《S》

 能力者と言い、機兵と言い、徹底的にツリークリスタルを排除した思想が見て取れた。

 便利なんだから使えば良いのに。

 簡易的な指示だけで、勝手に『生きて』『働いて』くれる。そんなモノズ達の快進撃を横目にそんなことを思った。

 別動隊である戌号達は、無事に巳号との合流を果たし、誘拐された人員も確保、その後、戌号の采配で戌号、巳号、未号を各リーダーとして三組に分かれ、更に施設の制圧を進めている。

 卯号が施設の図面を吸い上げたのが大きかった。

 電力の太い流れが良く見える様になり、発電施設とその他の電力消費の大きい部屋が分かった。地表表面にある発電施設に戌号を向かわせ、未号には人質の退避をさせ、巳号には更に施設を探らせる。

 そうして、僕は最奥の最下層を目指す。

 司令部。そう思える場所だ。籠るならあそこだろう。そう予測を立てた。

 だが、急かしてはいけない。

 間違いなく、逃げ道がある。ソレは馬鹿正直に図面に――少なくとも、一つの図面には描かれていないだろう。

 だから巳号に探させる。それ程多くの道は用意できないはずだ。それは即ち、他の主要施設の避難路と最終的には合流すると言うことだ。

 だから巳号に探させ、潜らせ、塞いでから攻める。

 狩りと言うものはそう言うものだ。

 ゆっくりと、僕は攻める。

 理解はしていても微妙に納得していないルドが先を行く。

 クリアリング。耳と鼻は容易く暗闇を見通す様で、今も次の部屋の前で振り返り、控え目に尻尾を振っている。

 苦笑い。

 それを返す。速度は変えない。ギョロ目に不審がられない程度に、速く。でも巳号が目的を達成する時間を稼ぐために、ゆっくりと。

 敵の出方。攻め方。時折、モニターに映るギョロ目との会話。それらからじれ具合を測り、速度を調整する。

 どれくらいの時間が経ったのだろう?

 鈍い僕はその辺りが気にならない。だが、ギョロ目はそうでない。

 賢いのだろう。時間の無駄を嫌う性質たちなのだろう。イラつき、爪を噛みだしている。深い隈に彩られた瞳は所在なさげに泳ぐ頻度が上がり、僕が与えるストレスにガリガリと繊細な神経が削られているのが見て取れた。


「……」


 あぁ、これは拙いな。そう思う。そろそろだろうか? 考えていたセリフを言い放って、進行速度を上げてやるべきだろうか?

 選択を迫られた。

 ぺろっ、と唇を湿らせる。深く、息を吸い、ゆっくり吐く「ぁ~」と重低音で喉を震わせる。暫く言葉を出していなかったので、その準備運動だ。

 そこまでやったところで、端末に、感。

 盗聴を懸念しての秘匿回線。端末では解凍できないので、子号が巳号チームの卯号からのメッセージを僕に読める形にして送ってくれた。

 報告:経路確認完了のお知らせ。防衛機構、アライブ


 ――来た。


 端末を弄る。僕から子号へ、子号から戌号へ。尋ねたのは、『ジェネレーターの破壊が可能かどうか?』。回答は、開始から十分で可能。内訳は爆薬を仕掛けるのに二分、撤退に八分。未号は? 逃げ切れる。……そうか。ならば――そろそろギョロ目には一人であることを後悔して貰おうか。

