辰号
アルコールに強いのを自慢する為なのか、『こんなものは水の様なものだ』と嘯く奴がいる。
だったら水を飲んでいて欲しい。
そう思う。
「頭が痛そうだな、猟犬?」
「……見ての、通りです」
カウンター席に溶ける用にしながら言う。投げ出した端末には新品のモノズ・ボディが買えそうな数字が躍っていた。
『優しさ』に期待はしていなかったが、ここまで容赦ないとも思っていなかった。
「回収をさせてやろう、猟犬」
「……そういうことか、ポテトマン」
「まさか。ランク5が『お大臣』をするのは、伝統行事だ。……まぁ、普通は上限を決めるがな」
「……くそったれ」
ニヤニヤ笑うジャガイモ男に向かって悪態を吐く。
僕に仕事をさせる気だったのだろう。この男は。
放り出した端末のバックライトが灯り、着信を知らせる。確認する。金額。問題無い。だが、肝心の内容が――
「後日詳細伝達。中々に胡散臭いですね?」
「依頼主に事情が有ってな。他の犬には回せない。お前をご指名だからこその値段だ。打合せ場所も人目に付かない場所、そうだな、お前らの街が良いな」
「そうですか。お断りで」
言うだけ言って、端末のページを切り替える。卯号が拾ってきた賞金首の情報を眺める。盗賊団、人間。あぁ、コレなんか良い気が――
「受けるなら、お大臣分、半額はこっちが出すぞ」
「はっ、」
笑ってしまう。
そこまでして僕にやらせたいのだろうか?
「ポテトマン」
「何だよ?」
「受けたくない」
「お前の気持ちには興味が無い」
「……話は聞きますよ」
それで良い、とでも言いたげにもってこられたのは、注文をしていない炭酸水。礼を言うことも無くそれを飲み干し、僕はドギー・ハウスを後にした。
外に出ると未号と申号を主体とした十一機のモノズが道の端で装甲車を造っているのが見えた。気が付いた現場監督、未号が転がってくる。ピッ、となった。目が瞬く。端末にメッセージが送られてきた。
進捗報告:装甲車、八十パーセント。ソリ、十パーセント
「装甲車は行けそうだが……ソリはどうだろう? 間に合うか?」
間に合わないのなら、その辺の人に金を払ってモノズを借りると言う手も取れる。
回答:問題ない件。構造が単純故に、直ぐに終わる件
「そうか。では、宜しく頼む。タイヤは丑号、寅号、午号、亥号、君達だ。レースじゃないから問題ないだろう? 僕は辰号の検査結果を確認する為に先に行くから完成したら追い付いてくれ。護衛に誰か適当――」
だと、拙いな。中型に来られると作業効率が落ちてしまう。
「小型一機、付いてきてくれ」
僕の言葉に、子号、卯号、巳号、酉号が目配せ。その中から艶消しのなされた漆黒のボディ、巳号が転がって来た。あと呼んでないのにルドも来た。作業を見ていても面白くなかったのだろう。
両脇に露店が並ぶバザールを横切り、工業地帯へ。目的地はアキトの居るカミサワ重工だ。
何でも、アキトが独立をするらしい。そしてキャンプ地で開業するらしい。
人が集まれば、更に人が必要になる。
それなりに大きくなった僕等のキャンプ地は設備の充実を求めていた。そこにアキト独立の話が出ていたので、ハワードさんが引っこ抜いたようだ。
僕のムカデに何機かのモノズ・ボディ、それ等は彼の作品だからこれは有り難い。
それに、子供たちがキャンプ地で使っているモノズのボディは鹵獲品の為、故障も多いのだ。いちいち街へ直しに出なくて良くなるのも有難い。
そんな分けで引っ越しの手伝い兼、護衛として僕が派遣された。
だが、実はもう一つ僕が来た理由が有る。
辰号だ。
先のクラッシュレース時に、ピットクルーとして参加したアキト。その際に彼は辰号のモノズ・ボディに通常ではありえない処置が施されて居るのを発見してしまった。
アバカス製である辰号のボディにはブラックボックスが多々あることは知っていた。その中に流石に見逃す分けには行かない機構が有ったのだ。
だから僕はレース終了後に、辰号をアキトに預けた。
設備の充実したカミサワ重工にいる間に調査をして貰おうと言う分けだ。
そんな分けで、辿り着いたカミサワ重工。
顔なじみになりつつある守衛さんに挨拶をして、入門許可書を記入して、ロビーの椅子に座る。適当にルドと巳号の相手をして五分も待てばソウタがやって来た。
「……最近、仕事の方はどうだ?」
「だからどうしてそんなに『ぎこちない親子の会話』をやりたがるんですか? 順調ですよ、順調」
「まぁ、そう言わないで下さい。特に今回は事情が事情ですし……」
アキトを頼ってのコネ採用でカミサワ重工に入ったソウタだが、今回のアキトの独立に伴って一緒に移動――は、しない。
そのままカミサワ重工に残ることになって居るのだ。
「大丈夫ですよ。元から別の人の下へ移動するって話はありましたし……」
「そうなのか?」
「ここ、マニュアル無しで非効率的なのを承知しての個人事業主制ですからね、人によって癖があるんですよ。それで、あんまり偏るのも良くないので――」
「成程」
ソウタに関しては大した世話はしていないが、こうして独り立ちをして行く様を見るのは中々に面白いと言うか、感慨深いと言うか……。
「……立派になったな、ソウタ」
「だからその父親ムーブ止めて下さいって」
そんなことを話していると、段ボールが目立つ研究室が見えた。中に入ると、何やらコードに繋がれた白い大型モノズが居た。久しぶり、とでも言いたげに目が光る。辰号だ。
「アキト」
そのモノズの傍らでなにやらタブレットを覗く作業着の男に声を掛ける。
「ん? あ、トウジ? トウジじゃないか? って、え? もう時間? ヤバいな、部屋の方の荷造りやってないや! 引っ越し、明日でも良いかな?」
「……良い分けがないだろう」
「だよねっ! ははっ、知ってたっ! ――ソウタ、モノズを貸してくれないかい? 一応、箱詰めだけだからさ」
「今、実験棟の追突試験場に貸し出してます。それが終わってからなら大丈夫です」
「うん、それでよろしく!」
言って、自室の鍵を放り投げるアキト。そうしてから「ちょっとこれ見て」と僕を手招きする。後ろから覗く様に、タブレットを見る。何が何だか分からない。
「さっぱりわからない」
「だろうね! 知ってた! 複数のモノズを使って、データの吸い出ししてみたんだ。ぼくはハード側の人間だから解析には時間が掛かったけど、取り敢えず、予想通りだ」
つまりは――
「辰号のボディは外部から強制停止させる為の機構がある」
ツリークリスタルに負荷を掛けて焼き切るのだと言う。
それは、つまり『モノズ』として終わらせる為の機能だ。
「とは言っても、これはどうも最終手段用だね。不自然なのはそれを筆頭とした必要が無い位の数の強制停止装置。そうだな――まるで、
心当たりは? と言う視線に肩を竦めて『御座いません』。
「外せるだろうか?」
「買い換えないの?」
「……性能は、良いので」
それに、使っていないのも拙い。使うのを止めたら別の手段でのコンタクトがありそうだ。それは嫌だ。次の手段が予想できない以上、アバカスには僕が彼等に疑念を抱いていることを知られたくない。
「技術体系が違い過ぎて――いや、発想が進み過ぎてるけど、まぁ時間をくれれば外すだけなら行けるよ」
「では、起業後の初仕事はそれで宜しくお願いします」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます