引き渡し

 余り僕は交渉ごとには向いていない。

 それでも今回の仕事には他の人員が関わっていないので、僕が説明するしかないだろう。

 護衛に寅号、申号、戌号、亥号と言う攻撃力の高い四機を選んだ。

 ソファーに体重を預ける。それなりに良い値段がするので、座り心地は中々に良い。

 何時かの様に眼前のテーブルに自動拳銃を置き、何時かの様にキャンプ地の応接室で向かい合うのは、トゥースのリーダー、A.Bさんだ。


「今回の件の首謀者です」


 言いながら、床に座っている“ぬいぐるみ”を顎で示す。

 グロウラーでも入っているのか、その“ぬいぐるみ”は触っても居ないのに「あ~」だの「う~」だのと言った鳴き声を上げている。目も死んでいるので、暗い所で幼子がみたらトラウマ間違いなしの呪われた“ぬいぐるみ”だ。


「先ずは、ご苦労、と労ってやろう、犬。お前が引いたのが『あたり』だ」

「……と、言うことは?」

「アァ、家の連中が引いたのは集積場――攫ってきた連中を一時的に留めておく場所だった」


 良い嗅覚だ、と褒められた。

「ありがとう、パパ」

「黙らせるぞ、バカ」


 肩を竦め、置かれているガラスのコップに手を伸ばす。水滴がコルクのコースターの色を変えているのを見ながら、一口。唇を湿らす。


「そちらで保護した人数に、こちらが保護した人数。一応、その合計が今回無事だった全員ということになりますが……どうでしたか?」

「こっち側で確認している被害者の数より少し多いが……これは、未だにこっちの確認が追い付いていない部分があるからだろうな。そっちは?」

「まともな被害報告が上がって来ていないので、何とも……」


 居ても居なくても良い。

 言葉は悪いが、そう言う部分を持って行ったのだろう。この“ぬいぐるみ”は。


「……なぁ、犬? 俺はその辺を訊き出したかったんだがな?」

「奇遇ですね。僕もです」

「……だったら何故、こうなった?」

「直前に心を折ったのが効きすぎた様でして……」


 曖昧な笑み。ソレを浮かべる。

 ギョロ目にとって《S》さんは心の支えだった様だ。

 撤退準備を進めながら、施設を更に詳細に洗ったら中身があり、停止しているコールドスリープ装置が幾つか見つかった。ギョロ目の同僚だったモノ達だ。

 ギョロ目自身も眠りに付き、百年の時を超え、再起を図ろうとした所で、同僚達は既にいない。そんな状況の中で彼が希望としたのは自分たちの最高傑作である《S》さんだった。

 僕の推測が多分に入っているが、まぁ、そんなところだろう。

 余り興味は無い。

 問題は僕が『そう』でないとなった時点で、ギョロ目の心が折れてしまったことだ。

 『心』が壊れているので、『心』を壊しても効果が無い。

 僕はソレに気が付かなかった。

 言い訳になってしまうのだが……僕はあまり薬品での尋問はやらない。

 全く経験が無いと言う分けではないが、『肉』に訊くやり方を取ることが多い。

 その経験の浅さもあり、僕と巳号はやり過ぎた。

 もう既に折れていることに気が付かず、更に頑張って折ろうとした結果が――床の上でテディベアみたいに足を投げ出している彼と言う分けだ。


「……見せしめとしても微妙なラインだな」

「血を流して、声を出させた方が『痛そう』ですからね……」


 A.Bさんの呟きに、分かります、と頷く僕。


「要るか?」

「いえ、要らんです」

「なら俺が貰っていく」

「どうぞ」


 非常に雑な方法で“ぬいぐるみ”の処分が決まってしまった。

 まあ、そんな物だ。

 要らないと言った僕も、持って行ったA.Bさんも既にアレに興味は無い。

 有益な情報を持って居たかもしれない。今回の事件の狙いだって気になる。だが、それが少なくとも今は引き出せない以上、価値は無い。


「……」

「……」


 だから・・・

 だから僕もA.Bさんも未だ席を立たない。


「……表に、面白い連中が居たな?」

「そうですか? 僕は気が付きませんでしたね?」

「鼻は良いが目は悪い様だな、犬? あんなヘルメットを被ってケーブルに繋がれた連中を見逃すなんて」

「おかしいですね? そんな目立つ人達なら見逃さないと思いますが……うん。そうですね。間違いなく、入り口からここまでの間にそんな人は居ませんでした」


 アキトのガレージには居るかもしれない。居るかもしれないが、ソレを貴方が知っているのはおかしいですよね?