 モニターを叩き割り。周囲のカメラを破壊する。音が拾えないようにする。

 今までになかった僕の動き。ギョロ目がソレにどう対応するかを想像する。

 先ずは……そうだな。情報を拾いに来る。ドローンか、機兵か、その辺りだろう。来るまでに猶予がある。さっさと内緒話を済ませてしまおう。


「子号、メッセージを各リーダーに通達。少し頑張れば解凍できるようにしてやれ」

「戌号。カウントゼロから一分後に作戦開始。十分後に確実に電力を断て」

「巳号。君達はカウントゼロから九分後だ。一分ラップさせる。防衛機構と少し遊べ。その後は通路の確保を」

「未号、人質を安全圏まで出せたら、見張りを……そうだな。亥号が居たな? 彼に任せ、他は巳号に合流しろ」

「寅号。オーバーレブ解禁。待たせたな、全力で行こう」

「ルド、遊撃。機兵は君が一番上手く壊せる。頼んだぞ」

「子号。君がいつも通りに一番きつい。僕の観測手を務めつつ、全体の把握を頼む」

「各員、準備は良いな?」

「3、2、1、0――状況開始ロックン・ロールだ。派手に行こう!」








 司令部への道を一気に攻めあがる。

 派手に動く。

 そうすれば他に回す『目』と『手』が足りなくなるだろう。

 それが僕の判断だ。

 瓦礫が多く、高低差が取れない。だから伏せ撃ちは無理だ。膝射もまた同様にこの場には似合わない。だから立射。脇を締め、身体を固め、それでも緩め、走り、止まり、撃つ。

 敵が出てくる傍から独楽の様に派手に回りながら寅号が切り刻む。それだけでは息が持たないので、ルドが地を這うようにして駆け、噛み付き、放電し、黙らせる。

 僕はその動きをサポートし、或いは止めを刺す。

 射線を造らせ、射角を取り、弾丸を届ける。

 ワンショットでワンキル。

 一発で一機しか壊せないのなら、要を狙う。

 寅号が前線で拾う映像を子号が加工し、僕の目に送る。

 戦場を見て、戦術を見て、先を見る。


『――、――! ――!!』


 施設内のスピーカーが、がなり立てる。

 ギョロ目の声がしているのだろう。余り関係なさそうなので、意識から外す。聞いているが、聞いてはいない。大事そうなことを言った時だけピントを合わせることにして、僕は『目』の作業と『腕』の動作を繰り返していく。

 寅号がこじ開けた道、そこを通り、瓦礫に向かって走り込み、スライディング。背中で背負う様にして瓦礫にぶつかり、ヘッドセットに映された背後の景色を見る。

 突出したルドの放電――力が無い。充電が切れたようだ。フォロー。ルドが戻る時間を三発の弾丸で稼ぐ。一機のドラムタンクが迫っていた。距離が近い。

 だから無視をしよう。

 遠くの機兵、まさに扉から出てくるソレに狙いを付けた。RPG。ここに来てまさかの新武装だ。もっと早く出せば良いのに、と思いつつも、地下施設で爆発物使うなよ、とも思う。

 だが、持ちだしてしまったのなら仕方がない。

 ロケット弾が砲口から放たれ、空へ出た未来。

 そこに弾丸を置いた。

 派手な爆発音とともに、頬に金属片が当たる。

 グレネード……ではない。流石にあの爆発はここには届かない。寅号が僕の眼前に迫ったドラムタンクを切り刻んでいた。ボディがバラバラになり、僕に当たった様だ。頬が切れた。「……」。良い加減、子号が引きずって来た頭部装甲を付けた方が良いかもしれない。ドラムタンクの最後の一撃、SGの散弾が腹に当てられているのを見て、そう思った。弾は抜けていないが、衝撃はある。気が付いたら痛い気がしてきた。


「……いや、」


 普通に痛いな。頭部装甲を付けよう。生身に喰らえば死んでしまう。

 それは困る。

 遠距離通信は大変なようだ。何やら忙しそうな子号から勝手に頭部装甲を外し、付ける。片手間でマップの確認。司令部がだいぶ近い。敵が爆発物を持ちだしたと言うことは、ここら辺の区画は建物の造りが違うのだろうか? 「……」。二秒考えた。敵の無能よりも、有能を期待することにした。背中に背負ったクロスボウを抜く、炸裂矢ブラストボルトを装填する。


「寅号、カウントゼロで反転。行くぞ? 5、4、3――」


 『1』でトリガーに掛かった指が引き絞られる。びぃぃん、と言う余韻は耳で感じたのか、指で感じたものなのか。生憎と僕には分からない。

 取り敢えず、目で見た光景。一発目の爆発で足止めされて戦線が詰まった所に、僕の炸裂矢が突き刺さり、更なる悲劇を生みだしたのを確認した。

 子号のスキャンで進行方向の動体反応はゼロ。諦めたかな? そんなことを考えながら、歩き出す。引き返してきた寅号が、近づいて来た。


「悪いな、寅号。もう一回、反転だ」


 そんな彼を手の平で、ごろん、と反対方向に転がして、先行させた。








「散開」


 司令部に入り込んで、直ぐの僕の指示に従い、ルドと寅号が左右に分かれ、部屋の中に散っていった。

 僕は真っ直ぐに正面を見据えながら、自動拳銃を構えた。

 この距離は伍式の距離では無い。

 つまりは近い位置にソレは居た。

 少し、予想外だった。てっきり奥にでも隠れているものかと思ったのだが……ギョロ目は何故かニヤニヤしながら僕を出迎えてくれた。

 動揺は顔に出さない。頭部装甲を付けているのだから当たり前だ。


負けを認めろSet Give Up


 だから僕は声に出ないように意識した。

 銃口を持ち上げ、声を低く、冷たく、機械の様に淡々と。


「フヒッ、フヒヒヒヒ! ノゥっ! ソレは出来ないし、する必要もないよ、トウジぃ!!」


 素人さんならそれで十分だと思ったのだが、何故だかギョロ目には通じなかった。「……」。少し、おかしい。違和感。それは、ギョロ目の態度にある。

 何だ? 何故、こいつは――既に勝ちを確信・・している?

