断章 ワイルドハント

 赤土の大地に緑色の無機の木々が並んでいた。

 荒野に生えるツリークリスタルは逞しさよりも、何処か取返しの付かない退廃的なモノを感じさせた。


 ――いや。


 戦場でも、否、戦場だからこそ、優雅にスーツを纏う犬顔のトゥース、D.Dはその考えを否定する様に軽く首を振った。

 世界は変わらない。

 赤土の大地も、そこに生える無機の木々も、三百年前から変わらない。

 それでも今、退廃的なモノを感じるのは一重に今が戦の最中だからだろう。

 遠くから絶え間なく響く迫撃砲の観測砲撃の音が空気を震わせる。運悪く塹壕に落ちたソレが土塊を巻き上げ、悲鳴を上げさせることなく死体を作り出した。


「――」


 肩に掛かった土塊を軽くはたき落としながら、D.Dは言い知れぬ思いを抱いていた。

 血が騒ぐ。内臓が持ち上がる様な寒気がする。呼吸の度に吸い込む空気に混じる鉄錆の匂いが言いようのない“ナニか”を呼び起こす。

 トゥースはツリークリスタルの影響により進化――と、言うとウルサイ連中が居るので止めて――姿を変えた者達だ。

 その変化の方向は戦う為に向いていた。

 つまり、トゥースは戦う為に生まれて来た種なのだ。ならば戦場で昂らないはずがない。

 D.Dはそんなトゥースらしいトゥースだった。

 だが、中にはそうでは無い連中もいる。そんな臆病者は何時だって戦場から逃げる理由を探している。


「フン」


 だからこそD.Dは優雅に歩く。さも『ここは日常だ』とでも言いたげに。何も恐れることは無いとでも言いたげに。……それでも同族の不甲斐なさに少しばかり鼻息を荒くしながら。

