雛型

 食事の取り方には個性が出る。

 例えば、僕。基本的に人付き合いを苦手とする僕は、外食時は通いなれたドギー・ハウスか、サービスがマニュアル化されてややそっけないチェーン店を好む。水がセルフだと最高だ。

 例えば、イービィー。種族のハンデを物ともしない程度に人好きする彼女は個人でやっているやけにアットホームな店や、店員が無駄に話しかけてくる立ち飲みの様な店に好んで行く。

 そしてシンゾー。彼の場合は屋台で食べるのを好む。ストリートチルドレンよりも少しだけマシな子供達がやっている様な店だ。

 精一杯やっているのは分かる。だが、それだけだ。指導者もおらず、仕入れルートも確立されていないので、味は良くない。せめて……と、量は多くしているが、それすらも大量仕入れでやっている様な店より少なく、味もそれに劣る。

 それが子供達がやっている屋台だった。


「カレーセット大盛で一つと……」

「同じくカレーセット大盛。それと、じゃがいもをふかしただけのモノは出来るだろうか? ――あぁ、出来る? ではソレもお願いします。そうだな……」


 足元にてアホ面丸だし。体高の低さ故に地面に近く、その反射熱がきついのか舌を出しているルドを見る。どんぐりの様なつぶらな瞳は何が楽しいのか、くりくりしている。手を伸ばし、腹の肉を摘まむ。結構、摘まめてしまった。普段は三つだが――


「二つお願いします」


 ぴー、と悲し気にルドが鼻を鳴らしたが無視をする。

 辛さの指定すら出来ないカレーセットが唯一のメニューである店の客入りはよろしくない。三つ出された立ち食い用の丸テーブルには僕とシンゾーしかいない。


「付き合わせて、悪かったな」

「自己満足に、ですか?」

「……うるせぇ」


 一食、ここで食べた所でたかがしれている。シンゾーもそれは分かっているのだろう。声にはどこか覇気が無い。


「やらねぇ善よりも、やる偽善だ。無駄じゃねえだろ?」

「そうですね。ただ、間違えない方が良い。上から目線だ。使って『やってる』。そうだろ?」

「……なぁ、おい。止めようぜ。飯は美味く食いてぇ」


 予め炊いてあるご飯にカレーを掛けるだけだ。付け合わせのサラダと共に、二つのトレーが運ばれてくる。運んで来たのは先程注文を取りに来た女の子――では無く、厨房に居た男の子だ。僕等の会話を聞き、危ないと思ったのだろう。

 丁度良い。


「だが事実だ。好んでこの店を使う奴はいない。シンゾー、君の様に使って『やってる』人以外はな……」


 そうだろう? ごく普通の家庭のカレー。それも具が少ないモノにスプーンを指しながら。


「おい、止めろ。――あぁ、わりぃ、何でもねぇからよ。気にしないで戻――」

「らない方が良いだろうな。現状が拙いと思っているなら」


 巻き込まない様にと思ったのだろう。少年を帰そうとするシンゾーの言葉を遮り、煽る。少年は帰ろうとして――留まった。


「……何が気に入らねぇ? 昼食に誘ったのが悪かったのか?」

「君が現実を見て、見ないふりをしているのが気に入らない。それが出来ていない癖に、出来ているつもりになっているのだから最悪だ」


 下手糞が。

 見て見ないふりをするなら心を動かすな。僕の安い挑発など軽く流せ。


「同情は続かないよ、シンゾー」

「おい、こら。その辺にしろや。そろそろ黙らせるぞ、テメェ?」

「牧羊犬に成りたてだからか? 吼えるのが下手だな、新人ニュービー?」


 がうがう。口の横で、右手のお口で、こう吼えるんだよ、とお手本を見せる。

 ぎり、と鳴ったのは何だろうか? シンゾーの握るスプーンかもしれない。

 この距離ではあっさりと僕は負ける。

 だから、肩を竦めて「冗談です」。遅れて運ばれて来た、ふかし芋をルドに与えて、自身も「頂きます」。水加減を間違えたのか、これからも煮込み続ける前提なのか、水っぽいカレーをガツガツと食べきる。

 睨むシンゾーを無視する。

 困ったように佇む少年も、その少年の袖を引く少女も無視をする。

 無視して、食べ切り、御馳走様。テーブルの上に千C分のクリスタルを置いて、荷物をまとめる。


「あぁ、そう言えば――また僕等のキャンプ地に子供が増えたらしいぞ、シンゾー」

「困ったものだ」

「だが、僕等は拒まない」

「仕方がない」

「僕等を頼って来たんだ、放り出すなんて出来ない」

「辿り着いたのなら、面倒を見るしかない」

「来るもの拒まずと言う奴だ」

「そうだろ、シンゾー?」


 周りに聞こえる様に、言うだけ、言って、うっかりとキャンプ地の座標のメモをテーブルに置き忘れてから、お先に失礼。

 擦れ違う瞬間に、シンゾーの肩を叩いて、『こうやれ』。『無理はするな』。


「……ハワードから聞いてねぇわけねぇだろ? 財政は、厳しい」


 省略したのは『だから俺は諦めたんだ』だろうか?