 気持ち悪い。そう思う。

 銃口は既に彼を捉えている。人質の確保も完了し、退路は巳号が塞いでいる。メインの動力は戌号が潰し、現状の維持が精一杯だろう。状況が理解できていないのだろうか? いや、それは無いだろう。……無い、ですよね?

 少し不安になった。


「状況の把握は、出来ていますか?」


 だから訊いてみた。


「ど、どどどどうだと思ぅう?」


 興奮で呂律が回っていない。目も血走っている。


「……」


 でも、それでも――理性の『匂い』はしっかりとある・・

 厄介だな。舌の上で転がしたその言葉は音になる代わりに、銃のグリップエンドで、頭部装甲を掻く動作に替えられた。


「……貴方は、詰みだ。銃は貴方を捉え、退路は僕が塞ぎ、動力も潰され、人質も確保した。交渉材料は無く、退路も無く、勝機も無い」


 なのに、何故、余裕なのですか?

 そんな問いかけ。……を、してから、後悔した。

 これはいけない。

 これは僕の『距離』ではない。

 戦い方を間違えている。余りに武力の使い方が下手だったので、無意識に僕は彼を見下している。これは良くない流れだ。さっさと終わらせてしまおう。殺す必要は――力量差から言ってないだろう。足を撃って縛っておこう。

 そう思い、銃口を、少し下げた所で――


「ウヒッ、ヒヒヒッ! ふ、ふふ不思議かぁぃ、トウジぃ? 僕の余裕が不思議なのかぃ、トウジぃ?」


 問いかけに対する回答が帰って来てしまった。「……」。無視をしようかとも思ったが、問いかけたのは僕だ。仕方がないので、聞くことにした。銃口を軽く動かし、続きを促す。


「い、言った、言ったはずだよ、トウジぃ! これは運命だっ! 君は僕に――僕らに所有される為に生まれて来たっ!」

「……」


 うへぇ。

 気持ち悪いから撃ってしまおうか? 僕は気分が変わった。だが、次の言葉がソレを押しとどめた。


「記憶を、取り戻したくは無いかぃ、トウジぃ?」


 こちらを下とした声音。にやにやとした笑い顔はこちらを嘲ることを隠そうともしていない。

 あぁ、彼の余裕の正体が少し分かった。

 僕は無意識に彼を見下していた。

 だが、彼は最初から僕を格下だと確信している。僕には何も出来ないのだと決めている。


「い、いい、良いことを教えよう! き、君は五百年前からコールドスリープで眠り続けていたと思って居るんだろうが、それは間違いなのさぁ! 確かに、たぁしかにっ! その時期からコールドスリープの技術は存在した。だが、それは未成熟で、どうしようもなく未熟なモノでっ! とてもじゃないが五百年も持つような代物ではないのさぁっ!」

「……成程。では僕は何時の時代の人間なのでしょうか?」

「ひひひひ、百年前だっ! 僕達はツリークリスタルに寄らない兵器の研究をしていたのさっ! その中の一つに『最強の兵士を造る』と言うプランが有った――α・BETシリーズっ! 生まれた時αから全てをBETした存在ッ! それが君だ」

「……ジーナと、」


 同じですね。その一週回ってダサい奴。


「そうっ! そそそそ、そうだっ! 君の知り合いで言うならば《E》と《X》がソレさぁっ! 《S》っ! スーパーでっ! スナイパーでぇっ! 最高の素体っ! 僕らが造った最高傑作こそが君だぁっ!」

「……装置の記録が五百年前だったのは?」

「ヒィッ! それは悲劇さぁ! 当時の軍の上層部に君を利用させないための苦肉の策っ! その証拠に君には五百年前の記憶なんて欠片・・も存在しないだろうぅ? 君はっ! 僕が造ったっ! 君はっ! 僕のモノだっ! じじじじ銃を突きつけたぁ? 退路を塞いだ、動力を壊した、人質を逃がしたぁ? そそそそそそそそれがどうしたぁぁぁんっ!! 僕の一言で全ては反転するっ! さぁ、圧縮記憶の開放だぁっ! “ハロー・ワールド。世界は君を待っているっ!”」


