残された者と、残った者

「遺言」

「おれのしかばねをこえてゆけ」

「……一人称、変わってんぞ」

「特には無いですね」


 シンゾーのバイクにもたれ掛かる様にしながらそんな会話。

 ほい、と僕の骨のネックレスを手渡す。それをシンゾーはつまらなそうな顔で受け取り、ポケットに捻じ込んだ。


「イービィー、置いてくのかよ?」

「ごねると思うので、良い感じに宥めて下さい」

「難易度がたけぇよ。……ルドは良いのか?」

「二歳にも満たない幼子ですが、まぁ、そこはシビアに。犬畜生ですので」


 名前を呼ばれたのが分かったのだろう。バイクの影でヘタっていたルドがこちらに顔を向けた。耳が、くぃー、と開いて『なんですかー?』。鼻をぺろりと舐めた。


「ルド、人間サマの為に死ねだとよ」


 シンゾーの言葉に、ォン! 腹からの声で良い返事。ブーツを脱いだ生身の右足で撫でてやったら腹を見せたので、そのまま足で撫でてやる。ふすー、と何やら満足そうな溜息が聞こえて来た。


「……イービィーを先に見たのが拙かったですね」


 薬も飲まないし、注射もさせてくれない。

 サンダーボルト種のルドに本気に成られると抑えるのもキツイ。

 そんな分けで悪いが僕に付き合わせることにした。


「もちっと取り押さえ易い種にしとけや」

「次にキャンプで飼う犬はそうして下さい」


 シンゾーも牧羊犬だ。

 犬を飼うべきだろう。


「他に犬は残んねぇのか?」

「探査犬、狂犬、猛犬、その辺りは居ると聞いた気がしますね」

「テメェ、仔犬パピーいねぇだろ。どうすんだ?」

「トウカに師匠のとこ行くように言っときました」


 キリエは残念ながら落第です。


「……」

「……」


 会話が途切れる。居心地が悪いので、無意識に手がネックレスに伸びた。何も掴めなかった。あぁ、そう言えばシンゾーに渡してしまった。しまったな。手が寂しい。


「返しに来いや」


 骨のネックレスが差し出された。僕のモノでは無い。シンゾーのモノだ。


「……何か、僕の最後は君の背骨を握って死ぬ気がするな」

「キメェな」


 そうは言われたが、返せとは言われなかったので、代わりに首にかけておいた。あまりごつごつしていないが、まぁ、元よりただの手慰みだ。そこまで拘りが有る分けではない。


「有り難く」


 僕はお礼を言って、立ち去った。









 集められた傭兵の質は二極化されていた。

 僕の様に人類上層部の依頼で集められた連中と、そんな僕等と言う細い糸に賭けて儲けようとした傭兵連中。

 これは良い。

 自主的に立候補した方々の実力もそれなりではあるし、金と言う餌の為に、或いは名誉と言う餌の為に、死ぬことも織り込んで集まっているので、戦意も、戦力も、問題ない。

 問題はそうでは無い連中。

 やはり企業主体の社会と言うのは何処かが『怖い』。

 これから人類は生活圏を狭くする。

 土地は金で、金は命だ。

 そうなると、養える範囲が狭まる。口減らし。浮かんだのはそんな単語。

 まぁ、野生の動物では珍しくも無いことだ。弱い、或いは仕事が出来ない個体の辿る末路は『死』だ。

 例えば、そう。例えばだが――今後、モノズと一切の契約が出来なくなった人間と言うのはこれからの社会でかなり生き難くなる。

 エドラムさん達は、取り敢えずこの戦争中に戦線に立っていたそういう連中を捨てることにした。

 利益にならない。

 役に立たない。

 だから要らない。

 契約していた全モノズと契約を切られる様な奴等は、まぁ、控え目に言っても、人間社会でも要らない種類の人間だったのが災いしたのだろう。

 違約金を盾に彼等に残るように通達が渡った時、特に庇う人は居なかった。

 これがまだ平和な街であれば多少、頭が働く奴がジンケンガー、と騒ぎだして暇な人が追従したかもしれないが、ここは生憎と戦場だった。