 だが、現状をどうにかしなければならないのも事実だった。

 そろそろ観測砲撃が終わる。狙いを付けての爆撃が来るだろう。

 合わせて敵方は交通壕を掘り進めている。

 モノズと言う一流の工兵を大量に抱える人間どもは『こういう戦い方』が上手い。

 方針は大きく分けて二つだ。攻めるか、守るか。

 守るのは性に合わない。攻めよう。攻めるのならば――


「……狙撃兵が欲しいな」


 絶賛で家出中だという従妹の少女が浮かんだ。

 あのレベルとまでは行かなくとも近いレベルの狙撃兵が居れば迫撃砲の射手を狙えるだろう。


「――いや」


 その考えを追い出す様に軽く首を振る。

 この砲弾降り注ぐ中、精密狙撃を行える様な者を探すのは時間の無駄だ。適当に編成した狙撃部隊にプレッシャーを与えさせ、その間に騎兵を迂回させる――辺りが無難だろう。


「やれやれ、人間相手に手古摺るとは、我等も随分と情けなくなったものだ」


 ため息を吐きだすD.D。

 そんな彼の下へ一人の狙撃兵が現れたのはその二時間後だった。








 半場、駄目下で掘り進む交通壕の中は死の匂いが漂っていた。

 四本の腕を持つトゥースの歩兵、リカンはソレを感じていた。

 本戦力として未だ道を走らずとも、降り注ぐ砲撃はほぼ満遍なく死を巻き散らしている。

 無論、来るのは砲撃だけではない。

 その砲撃を恐れずに進むことが出来る戦力が相手側には有った。

 モノズ。一つだけの瞳を持つ生きた金属球は砲撃を隠れ蓑にするようにしてリカン達が隠れる塹壕に強襲を掛けてくる。

 塹壕と言う限定された空間において、この小さな襲撃者は中々に厄介だ。真っ直ぐに掘られているわけではないため、小さな彼等には使える死角が多く。酷く戦い難い。

 今もまた、近くの塹壕から悲鳴が上がる。その悲鳴は直ぐには消えることなく、長い時間響き渡っていた。

 嬲っているわけではない。

 単に、そう言う種類の攻撃なのだ。

 火炎放射フレイム・スロアー。何時ぞや雇っていた傭兵が使っていた延燃性のドロッとした重たい液体を炎と共に吹き掛けるソレは一度装甲に付けば容易には剥がれない。

 燃える外骨格を纏っていてはまっとうには動けない。まっとうに動けないのだから、更に喰らう。そうして辿り着く未来は火達磨になり、叫んで、転がって、死んでいくだけだ。

 リカンの居る壕にも二機のモノズが転がって来た。

 周囲の悲鳴に押されていた部下の何人かが、反射的に距離を取ろうとする。

 悪手だ。


「引くな! 前に出ろッ!」


 それを叱咤し、先陣を切ることによりリカンは部下へ道を示す。

 四つ腕のリカン。

 その二つ名に恥じぬ四闘流である彼は今、四本の腕に四振りの曲刀を握っていた。

 吹き付けられる炎を前に出した二振りで受け止め、獅子の脚力でもって一気に距離を詰める。

 火炎放射の為に開かれた口に燃える二刀を突っ込み、残る二刀の柄で思い切りその頭を強打し、口を閉じさせる。

 核のクリスタルは兎も角、内側に燃える刀を入れられ無理矢理口を閉じさせられたボディはこれで壊れた。


 ――何とかなったであるか


 肺に残った空気をゆっくり吐き出すリカン。

 そこには確かに油断があった。隙が有った。

 だからそこを狙われた。当たり前だ。ここは戦場なのだ。

 頭上から振る大型の球体。金属で出来たソレはその重さだけで十分な凶器だ。伸し掛かられる。四本の腕で押し返そうとするも、その抑える手を押しのける様に側面から刃が飛び出した。そこから回転を始めて切りつけるのがモノズの斬撃だ。


「やらせんッ!」


 刃を掴む。

 纏った生態型の強化外骨格が青い血を流す。四本の腕の筋肉が膨れ上がり、モノズの回転を完全に止めた――はずだった。モノズの目が瞬く。刃がゆっくりと動き出す。


「ッ! 亜種かッ!」


 一瞬の瞬発力に優れた亜種ツリークリスタル。

 今回の戦争で奪う予定の鉱山でとれるソレがリカンに牙を剥く。


「ぉ、ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」


 叫び、リミッターを解除し、押しとどめる。それでも均衡は一瞬、再度周り始めた刃を見て、リカンは頭突きをかます。軽く、浮いた。

 その隙を生かすべく追い付いた自身の許嫁であり副官でもあるヴァイゼが槍を突き刺す。狙ったのは核であり、命でもあるモノズの目だ。


「大丈夫ですか?」

「助かった、ヴァイゼ。余裕である……と、強がりたい所ではあるがな……」


 リカンは軽く肩を竦める。

 砲撃に動きを封じられ、思う様に動けない自分達に対し、爆撃を受けても吹き飛ぶだけで済ますことが出来る金属球のモノズ達とでは、この戦場で戦うには部が悪すぎた。


「打って出るしかありませんな」

「で、あろうな」


 昆虫の複眼を持った男、部下の一人として付いてきたフリーゲの言葉に重々しくリカンは頷く。このままではじり貧だ。

 だが、無策で飛び出れば砲撃の雨に晒される。


「……砲撃をどうにか出来れば良いんですがね」

「恐らくそれは敵もそう思っているであろうな」


 向こうも、こちらも、リカン達が居る戦場よりも多くの砲撃を互いの迫撃砲目掛けて放っていることだろう。それでも未だに爆音が止まないのは……まぁ、そう言うことだろう。

 迫撃砲での打ち合いは互角だ。

 だが、塹壕内での戦闘はお世辞にも互角とは言い難い。こちらが負けている。何と言っても、こちらの兵に犠牲は出ているが、向こうの兵には犠牲は出ていない。比較的簡単に補充できる兵器だけしか壊せていないのだ。


「ふん、次が来たか。人間め、自分では戦場に立たずに次から次へとボールだけを送り込み――ん?」


 リカンの言葉が途切れる。

 塹壕に新たに入って来た三機のモノズには見覚えがあった。

 黒いペイント。目の周りは十字に象られ、その淵は赤で塗られる。犬、猿、雉、と白で書かれた文字にも見覚えがあった。

 その証拠に向こうもリカンを見つけると、馴れ馴れしく寄って来た。


『やぁ、ガブリエル。一週間ぶりだ』


 そしてそのモノズから人間の声がした。


「ラチェット?」

『あぁ、そうだ。僕だ』

「……何をしているのであるか? もしかして――」

『あぁ、上手く行った。ゲリラ戦の戦果を手土産に僕はD.Dに雇われた』

「そうであるか」

『うむ。そうである。だから僕は君を助けに来た』

「助けに?」


 通信機越しの声に僅かに笑いが混ざる。

 それは戦場で過って聞いた声だった。自分が飼っていた犬の楽しそうな声だった。


『迫撃砲が邪魔なのだろう?』

『僕が始末しよう』

『だから君達は飛び出せ』

突撃チャージだ』

『仕事をしろ』

『蹂躙しろ』

『援護は僕がする』

『何、奴等は全員、僕の吠え声の範囲内だ』


 淡々とした声が響く。


「……出来るのか?」

『……どうした? 耄碌したのか? 僕にガブリエルの猟犬ガブリエル・ラチェットの名を送ったのは君だろう? 吠え声を聞いた奴等は全員死ぬ。僕はそういう種類の犬だよ』

「そうであったな……では、洒落込むとしようか、ラチェット?」

『あぁ、洒落込むとしよう、ガブリエル』


 一息。


 ――ワイルドハントだッ!






あとがき

この章が終わった後のおまけに関するものです

「小説家になろう」の方で


・簡易設定集と用語集

・トウジinレオーネ氏族中のE.B短編


と言う二つが提案されたので、書くつもりなのですが、他に短編とかで読みたい話ありますか?

あればコメントなど頂けると助かります。

以上です。

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