犬さんマークの引っ越し社
アキトの荷造りが終わったのは時計の短針が真っ直ぐに上を指すか指さないかと言う所だった。つまりは深夜だ。今日と明日の境界線を照らす月はとても綺麗だ。
それだけだ。
何の救いも無い。
月がキレイだから何だと言うのだろうか? お腹が膨れるわけでもない。夜間の視界の悪さには左程変化はない。つまりは、今から出発は出来ない。
「いやぁー……思ったよりも時間かかっちゃったね。ごめん、トウジ!」
余り反省していなささそうな声が聞こえてきた出どころは確認するまでもなく、アキトだ。
吐き出しそうなった溜息をどうにか飲み込む。端末を確認、この時間で空いている宿は――やけに高級なものだけだ。諦めよう。
「明日の朝、迎えに来ますので……」
今日の所は自室に返って寝て下さい。
言うだけ言って、装甲車に乗り込む。今回はハンドルを握る気が無かったので、居住性優先で造って貰ったので、まだ助かった。
建材の水分量を調整して造られたクッションソファーは所詮は紛い物だ。化学薬品の変な匂いもする。うつ伏せで寝ると吐きそうになる。それでも地面で寝るよりは幾分かマシだ。
――ピ
と、電子音。明日の為に造ったのだろう。砂漠迷彩が施されたギリーマントを申号が持ってきた。「ありがとう」。お礼を言って受け取った僕は、それを掛け布団替わりに眠りに付いた。
未号が持ってきた蒸しタオルで寝ぐせを直しつつ、欠伸を一回。文句がありそうなポテトマンの視線に気が付かないふりをしながらドギー・ハウスの洗面台で身支度を整える。
適当に朝食を食べてから出発しよう。
そう思った。
だが、ドギー・ハウスは使えそうにない。店員の態度が悪いのだ。睨んでくる。仕方が無いので、屋台で済まそう。そう決めた。「各員、朝食」。僕の言葉に、モノズ達は日当たりの良い場所を探しに行き、ルドがテコテコと寄って来た。まだ朝でそれ程、熱くないからだろう。彼にしては珍しく、舌が出ておらず、きりっ、としていた。
「……」
昨日のカレー屋の子供たちは見当たらない。気分が悪くなるのも嫌なので、取り敢えず『良い方向』に考えておく。
パン屋の前で朝食用の屋台が売られていた。中で買った食パンに適当な具材を挟んでその場でサンドイッチを造ってくれるらしい。中々に面白い。僕は薄い方が好きなので、八枚切りを一斤分購入した。カットされた耳はルドの朝ごはんだ。
一応、洋犬だからだろうか? ルドはパン派だ。
まぁ、それはそれとして一斤まるまるサンドイッチはやり過ぎたかもしれない。
「朝食です、どうぞ」
「え? 良いのかい? ありがとうトウジ!」
残飯処理もルビを上手く振れば、
「……」
シートを被せ、紐で縛ったとは言え、どうにも不安定だ。見張りを付けた方が良いかもしれない。「申号、酉号、戌号、A1。荷物番についてくれ」。僕の言葉にドム三機が何処か楽しそうに転がり、ソリに跳ね乗る。
何、通いなれた道だ。それ程、気を張る必要はない。
途中でタイヤ役のモノズ達の休憩を挟みつつ四時間。中天に上った太陽が下り出し、地面からの放熱で最も気温が跳ね上がる午後二時、外を見ていた卯号が転がって来た。何だろう?
小首を傾げながら、端末を取り出してみれば、タイミング良く、メッセージ。
報告:集団の移動形跡を確認
「規模は? どこに向かっているかは分かるだろうか?」
回答:規模不明、子供多数。進路不明、然して推測 → もしかして:キャンプ地?
「……モノズ有無」
回答:大型が一機
そうか、つまりは、僕の予想通りの集団だとすると――調理用のモノズが一機か。
「……」
自殺志願者――とまでは言わない。
ここは、それなりに安全に渡れる道だ。だが、それでも『それなり』でしかない。てっきりシンゾー辺りが護衛をするか、手配をするものだと思って居たが……予想以上に動きが早くて出遅れたか?
三秒。考える。トントントン、膝を叩いてリズムを取る。
「行って、おくか」
甘辛いと称されたのなら、甘さも示しておこう。
「すまない、アキト。少し寄り道をします。状況によっては乗客が増えますので――」
「おっけー、君に任せるよ、トウジ!」
有難い。軽く、ちょい、とお辞儀をして感謝を示す。
さて、先行部隊を出した方が良いな。道を辿る為に卯号は確定として、走れて、戦闘能力が高いとなると――申号、戌号、寅号、亥号、それとルドか。
「……」
寅号、亥号はタイヤだから無理だ。戌号と申号は酉号と一緒に運用したい。
ならばルドだ。冷房のお陰で今日はやけに、きりっ、としている彼に頼もう。
「ルド」
呼び寄せ、ドッグアーマーを着させる。戦闘は無いだろうが、飼い犬であることを示す為だ。「……」。折角だからもう少し何か運ばせよう。アタッチメントに二リットル水筒を二本括りつける。両側面に付けられたソレはまるでミサイルの様で少しカッコイイ。ルドの体重は十二キロ。水だけで自身の三分の一の重さを背負わされた分けだが、遺伝子改良の結果か、左程気にした様子も無さそう。
敵意が無いこと、話がしたい旨、その辺りを適当にメモに書きなぐり、ルドに持たせる。
「ルド、卯号、R1。先行してくれ。相手を見て、敵意が無いようだったら合流して待機。拙い相手なら接触する必要はない。直ぐに退け。撤退の判断は卯号、君がするんだ」
僕の指示に、ピッ、という電子音と、ワン、と一吼えが返ってくる。
「では、宜しく」
速度を落としてやるだけで勇敢な犬と金属球は躊躇なく飛び出していった。
「さて」
見送り、荷物を漁る。
想像通りだとしたら、街からここまで歩いて移動していることになる。水分補給も大事だが、塩分も取らないと拙いだろう。
僕は、消耗品として買い込んでいた塩飴の袋を開けた。
シグナルレッド。
つまりは戦闘状態。
子号を通して卯号から送られてきたメッセージを受け取った僕は悪態を吐き出す間もなく、装甲車の天井を開けて外に出た。
油断をしていた。
それを後悔し、反省したい所だが、今は諦めよう。
ムカデを纏う時間すら無い。ヘッドセットを引っ掴み、帽子を被り、天井に身を投げる様にして担いできた伍式を伏せ撃ちで構える。
轟々と風が成る。ヘッドホン型のヘッドセットでも。この速度での風は流石に煩い。
「子号、僕とS1を。卯号からの情報を受け取り、全員に撒いてくれ」
「戌号、酉号、申号、A1。先行、R1のフォローからメインへ。戦場を奪え」
「巳号、辰号、未号、R2。ポイントB手前、三百メートルで離脱、R1と非戦闘員の回収を」
「丑号、寅号、午号、亥号、A2。僕の指示があるまではタイヤとして働いて下さい」
「ソリの荷物は気にするな。全力で行こう」
「あぁ、だがアキトは一応、気にしておこう」
「
さぁ、時速は二百キロ。目標地点であるポイントBまで残り三キロ弱。時間にして約一分。それを余裕が有ると捉えるか、無いと捉えるか――
「――」
それはこのスコープを覗いて決めるとしよう。
あとがき
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