 そこまで優しい人も、暇な人も居ない。

 かくして戦場には肉壁と決死部隊スーサイド・スクワッドの二種類のみが残ることになった。

 とてもめんどくさい。

 肉壁連中は死にたくない。死にたくないから、死に難い環境を造ろうとする。例えば、有力な人の下について少しでも生存能力を上げようとする。

 【狙撃:5】。猟犬。ハウンド。

 僕の名前は勇者を集めるのにも使えるが、誘蛾灯の役割も果たすらしい。


「ツリークリスタルの変異、それによりモノズと契約できなくなっただけなのに、ボクらをこんな目に遭わせるのはおかしいですよ!」


 眼鏡をかけた少年が叫ぶ。

 履歴書代わりに送られた情報によると、十六歳。

 一見、人畜無害の好青年に見えるが、ツリークリスタルが変異したのではなく、自由権を与えられただけだと言う裏事情を知っている僕からすると、苦笑いも浮かばない。

 モノズにも――ツリークリスタルにも個性がある。

 ある程度の酷さであれば、それでも数機は残ってくれる。

 全機との契約破棄と言うのは――本当にアウトな場合のみだ。

 それに情けは人の為にならずとは良く言ったモノだ。

 子号がパールさんに送り付けた破壊されたモノズの中のツリークリスタルに、彼に仕えていた奴が居たらしい。


「……」


 端末に人畜少年の罪状が並んでいるのだから笑えてくる。

 助けを求める様に、簡易拠点の中を見渡すが、僕が所属するスマイル中隊のファッキンガイ共は僕を助ける気は無いらしい。にやにや笑っている。


「貴方なら分かってくれますよね、ハウンドさん!」


 弱気な僕の態度に行けると思ったのか、デカい声で人畜少年。その声を聞きつけ、人畜少年の同類が集まって来た。

 ぎらぎらとした目で僕を見ている。獲物を狙う目だ。

 待って怖い。怖い待って。

 僕は弱そうに見えるのだろう。

 僕は組し易く見えるのだろう。

 だからこうして醜いモノに晒されるのだろう。

 成程。ツリークリスタルは恐らく正しい。

 人間は見捨てられるべきだ。真性社会生物であるインセクトゥムの方が種として優れている。この状況で甘い汁を吸おうとする個体が出てくるあたり、人間はちょっと個が強く進化し過ぎだ。

 だが、残念ながら僕は人間だ。

 だから人間を勝たせる為に動こう。


「……中隊長、雇った肉壁の扱いは僕に一存される、そうでしたね?」

「おーぅ、その通りだぜ、ハウンド。何だ? ソイツ、雇うのか?」


 スカーフェイス。ツギハギの顔を歪めて、にっ、と笑顔スマイルを造るスマイル中隊長に「はいそうです」と答え、人畜少年に向き直る。


「そんな分けで君を雇うことにした、猟犬、トウジだ。よろしく」

「はいっ! よろしくお願いしま――」


 挨拶を返そうとする彼の前に手を出し、黙らせる。


「で、早速だが――」

「君の仕事ぶりは最悪だ」

「見なくても分かる」

「そんな分けで解雇クビだ」

「ん? あぁ、そうだな戌号」

「逆恨みが怖いな」

「戦場で背中が不安だと言うのは救いが無い」

「だから、な」

「君」

「死んでくれ」


 僕もスマイル中隊の一員として笑顔スマイルを造る。


「ッ! なにを――」


 何か言おうとする人畜少年。

 何も言わせない。

 軽く顎をしゃくれば、寅号が綺麗に首を落として見せた。

 ずっ。

 ズレそうになる首と身体を咄嗟に支える。ギロチンの後に『みるな』と喋った生首の話を思い出した。人間は首だけになっても少しは動けるらしい。そう思うには十分な形相で人畜少年に睨まれていた。怖いな。そう思いながら、しっかりと首を抑える。丑号が建材を噴き掛けてくれた。これで床が汚れることは無い。手を放す。どっ、と鈍い音と共に人畜少年だったモノが倒れた。血は広がらない。綺麗なモノだ。捨てやすくて良い。


「さて、彼は残念な結果になった分けですが――」


 貴方達はどうしますか?

