこまでワタクシのことを?」
「言っただろう? 『殺してやる』と。だから来た殺しにな」
「そうではなく、その理由を」
「あぁ、なんだ。そんなことか。簡単だよ、マーチェ。君は僕の目の前で子供を殺した。見て見ぬふりは僕の得意分野だが――」
アレは無理だよ。
アレは見て見ぬふりは出来ないよ。
「――――――――――――――――――――――――――そんな、ことの為に」
マーチェがそこで初めて表情を崩す。信じられないとでも言いたげに、僕を見る。その瞳の色に未知への恐怖が見て取れた。
「ん? 『そんなことの為に?』」
「――貴方は人間と敵対する危険を冒したのですか? アバカスに自分を売ったのでございますか? リスクとリターンが見合っていないと思われますが?」
「そうだ」
「――狂ってる」
聞いて、僕は嗤う。
「リサーチ不足だな、マーチェ」
「?」
「カルテにも書いてある」
――僕は狂ってるよ
引き金を引く。
部屋の中に死体が一つ増えた。
あとがき
ラチェット編、終わりです。
書き溜め期間に入りますので、一応、完結にさせてもらいました。多分、1~1.5ヵ月程。
誤字、脱字の修正も併せてやってきます。
おまけ短編とかは……に、二週間以内にあげます。
お気に入り、レビュー、コメント、とても励みになってます。
次のガン・ドッグ編が一応、最終の予定ですので、最後までお付き合い頂けたらなぁー、と思ってます。宜しくです。
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