「……良し。時間が惜しいから止めるぞ、犬」


 率直に言う、とA.Bさん。

 猿芝居はお終いらしい。僕としては、もう少しこのまま中身の無い会話をしたかった。


「あの連中を寄越せ」

「……何故?」

「アレはお前ら側の技術だろう? 見たことが無い。ソレだけでも脅威だが、アレは恐らくトゥース、俺達に対しても使えるモノだ」


 断言。聞いて『まぁ、そうだろうな』と思う。バレている。だったら隠しても仕方がない。コップのお茶を空にし、深呼吸を一回。


「……生体改造。遺伝子では無く、生まれた後に『やる』ものらしいですよ?」


 隠す意味が無くなったので、ポケットの中からスティック型の記録端子を取り出し、放り投げた。


「成功率は一割以下。人間であれ、トゥースであれ、そんなもんらしいです」

「……被害は?」

「そちらは十六人、成功したのは一人。……あぁ、ご心配なく。彼は普通に他の人と一緒に待ってもらってます」


 隠していた情報その2。

 既に出てしまった被害者数もばらす。

 ギョロ目は既に攫った連中に超能力者へと変える手術をしていた。

 ウェルッシュコーギー・ペンブローグ・サンダーボルトが造れるのなら――

 ホモ・サピエンス・サピエンス・サンダーボルトも造れる。

 だったら当然、ホモ・サピエンス・トゥース・サンダーボルトも造れる。

 そう言うことだ。


「……犬猫が遺伝子段階からなのに対して、人間とトゥースが『後』なのは?」

「専門家では無いので、なんとも」

「そうか、それで――」


 ちりり、首の裏が焦げる様な感覚。焦げ付く様な殺気。構えては居ない。ただ、ソファーに浅く座り、前傾姿勢で座りなおしただけ。

 ただそれだけで僕は彼の『距離』に入ってしまった。「……」。困ったな。もうどうやっても間に合わない。僕が何かするよりも早く、僕は死ぬ。仕方がない。諦めた。銃を手に取りはしない。モノズに指示も出さない。精々不敵にふんぞり返ってやろう。


「――何故、コレを黙っていた?」

「成功率一割以下の手術ですよ? 人体実験で被害を出すのは馬鹿らしいので、闇に葬り去る気でいましたので……」


 へらっ、と僕は笑った。が、無駄だった。


「言葉を飾るな、バカ犬」


 刺すような言葉に舌打ちを一つ。僕も堅い声音で応じる。


「……アンタが成功例のサンプルを要求することが分かってたからだよ、ロートル」

「アレは良いだろう? お前の仲間ではない。守る者の範囲を広げすぎるな。――寄越せ」

「断る。彼等は純然たる被害者だ。これ以上、こっちの都合に付き合わせる気は無い」

「ほぼ廃人なのだろう? 有効利用だ。そもそも、お前は彼等をどうするつもりだ? 何人か集積場にもいてな、調査結果が上がってきている。ヘルメットを外すだけで死ぬぞ、アイツらは。そんな不安定な奴等をお前はどうする気だ? 飼うのか?」

「人間として殺します」

「……だったら――」


 言葉を遮る様に、両足を強く床に叩きつける。前傾姿勢のA.Bさんに合わせる様にこちらも前傾姿勢。

 勢いよく飛び出した僕等はテーブルの上で睨みあう。


「その先は言うな。失望させるなよ、トゥース」


 ヘッドバッド。

 格好つけて言葉と共に叩きつけた額は、情けないことにあっさり負けて割れた様だ。ぬるっ、と暖かいモノが流れ出すのを感じた。

 鉄さびの匂いがする。


「……」

「……」


 そのままどれ位の時間が経っただろうか?

 テーブルの上の赤い水たまりに何滴目かの雫が落ちて、波紋を造った。


「――」


 小声で何かを呟き、根負けしたとでもいう様に、A.Bさんがソファーに深く腰掛けた。


「良いだろう、犬。それで良いぞ、犬。このデータだけで良い。奴等は好きにしろ」

「……どうも」


 僕も座りなおす。額を触ると、手が赤くなった。痛みは無いが、出血だけは派手だから性質が悪い。さっさと話しを切り上げて治療がしたい。


「さて、最後に報酬の話をしておこう、犬。――いや。えー……娘婿風に言うなら、トウジくん、か?」


 報酬? と疑問符を浮かべるものの、続く言葉で、前の話を思い出した。


「……遠慮なく貰いますし、返品には応じませんよ?」


 あの子。


「あぁ、良い良い。やるやる。王の器でも、将の器でも無いが、お前は兵としては規格外だし、戦士としては合格だ。くれてやるくれてやる。……くれてやる、が……条件がある。一人、息子をこっちに回せ」

「……肯定し難いですね。欲しいのは名ですか? 血ですか? 技ですか?」


 名だったらご自由に。そっち用意した子に適当に僕の息子を名乗らせて下さい。

 技でしたら差し上げます。モノになるかは知りませんが、指導はさせて貰います。

 だが、血は――少し、渡し難い。流石に造っても居ない子供の未来を売ると言うのはどうかと思う。

 だが、当然、欲しがっているのは――


「血だ」

「……でしょうね」


 だが、それは流石に無理――ではないが嫌だ。だから僕はこう言うしかない。


「お断りします」

「父親としても、まぁ……合格か」


 ちっ、と大きめの舌打ちをされた。

 だが、ソレだけだった。仕事は終わりだと、A.Bさんは席を立ち、部下に指示して引き上げて行った。


「……」


 疲れた。凄く疲れた。だが、交渉の後半は以前の僕の言葉が引き金になって居る様な気がして仕方がない。

 最初からそこまで生体改造の技術は要らなかったのでは? と思う。良いようにテストに使われた気がする。

 完全に身から出た錆も良い所だ。

 項垂れる。そうすると現在進行形で身から出ている錆の匂いが床に落ちた。


「あぁ、すまない」


 戌号がソレを拭き取り、汚すなとでも言いたげな視線を向けて来た。








あとがき

ヒロイン不在で進むよ『お義父さん娘さんを僕に下さい!!』イベ。


なろうの方の感想で、前回のα・BETシリーズに関して突っ込まれた。

出て来たのは《E》《X》《S》。

並べ替えると――はいっ! アウト!


でもそれ意識して無いからっっっ!!


言われて気が付いた!

全く狙ってなかったんですけど!

えー、でもエンドウさんもジーナも今から名前変えるの無理だし《S》さんも、最高の素体でスナイパーな最高傑作だからSにしときたいし……。


と、言う分けで、このまま。

並べ替えた人が悪いので、ピュアな読者さまは気が付かないふりをして下さい。

このあとがきで気が付いてしまった人はごめんなさい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る