 ギョロ目の叫び。

 僕はソレを聞いて――


「……さんきゅー世界」


 何も起こらなかったので、彼の足を撃ち抜いた。


「ルド、寅号、クリアリングは出来たな? だったら彼の確保を頼む。子号、丑号と未号に連絡を。子供達とアホを運ぶ車の用意をお願いします」


 マップを確認し、戌号達が未号に合流しようとしているのを確認、巳号達は――取り敢えず、僕らに合流する様に指示を出す。

 無駄に時間を食った気分だ。

 聞くんじゃなかった。


「なっ、ななな何故だっ?」


 ギョロ目が鳴き声をあげる。足の痛みを感じていないのだろう。立ち上がり、僕に詰め寄り、それでも足に力が入らず、かくん、となって床に倒れ込んだ。


「あんまり動くと失血で死にますよ?」


 別に死んでも良い。そう言う雑な狙いで撃ったから太い血管を避けてはいない。


「こここ、答えろっ! 答えろよぅ!! 《S》っ!」

「いや、単純に人違いです」


 記憶は少しは戻っている。

 五百年前に僕は生きていた。両親の顔も、名前も覚えていないが、思い出は少しは思い出したし、コールドスリープに着いていた理由も思い出している。

 つまりは僕は《S》さんではない。

 そんなことを僕は彼に説明した。


「なっ、ならっ! そそそそ、その狙撃能力はっ! その力はどう説明するんだっ!」

「《S》さんを造るのにモデルはあったんでしょう? 僕は、多分ですが、そのモデルの人と同じ様なモノなのでは?」


 つまりは天然ものでござる。


「……そんな」


 ギョロ目から、がくん、と力が抜けた。

 先程の様に激昂からでは無く、別の方向の感情から痛みを感じていないようだが、血の流れはそんなことはお構いなしだ。見かねた子号が建材で止血をした。

 さて。一度運びだす前に、何人誘拐したかの確認をして、確保した人質との数の不一致が無いかを確認しよう。ここまで絶望していると、何時もの訊き方では答えてくれないかもしれないが――確か巳号が化学ラボで自白剤を造れたはずだ。

 別に廃人になっても良いから、ぶち込んで訊いてみよう。

 そんなことを考えている僕の元に、一段落付いた様子の子号がやって来た。

 眼が瞬いた。


 質問:それで、友はどうして眠っていたのであるか?


「治験のバイトだ」


 そう――


「……エルスウェーアの風を感じたくてね」


 つまりは遊ぶ金欲しさだ。







あとがき

残念ながら当作品の主人公の過去には別にカッコイイ設定はありません。

普通のサラリーマンの子。



以下、本編に出す気の無いトウジの眠っていた間に有ったかもしれないお話。


SAOみたいなゲーム機が発売され、ずっとシリーズを追っている作品も出ることになったので、ある大学生が夏休みを潰して、コールドスリープ装置のテストに参加した。他にも三十人位いた模様。

で、そのテストの最中に、天災直撃。

ビルの倒壊により、地下にあった施設に置かれた装置ごと生き埋めに。

当然の様に責められる企業、賠償金も凄い払わされたし、コールドスリープの実験自体が止る程の社会問題になったよ!!

で、一か月後、どうにか発掘。

遺族へ遺体が引き渡されるのだが……中には身寄りのない人もいる。そして責任者も担当者も死んでいるので、いまいち正確な人数が分からない。

顔の潰れた死体で、ある大学生と体格が似ているのが有ったのが良かったのか、悪かったのか……腐敗した死体は身元の確認も難しく、更に他の残った遺族は遺体の確認ができてしまった。つまり、その場に集まった遺族に関しては数の上では矛盾が無くなってしまった。

取り敢えず父親が「息子よーっ!」と泣き出したので、息子と言うことになった。

そして、ビルの立て直しの際、その企業は賠償金で体力が無く、あまり宜しくない工事会社に委託。地下室は雑な確認の後、雑な埋め立て。


既にこの時、動力からスタンドアローンで理論だけなら二百年は持たせられるコールドスリープ装置が一機、その地下に取り残されていたとか、居ないとか……。

それが奇跡的に五百年稼働してたら面白いですねっ!!

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