ヘルハウンド
ソレは終わった兵器だった。
そのカテゴリーの兵装の歴史は第二次世界大戦の半ばで終わりを迎えていた。
歩兵が携行可能な範囲で強化をしても、その用途を果たせなかったと言うのが一つの理由だ。
だが、今の時代にソレは再び歩兵の兵装としての価値を持った。
モノズと言う労働力が、一流の工兵がソレを可能としたのだ。
威力が足りないのなら、大きくすれば良い。
大きくて運用が難しいのならば、その場で組めば良い。
重くて運搬が困難ならば運ばせれば良い。
アキトの設計思想により、問題の本質を解決しないまま、力業の運用方法でソレは再び戦場に轟音を響かせる。
対戦車ライフル。
ソレが歴史に消えた兵器の名。
「……子号、観測用意」
僕はスコープの中に世界を置く。
いつもよりも倍率が高い世界は、いつもよりも狭く、遠い世界を見せてくれる。
カミサワ重工製 大口径ボルトアクション式対戦車ライフル
ただし、そのカスタム品。
この世にただ一つのワンオフ品。地獄の一つから名を貰った無間、その
それがこの黒く、大きな銃の名前だ。
覗き込んだ世界の先に置いたのは敵の迫撃砲。
味方陣地の後方高台。そこに陣取った僕は下の世界では見えなかった景色を手に入れる。
迫撃砲の弾道は放物線だ。
故に、塹壕の中に本体を設置しての運用が可能となる。
見下ろす世界にはそんな迫撃砲と、ソレを運用する皆様が見て取れた。
皆様は顔の無い人型だった。のっぺらぼう。マーチェがドールと呼んだ文字通りの動くお人形だ。
「ははっ」
笑う。
良いね。良いな。
有り難い。アレならいくらでも殺せる。罪悪感を感じずに済む。
引き金を引く。弾道観測。子号から送られてきた修正情報と自分の感覚をすり合わせる。右へ。撃つ。当たった。食い千切った。
「死にたくなければ耳を塞げよ、お人形。そこは
胸に着弾した弾丸が運動エネルギーを爆発させ、上半身を粉微塵へ代える。再生などさせてやる気は更々ない。その為のヘルハウンドだ。
重たい銃身は跳ね上がることは無い。
左目に移した世界をもとに、右目の中の世界に次のドールを映す。撃った。繰り返した。
迫撃砲の裏にドールが書かれた。
ヴィジョン。
想像する。何処にいるか。迫撃砲を破壊した後の弾丸の軌道を。想像する。想像した。撃つ。迫撃砲を貫き、ドールが砕ける。――あぁ、ダメか。当たり所が宜しくない。死んでいない。
弾道観測を含めたソレで仕留められたのは三機。迫撃砲の影に隠れられると少しきついな。それが分かった。
ガリガリガリガリガリ――。
金属音を響かせながら次発装弾。
売って、殺して、五回やって、弾を込めて、また撃つ。
僕はこれを繰り返した。
迫撃砲を使えば殺す。迫撃砲に近づけば殺す。だから迫撃砲を使うな。
弾丸に込めるのはそんなメッセージ。
徐々に砲撃が少なくなってくる。戦場の様相が様変わりしてくる。こちらの砲撃だけが行われ敵陣を蹂躙する段階へと移った。だから相手側が次の手に移るのは当然だ。
こちらの砲撃を黙らせ、攻め込む歩兵を止めるために騎兵隊が出てきた。
二輪に四輪。荒れた大地をボールホイールが駆け抜ける。リカン達は塹壕などを使いながら対応しているが、少しきつそうだ。ボールホイールの走破性は結構理不尽だ。
僕はそちらの援護に回ることにした。
「――。――」
息を吸って、吐いた。
切り替える。ドールを撃っていた頭から、荒野を走るモノズを撃つ頭へ。
少しだけ、前。
狙った獲物の数秒後の未来に向かって引き金を引いた。
当たった。
四輪の装甲車がバランスを崩す。リカンがそれをチャンスと捉え、車群に向かって飛び込んだ。四本の腕に、二丁のガドリング。
どくん、と脈打つリカン愛用の生態型兵装が吐き出すのは、これまたリカン自身が造った骨の弾丸だ。
装甲車を先頭に、盾として使いながらの
固まっていた騎兵達は、装甲を貫く弾丸の雨に良い様に散らかされて行く。
トゥース側の理不尽さだ。
個体により、製造できる武器の性能にばらつきがあるせいで、リカンの様な極端な奴に当たると従来の戦法が飲み込まれる。
あぁ、実に理不尽だ。
だからそんなリカンを狙い、攻撃が集中する。
近い敵はリカンにどうにかして貰おう。
カウンター・スナイプ。
僕が狙うのは遠くの同業者だ。
少し前まで砲撃部隊にちょっかいを出す僕を狙っていた彼らだが、今は直近の脅威、リカンに対応している。寂しいので、もう一度こちらを向いて欲しい。だが――
「――リカン」
『どうした?』
「狙撃手に狙われている。隠れてくれ」
『……撃てないか?』
「少しきついな」
距離がある。高低差がある。狙撃手の数が多い。銃が未だ僕に馴染んでいない。
「戌号、申号が一時的に戦線を持つ、酉号を追って下さい」
『了解だ』
リカンの返事を受けて、引き金を引く。
確実に当てられるという確信はないが、威嚇は大事だ。
当たった。
スコープの中に赤が映った。
ドールだと思っていたら人間だったようだ。ならば――
もう一度、引き金を引く。
当たった。命には届いていない。胴を狙ったソレは相手の腕に当たった。いや、正確には腕にも当たっていないだろう。だが、それでも十分だった。ムカデを着た腕であれど、対戦車ライフルの一撃は掠めるだけで腕を持って行く。
メッセージは、『狙っているぞ』。
流石は同業者だ。僕の言葉は正確に理解して貰えたようで、すっかりと動きが鈍くなってくれた。ここでの僕の仕事はここまでで良いだろう。D.Dに連絡を入れ、『本命』に行くことにする。
「……よし、行こうか、午号」
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