「話が繋がらないですね。まるで、僕がキャンプ地に新しい子供を連れて行ったみたいじゃないですか。僕は、そんなことはしていない」

「……」

「仮に財政が厳しいなら働けば良いかと。牧羊犬シェパード、君に悪役ヒールは真似事すら無理だ。諦めろ。君は甘いんだから。変に引っ掛かりを造るくらいなら、取っ払って全力で働け」


 僕と君では根本から違う。諦められる僕と、諦められない君では違い過ぎる。


「それでもよ、全員は無理だろ? こいつ等は、まぁ、それで行ける。だが次は? その次は? どうしたら良いってんだよ? こいつ等と、助けなった、そいつ等の違いは何だよ?」

「違い? 決まっている。運が良いか悪いかさ。取捨選択が嫌だって言うなら全部に手を伸ばせるくらいに手を長くしろよ、正義の味方ヒーロー?」


 それこそ『やらない善より、やる偽善だ』。ゼロより、イチの方が多いのだから。


「……」


 シンゾーの無言を返事としてとらえる。

 それでは今度こそ、お先に失礼。未だカレーに手を付けていないシンゾーを放置し、ルドと一緒に歩き出す。

 周辺に散っていたモノズ達が、合流して来る。

 そして何故か子号からのタックル。地味に痛い。何をするんだ? 抗議の意味も込めて睨んでみれば、端末に感。


 ツンデレ乙:シンゾーが甘いなら、友は甘辛い件

「そうですか?」


 それは、それは――ご飯が進みそうで素敵じゃないか。









 昼は外で済ませて来た。

 僕がそう言ったにも関わらず、ポテトマンは自家製のポテトチップをカウンターに置いた。炭酸水も出てくる。その代わりに――と、端末を要求された。立ち上げる様に言われたのは、スキル管理のアプリだ。立ち上げ、手渡す。ポテトマンの端末と有線で接続されて何やら弄られる。何かスキルに変更でもあるのだろうか?

 そう思い、軽く首を傾げる僕の前でポテトマンは何やら紙の書類を読み込んだり、サインをしたりと忙しそうだ。


「……」


 ポテトチップスを齧る。薄い塩味。くださいなー、と足に手を掛けるルドに、指で造った×を剥ける。残念。遺伝子改良されても、犬に濃い味の食べ物はNGだ。


「テレビ出演がデカかったな」

「?」


 良く分からない言葉と共に、端末が渡される。

 顎をしゃくって、ポテトマンが『確認しろ』、と言うので見てみる。


「あぁ、成程」


 スキルが上がっている。

 必要だったのは、実力と名声。

 実力は十分だと言われていた。だから名声が追いついたのだろう。

 量と質の境目がランク3。

 そして、英雄と人間の境目がランク4。


「にんげんをやめるぞー……とか言った方が良いですかね?」

「好きにしろ。それよりも取り敢えず、『お大臣』をやっておけ」

「名を売る為に、ですか?」

「そういうことだ。多少割り引いてやる」

「お願いします」


 自由に使えるお金はあまりないので。

 言って。大きく息を吐いて、息を吸う。準備は良いか? ポテトマンからの目配せに頷き返す。ちょうどシンゾーがスイングドアを潜って来た。グッドタイミング、と言う奴だ。


「おい、野郎ども、新しいドリンクを注文しろ、グラスを満たせ! 猟犬の奴が、いよいよ――いや、やっと認められた!」


 ポテトマンの野太い声、それに引かれる様にして視線が僕に集まる。


「猟犬が? ――ってことは狙撃か?」「アイツの取り得はソレだけだろ」「っーか、あの変態技能が今まで4ってのがおかしいだろ……」「おっ、今日は酔えるな!」


 そして好き放題に囀り出す店内の傭兵ども。目を丸くしていたシンゾーが、事態を把握し、壁に体重を預け、こちらに向かってサムズアップ。

 それにサムズアップを返し、端末を掲げる。


「この通り【狙撃:5】だ。――そんな分けで、今日は僕の驕りだ」


 手加減をして呑んでくれ。

 懇願にも似た言葉に返されたのは大爆笑。

 僕はロクデナシ共の『優しさ』に期待するのは早々に諦めた。

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