 笑顔での問い掛け。

 僕を獲物の様に見ていた連中は青い顔で逃げて行った。

 お祈りメールを送る必要も無く、実に有り難いことだ。


「……ハウンド」

「何ですか?」

「今後、ハウンドさんって呼んだ方が良いか?」

「……何でそんなにビビってるんですか?」


 肉壁に求められるのは、死ぬことだ。その際に多少は敵を道連れにしてくれれば有り難い。その程度だ。求められても居ないのに就職活動をして本命である決死部隊に迷惑を掛けることが本懐ではないのだ。つまり――

 僕がやらなくても貴方がやってましたよね?

 なのにそんなにビビられるのは納得がいかない。







 傭兵と言う連中に協調性を求めるのが間違っている。

 弱兵や新兵が混じっているのなら集会での鼓舞もアリだが、ここに残っているのはそんな可愛らしいパピーでは無く、ママのおっぱいから卒業して女のおっぱいの味を覚えたガン・ドッグ達だ。

 作戦説明は中隊長迄が会議で聞き、展開。決起集会に関してはラジオ放送の様な形で行われた。聞きたくなければ聞かなくても良いよ、と言う分けだ。小学校の時に採用して欲しいシステムだ。僕はそんなことを考えながら、端末にイヤホンを差し込んでみた。

 ハロウィン、ハイボールは聞く気が無いらしい。酒が飲めないことに不満を言いながら、別の中隊の連中とトランプに興じている。

 スマイル中隊長は中隊長だからか、聞くつもりらしい。グッドマンもだ。ガイコツを連想させる酷く痩せた男は険のある目をギョロ付かせながらイヤホンを嵌めていた。


『――』


 び、とか、がっ、と言う雑音の後に、音が入って来た。演説が始まるらしい。


『諸君 私は戦争が好き――』

「……」


 無言でアプリを切った。

 ちょっと僕が聞き続けるには怖い内容だった。色々な意味で。


「……」


 どうしようか? 大富豪に混ぜて貰おうか? そんなことを思ったがハロウィンとハイボールのHHコンビが金を賭け出していた。あの中に入るのは少し嫌だな。そう思う。戦場でのカードゲームは、作法としてイカサマありだ。僕の様な善良な一般人は良いカモになってしまう。

 仕方がないので作戦概要でも確認しておこう。

 大き目の画面で見たいので、子号を呼び出し、背部をタブレットに変形して貰う。壁を背に、ずりずりと床に腰を下ろすとルドが寄って来た。投げ出した機械の左足に顎を乗せようとして、感触が気に入らなかったのか、回り込んで同じ様に投げ出した右足に顎を乗せた。頭を掻いてやると、気持ちが良いのか、目を細めた。

 この一戦で人類の未来が決まる――わけではない。

 『そこまで』では無く『それなり』だ。

 人類の未来は決まらないが、この後の戦争が変わる。

 そう言う戦争だ。

 インセクトゥムと人類側の国境線で行う遅延戦闘。

 本隊とも言える撤退部隊が街へ戻り、防衛を整える時間を稼ぐのが僕等の仕事だ。

 じりじり下がりながら守る。


「……」


 勝つことは求められていない。

 勝ちがある戦争ではない。

 死んでも守る。いや、死んでも遅らせる。それが仕事だ。

 生き残るには、ブルブル震えて物陰でやり過ごすか、その後の銃殺刑覚悟で逃亡するか――とびっきりのラッキーに期待するか、だ。

 多分、死ぬ。

 きっと、死ぬ。

 まぁ良い。

 僕はこの時代で生まれた時に傭兵になった。

 そして『敵』と判断した相手を殺して糧を得た。

 自分が殺される番になって騒ぐのは何だか惨めだ。

 死出の旅路の六文銭。精々、蟲共を殺しまくって稼ぎまくって豪華客船で三途の川を渡るとしよう。

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